2 / 28
魔導国家への誘(いざな)い
しおりを挟む
事の始まりは、一年ほど前。
16歳のエリザベスと19歳のハルバートは、帝国の新皇帝戴冠式に招待され、わざわざ帝国から出迎えてくれた豪華飛行船に乗り込み帝国を訪れた。
エリザベスの住むヴェルマニアは国民総数三百万人ほどが住む小さな国だ。
神が住まうと恐れられているセントポリオン山脈が、ヴェルマニア王国の東から北にかけ飄々とそびえており、山越えをすることはできない。万年雪が山頂を抱き、森に入れば霧が立ち込め、磁場が狂い磁石も使えないらしい。
地元民は、山神様が認めない人間は山に入ったら最後、出てくることは叶わず、獣に食われる運命にあると言う。その昔、敵国が攻め込んで来る際、その山側から侵入したらしいが、王国側にたどり着いたものは一人もいなかった。何年か経って、山の麓に住む狩人や木こりが敵国の鎧や剣を持ち帰ったのを機に捜索してみると、人骨が発見されたことからようやくそのことがわかったくらいだった。その敵国は山神の怒りに触れたのか、帝国に吸収され今はもうない。
そして西には鬱蒼とした密林が広がり、人の介入を一切許すことはない。
そこには魔獣が目を光らせており魔界と繋がっているとか、死界と繋がっていて入れば魂を奪われるなどと実しやかな噂も聞くが、誰も足を踏み入れられないのだから、本当のところわからない。その密林は禁足地として硬く閉じられているが、満月が赤く染まった夜に生贄を捧げたり、豊穣を祈って食べ物や生贄を捧げたりしたという民話が残っているため、年に一度赤い満月の夜になると各地の領主が集まり、密林の入り口付近に建てられた奉納殿に、それぞれの土地の実りの品を捧げる日があるだけだ。
残る方面は南の大洋。ワイングラスの形をした湾岸は入り口が狭く、五柱と呼ばれる岩が柵のように突出し大型船での入港を不可能にしていた。
そのためヴェルマニア王国には小型の漁船しかない。大洋に浮かぶ小島に輸出入用の港があり、大型船も停泊できる様になっているが、波が荒く年に数度の貨物船がくるだけだし、小島はそれこそ数時間もあれば全周できる大きさで海鳥や小動物しか住んでいない。大洋を渡って王国に来るにも、国土の狭さから大量に輸出できるものもなく、旨味が少ない。時期と時間が悪ければ大時化に当たったり、運悪く荒波にあったりして大破することが多いため、そうそう頻繁には近寄れないことも外交を遠ざけていた。
山脈に囲まれ、穏やかな気候とほとんどの国民が農産や漁業に就いているため食料は豊富だし、他国の侵略の心配もない。この土地の食物は育ちがよく、栄養価が高かったり、薬草などの効能も他国と比べると断然良い。神に守られた土地と恐れられ侵略の方法すらないため、他国からは見知った商人が時折やってくるだけだった。
そんな王国に帝国から文書が届くなど非常に珍しく、戴冠式はそれほど大事なものなのだろうかと、王は不思議に思ったのだが、王妃が今後の交友のため、王太子であるハルバートとその婚約者であるエリザベスに出席することを勧めた。
「そろそろ王国も他国と交友を深めるべきだと思います。帝国の方から招待があったんだもの、ぜひ参加すべきだわ」
「それならば、王であるワシが行くべきなのではないか?」
「まあ、あなた。帝国の招待状は新しい帝王の戴冠式なのでしょう?それならば次期国王であるハルバートの顔みせのためにも、これからの世代を担う若人に任せるべきだと思いませんか」
「うむ。それもそうか。では、ハルバート、それからエリザベスよ。帝国の風潮や暮らしをとくと観察し、我が国に新たな風をもたらしてくれ」
「かしこまりました」
「王命賜りました」
その数ヶ月後、二人は帝国へと旅立った。とはいえ、沖の小島まで迎えにきた帝国の飛行観覧船での旅は概ね好調で、初めて乗る飛行船に慄きながらも、予定通り帝国の船舶地にたどり着いた。
「ハルバート様、飛行船というものは、恐ろしく早いのですね」
「そうだね。船で帝都まで行こうと思えば、数ヶ月はかかるらしいから、飛行船でほんの1週間足らずというのは目を見張るものがある。それもこれも魔石というものを利用しているからだとか」
「魔石というのは魔獣から取れるものと聞きましたが」
「ああ、そうだね。戦士や冒険者という特別職があるらしい」
「騎士のようなものなのでしょうか」
「うん。帝国には騎士はいないというが、戦士や警邏隊がその役割を担っているのだろう。冒険者は商人や狩人のようなものだと聞いた。きっと魔獣を倒す特別な役職もあるのだろう」
「ハルバート様、帝国には魔法使いがいるとも聞きました」
「ああ。人々の暮らしも魔法で補っているそうだよ」
「魔法というと、杖を振って呪文を唱えるのでしょうか」
「どうだろうね。我が国には魔法も魔法使いもいないから、私も話に聞いただけだ。エリザベスはもし魔法が使えたら何がしたい?」
「魔法で、セントポリオンの万年雪を溶かすことはできるかしら」
「ははは。あれが全部溶けたら国は水没してしまうかも知れないな」
「まあ、怖い!それはダメだわ」
「私だったら、我が国がより裕福になるよう、大地に魔法をかけるかな」
「まあ。それは素晴らしいですわ。ではわたくしは、漁船がいつも満漁になる魔法でもかけようかしら」
「それでは海が干上がってしまうよ」
「ムゥ。わたくしは魔法使いに向きませんわね」
16歳のエリザベスと19歳のハルバートは、帝国の新皇帝戴冠式に招待され、わざわざ帝国から出迎えてくれた豪華飛行船に乗り込み帝国を訪れた。
エリザベスの住むヴェルマニアは国民総数三百万人ほどが住む小さな国だ。
神が住まうと恐れられているセントポリオン山脈が、ヴェルマニア王国の東から北にかけ飄々とそびえており、山越えをすることはできない。万年雪が山頂を抱き、森に入れば霧が立ち込め、磁場が狂い磁石も使えないらしい。
地元民は、山神様が認めない人間は山に入ったら最後、出てくることは叶わず、獣に食われる運命にあると言う。その昔、敵国が攻め込んで来る際、その山側から侵入したらしいが、王国側にたどり着いたものは一人もいなかった。何年か経って、山の麓に住む狩人や木こりが敵国の鎧や剣を持ち帰ったのを機に捜索してみると、人骨が発見されたことからようやくそのことがわかったくらいだった。その敵国は山神の怒りに触れたのか、帝国に吸収され今はもうない。
そして西には鬱蒼とした密林が広がり、人の介入を一切許すことはない。
そこには魔獣が目を光らせており魔界と繋がっているとか、死界と繋がっていて入れば魂を奪われるなどと実しやかな噂も聞くが、誰も足を踏み入れられないのだから、本当のところわからない。その密林は禁足地として硬く閉じられているが、満月が赤く染まった夜に生贄を捧げたり、豊穣を祈って食べ物や生贄を捧げたりしたという民話が残っているため、年に一度赤い満月の夜になると各地の領主が集まり、密林の入り口付近に建てられた奉納殿に、それぞれの土地の実りの品を捧げる日があるだけだ。
残る方面は南の大洋。ワイングラスの形をした湾岸は入り口が狭く、五柱と呼ばれる岩が柵のように突出し大型船での入港を不可能にしていた。
そのためヴェルマニア王国には小型の漁船しかない。大洋に浮かぶ小島に輸出入用の港があり、大型船も停泊できる様になっているが、波が荒く年に数度の貨物船がくるだけだし、小島はそれこそ数時間もあれば全周できる大きさで海鳥や小動物しか住んでいない。大洋を渡って王国に来るにも、国土の狭さから大量に輸出できるものもなく、旨味が少ない。時期と時間が悪ければ大時化に当たったり、運悪く荒波にあったりして大破することが多いため、そうそう頻繁には近寄れないことも外交を遠ざけていた。
山脈に囲まれ、穏やかな気候とほとんどの国民が農産や漁業に就いているため食料は豊富だし、他国の侵略の心配もない。この土地の食物は育ちがよく、栄養価が高かったり、薬草などの効能も他国と比べると断然良い。神に守られた土地と恐れられ侵略の方法すらないため、他国からは見知った商人が時折やってくるだけだった。
そんな王国に帝国から文書が届くなど非常に珍しく、戴冠式はそれほど大事なものなのだろうかと、王は不思議に思ったのだが、王妃が今後の交友のため、王太子であるハルバートとその婚約者であるエリザベスに出席することを勧めた。
「そろそろ王国も他国と交友を深めるべきだと思います。帝国の方から招待があったんだもの、ぜひ参加すべきだわ」
「それならば、王であるワシが行くべきなのではないか?」
「まあ、あなた。帝国の招待状は新しい帝王の戴冠式なのでしょう?それならば次期国王であるハルバートの顔みせのためにも、これからの世代を担う若人に任せるべきだと思いませんか」
「うむ。それもそうか。では、ハルバート、それからエリザベスよ。帝国の風潮や暮らしをとくと観察し、我が国に新たな風をもたらしてくれ」
「かしこまりました」
「王命賜りました」
その数ヶ月後、二人は帝国へと旅立った。とはいえ、沖の小島まで迎えにきた帝国の飛行観覧船での旅は概ね好調で、初めて乗る飛行船に慄きながらも、予定通り帝国の船舶地にたどり着いた。
「ハルバート様、飛行船というものは、恐ろしく早いのですね」
「そうだね。船で帝都まで行こうと思えば、数ヶ月はかかるらしいから、飛行船でほんの1週間足らずというのは目を見張るものがある。それもこれも魔石というものを利用しているからだとか」
「魔石というのは魔獣から取れるものと聞きましたが」
「ああ、そうだね。戦士や冒険者という特別職があるらしい」
「騎士のようなものなのでしょうか」
「うん。帝国には騎士はいないというが、戦士や警邏隊がその役割を担っているのだろう。冒険者は商人や狩人のようなものだと聞いた。きっと魔獣を倒す特別な役職もあるのだろう」
「ハルバート様、帝国には魔法使いがいるとも聞きました」
「ああ。人々の暮らしも魔法で補っているそうだよ」
「魔法というと、杖を振って呪文を唱えるのでしょうか」
「どうだろうね。我が国には魔法も魔法使いもいないから、私も話に聞いただけだ。エリザベスはもし魔法が使えたら何がしたい?」
「魔法で、セントポリオンの万年雪を溶かすことはできるかしら」
「ははは。あれが全部溶けたら国は水没してしまうかも知れないな」
「まあ、怖い!それはダメだわ」
「私だったら、我が国がより裕福になるよう、大地に魔法をかけるかな」
「まあ。それは素晴らしいですわ。ではわたくしは、漁船がいつも満漁になる魔法でもかけようかしら」
「それでは海が干上がってしまうよ」
「ムゥ。わたくしは魔法使いに向きませんわね」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います
みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」
ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。
何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。
私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。
パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。
設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m
【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる