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死ぬ前にもう一度
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「まずは事実を擦り合わせよう」
王太子殿下が椅子に座り直し、全員を見渡した。殺気だった騎士と魔導士たちもハッとして気を鎮め向き直る。メリアンも姿勢を正してルイを見た。
「まずは過去から。史実として9年ほど前、我が国の貧民街が何者かによって爆撃され多くの死傷者を出した」
全員が頷く。メリアンは俯きながら、それがわたくしが主犯だと思われている、とぎゅっと手を握る。
「その当時、魔導士団の一員としてジャックをはじめ、数人の選ばれた魔導士が内密に貧民街で魔力保持者を探していた。実は銀の風切鳥のメリーが指摘したのが始まりだったと噂では聞いていた」
「その通りです」
ルイに合せてジャックが頷く。
「俺が9歳、メリーは6歳だったと認識しているが、その頃、古代アルヴィン語を使い魔法を展開していたメリーを見て俺が声をかけた。会話をするうちにメリーが『貧民街には魔法が使える人たちがたくさんいる。そこで自分も魔法を学んだ。しかも、それは神殿が魔法を扱える人間がいることを良しとせず、仕事を奪い家を奪い、貧民街に押し込んだのだ』と憤慨して告げたのです。そして俺は両親、団長と副団長に相談したのが始まりでした」
「わたくしが6歳の時…」
忘れてしまった記憶の中にやはりジャックはいた。ほんのりと暖かな気持ちが心に灯る。
「やっぱりわたくし、ジャックとお友達だったのですね……」
ジャックはチラリとメリアンを見て、こくりと頷く。それを見てルイがにこりと微笑み話を続けた。
「そして我々は秘密裏に魔法を使える人間を集め、魔導士宮を作り上げることにしたのだ。ここにいる魔導士たちの中に貧民街に非道に追いやられた人間も多い。そして、メリアン嬢。貴女に命を助けられた人間もたくさんいるんだ」
「わたくしが…?で、でも爆撃の主犯だと思われていて…」
そこでルイが頷いた。
「ああ。それがそもそもの認識違いだ。貴女がそう思うように誘導され洗脳されたのだろう。なにしろまだ7歳の子供の頃だ。監禁する必要があったのもそれが目的だったのだろう。爆撃があった次の日、教皇がわざわざ貧民街にやって来てこう言ったらしい。『邪な魔力を使って神の逆鱗に触れたから、罰が降ったのだ。神の意に反する魔導士などは、罪人として国外追放すべきである』とね。それに対して、声を張り上げたのは小さなメリーだった。『豚のように肥えた守銭奴がふざけたことを言うな、お前たちの言う神の奴隷が偉そうに!』と」
「ええっ、わたくしがそんなことを!?」
「まあ、言葉は違ったかもしれないが、要約すればそう言った。それを聞いた大人達は大層感動して、我先にと魔導士宮へ押しかけ、魔道士になりたがったのだ。メリーちゃんの善行を無駄にするな、俺たちは神殿に立ち向かう。王国を、ひいては魔力を持つ人々を守る、と言う信念を掲げてな」
なんてことだろう。子供の頃で覚えていないとはいえ、本心をそこまで口汚く言葉にするなんて。貴族としてどうなのかしら。恥ずかしいわ。メリアンは若干頬を染めた。
「わたくしの記憶は、気がついたら教皇に囚われていて……。お前が悪魔の業火で持って貧民街を襲ったのだと鞭で打たれました。そんなことしていないと言ったのだけれど、記憶が途切れていたし誰にも信じてもらえず、「悪魔祓い」をするために神殿に連れて行かれて、長らく神殿の地下に監禁されていました。悪魔祓いだと言っては折檻を受け、魔導路に忌々しい魔石を埋め込まれて。さまざまな体罰と精神的苦痛を与えられながら神殿について再教育をされたんですの。頑なに反発しましたけど……でも、あの檻から出るには従順なふりをしなければならなくて、猫を被る事を学びました。その檻から出ると同時に、見張り役としてジョセフを婚約者につけられたんですの。それ以前の記憶は思い出そうとすると頭痛がひどくて……」
そして一段と神殿を嫌悪し、神そのものを信じなくなり、使えなくとも魔法書を読み解き、神との結びつきを否定していった。そんな中でジャックの論文を見つけ、師と崇め憧れを持ったのだ。
なんて事を、とアデルが呻きルイが慰めるように肩を抱いた。唇を固く噛み締める。
「監禁、折檻……あのハイエナめ……!」
ジャックはフルフルと震えて拳を握りしめた。殺気が漏れ出てるぞ、とライアットが嗜める。
「銀の風切鳥が翼を切られたと嘆いていたものね、ジャックは」
とジャクリーンが苦笑してジャックを突つき、ジャックが嫌そうな顔をした。
「これは予測でしかないが、そんな救世主のようなメリーが現れ、市井で貧民街で金銭の有無に関わらずその力を発揮したならば。そしてその術を皆が使えるようになったなら神殿の特権は奪われ、教皇も私腹が肥やせなくなると恐れたんだろうな。だから神殿の犬にしようと躾けようとした。だけどメリーの意思も魔力も、彼らが考えていた以上に強くて、太刀打ちできなかったんだろう」
ついで、尋問室での話を要約したジャクリーンが口を開く。
「そこで魔力路に魔石を埋め込み、コントロールしやすい様に操作しようとした。ところが、その所為で魔力循環が不安定になり、死に至らしめるような危機に陥った。嘘をついてまで監禁した侯爵令嬢を魔力疾患の不能者にしてしまったとあっては、神殿の立場が悪くなる。世論批判を危惧した教皇は、ようやくメリーちゃんを解放した。そして下手な事を世間に公表されても困るという理由で、セガール卿を監視においた。いざとなったら殺害しても構わないという事で。その過程のどこかでメリアン嬢の記憶を奪ったとも考えられるわ」
「記憶の改竄や関与はどの国でも禁じられているがな」
辻褄は合う。あの権力に飢えた教皇ならやりかねない。それに、ジョセフの殺意にも頷ける。
「一体ご両親は何を考えていたのかしら。一人娘を教皇に任せて監禁し、折檻まで許すなんて。いくら悪魔付きだと教皇が言ったからといって、鵜呑みにするもの?」
「両親は神殿派ですから」
「それにしても娘をそんな……」
「まさか侯爵夫妻まで記憶の改竄などされてはいないだろうな…」
「いや、教皇はあれでかなり頭と舌は回るからな。神の名を使って人々を騙すことなど赤子の手を捻るより簡単だろう」
「あの狸ですもの。子供にも容赦ないわ」
「それはもう犯罪だな」
「あの天から舞い降りた少女、教皇に罰を与えるために現れたのではありませんこと?」
「国が教皇の道連れになるのは割りが合わん」
「神殿の全てが悪いとは言いませんが、肥えた教皇はそろそろ引退してもらったほうが良さそうですわね」
「引退ついでに地獄の底まで連れていって腐葉土にでもなってもらうか」
その場にいた全員がお互いに顔を見合わせて頷いた。
「それでそれ以来、メリーちゃんの姿は何処にも現れず。皆メリーちゃんが貴族の令嬢であろうことは薄々わかっていたようで、こんな大事件にまで出張って来たのだからきっと家にバレて叱られてしまったのだろうと軽く考えていた。貴族令嬢が市井を自由に闊歩するなんてあまり褒められたことではないからなぁ」
というライオットにルイも言葉を重ねる。
「……だが、それをしっかり調べなかったのは我々王家の責任だ。神殿と面と向かって対立するのを避け保身に走った。新たな魔導士達を保護し、対応できる力をつける事に集中したのだ。もっとちゃんと調べて、礼を言うべきだったし、認めて保護をするべきだったのだ。本当にすまなかった」
いきなり王太子殿下から頭を下げられて、メリアンは慌てて姿勢を正した。
「殿下、どうぞ頭をあげてください。殿下からの謝罪は不要ですわ。これは、わたくしの行動の結果であり、殿下のいうところの豚のように肥えた守銭奴の教皇の所業と、愚かにも騙されて娘を信じず、うっかり神殿の財布に収まっている我が家の両親の負の遺産でございます。ですが……真実が知れてよかったと胸を撫で下ろしました。記憶がなくともわたくしが貧民街を爆撃したなど、恐ろしいことをするわけがないと頑なに認めなかったことを誇りに思っておりますの」
ルイは頭をあげ笑顔を見せた。素晴らしい言い回しだ、気に入った、と言いながら。
「そう言ってもらえるとありがたい。あなたが悲観的でなかった事に感謝する。そこで、その5年間の監禁の間に起こった事だが…。魔石を埋め込まれていた、と言ったな?」
「ええ…。でも一度目の神々の雷を浴びたせいなのか、死に戻ったせいなのか、消えてしまったようです。魔力循環も今は問題なく喪失した記憶以外にはおかしなところもございません」
「ふむ。記憶に関しては、他に理由があるようだな」
「殿下、メリアン嬢は聖魔力をお持ちです。神殿側がメリアン嬢に魔石を埋め込んだように、魔術による記憶操作をしたのかも知れません」
ジャクリーンが魔力検査の結果を告げ、ルイも同意する。そして例の鞄からばら撒かれた書類を持ち出し、ばん、と机上においた。
「ジャックによって新たに届けられた書類の中に、貧民街からの魔法士の人身売買の証拠、爆破に使われたと思われる魔法陣と球体結界の売買の証拠があった。だがその数たるや、貧民街の爆撃だけに使ったとは思えない。まだ隠し持っている可能性もあるし、過去に使ったのかもしれん。先ほども言ったが、腐れ外道守銭奴の教皇の名前までしっかり直筆で用意されたものだから、徹底的に追い詰めることができるぞ」
教皇に付属する言葉がどんどん増えてくる気がするが、誰も気にしていないようなので聞き流す事にしたメリアンだったが、根本的なことをまず解決しなければならない。
「あの、教皇については是非ともぶちのめしてやりたいところなのですが、まずはティアレアの件を収めませんと」
盛り上がっていた大人達がはた、と動きを止めた。
「そうだった…。あの怪物をなんとかしない事には…。そのためにまた時間を戻すと言ったな…。つまり今ここで話したことを、我々は忘れてしまうと言うこと、だろうか?」
「ええ。まあ、そう言う事になりますね。また同じことを繰り返すつもりですから、まぁ、教皇に関する証拠も再度掴めるかとは思いますが……」
「…なんとも歯痒いな。今すぐ教皇を処刑してやりたいところなんだが…」
「ええ。わかりますわ…。何度も何度も、毎度毎度同じことを繰り返して……、はぁ。また同じことを説明しなければならないかと思うともう溜息しか出ませんわ」
うんざりした顔を見せるメリアンに、ジャックが寄り添うように言葉をかける。
「でも、ここまでメリーが死に至らなかったと言うことは、正解なんだろう?もう少し頑張ろうじゃないか。それに、俺もいる。次回もきっと記憶を持ち合わせているはずだ」
「ジャック…。ええ。心強いわ」
王太子殿下が椅子に座り直し、全員を見渡した。殺気だった騎士と魔導士たちもハッとして気を鎮め向き直る。メリアンも姿勢を正してルイを見た。
「まずは過去から。史実として9年ほど前、我が国の貧民街が何者かによって爆撃され多くの死傷者を出した」
全員が頷く。メリアンは俯きながら、それがわたくしが主犯だと思われている、とぎゅっと手を握る。
「その当時、魔導士団の一員としてジャックをはじめ、数人の選ばれた魔導士が内密に貧民街で魔力保持者を探していた。実は銀の風切鳥のメリーが指摘したのが始まりだったと噂では聞いていた」
「その通りです」
ルイに合せてジャックが頷く。
「俺が9歳、メリーは6歳だったと認識しているが、その頃、古代アルヴィン語を使い魔法を展開していたメリーを見て俺が声をかけた。会話をするうちにメリーが『貧民街には魔法が使える人たちがたくさんいる。そこで自分も魔法を学んだ。しかも、それは神殿が魔法を扱える人間がいることを良しとせず、仕事を奪い家を奪い、貧民街に押し込んだのだ』と憤慨して告げたのです。そして俺は両親、団長と副団長に相談したのが始まりでした」
「わたくしが6歳の時…」
忘れてしまった記憶の中にやはりジャックはいた。ほんのりと暖かな気持ちが心に灯る。
「やっぱりわたくし、ジャックとお友達だったのですね……」
ジャックはチラリとメリアンを見て、こくりと頷く。それを見てルイがにこりと微笑み話を続けた。
「そして我々は秘密裏に魔法を使える人間を集め、魔導士宮を作り上げることにしたのだ。ここにいる魔導士たちの中に貧民街に非道に追いやられた人間も多い。そして、メリアン嬢。貴女に命を助けられた人間もたくさんいるんだ」
「わたくしが…?で、でも爆撃の主犯だと思われていて…」
そこでルイが頷いた。
「ああ。それがそもそもの認識違いだ。貴女がそう思うように誘導され洗脳されたのだろう。なにしろまだ7歳の子供の頃だ。監禁する必要があったのもそれが目的だったのだろう。爆撃があった次の日、教皇がわざわざ貧民街にやって来てこう言ったらしい。『邪な魔力を使って神の逆鱗に触れたから、罰が降ったのだ。神の意に反する魔導士などは、罪人として国外追放すべきである』とね。それに対して、声を張り上げたのは小さなメリーだった。『豚のように肥えた守銭奴がふざけたことを言うな、お前たちの言う神の奴隷が偉そうに!』と」
「ええっ、わたくしがそんなことを!?」
「まあ、言葉は違ったかもしれないが、要約すればそう言った。それを聞いた大人達は大層感動して、我先にと魔導士宮へ押しかけ、魔道士になりたがったのだ。メリーちゃんの善行を無駄にするな、俺たちは神殿に立ち向かう。王国を、ひいては魔力を持つ人々を守る、と言う信念を掲げてな」
なんてことだろう。子供の頃で覚えていないとはいえ、本心をそこまで口汚く言葉にするなんて。貴族としてどうなのかしら。恥ずかしいわ。メリアンは若干頬を染めた。
「わたくしの記憶は、気がついたら教皇に囚われていて……。お前が悪魔の業火で持って貧民街を襲ったのだと鞭で打たれました。そんなことしていないと言ったのだけれど、記憶が途切れていたし誰にも信じてもらえず、「悪魔祓い」をするために神殿に連れて行かれて、長らく神殿の地下に監禁されていました。悪魔祓いだと言っては折檻を受け、魔導路に忌々しい魔石を埋め込まれて。さまざまな体罰と精神的苦痛を与えられながら神殿について再教育をされたんですの。頑なに反発しましたけど……でも、あの檻から出るには従順なふりをしなければならなくて、猫を被る事を学びました。その檻から出ると同時に、見張り役としてジョセフを婚約者につけられたんですの。それ以前の記憶は思い出そうとすると頭痛がひどくて……」
そして一段と神殿を嫌悪し、神そのものを信じなくなり、使えなくとも魔法書を読み解き、神との結びつきを否定していった。そんな中でジャックの論文を見つけ、師と崇め憧れを持ったのだ。
なんて事を、とアデルが呻きルイが慰めるように肩を抱いた。唇を固く噛み締める。
「監禁、折檻……あのハイエナめ……!」
ジャックはフルフルと震えて拳を握りしめた。殺気が漏れ出てるぞ、とライアットが嗜める。
「銀の風切鳥が翼を切られたと嘆いていたものね、ジャックは」
とジャクリーンが苦笑してジャックを突つき、ジャックが嫌そうな顔をした。
「これは予測でしかないが、そんな救世主のようなメリーが現れ、市井で貧民街で金銭の有無に関わらずその力を発揮したならば。そしてその術を皆が使えるようになったなら神殿の特権は奪われ、教皇も私腹が肥やせなくなると恐れたんだろうな。だから神殿の犬にしようと躾けようとした。だけどメリーの意思も魔力も、彼らが考えていた以上に強くて、太刀打ちできなかったんだろう」
ついで、尋問室での話を要約したジャクリーンが口を開く。
「そこで魔力路に魔石を埋め込み、コントロールしやすい様に操作しようとした。ところが、その所為で魔力循環が不安定になり、死に至らしめるような危機に陥った。嘘をついてまで監禁した侯爵令嬢を魔力疾患の不能者にしてしまったとあっては、神殿の立場が悪くなる。世論批判を危惧した教皇は、ようやくメリーちゃんを解放した。そして下手な事を世間に公表されても困るという理由で、セガール卿を監視においた。いざとなったら殺害しても構わないという事で。その過程のどこかでメリアン嬢の記憶を奪ったとも考えられるわ」
「記憶の改竄や関与はどの国でも禁じられているがな」
辻褄は合う。あの権力に飢えた教皇ならやりかねない。それに、ジョセフの殺意にも頷ける。
「一体ご両親は何を考えていたのかしら。一人娘を教皇に任せて監禁し、折檻まで許すなんて。いくら悪魔付きだと教皇が言ったからといって、鵜呑みにするもの?」
「両親は神殿派ですから」
「それにしても娘をそんな……」
「まさか侯爵夫妻まで記憶の改竄などされてはいないだろうな…」
「いや、教皇はあれでかなり頭と舌は回るからな。神の名を使って人々を騙すことなど赤子の手を捻るより簡単だろう」
「あの狸ですもの。子供にも容赦ないわ」
「それはもう犯罪だな」
「あの天から舞い降りた少女、教皇に罰を与えるために現れたのではありませんこと?」
「国が教皇の道連れになるのは割りが合わん」
「神殿の全てが悪いとは言いませんが、肥えた教皇はそろそろ引退してもらったほうが良さそうですわね」
「引退ついでに地獄の底まで連れていって腐葉土にでもなってもらうか」
その場にいた全員がお互いに顔を見合わせて頷いた。
「それでそれ以来、メリーちゃんの姿は何処にも現れず。皆メリーちゃんが貴族の令嬢であろうことは薄々わかっていたようで、こんな大事件にまで出張って来たのだからきっと家にバレて叱られてしまったのだろうと軽く考えていた。貴族令嬢が市井を自由に闊歩するなんてあまり褒められたことではないからなぁ」
というライオットにルイも言葉を重ねる。
「……だが、それをしっかり調べなかったのは我々王家の責任だ。神殿と面と向かって対立するのを避け保身に走った。新たな魔導士達を保護し、対応できる力をつける事に集中したのだ。もっとちゃんと調べて、礼を言うべきだったし、認めて保護をするべきだったのだ。本当にすまなかった」
いきなり王太子殿下から頭を下げられて、メリアンは慌てて姿勢を正した。
「殿下、どうぞ頭をあげてください。殿下からの謝罪は不要ですわ。これは、わたくしの行動の結果であり、殿下のいうところの豚のように肥えた守銭奴の教皇の所業と、愚かにも騙されて娘を信じず、うっかり神殿の財布に収まっている我が家の両親の負の遺産でございます。ですが……真実が知れてよかったと胸を撫で下ろしました。記憶がなくともわたくしが貧民街を爆撃したなど、恐ろしいことをするわけがないと頑なに認めなかったことを誇りに思っておりますの」
ルイは頭をあげ笑顔を見せた。素晴らしい言い回しだ、気に入った、と言いながら。
「そう言ってもらえるとありがたい。あなたが悲観的でなかった事に感謝する。そこで、その5年間の監禁の間に起こった事だが…。魔石を埋め込まれていた、と言ったな?」
「ええ…。でも一度目の神々の雷を浴びたせいなのか、死に戻ったせいなのか、消えてしまったようです。魔力循環も今は問題なく喪失した記憶以外にはおかしなところもございません」
「ふむ。記憶に関しては、他に理由があるようだな」
「殿下、メリアン嬢は聖魔力をお持ちです。神殿側がメリアン嬢に魔石を埋め込んだように、魔術による記憶操作をしたのかも知れません」
ジャクリーンが魔力検査の結果を告げ、ルイも同意する。そして例の鞄からばら撒かれた書類を持ち出し、ばん、と机上においた。
「ジャックによって新たに届けられた書類の中に、貧民街からの魔法士の人身売買の証拠、爆破に使われたと思われる魔法陣と球体結界の売買の証拠があった。だがその数たるや、貧民街の爆撃だけに使ったとは思えない。まだ隠し持っている可能性もあるし、過去に使ったのかもしれん。先ほども言ったが、腐れ外道守銭奴の教皇の名前までしっかり直筆で用意されたものだから、徹底的に追い詰めることができるぞ」
教皇に付属する言葉がどんどん増えてくる気がするが、誰も気にしていないようなので聞き流す事にしたメリアンだったが、根本的なことをまず解決しなければならない。
「あの、教皇については是非ともぶちのめしてやりたいところなのですが、まずはティアレアの件を収めませんと」
盛り上がっていた大人達がはた、と動きを止めた。
「そうだった…。あの怪物をなんとかしない事には…。そのためにまた時間を戻すと言ったな…。つまり今ここで話したことを、我々は忘れてしまうと言うこと、だろうか?」
「ええ。まあ、そう言う事になりますね。また同じことを繰り返すつもりですから、まぁ、教皇に関する証拠も再度掴めるかとは思いますが……」
「…なんとも歯痒いな。今すぐ教皇を処刑してやりたいところなんだが…」
「ええ。わかりますわ…。何度も何度も、毎度毎度同じことを繰り返して……、はぁ。また同じことを説明しなければならないかと思うともう溜息しか出ませんわ」
うんざりした顔を見せるメリアンに、ジャックが寄り添うように言葉をかける。
「でも、ここまでメリーが死に至らなかったと言うことは、正解なんだろう?もう少し頑張ろうじゃないか。それに、俺もいる。次回もきっと記憶を持ち合わせているはずだ」
「ジャック…。ええ。心強いわ」
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