上 下
19 / 29

死ぬ前にもう一度

しおりを挟む
「まずは事実を擦り合わせよう」

 王太子殿下が椅子に座り直し、全員を見渡した。殺気だった騎士と魔導士たちもハッとして気を鎮め向き直る。メリアンも姿勢を正してルイを見た。

「まずは過去から。史実として9年ほど前、我が国の貧民街が何者かによって爆撃され多くの死傷者を出した」

 全員が頷く。メリアンは俯きながら、それがわたくしが主犯だと思われている、とぎゅっと手を握る。

「その当時、魔導士団の一員としてジャックをはじめ、数人の選ばれた魔導士が内密に貧民街で魔力保持者を探していた。実は銀の風切鳥シルバーバードのメリーが指摘したのが始まりだったと噂では聞いていた」
「その通りです」

 ルイに合せてジャックが頷く。

「俺が9歳、メリーは6歳だったと認識しているが、その頃、古代アルヴィン語を使い魔法を展開していたメリーを見て俺が声をかけた。会話をするうちにメリーが『貧民街には魔法が使える人たちがたくさんいる。そこで自分も魔法を学んだ。しかも、それは神殿が魔法を扱える人間がいることを良しとせず、仕事を奪い家を奪い、貧民街に押し込んだのだ』と憤慨して告げたのです。そして俺は両親、団長と副団長に相談したのが始まりでした」
「わたくしが6歳の時…」

 忘れてしまった記憶の中にやはりジャックはいた。ほんのりと暖かな気持ちが心に灯る。

「やっぱりわたくし、ジャックとお友達だったのですね……」

 ジャックはチラリとメリアンを見て、こくりと頷く。それを見てルイがにこりと微笑み話を続けた。

「そして我々は秘密裏に魔法を使える人間を集め、魔導士宮を作り上げることにしたのだ。ここにいる魔導士たちの中に貧民街に非道に追いやられた人間も多い。そして、メリアン嬢。貴女に命を助けられた人間もたくさんいるんだ」
「わたくしが…?で、でも爆撃の主犯だと思われていて…」

 そこでルイが頷いた。

「ああ。それがそもそもの認識違いだ。貴女がそう思うように誘導され洗脳されたのだろう。なにしろまだ7歳の子供の頃だ。監禁する必要があったのもそれが目的だったのだろう。爆撃があった次の日、教皇がわざわざ貧民街にやって来てこう言ったらしい。『邪な魔力を使って神の逆鱗に触れたから、罰が降ったのだ。神の意に反する魔導士などは、罪人として国外追放すべきである』とね。それに対して、声を張り上げたのは小さなメリーだった。『豚のように肥えた守銭奴がふざけたことを言うな、お前たちの言う神の奴隷が偉そうに!』と」
「ええっ、わたくしがそんなことを!?」
「まあ、言葉は違ったかもしれないが、要約すればそう言った。それを聞いた大人達は大層感動して、我先にと魔導士宮へ押しかけ、魔道士になりたがったのだ。メリーちゃんの善行を無駄にするな、俺たちは神殿に立ち向かう。王国を、ひいては魔力を持つ人々を守る、と言う信念を掲げてな」

 なんてことだろう。子供の頃で覚えていないとはいえ、本心をそこまで口汚く言葉にするなんて。貴族としてどうなのかしら。恥ずかしいわ。メリアンは若干頬を染めた。

「わたくしの記憶は、気がついたら教皇に囚われていて……。お前が悪魔の業火で持って貧民街を襲ったのだと鞭で打たれました。そんなことしていないと言ったのだけれど、記憶が途切れていたし誰にも信じてもらえず、「悪魔祓い」をするために神殿に連れて行かれて、長らく神殿の地下に監禁されていました。悪魔祓いだと言っては折檻を受け、魔導路に忌々しい魔石を埋め込まれて。さまざまな体罰と精神的苦痛を与えられながら神殿について再教育をされたんですの。頑なに反発しましたけど……でも、あの檻から出るには従順なふりをしなければならなくて、猫を被る事を学びました。その檻から出ると同時に、見張り役としてジョセフを婚約者につけられたんですの。それ以前の記憶は思い出そうとすると頭痛がひどくて……」

 そして一段と神殿を嫌悪し、神そのものを信じなくなり、使えなくとも魔法書を読み解き、神との結びつきを否定していった。そんな中でジャックの論文を見つけ、師と崇め憧れを持ったのだ。

 なんて事を、とアデルが呻きルイが慰めるように肩を抱いた。唇を固く噛み締める。

「監禁、折檻……あのハイエナめ……!」

 ジャックはフルフルと震えて拳を握りしめた。殺気が漏れ出てるぞ、とライアットが嗜める。

銀の風切鳥シルバーバードが翼を切られたと嘆いていたものね、ジャックは」

 とジャクリーンが苦笑してジャックを突つき、ジャックが嫌そうな顔をした。

「これは予測でしかないが、そんな救世主のようなメリーが現れ、市井で貧民街で金銭の有無に関わらずその力を発揮したならば。そしてその術を皆が使えるようになったなら神殿の特権は奪われ、教皇も私腹が肥やせなくなると恐れたんだろうな。だから神殿の犬にしようと躾けようとした。だけどメリーの意思も魔力も、彼らが考えていた以上に強くて、太刀打ちできなかったんだろう」

 ついで、尋問室での話を要約したジャクリーンが口を開く。

「そこで魔力路に魔石を埋め込み、コントロールしやすい様に操作しようとした。ところが、その所為で魔力循環が不安定になり、死に至らしめるような危機に陥った。嘘をついてまで監禁した侯爵令嬢を魔力疾患の不能者にしてしまったとあっては、神殿の立場が悪くなる。世論批判を危惧した教皇は、ようやくメリーちゃんを解放した。そして下手な事を世間に公表されても困るという理由で、セガール卿を監視においた。いざとなったら殺害しても構わないという事で。その過程のどこかでメリアン嬢の記憶を奪ったとも考えられるわ」
「記憶の改竄や関与はどの国でも禁じられているがな」

 辻褄は合う。あの権力に飢えた教皇ならやりかねない。それに、ジョセフの殺意にも頷ける。

「一体ご両親は何を考えていたのかしら。一人娘を教皇に任せて監禁し、折檻まで許すなんて。いくら悪魔付きだと教皇が言ったからといって、鵜呑みにするもの?」
「両親は神殿派ですから」
「それにしても娘をそんな……」
「まさか侯爵夫妻まで記憶の改竄などされてはいないだろうな…」
「いや、教皇はあれでかなり頭と舌は回るからな。神の名を使って人々を騙すことなど赤子の手を捻るより簡単だろう」
「あの狸ですもの。子供にも容赦ないわ」
「それはもう犯罪だな」
「あの天から舞い降りた少女、教皇に罰を与えるために現れたのではありませんこと?」
「国が教皇クズの道連れになるのは割りが合わん」
「神殿の全てが悪いとは言いませんが、肥えた教皇ぶたはそろそろ引退してもらったほうが良さそうですわね」
「引退ついでに地獄の底まで連れていって腐葉土にでもなってもらうか」

 その場にいた全員がお互いに顔を見合わせて頷いた。

「それでそれ以来、メリーちゃんの姿は何処にも現れず。皆メリーちゃんが貴族の令嬢であろうことは薄々わかっていたようで、こんな大事件にまで出張って来たのだからきっと家にバレて叱られてしまったのだろうと軽く考えていた。貴族令嬢が市井を自由に闊歩するなんてあまり褒められたことではないからなぁ」

 というライオットにルイも言葉を重ねる。

「……だが、それをしっかり調べなかったのは我々王家の責任だ。神殿と面と向かって対立するのを避け保身に走った。新たな魔導士達を保護し、対応できる力をつける事に集中したのだ。もっとちゃんと調べて、礼を言うべきだったし、認めて保護をするべきだったのだ。本当にすまなかった」

 いきなり王太子殿下から頭を下げられて、メリアンは慌てて姿勢を正した。

「殿下、どうぞ頭をあげてください。殿下からの謝罪は不要ですわ。これは、わたくしの行動の結果であり、殿下のいうところの教皇クズの所業と、愚かにも騙されて娘を信じず、うっかり神殿の財布に収まっている我が家の両親の負の遺産でございます。ですが……真実が知れてよかったと胸を撫で下ろしました。記憶がなくともわたくしが貧民街を爆撃したなど、恐ろしいことをするわけがないと頑なに認めなかったことを誇りに思っておりますの」

 ルイは頭をあげ笑顔を見せた。素晴らしい言い回しだ、気に入った、と言いながら。

「そう言ってもらえるとありがたい。あなたが悲観的でなかった事に感謝する。そこで、その5年間の監禁の間に起こった事だが…。魔石を埋め込まれていた、と言ったな?」
「ええ…。でも一度目の神々の雷を浴びたせいなのか、死に戻ったせいなのか、消えてしまったようです。魔力循環も今は問題なく喪失した記憶以外にはおかしなところもございません」
「ふむ。記憶に関しては、他に理由があるようだな」
「殿下、メリアン嬢は聖魔力をお持ちです。神殿側がメリアン嬢に魔石を埋め込んだように、魔術による記憶操作をしたのかも知れません」

 ジャクリーンが魔力検査の結果を告げ、ルイも同意する。そして例の鞄からばら撒かれた書類を持ち出し、ばん、と机上においた。

「ジャックによって新たに届けられた書類の中に、貧民街からの魔法士の人身売買の証拠、爆破に使われたと思われる魔法陣と球体結界の売買の証拠があった。だがその数たるや、貧民街の爆撃だけに使ったとは思えない。まだ隠し持っている可能性もあるし、過去に使ったのかもしれん。先ほども言ったが、腐れ外道守銭奴の教皇ブタの名前までしっかり直筆で用意されたものだから、徹底的に追い詰めることができるぞ」

 教皇に付属する言葉がどんどん増えてくる気がするが、誰も気にしていないようなので聞き流す事にしたメリアンだったが、根本的なことをまず解決しなければならない。

「あの、教皇クズについては是非ともぶちのめしてやりたいところなのですが、まずはティアレアの件を収めませんと」

 盛り上がっていた大人達がはた、と動きを止めた。

「そうだった…。あの怪物をなんとかしない事には…。そのためにまた時間を戻すと言ったな…。つまり今ここで話したことを、我々は忘れてしまうと言うこと、だろうか?」
「ええ。まあ、そう言う事になりますね。また同じことを繰り返すつもりですから、まぁ、教皇に関する証拠も再度掴めるかとは思いますが……」
「…なんとも歯痒いな。今すぐ教皇を処刑してやりたいところなんだが…」
「ええ。わかりますわ…。何度も何度も、毎度毎度同じことを繰り返して……、はぁ。また同じことを説明しなければならないかと思うともう溜息しか出ませんわ」

 うんざりした顔を見せるメリアンに、ジャックが寄り添うように言葉をかける。

「でも、ここまでメリーが死に至らなかったと言うことは、正解なんだろう?もう少し頑張ろうじゃないか。それに、俺もいる。次回もきっと記憶を持ち合わせているはずだ」
「ジャック…。ええ。心強いわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。

味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。 十分以上に勝算がある。と思っていたが、 「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」 と完膚なきまでに振られた俺。 失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。 彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。 そして、 「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」 と、告白をされ、抱きしめられる。 突然の出来事に困惑する俺。 そんな俺を追撃するように、 「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」 「………………凛音、なんでここに」 その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編10が完結しました!(2024.6.21)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。 不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。 当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。 多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。 しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。 その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。 私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。 それは、先祖が密かに残していた遺産である。 驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。 そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。 それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。 彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。 しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。 「今更、掌を返しても遅い」 それが、私の素直な気持ちだった。 ※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)

処理中です...