上 下
9 / 24

09:アダムの秘密を知りました

しおりを挟む

「私はね…どうやら年をとらないんですよ。ある日気がついたら、この姿のままで。以来ずっと変わらない…」

 えっ?不老不死ですか。そりゃすごい。

「えっと、それって…よくないことですか?」
「よくないことかですかって?聖子さん、考えてもみてください。例えば聖女様たちから見た私は憧れの的。数少ない聖職者の数少ない男性の一人。聖女という立場に相応しく地位の高い男性といえば、薬師か教王か国の王子たちだけ。
 まあ私の下にいる見目の良い神官もいますが、肩書きのないほぼ平民という立場の者ばかりで、理想の高い聖女様達には不釣り合い。質のいい聖女は王子たちに貰われていきますが、残りは聖魔力を失えばここから出ていくのが決まり。そこに私がいることで、彼女たちは夢を持てるのです。そのために私はここにいるのですから。
 ただ、ここ数日は騎士や討伐隊の演習場に通っているので、彼女達も視野を広げ始めましたが」
「えっ。神官ってそんな理由でここにいるの?ってか、聖女様って神様に支えてるんじゃないの?婚活なんてしちゃっていいの?」

 自分で憧れの的とか言っちゃうあたり、アダムは自分の容姿に自信もあるのだろうが、聖職者たるものそんな不純な動機でなるものなのかと聖子はちょっと引き気味だった。しかも聖女たち、ヤケにくい気味だけど、それでいいのか聖職者。聖魔法さえ使えればやさぐれでも腹黒でも聖女になれるのだろうか。それとも王子たちの嫁にするためだけに、ちょっと聖魔法が使えて可愛い女の子たちを選んでいるのだろうか。

 だとしたらこの国自体危ないのではないか。

「もともと私など聖職者として向いていないのです」

 がっくりと頭を垂れてアダムはへたりと座り込んでしまった。

「ある日、目が覚めたら祈りの泉の前にある森の中で倒れていたんです。過去の記憶もなければ、自分の名前すらわかりませんでした。昔の神官長様が私を見つけて、ここで暮らし始めたのです。そういう彼もすでに天命を全うして、もうこの世にはいませんが」

 記憶喪失というやつだろうか。にしても、ここの森に倒れていたということは、どうやってか侵入したわけだからもともとこの辺に住んでいたとか、薬師だったとか、そういった人だったのではないだろうか。でなければ、この辺りは簡単に侵入者を許してしまう、あまり安全な環境ではないような気がする。

「おかしいと気がついたのは、何年か経ってから。私の容姿が全然変わらないのに、大神官様の頭がハゲ…いえ、薄くなってきたのです。聖女たちが入れ替わり、若い人たちになって大神官様が私を後押しし、次世代の神官に選ばれたのです。
 ですが、それからも聖女たちが入れ替わり、若かった聖女が年を取り…なのに私だけが同じなのです。長い間、私はずっと変わらずここにいます。
 毎日毎日、朝から晩まで聖女様の世話をしてお祈りをして薄ら笑いを浮かべて、ああ、もう気が遠くなるほどの年月を過ごしてきたのです。

 ですが…私も自由になりたい。ここで相も変わらず同じ生活を延々と続けることに嫌気をさしているのも事実なのですよ。これは一体なんの罰なのだと」

 なるほど。神官であるはずのアダムが自由になりたい、というのはそうそう口に出せるものではない。それがアダムの隠していた秘密であり、罪悪感だったのだろう。
 聖子の言う『早く人間になりたい』とアダムの『私も自由になりたい』は同じレベルの魂の渇望に違いない。

「そう…。そりゃ確かに、150年も同じ生活を続けていくのは大変よねえ」
「そうでしょう?でも、そこへ聖子さんが現れた」

 アダムは聖子を手のひらに乗せて、その手を膝の上に乗せた。聖子を見下ろすアダムの顔に長い睫毛が影をつくり、聖子はアダムの整った顔を見上げた。

「アダムは神様が不老不死にしたのだと思う?」
「私は聖職者という立場にありますが、神と対話をしたことなどないのです。だが、あなたは違う。神と会話をして命をいただき、ここへ私を助けに来てくれたのでしょう?
 精霊と言葉を交わし、ハーナとも心を通わすあなたこそが聖職者につくべきなのに。
 なぜ聖子さんはイモリの姿で現れたのでしょうか」
「さあ…。私も聖職者になんかなるつもりはありませんし…。徳を積めば次のフォームになるらしいですから、乞うご期待といったところでしょうか」

 神様は確かに聖子を聖女にさせたがっていたが、自分の欲求(特に食事)に忠実な聖子はそれについては口を噤んだ。アダムは何か言いたげに口を開けたが、すぐに閉じて聖子を見つめた。

「あなたも不老不死なのでしょうか」
「どうでしょうね。イモリが何年生きるのか知りませんが。実年齢は……ですからね。そういえば、怪我をしても次の日にはすっかり治ってますから、ひょっとするとそうなのかも」
「聖子さん。あなたは私を助けるためにここに来たとおっしゃいましたよね」
「そうですね」
「私と人生を共にしてくれる相手だと捉えてもいいのでしょうか」
「へっ?」
「だって、私は命に限りある人とは対になれませんから」
「いや、でも私イモリです」
「例えイモリでも、私とずっといてくれるでしょう?不老不死ならあなただって、一人置いてきぼりを食うわけですし」
「いや、でも私、これバイトだし」
「私を助けるまでは、バイトも終わらないんですよね?それが使命なのでしょう?私を置いていかないでください」

 何だか話がおかしな方へ向いてしまったなと口を閉ざす聖子に、アダムはすがるような目を向ける。あの時、命を助けようとした子猫のようだ。

(こういうの、弱いんだよなあ、私)

「えーと…。一先ずですね。目先のことから処理していきましょうよ」
「目先の事?」
「ええ。ほら、ここに来たのは万能薬とハーナのミルクを混ぜるためでしょ。」
「………やはり、ハーナのミルクは飲まなければなりませんか…」

(あっ?もしかしてそれが嫌で、だらだら言い訳じみたことを言って引き伸ばしていたのかな?)

「ええ、精霊にそう言われましたからね。それがアダムの助けになる、とはっきり。私も次のフォームになりたいですし。ちゃっちゃとやりましょう、ちゃっちゃと。ね?」
「……わかりました。」

『話し合い終わったのー?』
「話し合いというか…ええ、まあ。えっとハーナさん、精霊にあなたのよだ…いえその、ミルクをもらってこいと言われたので、ちょっといただいてもいいですか」
『あら、そうだったのー?そうねえ、あげてもいいけど…』

 あっ、やな予感。「あげてもいいけど」の後で続くのは、絶対何か無理難題が付いてくるんだから!

『この足枷、取ってくれたらいいわよ』

 ほらきた!

「アダムさん、ハーナの足枷って何のためについているんですか?」
「それは…私がここへ来るより前からのことで…実はハーナは一度国を滅ぼしたドラゴンなんだそうです…」
「えっ…」
「時の勇者パーティがハーナを捕縛し、この聖なる鳥居に縛り付けることでハーナを浄化し、悪さをさせないようにしたという話です」
「ハーナさん、国滅ぼしちゃったんですか」

 ハーナは面倒くさそうにため息をついた。

『もうずいぶん昔の話よぉ。私が人間の国こっちで王妃やってるときにね。格の低い若竜が悪さをしてた頃ね。人間だって私たちのこと珍味とか言って殺してたんだから、国の一つや二つお返しに壊したって文句言えないと思わない?』
「珍味」
『そう、珍味。尻尾が美味しいからよこせだの、ミルクが薬になるからよこせだの。ちゃんとお願いしてくれれば、鱗やミルクくらい分けてあげても良かったけど、尻尾はさすがにねえ。トカゲじゃないんだから、そうそう生え変わって来るものでもないしー?いやよって言ったら、竜の国を攻撃したから、怒ってやったのよ。しばらく静かだったわぁ。自国を滅ぼしたって知ったのはその後ね。どうりで静かだと思ったわよ』

 グフグフと笑うハーナを呆気にとられて見つめる聖子。まあ、この巨体からすれば人間なんて象と鼠ほどの差があるんでしょうけど。人間って珍味に命かけるものね、反対にやられちゃったらしょうもないけど。

『で、流石に私も人間の姿のままでいられなくって、仕方なく竜の国に帰ったのよ。そしたら、あの男がやってきて、竜の国を騒がせたお詫びに私に似合う素敵なアンクレットをプレゼントするっていうから、もらったのよ。そしたらこんなところに繋がれちゃって。騙されたわあ』
「え?精霊に保護されたんじゃないんですか」
『最後の竜種だから人間に殺されないようにって精霊達に保護されてここに来たのは確かよ。この止まり木に魔力を吸い取られて、この辺一帯にアタシの魔力で勝手に結界を作っているのよ。しばらくしたらコソコソと人間が入り込んできて、アタシを害さない代わりに自分たちを保護しろって言って勝手に居座ったのよ。思うにあの精霊、その男に媚び売ってたんだと思うわあ。騙されてすっかり言いなりになっちゃって、腹立つったらないわー』
「そ、そんな…」

 アダムはその話は知らなかったらしく、言葉を失った。アンクレットを付けた勇者はハーナをどうするつもりだったのか。飼い殺しにして鱗やミルクをせしめるつもりだったのか。それともやはり最後の竜種だから保護したかったのか。

『私のミルクにはもちろん竜の血が混じってるから、人間にしてみれば長命になったり、力が強くなったりするんじゃないかしら?でもミルクの効き目が切れれば、その反動も強いからずっと飲み続けなくちゃいけないのよね。』

 そんなハーナの言葉を聞いて聖子はあっと思った。

「あ、アダムさん。あなたまさかハーナのミルクを毎日飲んでたりするんじゃないですか?」
「まさか!……毎日の食事に混じっているのであれば別ですが、そんなことをする必要がどこにあるというんですか。それこそどんな嫌がらせだって話ですよ」
「食事は聖女様や薬師のみなさんと同じなんですよね?」
「……いえ。私の食事は、大神官として私だけのもので、他とは区別されていますが……」

 まさか、という考えが浮かんでアダムも青ざめた。

 だが、何のために?アダムが大神官でなければならない理由などどこにもないはずだ。それに精霊がアダムにハーナのミルクと万能薬を混ぜたものを飲ませろと勧めたのはなぜ?

 もし、アダムが既に毎日ハーナのミルクを口にしていたのだとしたら?

 ハーナが自由になったら、ミルクは手に入らなくなる。その反動で、アダムはどうなるのか。

「わ、私がハーナのミルクと万能薬を混ぜ合わせたものを飲んだら、何かわかるのでしょうか」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

王国冒険者の生活(修正版)

雪月透
ファンタジー
配達から薬草採取、はたまたモンスターの討伐と貼りだされる依頼。 雑用から戦いまでこなす冒険者業は、他の職に就けなかった、就かなかった者達の受け皿となっている。 そんな冒険者業に就き、王都での生活のため、いろんな依頼を受け、世界の流れの中を生きていく二人が中心の物語。 ※以前に上げた話の誤字脱字をかなり修正し、話を追加した物になります。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...