【完結】イモリから始める異世界転生

里見知美

文字の大きさ
上 下
6 / 24

06:精霊に詫びを入れました

しおりを挟む

 その夜。

 月明かりだけを頼りに、祈りの泉に向かって歩く影が2つと肩に乗ったイモリの姿。

「ほら、あそこ。見えますか?」
「いや…ぼんやり輝いているように見えないでもないが…」

 アダムとグラハムは聖子を肩に乗せたまま、泉に向かって歩いていた。アダムの肩にしがみついて、目線がいつもよりかなり上にある聖子はちょっとハイテンションだ。

 日本人だった聖子の身長は155センチで、現代社会の女性平均身長としては低かったが、聖子の年齢層では普通よりちょっと低いくらいの高さだった。せめてあと5センチ高ければ、わざわざ踏み台などいらなかっただろうが、家庭では息子たちも180センチプラスの高さでまあ、よく掃除も手伝ってくれていた。
 だがアダムの背はその息子たちを軽く越す高さに見えた。とはいえ、イモリの目線は地面からせいぜい顔を上げても3センチ。気をつけなければ踏みつけられてしまう高さなので、実際アダムの背の高さがどのくらいなのかはわからなかったが。アダムの横を歩くグラハムは、肩に乗った聖子と目線がちょうど合う位なのでやはりアダムは背が高いのだろう。

 イモリになって気がついたこと。それは五感が人間だった時よりもはっきりしていることだ。アダムからはいつも爽やかな森林の香りがするし、グラハムからは蜂蜜のような甘い香りがする。アダムが時折ふっと鼻から息を吐く音もしっかり聞こえるし、グラハムが爪を噛むコリコリという音も耳に入ってくる。その度に思わず小首を傾けて音の発信点を探ってしまう。

 白イモリの体になった聖子の瞳はキョロキョロした黒目のみ。パチパチと瞼を閉じると濡れた黒目がきょろんと光る。小首を傾げて正面から見る顔は、いつも笑顔が張り付いているように見える。小さな吸盤付きの指を目一杯広げて、聖結晶を泉から拾ってくるところは、めっちゃ可愛いと薬師たちをのたうち回らせ、もちろん毎日面倒を見るアダムの胸も撃ち抜いていた。

 アダムがよく聖子の喉を人差し指で撫でるのは愛情表現の一つで、聖子が目を細めて首を差し出すのが常で、薬師達が後ろで羨ましそうにして、アダムがふふんと優越感に浸っているのを見かけるのだが、もちろん聖子は気がついていない。

 最近体調が15センチを超えた聖子は、羽虫もとい精霊を食べ続けていたせいか、少し青みがかっているものの背は白く、腹は濃いピンク色だ。驚くとひっくり返り死んだふりをするのは野生の本能のなせる技で、それが見たくて薬師達はわざと驚かせる事を偶にする。もちろん、アダムに泣きついてそういうことは命を短くするので止めて欲しいと訴えたが。

 ともかく、聖子はアダムの肩に乗って泉を目指した。

 聖子の目にははっきりと羽虫が見える。というか、羽虫にしか見えない。どう見ても人型に羽が付いている妖精風ではないのだ。5メートルほど近づいたところで聖子はアダムの肩を降りて泉に近づいた。

「精霊さん?」

 聖子が声をかけると、羽虫の動きが一瞬ピタリと止まったが、すぐ何事もなかったかのようにプーンと飛び回る。だがその一瞬の動きを見逃す聖子ではない。やはり、あれは精霊なのだ。

「あの……仲間を食べてしまってごめんなさい。知らなかった……では済まされないけれど。これからは食べないように我慢します」

 頭を下げると、飛んでいた羽虫が全て泉の中にポトポトと落ちた。

「ヒィッ?」

 聖子は大慌てて泉に飛び込むと、落ちた羽虫を助けようと口にくわえて陸に上がった。恐る恐る口を開けてペット吐き出すと、そこには羽のようなものが4つ付いた、ボール状の光の塊があった。だがそれもしばらくするとシュウッと消えてしまった。

「ああっ!?」

 愕然として聖子が叫ぶと、アダムが慌ててひざまづいて聖子を手のひらに抱き上げた。

「どうしたんですか、聖子さん?」
「羽虫…いや、精霊が!食べたことを謝ったらボトボト泉に落ちて‥っ」

 大きな瞳に涙が浮かんだが、次の瞬間ひゅっとそれも引っ込んでしまった。

『困るんだよねえ。食べてもらわないと~』

 はっと声のする方を見ると、そこには青白い光を放って浮かんでいる人がいた。いや、正確にはトンボのような羽が背中に生えてそれがその人物を宙に漂わせていた。

「精霊…」
『はい、大当たり。あのさぁ、あんたバカでしょ』
「ば、馬鹿…」
『だってぇ、マジであたし達精霊がぁ、イモリごときに食べられるとでも思ってんの~?そんなおとぼけの精霊がいたら、顔見てみたいもんだわあ』
「だ、だって……羽虫…」
『あれはアンタの気を引くための餌よ、餌。もー信じらんない。イモリのクセにベジタリアンにでもなるつもりだったの?あんたこの人助けるために来たんでしょ?』

 この人、と精霊はアダムを指差した。聖子はアダムを見るが、アダムには精霊が見えていないらしく、聖子を心配そうに見つめている。

「聖子さん?精霊がいるんですか?」
「見えないんですか?」
「私には…」

 アダムが困ったように苦笑した。

「精霊さん、なんでアダムには見えないんですか?」
『あたしに聞かれたって困るんだわ。見えない人には見えないんだもの。彼は見えてもおかしくないはずなのにチャンネルを閉じてるのよ。』
「チャンネル?」
『そうよ。何か後ろめたい事があったり隠してる事があってぇ、それが回路を詰まらせてるんだと思うわ』
「アダム、何か隠してる事ある?」
「えっ?」
「精霊があなたは精霊が見えるはずなのに、何か隠してたり後ろめたい事があってそれが見える事を妨害してるみたいって」
「……そ、それは」

 聖子はアダムの顔に思い当たる事があるのを見取って、顔を背けた。そりゃあ、生きていれば聖人ではいられないだろう。人に言いにくい事や隠している事があったっておかしくない。ましてやそれを自分やグラハムの前で言え何てことは言えない。

「まあ、いいわ。精霊さん。それじゃあ、あの羽虫は精霊じゃなくて何なの?エサってどういう事?」
『あれはあたしの魔力の塊よ~。神様から頼まれたのアンタでしょ?あたし達は強力な助っ人が来るから準備をしてくれって言われただけなのよね。で、ひとまずアンタ、魔力がすっからかんだったから餌付けしたのよ』
「魔力!」
『受け皿はできてるんだけど、魔力が全然入ってないでしょ。そんなんじゃ、この人の助けなんてできっこないもの』
「わ、私がアダムを助けるのに魔力がいるのね?」
「聖子さん?魔力って…一体何の話を…」

 アダムが訳も分からないといった風に話に割入ってきた。見えていないし、聞こえてもいないから宙に向かって聖子が話をしているのは奇異に映るのだろう。

 聖子はここに精霊がいると指をさし、精霊から聞いた事をアダムとグラハムに説明しながら精霊に先を促した。アダムは宙に視線を走らせ、グラハムは呆然と立ちすくんでいる。

『とにかく、あんたの魔力を貯めることが先決ね。それからそのアダムと~チャンネルを開くよう話し合ってちょうだい。アダムがあたしの姿を見ることができれば、あんたの役目も達成に近づくと思うわよ~。で、この羽虫に見せかけた餌なんだけど』

 精霊はそういうと、ぼうっと両手に光を灯らせた。

『これがあんたの餌。作るの大変なんだから、ちゃんと食べてもらわないと』

 それは精霊の力でできた魔力だった。精霊は魔力を小分けして器用にも羽をつけ、羽虫のように見せかけたのだと言った。聖子がこの世界に生まれ変わったのを知って以来、ミジンコやボウフラに魔力を与えようとしたが、魔力は水に溶け出してしまい聖子が食べれる量はほんの少し。しかも聖子が水の中で祈るので、食べた分放出してしまうだけで、遅々として進まなかったと愚痴を言った。

 そこで、畑の虫に魔力を放ったが、太陽光が魔力の光を吸収して聖子はぼんやりとしか気がつかないため、この方法もイライラさせたらしい。仕方なくアダムの部屋付近まで近づいてーー通常精霊は人の住処まで近づかない。もし万が一見つかったら何をされるか分からないと危機感を持っているので、精霊のこの行動はかなり暴挙に出たと言っていいだろうーー窓を押し開けて、聖子が通り抜けれるよう手はずを整えた。そうして聖子をおびき出すことに成功し、羽虫に見せかけた魔力を食べさせていた、ということだった。

「なら、そんな面倒なことしないで、さっさと姿を現して私にそう言えばよかったのに」
『……え?』

 キョトンとする精霊。

 偉そうに聖子に向かって「あんたバカでしょ」と啖呵を切った割に、どうやらそこまで気が回らなかったらしい。

『そ、それは出来なかったのよ!あんたがあたしのこと感知してくれなかったんだから。今でこそちょっとずつ魔力がたまって、あたしのことがわかるようになったんだからね』
「あー、そうなの?」
『そうなのよ!』

 精霊はプンスカ怒って、『ともかくそういうことだからアダムに協力しなさいよね!』とそっぽを向いた。

『もう、こんな面倒くさいことしなくてもいいから、これ毎日一個食べなさい』

 そういうと、精霊は角砂糖のような魔力の塊を二つ三つ出した。メロン味、イチゴ味、チョコレート味のシュークリーム、あの羽虫と同じ味の魔力だった。殺生をしていたわけでは無いと知って、へへ~と頭を下げ、ありがたくいただくことにした聖子だった。

『次の満月まで毎晩三つ、食べにきてちょうだい。あ、それから食べた後、毎晩この泉をエリクサーに変えて?朝になったらハーナのミルクと混ぜてアダムに飲ませてちょうだい』
「ハーナ?」
『アダムに聞けばわかるわ~。じゃ、また明日の夜ここに来てねん』
「わ、わかったわ」
『それから、薬草や他の虫はほどほどにね。太るわよ~』

 ぎくぎくっと体を硬らせた聖子は、カクカク頷いた。いくつになっても『太る』は乙女には禁句なのだ。

 精霊は言いたいことだけを言ってふっと消えてしまった。私は残った角砂糖、もとい魔力の塊を胸に抱いてぽかんと精霊が消えたあたりを見つめていたが、我に戻って、アダムに精霊が言ったことを伝えた。

「ハーナのミルクですか…」

 アダムは少し嫌そうな顔をした。どうやら嫌いなものらしい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生~目指せ!内乱を防いで、みんな幸せ♪

紅子
ファンタジー
いつの間にかこの国の王子に転生していた俺。物語の世界にいるなんて、想定外だ。このままでは、この国は近い未来に内乱の末、乗っ取られてしまう。俺、まだ4歳。誰がこんな途方もない話を信じてくれるだろうか?既に物語と差異が発生しちゃってるし。俺自身もバグり始めてる。 4歳から始まる俺の奮闘記?物語に逆らって、みんな幸せを目指してみよう♪ 毎日00:00に更新します。 完結済み R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...