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05:エリクサー作りました
しおりを挟む「聖子さん、あなた何をしたんです?」
数日後、まだ寝ぼけ眼の聖子を揺り動かしてアダムが尋ねた。その顔は青ざめて唇はキュッと一文字に結ばれている。
(ん?怒ってる?)
こういう顔をするアダムは大概怒っているか、ストレスを溜め込んでいる時だ。滅多にしない顔でもあるが、聖子の前ではだんだん穏やかな顔だけのアダムではなくなっていた。
色々ストレスもあるのだろうが、何しろ聖子はイモリだ。人間相手に愚痴を言ったり、内心を明かすよりは気が楽なのだろう。石や木に話しかけるより話し相手になるが、イモリでは表情も読めないので、懺悔をするにもちょうどいいに違いない。というわけで、胃薬を飲みながら聖子をジロリと睨みつけたアダムに聖子はヘラっと笑って見せた。
「ええと?」
「ごまかしてもダメですよ、聖子さん。あなた最近夜更かししているでしょう。だから朝起きられないんですよね。どこへ行っているんですか?グラハム殿のところですか?それとも他の薬師のところですか」
「は?」
なにやらおかしな想像をしているらしいアダムに聖子は頭をかしげた。
「イモリの姿でどこへ行けると思ってるんですか?」
「それはそうですが、わからないじゃないですか。だいたい聖子さんはもともと人間だったそうですし、どこでどう間違いがあるかわかりませんからね。真夜中に人間に戻っているという可能性も無きにしも非ずでしょう」
「私の方がびっくりですよ、そんなの。そもそも人間の体はもうとうの昔に死んでるわけで、精神だけこのイモリの体に入っているというのに、人間に戻るわけないじゃないですか。神様だってイモリから人間には進化するわけないって言ってましたし?呪いじゃないんですよ、イモリになったのは。だいたい、他の薬師さんの部屋もグラハムさんの部屋もどこか知りませんよ。私はただ祈りの泉に…っと」
「言質取りましたよ!やっぱり泉に行ってたんですね!」
(し、しまった!誘導尋問を行うとはこの神官、ただのイケメンじゃない!)
グヌッといい詰まった聖子であったが、バレてしまっては仕方がない。女は度胸だ、とばかり開き直って胸を張る。
「ふ、ふふふ。ばれましたね。でで、でも別に大したことはしていませんよ。ちょっと美味しい、そう、メロン味のシュークリームの味のする羽虫を食べてただけです…」
「うそですね。聖子さんはうそが下手なんです。さあ、何をしていたんです。吐きなさい」
「う、嘘じゃないですよ」
命令形できたか。よほど腹に持っているらしい。こういうときのアダムは容赦なく踏み込んでくる。対処に困ることが起きたのに違いない。正直に言わないと水槽に蓋をされて外出禁止令を出されてしまう。そしてその間、薬草と水しか与えられない。羽虫の味を占めてしまった聖子に断食は堪える。それしか楽しみがない老人(イモリだけど)からなぜ楽しみを奪うのだ。
過去に一度あったのだ。きて間もない頃、どの草が薬草でどの草が雑草かもわからなかった聖子は、薬草畑に生えていた見たことのない草を、間引きついでに食べたことがあった。それが毒消しになる草とは知らずに。
毒消し草は毒を持って毒を制す、というものでそれ自体毒を持っている。毒に侵されていれば、相殺されるのだが、あいにく聖子は健康体だった。人間だったら一房齧ったところで大したことはないが、聖子の体長15センチのイモリ体に、一房の毒消し草はまさに劇薬だったのだ。時間差で脱水症状に陥り、その夜ピーピーのシャアシャアで脱水症状から死ぬ寸前だったところでアダムが気がついて、何を喰ったのか吐けと胃液以外吐くものも残っていない状態で詰められた。
聖子は神様からもらったこのイモリの体が「死なない体」で「自然回復する体」だとは知らなかったのだが、次の日になってけろりと治っていて驚いた。原因を見つけるために奔走していたアダムにそう告げたが、寝不足の上、心労でやつれていたアダムは目を釣り上げて「まだダメだ!」と言い放ち、尿検査と検便で結果を出すまで水槽から出してもらえなかったのだ。
羞恥心で死ぬかと思ったが、「この人は医者だ」と思い込んでその場を切り抜けた。
あんな思いは二度としたくない。聖子は思った。イケメンに見られながらの排尿、排便なんてどんな罰ゲームだ!例えイモリの体であっても!思い出しただけでも死にたくなる。
仕方なく、聖子は正直にこの数日のことを話した。
「な……ではあなたが泉の水を万能薬に変えたと…?」
「えっと、効果はまだわからないんですが…」
「その効果なんですが…薬草畑の薬草が全部高性能になっているんです」
「えっ!?」
「ポーションの効能がエクスポーションに変わり、毒消しが状態異常完全回復薬と同じに…」
「ええっ!?」
「聖女たちが自分たちの祈りの効果だと言って吹聴しているのですが、あなたがここに来るまで何年祈り続けても薬草に変化は見られませんでしたから、この一ヶ月で劇的に変わったのはあなたが関与しているのだと思ったのです。そう伝えたら、聖女たちが仕事をボイコットしてしまい今朝も宮から出てこない始末で。今はそんなことより!グラハム殿に伝えなければ!聖子さんも一緒に来てください」
「逆恨みからの誘拐、黒焼き」の言葉が脳裏に浮かんだ聖子は青ざめた。
聖子を移動用のビーカーに移すとアダムは研究室へ向かった。最近聖子が成長して水槽がちょっと窮屈になってしまったので、アダムは大きめの水槽を用意してくれたのだが、それは持ち運ぶには大きすぎたのだ。どうせ泉とアダムの部屋くらいしか移動範囲のないイモリなので、小鍋とも呼べるほどのガラスのビーカーをグラハムが用意し、それで移動をすることになっていた。
ちょっとした思いつきが大事になってしまったようで、聖子はビクビクしていた。怪我や病気が治ればそれで良いと思ったことだが、あまりに効能が変わって仕舞えばいろいろと不具合も出てくるのだろう。皆が皆、高価な万能薬を買えるほどお金持ちではないし、ちょっとした体力回復に万能薬など使わないだろう。
それに加えて、聖女たちの機嫌を損ねてしまった。聖女とはいえ、女は3人揃えば姦しい。5人もいたら、容易にイジメの構図が成り立ってしまうではないか。イモリの分際で、とかなんとか言って黒焼きにされかねない。それだけは遠慮願いたい。
「あのあの、私の力というよりも、あれは月夜の羽虫の力な気もするんですが」
「月夜の羽虫?」
グラハムの研究室で、ここ数日の行動を逐一報告しながら聖子はそう付け加えた。
「夜中に水槽を出たのは青白い光を見たからなんです。その光の元が羽虫だったわけで。昼間に見る虫もぼんやり光ってはいるんですが、夜中だとそれが顕著なんですよね。で、それを食べると私の体も青白く光るんです。それで泉に入って聖女さんたちと同じように「万能薬になあれ」と祈っただけなんですよ」
「え?」
グラハムとアダムはぽかんと口を開けて聖子を見た。何か変なことを言ったかな、と聖子は首をかしげた。次第に青ざめるアダムとグラハム。これはまた何かしでかしたかな、と聖子は後ずさった。いや、後ずさろうとビーカーの隅に体を押しやった。
「は、羽虫と言いましたか」
「はい…」
「光り輝く羽虫と」
「ええ。そうです」
「それは羽虫じゃなくて精霊です!!!!」
「ええっ!?」
精霊ですと?
そんなものが、ここにはいたのかと初めて気がついた聖子。美味しい、美味しいと食べていたのが虫ではなくて、精霊。精霊といえば、妖精のような小さな可愛い人型の生き物なのではないか。妖精と精霊の違いはわからないが、あれは食べちゃいけないものだということは、何となくわかる。童話にも出てくる人間よりも高位の生き物。
ゲロ。聖子は思わず吐いた。
「嘘、嘘でしょ。神様、仏様!何だって私にはあれが虫に見えたの?ブンブン飛んでたからって羽虫だなんてっ!メロン味のシュークリームだなんて!人でなし!聖子の人でなし!精霊を食べたなんてっ!しかも美味しかったし!」
ウヒーンとパニクってビーカーに頭を打ちつける聖子に、アダムはよしよしと慰めを入れる。人でなしというか、イモリでなしだ。
「まあ、でもわかりました。聖子さんは精霊の力を取り入れて、泉に還元していたということですね。我々には精霊は滅多に見えませんから、それは精霊たちもわかってやっていることなのかもしれません」
「み、見えない?」
「そうです。精霊は見せたい人にしか姿を現しません。聖女たちにも見えると言ったことは聞きませんから、よほど精霊に気に入られた人にしかわからないのだと思います。聖子さんには精霊という意識がなかったものの、姿を見ることができたのですから、その姿を羽虫として現したのは精霊なのかもしれません。聖子さんの体内に入ることによって何かしらの加護を与えたかったのではないでしょうか」
「そんなの、自殺行為じゃないですか…なんだってそんな…」
「それについては、今晩私達も一緒に行きましょう。何か分かるかも知れません」
アダムとグラハムはお互いを見て頷いた。夜中の泉など今まで考えたこともなかったのだ。もしかすると自分たちにも目にすることができるかも知れないと彼らは考えて不謹慎ながらもワクワクしていた。
反して聖子はこれから羽虫は絶対食べない、ベジタリアンになろうと決心するのだった。
「では、薬草が異常値を見せたのは水が原因だったということですね。それでしたら処置は簡単です。泉の水を使った薬草と普通の井戸水を使った薬草に畑を分ければいいでしょう」
「しかし、それだけ泉の水の効能が高いのであれば、ハイポーションや万能薬の大量生産も可能です。討伐隊や騎士達にはそういったものの方が必要でしょう」
「一度分配して仕舞えば継続していかなければなりません。聖子さんが羽虫…精霊を食し、泉で願うことが大前提なのです。精霊だと知った聖子さんがこれからも精霊を食すことができるでしょうか?」
「……ああ、そうですね」
グラハムは興奮気味にアダムに可能性を伝えるが、アダムは聖子を見て首を横に振った。聖子は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら身を丸めて首を横に振り続けている。
絶対無理。精霊と知った上でこれからも食べ続けるなんて出来ない。
そんな聖子に「さあこれからも精霊を食べ続けて万能薬を作りなさい」などといくら研究熱心なグラハムでも言えるわけがなかった。
うなだれてビーカーの隅に丸まった聖子を連れて、アダムは研究室を出た。
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