上 下
4 / 7

4

しおりを挟む
「アイーシャ」

 聞く耳を持たないこの二人を、どうやって相手にしようかと考えていたところで、声をかけられた。これはいいところに。

「ハロルド兄様」

 マジックバッグを片手に、三揃いのスーツがパリッとしてかっこいい。商談の帰りですね。

「お前、なにこんなところで道草してるんだ」
「いえ。道草じゃなくて今日はマウロと出かける予定でした」
「ほう。仕事をほっぽって無駄なデートか。お前のような子供に、そもそもデートなんて百年早いんだ。仕事をしろ、仕事を」
「兄様、百年経ったら私、生きてないかもしれません」
「それでもお前には早いんだ。そんな痩せっぽっちで、似合わないワンピースを着込んでおきながら、くしゃくしゃの頭で外に出るとは。ライラはなにをしているんだ」

 むう、と眉を寄せてメガネを中指でクイッと押し上げる癖のある兄は、ガッチリした体型で、騎士になるか商人になるかと悩んだ末、実家を取りました。なぜなら、当時婚約者だったモニカさん(今はお嫁さん)が騎士になれば、常に危険と向かい合わせになって、他人の為ばかりに働かなくちゃいけない、と文句を言ったそうです。そんな時間があるならば、私と一緒に他国へ行って楽しいものや役立つものを仕入れて、生活を豊かにしましょうよ、と。

 モニカさんの方が商売人には向いていたようで、お父様のハートをガッチリ掴み、お兄様を懐柔しました。母様がいうには、『亭主は嫁の尻に敷かれるくらいがちょうどいい』のだそうです。マウロくらいなら簡単そうですが…。愛がないと結婚は続かないとも言われましたから、私には無理かもしれません。

「ライラ姉様はクレイド様と研究所にこもっていたので、私が自分で用意しました」
「はあ。またか、あいつらは…」

 ライラ姉様は、学園を卒業したらクライド様と結婚をされるのだけど、爺様に似て錬金術が得意で、魔導士のクライド様と商品研究に余念がありません。たまに三日三晩研究所から出てこないなんてこともあり、監視カメラも置かれているくらい。イチャコラしてるんじゃないか、なんて余計な心配をするのは父様だけなんだけど。デバガメはやめろと母様によく怒られています。

「それでお前はその見窄らしい姿で街中の噴水前で、お前の婚約者に罵られているというわけか」
「えっと、今さっき、婚約を破棄されました」
「なに?」

 ニヤニヤと兄様の毒舌を聞いていたマウロは、はっと気がついてパクりと口を閉じ、狼狽えて視線をはぐらかしました。そうですよね、お兄様に睨まれると怖いもの。何せ背は高いし、視力が悪いせいで目つきが鋭い。まだまだ騎士の感覚が抜けていないせいもあって、なんというか迫力満点、威厳があってマウロより高貴な感じがします。

「それで?」
「えっと、それでをいじめた慰謝料と侮辱罪で金貨5千枚払えとか、水道使用権を差し出せとか、奴隷になれとか、言われました」
「あっ、いや!それはっ!」
「……色々ツッコミどころ満載だが…。メロドラマって誰だ?いじめとは?」

 焦ったマウロが口を挟むが、兄の鋭い視線で真っ青になって口を閉じました。それを横で見ていたメロドラマ様が、すかさず揉み手ですり寄ってきましたが。

 野生の勘なのでしょうか。強いものに媚を売る姿に、動物の本能を垣間見た気がしました。

「あのぅ、私メラドンナ・ソウヤーと申しますの。ライラ様とはお友達ですわ。どうぞお見知り置きを」
「…ライラの友と言う割に、我が妹をいじめていたようだが?」
「ま、まあ!それは逆ですわ!私、学園で彼女にいじめられていましたのよ」
「彼女、とは?ライラのことか?」
「え?いえ、そ、そこにいる、アイーシャ・エヴァダさんのことですわ。ライラと私の仲が悪いから、いじめるように言われていたのかもしれませんが、教科書を破られたり、池に突き落とされたり、靴を隠されたりしましたの。おかげで私の学園生活は散々ですのよ。そこでマウロ様に相談を「一つ聞きたいんだが」…えっ、な、なんでしょうか?」

 ヨヨヨ、と悲しげによろめくメロドラマ様を見下ろし、お兄様が話をぶった斬ったせいで、パチクリとして涙も止まってしまったようです。さりげなくマウロがメロドラマ様の肩を引き寄せていますが、震えてますね。無理はしない方が身のためですよ。

「メロドラマ嬢、君は先ほどライラの友と言っておきながら、今、仲が悪いと言ったが?」
「……えっ?い、言いました?」

 はい、はっきり言いましたね。お友達じゃなかったんですね。まあ、ライラ姉様が相手にするような人じゃありませんし?だって発情期のアバ…いえ、娼婦と言ったのは姉様ですし。ところで、兄様までメロドラマ嬢と言ってますが、そこは反応しないんですね。

「職業柄…有益な人物は家族全員で把握し、名を留めておくのが我が家のしきたりだが、ライラから君の名前が出てきたことはない」

 ありますよ、兄様。悪評でしたけど。知ってて言ってますね?

「そ、それは、その。わ、私のような小さな子爵家ではお取引にもなりませんでしょ?だか「もう一つ」……え?は、はい」
「うちの妹は学園に通っていないのに、どうして君をいじめることができたのかな?」
「「え?」」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女に巻き込まれた、愛されなかった彼女の話

下菊みこと
恋愛
転生聖女に嵌められた現地主人公が幸せになるだけ。 主人公は誰にも愛されなかった。そんな彼女が幸せになるためには過去彼女を愛さなかった人々への制裁が必要なのである。 小説家になろう様でも投稿しています。

お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。

有川カナデ
恋愛
憧れのお義姉様と本当の家族になるまであと少し。だというのに当の兄がお義姉様の卒業パーティでまさかの断罪イベント!?その隣にいる下品な女性は誰です!?えぇわかりました、わたくしがぶっ飛ばしてさしあげます!……と思ったら、そうでした。お兄様はお義姉様にべた惚れなのでした。 微ざまぁあり、諸々ご都合主義。短文なのでさくっと読めます。 カクヨム、なろうにも投稿しております。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

私、悪役令嬢ですが聖女に婚約者を取られそうなので自らを殺すことにしました

蓮恭
恋愛
 私カトリーヌは、周囲が言うには所謂悪役令嬢というものらしいです。  私の実家は新興貴族で、元はただの商家でした。    私が発案し開発した独創的な商品が当たりに当たった結果、国王陛下から子爵の位を賜ったと同時に王子殿下との婚約を打診されました。  この国の第二王子であり、名誉ある王国騎士団を率いる騎士団長ダミアン様が私の婚約者です。  それなのに、先般異世界から召喚してきた聖女麻里《まり》はその立場を利用して、ダミアン様を籠絡しようとしています。  ダミアン様は私の最も愛する方。    麻里を討ち果たし、婚約者の心を自分のものにすることにします。 *初めての読み切り短編です❀.(*´◡`*)❀. 『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載中です。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

処理中です...