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「お前のように計算高い女と結婚なんかできるか!捨て猫のように痩せギスで目ばかりでかくて可愛げがなく、家族からも疎まれるような女だ、この婚約は俺の方から破棄してやる!」

 待ち合わせをした噴水の前で、1時間も遅れてやってきたと思ったら、噴水の飛沫よりも唾を飛ばし激昂する婚約者に、私は目を丸くしました。え、計算高いって褒め言葉ですか?

 婚約破棄、ですか。今『俺の方から』って言いましたね?

「まあ、アイーシャったら、とうとうマウロにも見捨てられちゃったのね。せっかくのエヴァダ商会も、伯爵家の後ろ盾をなくしたら信用もガタ落ち。もう商売も伯爵領では無理かも知れないわねぇ」

 そういって、婚約者のマウロに寄りかかり、大きなお胸を押し付けながら、真っ赤な魔女のような爪をした指で彼の頬を撫でまくるのは、子爵家のお嬢様。名前は確か…。

「メロドラマ様」
「メラドンナよ!いつまで経っても名前すらも覚えられないなんて!!ほんと数字しか頭にないんじゃなくて!?」

 私、アイーシャ・エヴァダ14歳。この国の今をときめく大商会、エヴァダ商会の娘なんてものをやってます。兄、姉、双子の妹弟に挟まれた真ん中の次女。

 ただいま発育中と信じたい私、確かに痩せぎすでマッチ棒のような手足をしていますし、女性の象徴もまだまだぺったんこ。猫っ毛で天パのミルクティ色の髪だけは綿毛のように膨れ上がり、ふわふわと風に揺れるので、頭でっかちでバランスが悪く見えるのかもしれません。長すぎると絡まってとんでもないことになるので、短く顎のラインで切りそろえていますから、お貴族様には『ありえない!』の一言だそうで。痩せっぽっちなので顔の大きさに比べて目が大きいし耳もちょっと大きいのが難点。でも、聞き耳を立てるのに役に立つので、しょうがないかなぁとは思うんですけど。

 エヴァダ商会は私の曽祖父が始めた商会で、最初は水差しや壺、鍋や釜を売っていたようなのですが、この爺様、実はだったわけで。

 ああ、日常生活錬金術というのは、生活の向上を目指した錬金術というもので、武器とか賢者の石とかは作れないそうです。あくまでも庶民の生活に寄り添った錬金術。そんな錬金術、本当に必要なのかと思いきや。使っても使っても湧き出でる水差しが、日照りが続いて大旱魃となったある年に売れに売れて、エヴァダ家は大商会へと発展していったわけです。

 その名残で、この街は水の都として有名になったわけですが、我が家にあるオリジナルの水差しは永久機関と呼ばれ、家宝となって我が家の地下で今もなお、とうとうと地下水路に流れているのです。ちなみに曽祖父の作った商品用の水差しは、老化して飲むに耐えない水が湧き出るので骨董品と化しました。

 私の父は生まれながらの商人で、「タダではあげられまへんで」と爺様の手柄に手を加え、王都で水路の設計図とパイプラインを建設し、どこの家でも蛇口をひねれば水が出るという画期的な商品を作り出し、国や各領地を相手に毎月水路利用料をぼったくり、ゲフンゲフン、いただいているくらいなのです。何を隠そうこの噴水も、お貴族様のお屋敷の水道水も全てエヴァダ商会へ利用料を支払わないことには使えません。とはいえ、噴水や井戸水は、あまり裕福ではない方々のために、無料という事になっていますが。それは国や領主からキッチリふんだくって…いえ、環境改善費としてちゃっかり頂いています。

 まあそんなわけで、商売繁盛はいいのですが、エヴァダ商会に月々に入ってくる金額といったら。下手したら王様のお給料より多いかも知れません。王様がお給料をもらっているのかどうかは知りませんけど。

 で、その大商会の会計士として使われているのが私。計算高い、と言うのは商人にとっては褒め言葉なんですけどね。儲けてなんぼ、が商売ですからね。ですがこの場合、ちょっと貶されている気がします。

 実はこの婚約も、伯爵様から父に泣きつかれ、最初は「うちの息子を婿にやるから、水道代マケてちょ」だったのが、首を縦に振らない父を見て「娘を伯爵家に嫁がせて、持参金代わりに商会の本店舗を伯爵領に設置してくれたら土地代ナシ」となって、それでも無理と知ると「娘を伯爵家に嫁入りさせて、実権を握らせてもいい」まで発展したらしいです。

 伯爵、それでいいのか?と思ったり、私に何得?と思わないでもないのですが、「伯爵家の実権」に引かれた父様はそれで手を打って、私はこの厚顔無恥マウロの婚約者になったわけです。

 ーーというのが、数ヶ月前。

 ええ、こんなバカだと知っていたら、いくら父でも私を売り飛ばし、伯爵家を手に入れる…などと言うような真似はしなかったと…思いたいです。

 私、計算がとても早く、パッと見ただけで正確な数を当ててしまうという特技というか、『超認識力』というスキルがあるんですが、父曰くとても重宝するスキルで、大きな商談などには必ず私を連れて行くのです。相手が鉄貨一枚でも誤魔化そうものならば、鬼の首を取ったかのように追及するので(私ではなく、父がですよ?)歩く金庫番とか守銭奴とか呼ばれているわけです。私は金の亡者ではないというのに。

「聞いているのか、アイーシャ・エヴァダ!」

 おっと、話がそれました。
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