上 下
69 / 92

緑竜の夢

しおりを挟む
 遥か古代から、永遠とも思える時と共にこの大地の営みを垣間見てきた。

 地下に生きる微生物でさえ、この星に還元し自然とともに生きているというのに、地表に現れるのはどれもこれも自己愛に溢れ、他者を蔑ろにし敵対するものばかりで、破壊のかぎりを尽くしていく。醜く不浄なる者たち。

 神の姿を与えられながらも、獣の心を持つ醜い姿をした、中途半端な生き物。魂は卑小で救う価値すらないような者達。生を全うすることもできず死を自ら呼び込み、かと言って潔く感謝の念を込めて星に還元される事すら恐れ、醜く足掻いては傷口を広げていく。

「そろそろ潮時か」

 破壊された大地から溢れる憎しみが、己が付けた傷口から溢れていることすら気が付かない愚かな生物どもは、その膿に自ら冒されていく。各地に現れた瘴気が強い土地ほど、大地が汚されているということに気がつかないものか。己の行動を顧みるものはいないものなのか。

 時折現れる高潔な者達が、慰めとばかりに膿から生まれた瘴気を浄化していくが、それも長くは持たず命ある者は瞬きの間に消えていく。我が力を僅かばかりだが貸してやったのに、その力に溺れ驕りやはりその者達も塵となって消えた。

 ああ、退屈だ。

 いっその事、地表を薙ぎ払い初めからやり直してみようか。

 そんなことを考えていたが、ある日真っ黒に染まった大地に現れた白い点を見つけた。小さなごま粒より小さな点ではあったが、次第に大きく力強くなっていく。ほんの少しの好奇心と、わずかばかりの期待から近づいてみようと気まぐれに思い、竜の姿を借りて地表に降りてみた。

 久々に持った体は重く、汚れた大地と空気に気分が悪くなる。それでもなんとか胡麻粒を潰さぬよう、近くに降り立った。全く、こんな中で生き続ける人間と呼ばれる不憫な者達は、抗体でも出来ているのか、やけにしぶとい。地を這うように蠢きながらもなんとか生きながらえているようだ。

 降り立った場所は、僅かながら瘴気が薄い。かろうじて息ができる程度ではあるが。これは、人間どもがいないせいだろうか。この森はどうやら人間からは隔離されているらしく、木々は大きく育ち守られているようだ。ここなら暫くは滞在できるか。

 早速、胡麻粒が我の存在に気がついたと見える。

 さあ、その姿を見せてくれ。粒によっては力を貸すのも一興だ。もしつまらない者ならば、やはり地表は一掃して、今度は穢らわしい人間などが生きられない場所にしてしまおうか。意識を胡麻粒に集中していたが、森の中から穢れを纏った醜いものが這い出てきた。

 これはなんだ。

 禍々しい中に空洞がある。これが人間というものだろうか。いや、確か瘴気が作り出した魔物の中にゴブリンとかいうものがいたはずだ。それにしては、魔法の結界に護られている。では、人間が飼い慣らしたゴブリンか。なんと惨いことをするのか。さっさと死なせてやればいいものを、何故ここに引き留めるのだ。大罪を犯した者なのか、それとも単なる気紛れの道具か。

 ちょっと鼻息をかければ吹き飛んでしまいそうな存在ではあるが、護られているのであれば我が手を加えてはきっと問題になるであろう。しかし、汚らわしい。キーキー騒いでいるが、言葉がわからない。

 どうしようか考えあぐねている間に、森が歓喜に震えた。ほう。これは祝福か。気がいっそう軽くなり、我も石のように丸めていた体を少し伸ばした。こんなことができる人間がまだ居たか。すでに全て死に絶えたかと思っていたが、ああ。わかった。これが例の胡麻粒だ。一つだと思ったが二つあったか。こちらに向かってくる。よしよし。我が見極めてやるとしよう。


 目の前の穢れがパタリと倒れて動かなくなった。ふむ。浄化されたならばそれでよし。見苦しいハエはうっかり叩いてしまうからな。現れた胡麻粒は、思っていた以上に大きい豆粒だった。特別白いわけではなかったのは残念だったが、ここまで瘴気に溢れた大地でこれ程の力を保ち、放てるのであれば、まあ、この時代においては大物になれる器を持っているのであろうな。横にいる胡麻粒はまだまだ小さいが、豆粒から派生したのか。こうやって分離体を作れるのであれば、まだこの大地には見込みがあるということか。

 面白そうだ。暫くの余興にはちょうど良いかもしれん。

 仮の姿であるこの身に我の意識を預けるには縛りつけが必要だ。この豆粒から名を貰えば、豆粒が生きている限りこの体に束縛される。ほんの瞬きの間だが、とくと楽しませてもらうとするか。

 さあ、我に名を。

 豆粒の名はエヴァン。ああ、魔力をもらって初めて気がついた。これは森の主と地の主の血を分けた者だった。なるほど、息絶えたと思った種族はこうして細々と繋いでおったのか。これは良い。近づかねば見えぬほどの小さきものだ。天上からでは見落としておったわ。

 そして、その番となったのはアルヴィーナ。こちらはエヴァンの魔力に溢れ、何重にも守られておるから、その愛情の下でのみ力が発揮できるわけか。考えたものよの。

 健気にも蕾をつけようと互いに支え合う姿は愛らしい。そうだ、元々はこの愛らしい生命を愛でようと眺めていたのだが、いつの間にか増えすぎたのだ。互いを支え合うどころか、互いを締め付け傷つけ蕾をつけることもなく枯れていったのだ。

 どうか、この二つの小さな生物が蕾をつけ花を咲かせられるよう、我の加護をほんの少しだけ与えよう。我が生を少しだけ楽しませてもらえるよう、それから息苦しいこの瘴気を払えるよう、力も貸してやろう。

 この二つの生き物がこの地表に生きる生物の生死を分ける分岐点になるのだから、しかと観察させてもらうぞ。せいぜい足掻いて、我を楽しませてくれ。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

奪われ続けた少年が助けたおばあちゃんは呪いをかけられたお姫様だった~少年と呪いが解けたお姫様は家族のぬくもりを知る~

ぐうのすけ
ファンタジー
冒険者ギルドが衰退し会社が力を持つ時代。 12才の『カモン』はポーション王子と讃えられる経営者、クラッシュに憧れ会社に入るが、会社では奪われ続けリストラ同然で追い出された。 更に家に戻ると、カモンのお金を盗まれた事で家を逃げ出す。 会社から奪われ、父から奪われ続け人を信じる心を失うカモンだったが、おばあちゃんの姿になる呪いをかけられたティアにパンを恵まれ人のぬくもりを思い出し決意する。 「今度は僕がティアおばあちゃんを助ける!」 その後覚醒し困ったティアを助けた事で運命は動き出す。 一方カモンのノルマを奪い、会社を追い出した男とお金を盗んだカモンの父は報いを受ける事になる

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...