上 下
82 / 92

妖怪もどきの侯爵令嬢

しおりを挟む
「す、すみません。ええと、そう、緑色のゴブリンの赤子とか青虫っぽい幼虫とかが這い出してきたんです。ホラーですよ!ホラー!それで慌ててアルヴィーナ様とエヴァン様を呼び出してもらおうと陛下に願い出たら、もう、もう…」

 クリスはボロボロと大粒の涙をこぼして、これ以上話にならなかった。うん、まだ若いのに酷いトラウマになったようだ。

「それで、陛下と殿下は?」

「陛下はご自分の執務室に閉じ困って出てきませんし、殿下は殿下で王子宮にいましたので、騒ぎが起こった時には出てこれない状態になってしまいました」
「えっ?て言うことはボンクラ、まだ自分の部屋にいるの?」
「もし瘴気に侵されていないんなら、はい。そうですね。誰もあそこまでたどり着いていなければの話ですが」

 俺とアルヴィーナは顔を見合わせた。

「どう思う?エヴァン」
「どうもこうも…。セレナ嬢が魔人になった感じだよなあ」
「だよねえ」
「ま、魔人ですか!?そ、そんな」
「いや、でもなんて言うか、魔物の生産者になってるっぽいんだけど?」
「だって腹、破裂してまだ生きてるんだろ?人間じゃねえよなあ」

 しかも瘴気まき散らかしてるし。あれか、王子に怒った毎朝のことがセレナ嬢にも起こってるような感じ。でもなぜか倍速されてる。

「の、のんびりしてる場合じゃないですよ!騎士団も魔導士たちも一睡もしないで頑張ってるんです。なんとかなりませんか!?」

 って言うか、王国魔導士団が揃って瘴気も対処出来ないって、何してんだ、あいつら。

「わかった。じゃあクリスだっけ?とりあえず、全員この薬草畑の真ん中に集めといて?アルヴィーナは怪我人見てやって?あとこの薬草畑、聖地化されてるみたいだからひとまず現状維持だけお願いしてもいいかな」
「えー?エヴァン自分だけ暴れるつもり?ずるいなぁ」

 いやいや。そこで狂戦士化しなくていいからね。君、一応王子妃候補で令嬢の鏡だったでしょうが。

「だってほら、シャムロックも居るしね」
「ムゥ。わかったわ。じゃあ怪我人がいたらじゃんじゃん連れて来て!たっぷり寝たからどんどん浄化するわ!」

 浄化じゃなくて、治癒だよアルヴィーナ。

 「よし、まずは元凶を叩きに行くか」

 俺は勝手知ったる王城の庭を<舜歩>で駆け出した。まずは貴族牢の例の令嬢を浄化か。


 さほど時間もかからず、瘴気の濃いところへ向かえばその令嬢へと辿り着いた。その間に出会った魔物はほとんどがゴブリン。赤ん坊のようでいて目つきが危ない。涎を垂らしながらバブバブ言ってるけど、芋虫食ってるよ。気持ち悪い。浄化、浄化。蜘蛛の子のようにわらわらと飛び出してきては、別の魔物に食らいつく。人間はまだ強すぎるようで、メイドですら箒や雑巾片手にバシバシ叩き潰している。強いな、メイド。

「エヴァン様!戻って来てくれたんですね!」
「アルヴィーナ様もご一緒ですか!」

 充血した目で、肩で息をしている王宮メイドたちが俺を見て、歓喜の声を上げた。

「アルヴィーナは薬草畑にいるから、みんなと向かってくれ。ここは俺に任せて」
「「「ハイっ!ありがとうございます!」」」

 ひどくやつれてはいるけれど、怪我をしている人はいなさそうだ。瘴気の中で怪我をすると魔人になる恐れもあるから気をつけないと。まあ、魔物は薬草畑には入れないから、後で確認するとして。

「【ファイアーボール】【ターバイン】」

 人間がいないことを確認して、俺は火魔法と風魔法を同時発動させた。ギュオンッと火の粉が舞い、高速回転によって広範囲を焼き払う。この魔法は混合させることで竜巻のような現象を起こすのだが、魔力量はそれほどかからないのが良い。巻き込みながら焼却するので灰塵が舞うのが厄介だが、灰塵は魔植物が嫌うものの一つだ。いかに魔物でも光合成はするらしく、灰塵が葉に積もり、急速に萎れていく。栄養にはならないらしく、これを使って農地開拓をよくしたものだった。

「こんなところで役に立つとはね」

 フロンティア万歳だ。俺の通った後が焼け野原になるのはこの際仕方がないとして。

「あ、いた」

 貴族牢の残骸とも言うべき塔の成れの果ては、魔性の森となっていた。その崩れた瓦礫の中に座る妖怪、もといご令嬢は青白い顔をしてこちらを見ている。まだ生きてるあたり、やっぱり人間終わったかな。

「エヴァン様?」
「え?俺…私のことをご存知でしたか」
「ええ、もちろん。アルヴィーナ様のお兄様でいらっしゃいますわよね?」
「そう言うあなたは…フィンデックス侯爵令嬢で間違い無いです?」
「は、はい。こんな姿で失礼いたします」

 おかしい。なんで普通に会話してるんだ?

「あの、申し訳ないのですが。私、体が動かなくて。ちょっと手を貸していただけませんか」

 ええぇ。手助け、ですか。貴婦人の頼みは断っちゃいけないって紳士禄にあるけど。腹裂けて、瘴気が渦巻いてるんだけど。ゲロってゴブリン吐き出してるのちょっと気味悪いんだけど。

 えっと。
 人間じゃないよね?



 やだって言っても良いかなあ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺だけ✨宝箱✨で殴るダンジョン生活

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
俺、“飯狗頼忠(めしく よりただ)”は世間一般で【大ハズレ】と呼ばれるスキル【+1】を持つ男だ。 幸運こそ100と高いが、代わりに全てのステータスが1と、何をするにもダメダメで、ダンジョンとの相性はすこぶる悪かった。 しかし世の中には天から二物も三物ももらう存在がいる。 それが幼馴染の“漆戸慎(うるしどしん)”だ。 成績優秀、スポーツ万能、そして“ダンジョンタレント”としてクラスカースト上位に君臨する俺にとって目の上のたんこぶ。 そんな幼馴染からの誘いで俺は“宝箱を開ける係”兼“荷物持ち”として誘われ、同調圧力に屈して渋々承認する事に。 他にも【ハズレ】スキルを持つ女子3人を引き連れ、俺たちは最寄りのランクEダンジョンに。 そこで目の当たりにしたのは慎による俺TUEEEEE無双。 寄生上等の養殖で女子達は一足早くレベルアップ。 しかし俺の筋力は1でカスダメも与えられず…… パーティは俺を置いてズンズンと前に進んでしまった。 そんな俺に訪れた更なる不運。 レベルが上がって得意になった女子が踏んだトラップによる幼馴染とのパーティ断絶だった。 一切悪びれずにレベル1で荷物持ちの俺に盾になれと言った女子と折り合いがつくはずもなく、俺たちは別行動をとる事に…… 一撃もらっただけで死ぬ場所で、ビクビクしながらの行軍は悪夢のようだった。そんな中響き渡る悲鳴、先程喧嘩別れした女子がモンスターに襲われていたのだ。 俺は彼女を囮に背後からモンスターに襲いかかる! 戦闘は泥沼だったがそれでも勝利を収めた。 手にしたのはレベルアップの余韻と新たなスキル。そしてアイアンボックスと呼ばれる鉄等級の宝箱を手に入れて、俺は内心興奮を抑えきれなかった。 宝箱。それはアイテムとの出会いの場所。モンスタードロップと違い装備やアイテムが低い確率で出てくるが、同時に入手アイテムのグレードが上がるたびに設置されるトラップが凶悪になる事で有名である。 極限まで追い詰められた俺は、ここで天才的な閃きを見せた。 もしかしてこのトラップ、モンスターにも向けられるんじゃね? やってみたら案の定効果を発揮し、そして嬉しい事に俺のスキルがさらに追加効果を発揮する。 女子を囮にしながらの快進撃。 ステータスが貧弱すぎるが故に自分一人じゃ何もできない俺は、宝箱から出したアイテムで女子を買収し、囮役を引き受けてもらった。 そして迎えたボス戦で、俺たちは再び苦戦を強いられる。 何度削っても回復する無尽蔵のライフ、しかし激戦を制したのは俺たちで、命からがら抜け出したダンジョンの先で待っていたのは……複数の記者のフラッシュだった。 クラスメイトとの別れ、そして耳を疑う顛末。 俺ができるのは宝箱を開けることくらい。 けどその中に、全てを解決できる『鍵』が隠されていた。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

処理中です...