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クビですか?望むところです

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 目に涙をいっぱい溜めてこちらを睨みつける視線には、やるせなさとか不甲斐なさを漂わせた中年の平民とさほど変わらなかった。ストレス過剰気味なのが手に取るようにわかる。王がこれでは、近隣国にも示しがつかないだろうに、宰相と王妃の采配でなんとかなって来たんだろうな。

「エヴァン・ハイベック参上いたしました」
「同じくアルヴィーナ・ハイベックが陛下にご挨拶を申し上げます」

 俺たちは恭しく頭を下げるが、アルヴィーナがこそっとつぶやいた。千里眼の結果が出たらしい。

(ボンクラ王子はどうやら王子宮に軟禁中。魔物化はしてないみたいよ。でもベッドに横になってる)

 ふむ。

 どうやら魔物化の現象は治ったようだ。よかった。少なくとも瘴気溢れる腐海にはなっていないようだし。とはいえ、王宮に人がいなさすぎるのは気になるな。

(あと、騎士達が走り回ってるのと、誰か貴族牢に入ってるみたい。随分警戒体制が敷かれてるわ。魔導士も何やら集まってるし)

 俺の疑問に答えるかのようにアルヴィーナが付け足した。

 貴族牢か。となると王族を狙った貴族の侵入者がいたんだな。狙いはボンクラ王子か。それで、王様が「お前は何をしておった!」と怒り心頭というところか。

「お前は何をしておったのだ!」

 そのままだよ。

「昨日は、アルヴィーナが一週間ぶりに目を覚ましましたので、伯爵邸に戻り様子をみていました。今朝になってこの通り、義妹も調子を取り戻し、ご挨拶に参った次第でございます」
「そ、それはわかっておる!無事で何よりだ。だがな、ワシの息子が、シンファエルが大変なことをしおったわ!お前という見張りがおらなんだせいで、賊が入り込みたぶらかしおった!」

 ボンクラしでかした、と。賊たぶらかしたのは、王子の方か。

「殿下の周囲には屈強な騎士達や侍従、護衛などがいるはずです。宰相から申しつけられた私の役目は、王子殿下の再教育ということでしたので、その成果は陛下にもお伝えしてあったと存じます。それで、殿下はお怪我などされたのでしょうか?」
「い、いや。怪我はしとらん。侵入したのは令嬢だ。息子をたぶらかしおったわ。今は貴族牢に入れておるが、場合によっては絞首刑にもなる」

 絞首刑?この国は死罪はないはずだ。一番ひどいのでも鉱山の労働か終身刑だ。

「それは物騒ですね、陛下。ところで、この国には死刑は存在しないと理解しておりますが」
「わしが死刑と言えば、死刑になるのだ!」
「ええ…?」

 この王様、ボンクラと同じ脳みそをしてたのか。どうりで、あんな頭脳派の王妃からどうしてあんなのがと思ったら……。権力の使い方間違えてんぞ、おい。

 俺がチラリとアルヴィーナを見ると、埴輪顔になっていた。ああ、こんなのと6年も付き合っていたんだな。義妹よ。

「お言葉ですが、陛下。陛下の御一存だけで法律は変えられないと以前にも申し上げたはずでございます。王妃殿下はどちらへ?」

 アルヴィーナが我に返って、口を開いた。あんたじゃ話にならないから王妃を出せ、と言っているようなものだ。聞き様によっては不敬だが、扉付近にいる騎士も王のそばに控える侍従も何も言わないところを見ると、通常運転なのかな。

「アレは……あれが、あんなだから、お前がちゃんとみてないから、こんなことに」

 エグエグと言葉を詰まらせる50過ぎのおっさんを見ても同情心すら浮かばないんだが、アレとかあれとかあんなとか主語がないから何がなんなのか、わからないんだけど。令嬢というのはあれだね、侯爵令嬢のセレナ嬢で間違いないかな?

「つまり王妃殿下は、お兄様がちょっと目を離した隙にシンファエル王子殿下がセレナ嬢と『このような事件』を起こしたから、実家に帰ってしまわれたと?」

 えっ?今の言葉からそんなことが引き出されるの!?すごい翻訳だね?

「そうだ!全部お前のせいだ!エヴァン・ハイベックよ!」
「ええっ?俺のせい?」
「それで?『このような事件』の詳細をお聞かせ願えますか?」

 アルヴィーナは動じず王様に詰る。ある意味、鋼の心臓をしている俺の義妹。

「わ、わしの口からは言えん!ひどいのだ!其方には聞かせたくない!とにかく、エヴァンよ!お前はクビだ!役立たずめ!」

 おっと、いきなり言質取ったぞ!

 ずっと欲しかったその言葉を今この場で貰えるとは思っても見なかった。宰相だったらこうはいかない。きっと死ぬまで働かされていただろう。まあ、そうなったらなったで国を出ていくつもりではあったけどな。

「……っ!クビ、ですか」

 俺は、あからさまに喜ばないように神妙な顔を作った。もしかしたら、ちょっと口元が歪んで苦痛そうに見えたかもしれない。王様がしてやったりというようにふんぞり返り、俺に指を刺した。ああ、こういうところ王子ボンクラにそっくりだ。親子だな。

「そうだ!とっとと王宮から出ていくが良い!2度とくるな!」
「畏まりました。お役に立てず申し訳ございません。失礼致します。いくぞ、アルヴィーナ」
「はいっ、お兄様!」
「待て!!アルヴィーナ嬢はここに残るのだ!」

 素早く踵を返して、扉に向かっていた俺達はぴたりと立ち止まり振り返った。

「アルヴィーナ嬢には婚約者としての義務を果たしてもらう!血の繋がりはないとは言え、其方の義兄がしくじったのだ!その責任を取るのは、アルヴィーナ嬢、其方の役目だ!これは王命だ!」

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