ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美

文字の大きさ
上 下
61 / 92

目覚め

しおりを挟む
 口元から紫煙の溢れるアルヴィーナが近づいてきた。

 もちろん、俺はこんなチンケな闇魔法に引っかかるほど間抜けではない。

 ーーとか言いつつ、結構危なかったけど。

 ギリギリのところでピアスにつけた防御魔法が発動した。

 闇魔法を使うやつは実は結構多い。商売人には特に、軽い暗示魔法や魅了の力を持っている奴がいて、本人も気づいていないことがある。大体商売上手な悪どい商人なんかはこれを持っているから、騙されない様にピアスに魔法無効の防御石を埋め込んであるのだ。アルヴィーナの部屋だからと油断した。催眠魔法は滅多にお目にかかれないが、この魔力を辿れば誰のものかはハッキリする。

 魔力紋というのは指紋と一緒で一人ずつ違う。それを逆行して突き止めるのは難しいが、無理ではない。特にアルヴィーナほどの魔力を持った人間の隙をついて乗っ取りを試みるような命知らずな奴はそうそういないはずだ。でなければ返り討ちに遭い、アルヴィーナの聖魔法で大打撃を負うから。下手をすれば命を奪われる。

 もちろん、偶然ということもあり得るが(その場合追跡難度が跳ね上がる)、そうでない場合はアルヴィーナが魔力暴走で意識喪失を知っている者で、よほど腹に抱えるものがある人物ということになる。だとしたら、追跡の範囲はかなり狭まることになる。つまり王城内の誰か。可能性として一番高いのはセレナ嬢だが、動機がわからない。俺はそのチャンスを待った。

 幸い、アルヴィーナが俺に触れてくれたおかげで、魔力を辿れる。紫色の闇魔法を手繰り寄せ、追跡を開始ーー

「フッザケんじゃないわよーーー!!!」

 ーーしようとしたところで、アルヴィーナが耳元で叫び、立ち上がりがてら横っ面を思いっきり蹴り上げられた。

「グフゥッ!?」

 アルヴィーナが張り倒した反動で、俺は床を転がりベッドの足で後頭部をしこたま打ちつけ、一瞬本気で意識が飛びかけた。 

 そしてなにを思ったのか、立ち上がったアルヴィーナが顔を真っ赤にして自身の頬に張り手を食らわし、自分を吹っ飛ばした。

「はぅあっ!?」

 俺は目を丸くして、頭をさすりながら反対側に吹っ飛んだアルヴィーナを見ると、豆鉄砲を喰ったような顔のアルヴィーナと視線が合う。

「エヴァン!?」
「アルヴィーナ!?」
「エヴァン様!?」
「お嬢様っ!?」
「ご飯っ!?」

 テーブルに突っ伏していたサリーとメリーが飛び起き、床に転がっていたローリィもがばっと目覚め寝ぼけた事を言い、片頬を抑える俺とアルヴィーナを凝視した。紫煙は綺麗さっぱり霧散し、追跡は不発。

 だが。

「エヴァン!?」
「アルヴィーナ!?」
「「「お嬢様っ!?」」」

 同じセリフを繰り返し、四つん這いのまま、お互いに擦り寄った。

「アル、か?」
「わたくしよ!」
「お嬢様!」
「サリー!」
「お嬢様!」
「メリー!」
「お嬢様!」
「ローリィ!」
「「「なぜご自身に平手打ちをっ!?」」」

 おお。息あってんなあ、3人とも。

「あの!わたくしの体を乗っ取って!エヴァンを!」

 ん?今、聞き捨てならん言葉が。

「あの男?」

 俺がそう聞き返すと、アルヴィーナはブルブルっと体を震わせ両腕を擦り回した。

「きもっ!まじ、キモい!!変態が!わ、わたくしの体に入り込んでエヴァンを手籠にしようとしたのよ!許せない!」

 ………は?

「ま、待て待て待て!猿男って、まさかの王子!?」
「そうよ!どうやって闇魔法なんか覚えたのかしら?ボンクラのくせに!」
「え?あの、女っぽいお嬢様の正体が、」
「クソ王子…?」
「蛇女みたいな、あの動きが、クソ王子…だったと?」
「わ、私ちょっと、吐き気が……っ!」

 サリーが駆け出して部屋を出て行った。どうでもいいけど、「クソ王子」ですでに定着してるの?

「わ、わたしは湯浴みの準備をっ!」
「薬草茶をいれてきますっ!!」

 メリーとローリィも駆け出していった。

「お、俺、殿下アレにキスされそうになってたのか……っ」
「王子の奴、幽体離脱してエヴァンに会いに来たのよ。そこで私の体に取り憑いたの。私が気付くのが遅すぎて、ああ!気持ち悪い!」

 アルヴィーナが両腕をさすり身震いをした。まあ、わからないでもない。

「昼間っから幽体離脱…?」
「執念だわ!私に嫉妬して、エヴァンを手に入れたかったんだと思うの。たまたま私の体に乗り移ったからあんな事になったけど」
「嫉妬」
「闇魔法に包まれていたけど、あの感情は王子のものだった。追い出すときに聖魔法を使ってやったから押し戻されたはずだけど、無事じゃ済まないかもね。闇魔法なんて正反対の魔力だもの」
「闇魔法といえば…」

 俺とアルヴィーナは顔を見合わす。

「「フィンデックス侯爵令嬢」」

「……」
「……」

 嫌な予感がする。まさかと思うが、あの猿男おうじ、また……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...