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魂の抜けたアルヴィーナ①

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「エヴァンお兄様、お願い」

 潤んだ瞳で俺を上目遣いに見上げ、両手を胸の前で祈るように組んだアルヴィーナを見て、俺は頬を引き攣らせていた。


 ***


 アルヴィーナが目覚めてから数時間。
 王城が阿鼻叫喚に包まれる中、エヴァンもアルヴィーナの部屋で叫び出したい心境にあった。アルヴィーナはお兄様と呼ぶことはあってもエヴァンお兄様と呼ぶことはない。エヴァンとお兄様は使い分けているからだ。人前で貴族令嬢として立ち振る舞う時はお兄様と呼び、二人だけの時にはエヴァンと呼ぶ。

 だが、魂の抜けたアルヴィーナは本能のままエヴァンに助けを求めていた。いや、絡め取ろうと画策していた。

 もともとエヴァンが大好きだったアルヴィーナの肉体は本能で悟っていた。この男を逃してはならない。必ず手に入れるのだと。そこに心からの敬愛や恋慕の気持ちがあるかどうかは定かではないものの、肉体は目の前の兄を「男」として認識し、なんとかたらし込もうとしているのだ。体は武器。それしか考えていなかった。

 そしてその様子を見下ろすかのように、天井ではまさに悪霊でも迷い込んだかというほどの禍々しい魔力が轟いている。

「わたくし、心細いのです。後生ですから隣で抱き締めていてくださいまし」
「いや、抱きしめる必要ないでしょ。ここにいるんだし。兄妹とはいえそれは無理だよ?代わりにサリーではダメかな?」
「ダメですわ!ダメですわ!エヴァンお兄様でないとダメなんですわ!隣で一!緒に!わたくしを慰めてくださいまし!」

 アルヴィーナのくねくねした体の動きもさる事ながら、イヤイヤと首を振る仕草まで、サリーたちメイドも引き攣りながら一歩引いていた。

 こんなアルヴィーナは見たことがない。

 一体どこで、こんなを身につけたのか。アルヴィーナの美貌は誰もが認めるところであるが、それ以上に淑女然とした立ち振る舞いや清々しいまでの凛々しさがあってこそ高嶺の花であるアルヴィーナ像が成り立っていたのである。それが今や、まるで普通の御令嬢、いやそれ以下に成り下がっている。それが、サリー、メリー、そしてローリィの脳内に警鐘を鳴らしていた。

 これは誰だ。

 アルヴィーナを乗っ取ったに違いない。

「エヴァン様……森で悪霊レイスでも拾ってきましたか?」

 ボソリとサリーが呟く。


 ***



「アル。サリーたちが怖がってるよ?早く戻ってきてくれないかな?」

 俺は首を左右に振りサリーの不安を否定すると、天井を見上げた。

 ああ、禍々しいまでの魔力が渦巻いている。これにはサリーたちも気がついているらしく、ローリィはパニクって治癒魔法をあたり一面に振りまいている。

 治癒魔法では、あれは癒えないんだよ、ローリィ。今度一緒に浄化魔法を覚えようか。

 悪霊と間違われても仕方がないな。そんなに怒るくらいならとっとと自分の体に戻って来ればいいのに、アルヴィーナは頑なに天井に張り付いている。

 戻って来れない理由でもあるとか?アルヴィーナほどの魔力の持ち主が、悪霊なんかに取り憑かれるとは思えないんだが。

 あまり長いこと肉体から離れていると、地縛霊になってしまうんだけど。

「医者…よりも神官様をお呼びした方が…」

 治療を諦めたローリィが不安げに俺に視線をよこした。アルヴィーナのメイドたちには、これまで俺の視察について歩き、魔獣や魔虫は何度も見てきたし、なんなら退治をすることもできるほどには訓練した。

 だけど、アンデッドやレイスは未だ嘗て出会ったことがないし、退治方法も知らない。アンデッド系には聖魔法や聖水しか聞かないとは教えたことがあるが、3人とも簡単な治癒魔法は使えても聖魔法は使えないのだ。

「いや、悪霊じゃないから」

 俺が苦笑してそう言うと、メリーが口を出した。

「悪霊というよりも普通の令嬢になってますよね?」

 あれ?天井に張り付いている魂の方じゃなくて、体の方?

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