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瘴気の森の痕:王子視点

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 時は遡り、瘴気の森のハプニングから無事城に帰ってきたシンファエル王子。魔導士団長にスカイを引き渡し、途中で落とされたことを告げたものの、瘴気の森についてはなんとなく言ってはいけないような気がして口を噤んだ。そのことが後々問題になってしまうのだが、シンファエルは大事無いと考えた。

「振り落とされたって、殿下!お怪我は!?」
「エヴァンが治してくれた」
「そ、そうなんですか…?彼、治癒魔法も使えたんですね?」
「ああ、そうだな。問題ない。スカイにもあまりひどい罰は与えないでくれ。私の唯一の交通手段だから」

 魔導士団長は目を向いた。王子が情けをかけるなど滅多にないことだからだ。すくに「不敬罪だ」と言って首を切るか「国外追放だ!」と喚くかする王子がここまで成長したとは、と心中でエヴァンを拝んだ。

「わ、わかりました。では、一週間の外出禁止と食事抜きで」
「食事はちゃんと与えてくれ。死なれると困るからな。あと手入れは怠らないように」
「はっ、はい。寛大なお言葉、感謝します」
「うむ」

 色々あって疲れてしまったし、魔導士団長から感謝されるのは悪くない。部屋に戻って乾布摩擦をしたい一心で、王子は早々に引っ込んだのだった。ここで風呂に入っていれば、その後の事件は起こらなかったかもしれないが、その地点では誰も知る由はなかった。頭はガンガン痛むし、気持ちが悪い。これはエヴァンが食わせたまずい物のせいかもしれない。

 自分の体から魔虫が生まれようと瘴気が沸き起ころうと気がつかなかったシンファエルだったが、内臓は確実に侵されていたのだ。その機能しない内臓の代わりに、体の中で何かが起こっていた。喉が粉っぽいし、胸がつかえる。

 王子は伯爵領から帰って来て死んだように眠りにつき、食事もせず次の日になった。


***


 私はいつものように朝の乾布摩擦の後、鏡の前に立ち我が麗しの金髪を撫でた。エヴァンがくれたドライシャンプーからこの方、頭皮の痒みも無くなったし、金髪も艶が良く天使の輪ができている。美しい。

 今朝もきちんとシャンプーはしたが、なんとなくまだ泥くさいような気がしないでもない。あんな瘴気の混ざった泥沼に落ちたのだから仕方がないが……。

 これは、一体なんだろうか。

 鏡に映る自分の頭の天辺から、若葉が生えている。

 引っこ抜こうとしたのだが、激痛が走りそれは無理だと知った。

 エヴァンが来たら聞いてみよう、と思っているうちに若葉がグングン大きくなり、頭が重くなり床に押し付けられた。

「ぐぅ、エヴァン……」

 意識が朦朧とし…。目を覚ますと、エヴァンが覗き込んでいた。

「はれ?」
「気分はどうですか?」
「……悪くはないが、なんか忘れているような気がするな」
「頭から木が生えてました」
「何?」
「一応退治しましたが、ヤドリギに寄生されてました」
「そういえば…。若葉が頭から生えておったな。それは、魔物か」
「そうですね。どこで拾って来たのかわかりませんが、もうちょっとで脳みそ吸い取られてるとこでしたよ。記憶がおかしいとか、思い出せないこととかありますかね?」
「どうかな。今のところ、私の名もお前の名も覚えているし、立場もわかっているが」
「訓練の内容も覚えてますか?」
「朝の乾布摩擦は終えたし、朝練の内容は……大体覚えていると思うが、」
「午後の座学は?」
「マナーとバイオリン」
「歴史と帝王学は?」
「なんだったかな」
「サバイバルは?」
「泥は傷口に塗ると血が止まる。森で迷ったら森に入る、だな」
「……正常運転ですが、間違いです。泥は傷口に塗ったら感染症を起こすのでやめてください。そこで野垂れ死ぬならまだしも、破傷風やら魔物やらになったら色々厄介ですからね」
「そうか…。ところで、今日の朝食はパレオグラノーラとかいうものだったかな」
「食いもんはよく覚えてますね」

 食事は大事だからな。朝パレオを食べた時は、朝のおやつでハイカカオ・チョコチップクッキーが食べれるのだ。忘れるわけがない。今週のメニューも空で言えるぞ。

 だが寄生植物に襲われた事もあって、その日は大事をとって朝練は中止になり、午後の座学は復習のみになった。

 復習と言ったが、本当に学んだのかと不思議になるほど覚えがない。だが、ノートを見ると確かに過去に学んだことだったらしい。宿木の魔物に記憶を吸い取られたのに違いない。魔物め。

「エヴァンはなんか元気がないな?どうしたんだ?」
「昨日からアルヴィーナがまだ目覚めていないので、ちょっと心配なだけです」
「ああ……。女のくせに森になんか出かけて魔獣討伐などするからだな。これに懲りたら家でおとなしく花でも愛でていればいいのだ」

 黙って座っていればちょっとは可愛げがあるものを。あいつは口を開けば文句ばかりで太々しい。しかし、森か。沼に落ちたのは覚えているが、それ以降があやふやだ。何かあったような気がするが、森で何が起こったんだったか。何か見たような。

「……アルヴィーナがいなければ、殿下も生きていませんでしたよ?」
「うん?」

 そうなのか?まあ、だが王子を守るのも婚約者の役目だしな。それだけはよくやったというべきか。何をしたのかは分からんが。目が覚めないのに関係してるのはなんとなくわかる。私は鈍いわけではないからな。下手なことを聞くと、エヴァンの奴はまたうるさいことを言ってくるから、適当に躱しておこう。

「では、褒めて使わそう」
「……」
「なんだ、褒美でも欲しいのか?」
「……婚約破棄ができれば、それが一番の褒美でしょうね」
「うん?何か言ったか?」

 ボソボソと言うから聞こえなかった。こいつは淡白なようでいて、アルヴィーナが関わるとやたらうるさく噛みつくからな。どうせもっと誉めろとかなんとか言っているのだろう。こういうやつをブラコンというのだったかな。私には兄弟姉妹がいないからちょっと分からないが。羨ましいなんてことはない。別にエヴァンが兄だったらいいななどと思ったこともない。

「とにかく、今日は様子を見ましょう。何かおかしなことがあったらすぐに連絡してくださいね。明日来てみたら虫になってたとか、木になってたとか聞きたくありませんから」
「わかった、わかった。じゃあ、今日はもう帰ってもいいぞ」
「ありがとうございます」
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