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アルヴィーナ V.S. シンファエル王子

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「こ、このメニューが毎週のメニュー…」
「あっいえ。これは1日にやるメニューです。今のところ筋肉痛がひどいので隔日ですから、週3日って感じです」
「……え」
「隔日で魔法の訓練と体力づくりを交互にしてますから」

 宰相は、次のページに目を通した。魔法の訓練だ。

「魔法…。ええと、ファイアーボール100回、ウォーターボール100回、ウィンドカッター100回、アースクエイク100回……!?」

 宰相の目玉が落ちそうなくらい、目を見開いた。ちゃんと場所は弁えてるから心配いらないんだけど。

「魔導士の修練場を借りて隅っこでやってますから、特に邪魔はしていませんよ」
「い、いや、これも1日の量?」
「そうですね。たまに侍女の仕事を手伝わせて頂き、洗濯水を出したり、シーツの乾燥も合わせていますから、これで廃嫡されても市井で生きていけると思います」
「いやいやいや!廃嫡予定まで組まんでもいいから!」
「ですが、もしアルヴィーナに気に入られなければ、廃嫡にすると陛下が仰っていませんでしたか?」

 あれ?宰相がそう言ってたんだっけ。王妃殿下だったかな?

「そ、そうだったか、な?」

 自分でも覚えてないのかよ。ボケたか?ま、誰も王子ボンクラには期待していなかったからな。

「そ、それで、シンファエル殿下はこのメニューに付いて行けているのか?風魔法しか使えないと思っていたが」
「まあ…今はまだ10分の1くらいですかね。ですが、のんびりしている時間もないので、スパルタで行こうと思っています。魔法属性というのは間違った認識です。魔力があれば大抵の魔法は呪文と適正、魔法陣で使いこなせる筈ですから。ああ、ただ闇魔法と聖魔法は別格ですが」
「えっ?」
「貴族の間では、何属性の魔法が使えるというのがステータスになっているようですがね、一般市民の間では生活に必要な魔法を覚える必要性に迫られますから、魔力さえあれば、水だろうと火だろうと使えますから。まあ、残念ながら識字率が低いので魔法陣や呪文も簡単なものしか扱えないんですけど」
「そ、そうなのか…?それは、正すべきなのでは?」
「私の仕事じゃありませんし?そのための魔導士団でしょう?」

 宰相は青ざめてしばし考えた後、顔を上げた。いや、また別の仕事押し付けられるかとヒヤヒヤしたぜ。このおっさん怖いからな。

「……殿下には、せめて三分の一くらいの量にしてやってくれないか?」
「アルヴィーナはこのメニューで10歳の頃には全部毎日こなしていましたけど?」
「そ、そうか…。だがな。相手は元々猿以下だったしな……」
「……そうですね。わかりました。ただその場合、期限内に義妹アルヴィーナの好みに育てるのは無理かもしれませんが」

 宰相は、汗ダラダラになって無言になった。きっと頭の中で天秤にかけているのだろうな。アルヴィーナを諦めるか、王子を捨てるか。ふふふ。さあ、どうする?

 その後の報告は、能力値を表したものを差し出し、体力・魔力のグラフと現在値、ヘチマブラシやローション、ヘアケアの補充数、不衛生から炎症を起こした皮膚病の治療の経過、体内の寄生虫の有無と治療、虫歯の治療と食事制限などを報告して終わった。

 王子にかかる食費が半分になったことに宰相の機嫌が上昇し、治療にかかった費用に青ざめ、全てを報告し終わった時には、宰相はげっそり10歳くらい歳をとったような顔をしていた。

 そして報告は毎週じゃなくて、毎月でも良いということになり(自分の心労を防ぐためだと踏んでいる)、やはりトレーニングメニューの采配は俺に任されることになった。天秤は、アルヴィーナに重きが置かれたようだ。廃嫡されないよう頑張れよ、ボンクラ王子。



 ◇◇◇


 エヴァンが去った後も宰相はシンファエルの報告書を手に、じっと俯いていた。

「これは、新たな王妃候補をあげた方が良さそうな気がする……。には荷が重すぎるだろ。騎士団でも取り入れたいというはずだ。こんな無茶苦茶な運動量を『準備運動』で括ってるようなスパルタ、耐えられる奴がいるのか?ああ、アルヴィーナ嬢がいたな…ははは」

 ちなみにこれは、午前中の準備運動で、午後は座学で「音楽」「テーブルマナー」(これはシンファエルの希望)、「歴史」「魔導学」「政治」「マネーマーケティング」「生活一般論」も取り組んでいることに宰相は気がついていなかったのだが、どちらにせよシンファエル王子の頭の中には内容が全く入っていかなかったので、エヴァンの教え損でもあった。

 エヴァンが来て、まだ1ヶ月とちょっとしか経っていない。

 シンファエルは確かに清潔にはなった。肌も髪もあるべき姿に戻っている。悪臭で倒れたり吐いたりする者もいなくなった。それでも王子宮に近づく者は少ないが。侍従長と侍女頭には泣いて喜ばれ、護衛騎士は踊り出す始末で、王宮内ではエヴァンの株が急上昇している。

 殿下の体も多少は引き締まったかもしれないが、どこか子供っぽさが抜けていない。「ああなりたい」「こうしたい」とわがままを言っているのもよく聞こえてくる。まだ16歳、されど16歳。王族として、16歳はもう大人でなければならないのだ。

「もう、アルヴィーナ嬢を女王にした方が良いんじゃないのか」

 なんて弱音を吐き出しそうになって慌てて口を噤み、言葉を飲み込んだ宰相でであった。
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