上 下
24 / 92

報告書その1

しおりを挟む
「そうか、そうか。殿下にワイバーンを調教できる力があるとは分からなんだな」
「ええ。最近は庭の散歩より、空中遊泳を好んでおります」

 宰相は王子にワイバーンの専用騎獣ができたことをいたく喜んだ。ワイバーンは忘れっぽく気性が荒いので調教が難しく、なかなか契約を結べないせいもある。
 まさかフェロモンだけで手懐けたとは思っていないのだろうが、まあ、問題ない。アレと契約を結んだら、今度は王子の婚約者になる人間が危ないと思うんだけど。アルヴィーナなら大丈夫だろうが、ワイバーに勝てる令嬢っているのかな。

 青いワイバーン(メス)はスカイという愛称をもらって、シンファエル王子にデレデレ状態だ。やっぱ魅了とか持ってるんじゃないかな、あの王子。女なら誰でもいいとかありそうで怖い。俺は名前はワイコにしたらと薦めたんだがセンスがない!と白い目で見られた。

 余談だが、人間の男に負けた雄の2頭はすっかり仲良しこよしになって、お互い慰め合っているようである。ちょっとばかりやさぐれてる感じもするので、そのうちお見合い相手を見つけてきてやるべきか。伯爵領《ウチ》の騎獣養成所に女の子のワイバーンが数頭いた筈。

「初めて飛んだ時は、笑いながらお漏らしをして空中で失神したんで、一時どうなることかと思いましたが、スカイがしっかり咥えて地上に降りてくれたので事なきを得ました」
「そ、そうか…」
「今のところ、王宮の上空のみ飛んでいますが、慣れたら少し遠乗りもしてみようと思います。慣れたところでハイベック伯爵領に視察ついでに行ってみようと思いますが、どうですかね?」
「ハイベック領か。ワイバーンでどのくらいかかる?」
「30分もあれば大丈夫だと思いますが。なんでしたら転移でもいけますけど」
「いや、あれに余計な魔法は覚えさせんでくれ。あちこちに転移陣を作られても敵わん」

 確かに。あっちの領、こっちの領で女性宅に上がられたら収拾がつかなくなるしな。まあ、その前に魔力が全然足りないと思うけど。

「最近スカイは王子からしか餌を食べないんで、朝は5時起きになりました。りんごや野菜に魔力を込めてもらって殿下手ずから餌付けているようです」
「ほほう。それは良いことだ。魔獣とはいえ責任感が増すだろう」

 スカイにとっては夫に甘えてる状態でもあるんだがな。ま、いいか。余計なことを言うと取り上げられてしまうかも知れないし。魔力は使えば使うだけ量も増える。元々楽器を鳴らせる程度の魔力しかなかった王子だが、今はまあその倍くらいになっている。

「それと最近は剣と護身術の練習も始めました。で、騎士団も同じ訓練をしたいと言ってるんですが、どうしましょうか」
「殿下と同じ訓練を?それは、こう言ってはなんだが簡単すぎないか?」
「俺…私もそう言ったんですがね」
「殿下の体力づくりのメニューは?」
「こちらにあります」

 俺は予め用意してあった月のトレーニングメニューを書き記したものを宰相に手渡した。
 簡単すぎて怒られるかもしれないが、何せ今まで何もしていない肉体だからな。

「どれ…。修練場のランニング、え?30周?懸垂100回?腕立て300回、腹筋300回、槍飛び100回……?この槍飛びというのはなんだ?」
「ああ。私が殿下に向けて投げた槍を飛びながら躱す、瞬発力と脚力を高める運動ですね」
「殿下に向かって、や、槍を投げる……?」
「刺さっても治すんで、万全ですよ」
「いやいや!刺さっても治すって、刺さるの!?」
「まあ、避けなければ刺さりますね、普通」
「いやいやいやいや!ダメだろう!それは!?」
「えっでも、アルヴィーナは6歳の頃に習得しましたよ」
「えっ!?」

 宰相は目をまん丸にして俺を見た。そんなに驚くことか?

「ああ、そうだ。身体強化の魔法は教えたので、使刺さっても全然大丈夫ですけどね」

 これを言い忘れてたら驚きもするか。失敗、失敗。

「身体強化の魔法…?それ、属性はなんだ?」
「えーと。無属性じゃないすかね。生活魔法の一端なので誰でも使えると思いますが」
「生活魔法…?庶民の技か。誰でも使えるものではないと思うが…」

 宰相は狼狽えて、また手元のメニューに視線を落とした。
 あれ?貴族って生活魔法使えないのか?まあ、メイドやら下働きが全部やるから、ってことか?使えれば楽なのにな。勿体無い。

「……槍飛び100回、腿上げ100回、縄跳び300回、スクワット100回…?あ~…。ちなみにこれは全部、一週間のメニューなのか?」
「まあ、今月はそれくらいですね。慣れてきたら回数を増やして、あと、剣に慣れてきたらアクスに変えて、丸太切りを増やそうかと」
「ま、丸太切り?それはアレか?その、木こりの仕事では無いのか?」
「ああ、そこまでの量は切りませんよ流石に。丸太10本ぐらいに抑えようかと思います」
「待て待て待て待て!それは通常の人間の1日の仕事量じゃ無いだろう!?」
「えっ?伯爵領では一人100本くらい1日切ってますけど?」
「どこにそんな資材があるんだ!?」
「もちろん、魔法を使って成長促進を図っていますから自然破壊にはなっていません。林業は伯爵領の特産の一つでもありますし」
「いや、もういい。その丸太切りは専門に任せてくれ。うちの殿下が猿からゴリラになったらどうしてくれるんだ」
「……そこまで考えていませんでした。申し訳ありません」

 ああ。可能性は無きにしも非ずだった。ゴリラ化してフェロモン振りまくってたら、魔獣も寄ってくるかもしれないな。危ない危ない。丸太切りはナシ、と。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ハッピーエンドをさがして ~バッドエンドを繰り返す王子と令嬢は今度こそ幸せになりたい~

千咲
恋愛
【12/5完結まで毎日更新】 前回は嫁ぐ日に溺死、前々回は出産時に出血多量死、前々々回は夫に顧みられず孤独死……それぞれの人生で不幸な結末を迎えている令嬢ジョゼは、母が再婚して可愛い妹ができた日にまた巻き戻る。 前回は失明して孤独死、前々回は魔物に襲われて死亡、前々々回は毒を飲んで死亡、さらにその前は刺されて死亡……それぞれの人生で不幸な結末を迎えている王子サフィールもまた、国王に留学を命じられたあの日に巻き戻る。 バッドエンド回避のために何をすればいいのか、ループが続く原因は何なのか、どうすれば幸福な結末にたどり着くことができるのか、互いに芽生えた想いはどうすれば成就できるのか――どうしても幸せになりたいジョゼとサフィールは、協力してハッピーエンドを目指す。 サンドリヨン(シンデレラ)の継姉ジョゼと、王子様サフィールの、「原作とは違う」幸せ探し。 最終的にはハピエンですが、途中でバッドエンド(デッドエンド・ビターエンド等)になります。 「読み聞かせの最中に改変されてしまった童話」をモチーフにしています。 他所でも同時更新しています。

迷宮最深部から始まるグルメ探訪記

愛山雄町
ファンタジー
 四十二歳のフリーライター江戸川剛(えどがわつよし)は突然異世界に迷い込む。  そして、最初に見たものは漆黒の巨大な竜。  彼が迷い込んだのは迷宮の最深部、ラスボスである古代竜、エンシェントドラゴンの前だった。  しかし、竜は彼に襲い掛かることなく、静かにこう言った。 「我を倒せ。最大限の支援をする」と。  竜は剛がただの人間だと気づき、あらゆる手段を使って最強の戦士に作り上げていった。  一年の時を経て、剛の魔改造は完了する。  そして、竜は倒され、悲願が達成された。  ラスボスを倒した剛だったが、日本に帰るすべもなく、異世界での生活を余儀なくされる。  地上に出たものの、単調な食生活が一年間も続いたことから、彼は異常なまでに食に執着するようになっていた。その美酒と美食への飽くなき追及心は異世界人を呆れさせる。  魔王ですら土下座で命乞いするほどの力を手に入れた彼は、その力を持て余しながらも異世界生活を満喫する…… ■■■  基本的にはほのぼの系です。八話以降で、異世界グルメも出てくる予定ですが、筆者の嗜好により酒関係が多くなる可能性があります。 ■■■ 本編完結しました。番外編として、ジン・キタヤマの話を書いております。今後、本編の続編も書く予定です。 ■■■ アルファポリス様より、書籍化されることとなりました! 2021年3月23日発売です。 ■■■ 本編第三章の第三十六話につきましては、書籍版第1巻と一部が重複しております。

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

処理中です...