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私のお義兄様⑤
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「エヴァン様は、追い出された嫡男様の代わりに養子になったそうですから、大きな失敗さえ起こさなければ、このまま伯爵家をお継ぎになるのではないでしょうか」
この話からエヴァンが実の兄ではないということを知り、お母様がエヴァンに言った「お前はクビよ!」の意味を初めて理解した。
私が完璧な令嬢であれば、エヴァンは私の兄であり続ける。
私とずっと一緒にいられるのだ。
私は完璧な令嬢になることを決心した。
エヴァンのくすんだ金髪は、大人になるにつれ濃いキャラメルブロンドになり、後ろで緩く束ね、はっと目の覚めるような海の青色の瞳もしっかりと見えるようになった。
背も随分高くなり、しなやかで筋肉質な体つきだと気がついて、ドキマギした。
後ろ姿のエヴァンも凛々しくて立ち姿が美しい。
誰かを美しいと思ったのはこれが初めてだった。
サリーがボソリと「エヴァン様は年齢を問わず人気があるんですよ」と私の心を逆撫でし、「エヴァン様の好みの女性になれば振り向いてくださるかもしれませんね」とも言った。
エヴァンの好みの女性は完璧な貴族令嬢だ。
言葉遣いを直され、私の使っていた言葉がエヴァンのような男の子のものだと気づき、侍女から「エヴァン様に美しいと言われるようになりましょうね」と唆されて、見栄えにも気を使うようになった。
その頃には私自身も気づいていた。私はエヴァンに恋をしている。エヴァンがいれば、どんな自分にでもなる。綺麗と言われたい。賢いと言われたい。ずっと隣を歩いて行きたい。この場所は誰にも譲らない。
エヴァンさえいれば。
エヴァンが望むのなら。
「綺麗になったな、アルヴィーナ」
ある日のダンスの練習で、エヴァンが愛おしそうに私を見つめてそう言った。
天にも昇る心地でエヴァンを見上げる。
「本当?」
「ああ。今週末、王宮でお茶会に呼ばれているそうだ。そこでたくさんの貴族令嬢が集まる。最終審査というわけだな」
「最終審査」
「ああ、誰がこの国一番の令嬢か選ぶらしいぞ」
「それは…!なんとしても勝たなければね!」
「そうだな。アルは完璧な令嬢だから、お前以上にできる令嬢はいないと思うが、気を抜くなよ」
「エヴァンがそういうのなら、何としてでも勝ってみせるわ!」
「それでこそ、俺のアルヴィーナだ」
俺のアルヴィーナ。
私のエヴァン。
なんて素敵な響き。未来への確固たる約束のように聞こえた。
お茶会の日、両親は例の元兄の事件のせいで王宮に入ることを禁じられていたため、サリーとメリーがついてきてくれた。本当はエヴァンについてきてもらいたかったけれど、男性はお茶会に参加できないと言われ渋々了承した。サリーとメリーは王宮のお茶会なんて初めて、と浮かれていたから、行かないとも言えず当日になった。
エヴァンがいる時はずっと我慢を強いられていた甘いお菓子が、テーブルの上にこれでもかと言うほど並べられていたのを見て、私の脳内血糖値が上がった。いそいそとテーブルに向かうところで、男の子に声をかけられた。
男性はお茶会に参加できないのではなかったのか。
よく見れば、その子はまだ子供で私よりも背が低く「ああ、子供だからいいのかな」と納得した。
名を聞かれたけど、自分から名乗るのが先じゃないのか?と思わず眉を顰めると、その子の後ろにいたサリーが睨んでいたので、慌てて笑顔を振りまいた。すると調子に乗ったその子は、天使がどうたらと言い出したので、笑い飛ばしてやろうとしたら、エヴァンの魔力が飛んできた。
はっとして辺りを見渡してみたけれど、姿はない。ドキドキしてその場を誤魔化し、慎重に辺りを伺った。貴族令嬢らしくしなければ。
ここで負けたらエヴァンが罰を受け、下手したら伯爵家から追い出されてしまう。
適当に話をして、ビュッフェテーブルへと向かう。ああ、宝石のようなケーキたち。我慢ならず手に皿を持ち、ケーキを乗せるとその瞬間皿からケーキが消えた。
「えっ?」
もう一度お菓子に手を伸ばし、皿へ。それも同じように消えた。全く見えない誰かによって。
「誰…エヴァン?」
絶対に食ってやる。
闘争心に火がついた私は、見えない敵との攻防を繰り返した。憤怒の顔をして戦い、最後に一つだけケーキを口に含むことができた。やった!勝った!と思ったのも束の間、王妃様が私に声をかけ、連れて行かれてしまった。
もっと、食べたかったのに……!!
「あなたはこの国で一番ラッキーな令嬢ね」
「一番優れた令嬢ということでしょうか」
「そうとも言えるわね。でもこれからもっと学んでもらわないと一番とは言えないわね」
なんだと?
「でもね。これから王城に来てくれたら、お勉強の後にいつでもケーキが食べれるわよ?」
「よろしくお願いします」
即答だった。だって、ケーキなんだもん。
ちなみに私とテーブルで攻防を続けていたのはエヴァンではなく、サリーだった。きっちりエヴァンに頼まれていたサリーが、凄まじいスピードで私の皿から奪い取っていたのだった。それは全て収納され、サリーたちのおやつになった。最後の一つは、王妃が近づいてきたため諦めたのである。
さすが私の侍女であり、エヴァンの弟子なだけはある。くう。負けた。
そしてそれが、あのへっぽこ腐れ猿以下の下半身丸出し王子の婚約者に選ばれた瞬間だったなんて、当時10歳の私は知りもしなかった。
この話からエヴァンが実の兄ではないということを知り、お母様がエヴァンに言った「お前はクビよ!」の意味を初めて理解した。
私が完璧な令嬢であれば、エヴァンは私の兄であり続ける。
私とずっと一緒にいられるのだ。
私は完璧な令嬢になることを決心した。
エヴァンのくすんだ金髪は、大人になるにつれ濃いキャラメルブロンドになり、後ろで緩く束ね、はっと目の覚めるような海の青色の瞳もしっかりと見えるようになった。
背も随分高くなり、しなやかで筋肉質な体つきだと気がついて、ドキマギした。
後ろ姿のエヴァンも凛々しくて立ち姿が美しい。
誰かを美しいと思ったのはこれが初めてだった。
サリーがボソリと「エヴァン様は年齢を問わず人気があるんですよ」と私の心を逆撫でし、「エヴァン様の好みの女性になれば振り向いてくださるかもしれませんね」とも言った。
エヴァンの好みの女性は完璧な貴族令嬢だ。
言葉遣いを直され、私の使っていた言葉がエヴァンのような男の子のものだと気づき、侍女から「エヴァン様に美しいと言われるようになりましょうね」と唆されて、見栄えにも気を使うようになった。
その頃には私自身も気づいていた。私はエヴァンに恋をしている。エヴァンがいれば、どんな自分にでもなる。綺麗と言われたい。賢いと言われたい。ずっと隣を歩いて行きたい。この場所は誰にも譲らない。
エヴァンさえいれば。
エヴァンが望むのなら。
「綺麗になったな、アルヴィーナ」
ある日のダンスの練習で、エヴァンが愛おしそうに私を見つめてそう言った。
天にも昇る心地でエヴァンを見上げる。
「本当?」
「ああ。今週末、王宮でお茶会に呼ばれているそうだ。そこでたくさんの貴族令嬢が集まる。最終審査というわけだな」
「最終審査」
「ああ、誰がこの国一番の令嬢か選ぶらしいぞ」
「それは…!なんとしても勝たなければね!」
「そうだな。アルは完璧な令嬢だから、お前以上にできる令嬢はいないと思うが、気を抜くなよ」
「エヴァンがそういうのなら、何としてでも勝ってみせるわ!」
「それでこそ、俺のアルヴィーナだ」
俺のアルヴィーナ。
私のエヴァン。
なんて素敵な響き。未来への確固たる約束のように聞こえた。
お茶会の日、両親は例の元兄の事件のせいで王宮に入ることを禁じられていたため、サリーとメリーがついてきてくれた。本当はエヴァンについてきてもらいたかったけれど、男性はお茶会に参加できないと言われ渋々了承した。サリーとメリーは王宮のお茶会なんて初めて、と浮かれていたから、行かないとも言えず当日になった。
エヴァンがいる時はずっと我慢を強いられていた甘いお菓子が、テーブルの上にこれでもかと言うほど並べられていたのを見て、私の脳内血糖値が上がった。いそいそとテーブルに向かうところで、男の子に声をかけられた。
男性はお茶会に参加できないのではなかったのか。
よく見れば、その子はまだ子供で私よりも背が低く「ああ、子供だからいいのかな」と納得した。
名を聞かれたけど、自分から名乗るのが先じゃないのか?と思わず眉を顰めると、その子の後ろにいたサリーが睨んでいたので、慌てて笑顔を振りまいた。すると調子に乗ったその子は、天使がどうたらと言い出したので、笑い飛ばしてやろうとしたら、エヴァンの魔力が飛んできた。
はっとして辺りを見渡してみたけれど、姿はない。ドキドキしてその場を誤魔化し、慎重に辺りを伺った。貴族令嬢らしくしなければ。
ここで負けたらエヴァンが罰を受け、下手したら伯爵家から追い出されてしまう。
適当に話をして、ビュッフェテーブルへと向かう。ああ、宝石のようなケーキたち。我慢ならず手に皿を持ち、ケーキを乗せるとその瞬間皿からケーキが消えた。
「えっ?」
もう一度お菓子に手を伸ばし、皿へ。それも同じように消えた。全く見えない誰かによって。
「誰…エヴァン?」
絶対に食ってやる。
闘争心に火がついた私は、見えない敵との攻防を繰り返した。憤怒の顔をして戦い、最後に一つだけケーキを口に含むことができた。やった!勝った!と思ったのも束の間、王妃様が私に声をかけ、連れて行かれてしまった。
もっと、食べたかったのに……!!
「あなたはこの国で一番ラッキーな令嬢ね」
「一番優れた令嬢ということでしょうか」
「そうとも言えるわね。でもこれからもっと学んでもらわないと一番とは言えないわね」
なんだと?
「でもね。これから王城に来てくれたら、お勉強の後にいつでもケーキが食べれるわよ?」
「よろしくお願いします」
即答だった。だって、ケーキなんだもん。
ちなみに私とテーブルで攻防を続けていたのはエヴァンではなく、サリーだった。きっちりエヴァンに頼まれていたサリーが、凄まじいスピードで私の皿から奪い取っていたのだった。それは全て収納され、サリーたちのおやつになった。最後の一つは、王妃が近づいてきたため諦めたのである。
さすが私の侍女であり、エヴァンの弟子なだけはある。くう。負けた。
そしてそれが、あのへっぽこ腐れ猿以下の下半身丸出し王子の婚約者に選ばれた瞬間だったなんて、当時10歳の私は知りもしなかった。
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