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私のお義兄様①
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エヴァンは、私の本当の兄ではない。
5歳までの私の記憶はあまりない。
両親の顔を見ることも滅多になく、いつも一人で、誰から話しかけられることもなく、ただただ日々が過ぎていった。
笑いたくても一緒に笑ってくれる人はおらず、無表情に部屋の隅に人形のように立っている侍女がいるだけ。
たまに乳母が「教育」にくるけれど、姿勢が悪いだとか、お行儀が悪いだとかいうだけで、どうすれば良いかは教えてくれない。
貴族令嬢なのだから知ってて当たり前、できて当たり前、というのだ。
そのうち私は乳母を嫌い、彼女が部屋に来ると怒り狂った。
文句しか言わないのならそばに来るな、と泣き喚き手当たり次第のものを投げつけた。
憎らしい乳母はお母様やお父様に告げ口し、おかげで私はお仕置きだと陽の入らない暗い部屋に閉じ込められ、ごめんなさいをするまで出さないと言われた。
私は悪くない。
当然、絶対に謝らないから!と意地を張って謝らなかった。
お腹が空いても我慢して、トイレも部屋の片隅で済ませてやった。
朝と夜の境界がなくなって意識が朦朧として、横になったまま涙を流した。
「みんな、みんな大嫌い!みんな死んじゃえば良いんだ!」
温かい美味しそうなスープの匂いに意識を引っ張られて目を覚ますと、私はベッドに寝かされていて、知らない男の子が私を見下ろしていた。
「悪いことしたら、意地張らないで謝らないとダメだぞ」
ホッとした顔で眉を下げ、淡々とその子は言った。
「悪いことなんてしてないもん!悪いことしたのは乳母だもん」
こいつもメイドや乳母の味方かとカッとなって涙目で怒り散らしたけど、その子は首を傾げて私を見つめてこう言った。
「乳母に何されたんだ?」
私はずっと我慢していたことを全部告げ、泣き喚いた。
悪いことなんかしてない。何が悪いのかさえ、わからないんだから。
「そうか、それは乳母が悪いな」
その子が言った。それから頭を撫でられて、鼻をかめとハンカチを鼻に押し付けられた。
私は言われる通り鼻をかみ、その子の顔を見た。
くすんだ金髪が顔にかかり、あまり手入れはされていないようだ。
使用人の子供だろうか。
大人じゃない誰かと喋ったのは初めてで、私が興味深そうに彼の髪をそっと掻き上げると、その手を嫌がるわけでも止めるわけでもなく、その下からはとても綺麗な空の青よりも深い青い瞳が私を見つめていた。
「あなた、綺麗なお目々ね」
「そうか」
「お名前は?」
「エヴァン」
「私、アルヴィーナ」
「アルヴィーナか。俺はお前の兄貴だ」
「あに、き?」
「そうだ。これからは俺がお前の家族だからな。一緒に遊ぼう」
「アルと遊んでくれるの?」
「遊ぶだけじゃないぞ。勉強もしなきゃ賢くなれないし、いっぱい食べなきゃ大きくもなれないからな」
「一緒に?」
「一緒にだ」
私はドキドキして、嬉しくてこくこくと頷いた。
「お前、三日間何も飲まず食わずで物置で死にそうだったんだ。だからこれからは俺と一緒に遊んで、食べて、元気になろうな?」
「わかった。エヴァンと一緒になんでもする」
それからエヴァンは、どこに行くのにも私を連れていってくれた。一緒に街に行って買い物もしたし、木登りもした。リンゴの木を見つけて、この実が赤くなったら食べれるんだぞと教えてくれた。エヴァンは魔法を使うのが得意で、水を出して虹を作ったり、風をおこして池で草船を泳がせたり、火を起こしてマシュマロという甘いお菓子を焼いてくれたりした。
「大人には内緒な」
「うふふ。アルとエヴァンの秘密ね!」
でも、エヴァンが私と四六時中一緒に遊んでくれたのは、学園がお休みの間だけだった。エヴァンが学園に通っていることを知り、私はエヴァンと離れるのが嫌で一緒になって勉強をした。もちろん15歳のエヴァンと5歳の私では理解度が違う。さっぱりわからなくて、癇癪を起こした。
「学園なんて行かなくても良いでしょ!エヴァンは私と遊ぶの!」
「勉強しないと馬鹿になるんだぞ?」
「バカでも良いもん!」
「よくないよ。バカには仕事がない。仕事がないと金もない。金がないと、遊ぶ暇も美味しい食べ物も無くなるんだ」
「えっ……?」
「俺はバカだったから貧乏だったんだ。親父様が拾ってくれて、いっぱい勉強させてもらって学園に通えるようになった。だからアルも賢くならないとダメだ」
「エヴァンもバカだったの?」
「そうだ。だからいっぱい本を読んで字を覚えて、計算も練習してお金も数えられるようになった。別の国はこの国と違う言葉を話すから、外国語も覚えて、親父様の商会の助けもできるようになった。アルも賢くなったら俺と一緒に外国に行けるかもしれないぞ?」
「エヴァンと一緒に?」
「そうだ。楽しそうだろ?」
「う、うん!アルもいく!勉強する!」
5歳までの私の記憶はあまりない。
両親の顔を見ることも滅多になく、いつも一人で、誰から話しかけられることもなく、ただただ日々が過ぎていった。
笑いたくても一緒に笑ってくれる人はおらず、無表情に部屋の隅に人形のように立っている侍女がいるだけ。
たまに乳母が「教育」にくるけれど、姿勢が悪いだとか、お行儀が悪いだとかいうだけで、どうすれば良いかは教えてくれない。
貴族令嬢なのだから知ってて当たり前、できて当たり前、というのだ。
そのうち私は乳母を嫌い、彼女が部屋に来ると怒り狂った。
文句しか言わないのならそばに来るな、と泣き喚き手当たり次第のものを投げつけた。
憎らしい乳母はお母様やお父様に告げ口し、おかげで私はお仕置きだと陽の入らない暗い部屋に閉じ込められ、ごめんなさいをするまで出さないと言われた。
私は悪くない。
当然、絶対に謝らないから!と意地を張って謝らなかった。
お腹が空いても我慢して、トイレも部屋の片隅で済ませてやった。
朝と夜の境界がなくなって意識が朦朧として、横になったまま涙を流した。
「みんな、みんな大嫌い!みんな死んじゃえば良いんだ!」
温かい美味しそうなスープの匂いに意識を引っ張られて目を覚ますと、私はベッドに寝かされていて、知らない男の子が私を見下ろしていた。
「悪いことしたら、意地張らないで謝らないとダメだぞ」
ホッとした顔で眉を下げ、淡々とその子は言った。
「悪いことなんてしてないもん!悪いことしたのは乳母だもん」
こいつもメイドや乳母の味方かとカッとなって涙目で怒り散らしたけど、その子は首を傾げて私を見つめてこう言った。
「乳母に何されたんだ?」
私はずっと我慢していたことを全部告げ、泣き喚いた。
悪いことなんかしてない。何が悪いのかさえ、わからないんだから。
「そうか、それは乳母が悪いな」
その子が言った。それから頭を撫でられて、鼻をかめとハンカチを鼻に押し付けられた。
私は言われる通り鼻をかみ、その子の顔を見た。
くすんだ金髪が顔にかかり、あまり手入れはされていないようだ。
使用人の子供だろうか。
大人じゃない誰かと喋ったのは初めてで、私が興味深そうに彼の髪をそっと掻き上げると、その手を嫌がるわけでも止めるわけでもなく、その下からはとても綺麗な空の青よりも深い青い瞳が私を見つめていた。
「あなた、綺麗なお目々ね」
「そうか」
「お名前は?」
「エヴァン」
「私、アルヴィーナ」
「アルヴィーナか。俺はお前の兄貴だ」
「あに、き?」
「そうだ。これからは俺がお前の家族だからな。一緒に遊ぼう」
「アルと遊んでくれるの?」
「遊ぶだけじゃないぞ。勉強もしなきゃ賢くなれないし、いっぱい食べなきゃ大きくもなれないからな」
「一緒に?」
「一緒にだ」
私はドキドキして、嬉しくてこくこくと頷いた。
「お前、三日間何も飲まず食わずで物置で死にそうだったんだ。だからこれからは俺と一緒に遊んで、食べて、元気になろうな?」
「わかった。エヴァンと一緒になんでもする」
それからエヴァンは、どこに行くのにも私を連れていってくれた。一緒に街に行って買い物もしたし、木登りもした。リンゴの木を見つけて、この実が赤くなったら食べれるんだぞと教えてくれた。エヴァンは魔法を使うのが得意で、水を出して虹を作ったり、風をおこして池で草船を泳がせたり、火を起こしてマシュマロという甘いお菓子を焼いてくれたりした。
「大人には内緒な」
「うふふ。アルとエヴァンの秘密ね!」
でも、エヴァンが私と四六時中一緒に遊んでくれたのは、学園がお休みの間だけだった。エヴァンが学園に通っていることを知り、私はエヴァンと離れるのが嫌で一緒になって勉強をした。もちろん15歳のエヴァンと5歳の私では理解度が違う。さっぱりわからなくて、癇癪を起こした。
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「よくないよ。バカには仕事がない。仕事がないと金もない。金がないと、遊ぶ暇も美味しい食べ物も無くなるんだ」
「えっ……?」
「俺はバカだったから貧乏だったんだ。親父様が拾ってくれて、いっぱい勉強させてもらって学園に通えるようになった。だからアルも賢くならないとダメだ」
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「そうだ。だからいっぱい本を読んで字を覚えて、計算も練習してお金も数えられるようになった。別の国はこの国と違う言葉を話すから、外国語も覚えて、親父様の商会の助けもできるようになった。アルも賢くなったら俺と一緒に外国に行けるかもしれないぞ?」
「エヴァンと一緒に?」
「そうだ。楽しそうだろ?」
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