記憶にございません

里見知美

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10. 記憶にございません

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「え、アル様。本当に王位継承権、返上するんですか?」
「ああ。交易路は無事開通した。アゼンドラ公国との和平条約は今後百年。交易国として落ち着くだろう。これによって、エルドランの軍部武装計画は潰れたし、しばらくは無駄な事を考えられないほど忙しくなるからな」
「それは、そうかもしれませんけど…」
「それで、この功績を持ってバロー商会が叙爵される。すでに国から召喚状が届いていると思う」
「ああ、はい。ものすごくはしゃいでいました。大丈夫なのかなあ、うちの親が貴族って」
「ちなみにナリエッタ、お前にも叙爵の予定がなされている」
「はい!?」

 あれから一年も経たず、アル様はアゼンドラ公国と会談を行い、三週間と言う速さで和平条約を結んできた。

 あちらは本当に飢餓状態に陥る寸前で、薬や医療の融資、緊急の物資も併せて最低でも3ヶ月、国民が生活出来るだけの食糧の保障をし、今後百年の優先交易を結ぶことに成功した。相手は属国になることも視野に入れていたようだが、まずは立て直しを図ることになったそうだ。

 ナリエッタは15歳になり、今年は成人の儀が行われる。その時に父と共に王城に呼ばれ叙爵される予定だという。考えても見なかった、貴族。

「貴族って、商人になれるのかしら?」
「もちろん。貴族令嬢が働くということは、今まであまり推奨されていなかったけどね。ナリエッタのおかげで女性の進出もこれから浸透していくと思う。母……王妃がとても喜んでいてね。そういう新世代が欲しかったのだと言って。それにお前は令嬢じゃなくて歴とした男爵になるからな」
「男爵……私が」

 親父様がバロー男爵になるとしたら、私は何になるんだろう。缶詰男爵とか、ブリキ男爵とか言われたらやだな。

「それで、……ナリエッタ」

 アル様がいきなり私の手を握ってきた。ギョッとして顔を見ると、真っ赤に染まっている。

「チッ、くそ。ちょっとお前、他所向いてろ」
「ええ?手、握ってきたのはアル様でしょう!?」
「そうだけど!ああ、くそ。いいかよく聞け。俺は、お前が好きだ。だから結婚してくれ」
「は?」
「だ、だから!俺と、」
「聞こえました!聞こえたので二度はいいです!っていうか、なんで?私のことは愛することはないって言ったじゃないですか!」
「う、き、記憶にない!」
「どこの政治家ですか!」
「あの時は、愛することはないって思った。小説みたいに馬鹿になってたまるかって。だけど、お前と。お前と過ごした五年間、楽しかった。色々考えて、頑張って、商品とか、販路とか交易とか、がむしゃらに走ってきて。でも、お前が隣を一緒に走ってるんだって思ったら、それだけで頑張れた」

 アル様が私の目をじっと見る。こっちも息が止まりそうで、顔も真っ赤になってると思う。

「だから、これからも、ずっと隣で一緒に、走って行きたい。だから、国王にはならない。臣下に降りてお前と一緒に、その商会を経営してもいいし、他のこと始めてもいい。ナリエッタと共に生きたい」

 ダメか?って子犬みたいに小首を傾げるから、絆されてしまった。多分。

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