記憶にございません

里見知美

文字の大きさ
上 下
8 / 13

8. えっ、私臭い?

しおりを挟む
 さて、そうこうするうちに、公女様も動き出した。アル様が平民に夢中だと聞きつけたのに違いない。

 アル様は敵国との交易準備で忙しく滅多に王宮にいないため、多分私と逢瀬を交わしているのだと誤解しているんだろうけれど、私は私で缶詰工房と瓶詰めの商品管理に忙しい。まだレシピ公開をしていないため、限られた人数で出荷納品をしているからしょうがないのだけど。

 実際のところアル様より、エドヴァルド様の方がよく会っていたりする。


「あなた、第一王子殿下と仲がよろしいようだけど、そろそろ立場をわきまえていただけるかしら?」

 そう。

 今まさに私の目の前に大きな黒塗りの馬車を乗り付けて工房の前に降り立ったこの人。とても煌びやかで美しいお人形のような人だ。アル様と同じ年でアル様の婚約者。……今のところは。

 私はほとんど工房街に潜んでいて、街にはあまり顔を出さない。何度かエド様が公女が嗅ぎ回っているから気をつけて、と忠告をくれた。一応アル様からも護衛をつけられているから、無体なことはされないだろうけど、貴族様は結構過激派が多いから、あまり煽らないようにと注意された。

 えー、何言ってんですかー?私は無害な平民デスヨー。煽ったりしませんヨー。

「どちら様でしょうか?」

 白々しく小首をかしげると同時に、商品の売り込みもしてみた。もちろん、買うとは思ってない。いや、ちょっぴりいけるかなと期待したけど。

「瓶詰めの商品でしたら、こちらは工房なので取り扱っていませんが。発注でしたら承りますよ?」
「お黙り。平民の食べ物なんか興味はないわ。わたくしが言いたいのは第一王子殿下のことです。殿下はお優しいので、あなたのような平民にもお声をかけているようですけれど、所詮平民は平民。わたくしたち貴族とは相入れないものです。最近調子に乗った平民が王城付近をうろちょろして困ると聞いておりますの。そろそろ、立場を弁えなければどうなることか、わかっているのかしら」

 えー。平民の食べ物ですか。最近は軍人にも人気なんですけどねえ。
 お貴族様の食べ物だって、元を正せば平民が作ってますけどねえ。お野菜もお肉もねー。ひょっとしたらデザートのケーキのトッピングにうちの瓶詰め使ってるかもしれませんよー?……なんて言いませんよ?

「えっと。第一王子様は庶民の食べ物も大好物で、我がバロー商会のパトロンでもありますね。瓶詰めのマンゴーが大好きだそうですよ?最新作のロールキャベツも召し上がりますが?おひとつ如何です?」

 わざわざお昼時にやってきたんですものね、お腹空いてませんかね。いい匂いでしょ。トマトとニンニクの。

「い、いらないといっているでしょう!全く、これだから平民は、言葉も理解できないようなので、はっきり言いますわ。邪魔なのよ、あなた。小汚い小娘が王城に近づくんじゃありません。わかったわね。二度と、わたくしの婚約者の周りをうろうろしないでちょうだい!」

 言いたいことだけ言って、公女様は扇子でパタパタと仰ぎながら、また馬車に乗り込んで走り去っていった。この凸凹道を馬車で進むのって結構きつい気がするなあ。公道の整備もお願いしたいなあ。

 うーん。悪い人ではないのかもしれない。ちょっと世慣れしていないのか、お子様っぽい発言だけど。けどまあ世の中の16歳ってあんなもんなのかな。とりあえず、注意勧告だけだったし、まあ問題ないけど。問題なのは、最後の扇子。何かしらあの仕草。……。

「も、もしかして、私くさい?」

 よし。石鹸だ。花の香りのする石鹸を作ろう。うん。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...