記憶にございません

里見知美

文字の大きさ
上 下
1 / 13

1. 婚約は無効だ!

しおりを挟む
「アナスタシア・レーノン公爵令嬢!私はそなたとの婚約を無効にする!」

 王立貴族学園のランチタイム。
 通常、王族は貴族学園には通わないのだが、その日第一王子アルフレッドが物々しく近衛隊を引き連れてカフェテラスに現れ、公爵令嬢に婚約無効を突きつけた。

「……無効?」
「え、破棄ではなくて?」
「というか、第一王子殿下がなぜここに?」

 最近巷では、婚約破棄の物語が流行っているらしく数人の生徒が持っていたカトラリーを落として、つぶやいた。アナスタシアも例に漏れず、口元まで持って行ったスプーンを握ったままポカンとした。侍従によってスプーンは取り上げられ、侍女によって口元を拭われて漸く我に返る。

「殿下。婚約につきましては、我が公爵家と王家との契約がございますので、お返事は王城にて後ほど。しかしながら、殿下のお気持ちはしかとお受け取りいたしました」

 さすがは公爵令嬢、というべくか。狼狽えることもなく真顔で立ち上がり、カーテシーの姿勢をとった。

「それから!」

 が、第一王子がそれ以上の爆弾を投下した。

「私は王位継承権を返上したから、そなたはエルドランの婚約者に収まるが良い」
「!?……エ、エルドラン、第二王子殿下ですか」
「そうだ。、それが良いと王には進言させてもらった。というわけだから、体を大事にして、あとはよろしくやってくれ!さらばだ!」

 駆け込んできたのと同じように颯爽と出ていく王子を、誰もがポカンと見送った。




 その後、カフェテラスは蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。

 第一王子は先だっての無血終戦をまとめた手腕を認められ、立太子もすぐそこ、と噂はされていた。実際、今回の終戦の後始末が終わり次第、継承の儀が予定されていたはず。

 第一王子アルフレッドの半年違いの弟エルドランも、参謀補佐官として実績を上げていたのだが、今回は軍事費用をかけすぎて、その策は却下されたと聞く。その為少々時間はかかったが、無血終戦に持ち込んだ第一王子の手腕に采配が上がった。脳筋王家と揶揄られていたため、この結果に国民は大いに湧いた。戦争によって国が荒れることもなく、どの家も子供を奪われずに済んだのだ。

 この五年間で第一王子が挙げた功績は一つではない。交易路を作り、バロー商会と連携し新しい食料保存方法を確保した、軽くて栄養効果の高い携帯食を作り上げた、瓶詰め工房と缶詰工房を作り、女性でも働ける職場を提供したなどあげればキリがない。平民に人気があるのも断然第一王子である。

 その第一王子が王位継承権を返上した?次の王は第二王子?

 いや、それよりも。

「今……腹の子、と言ったのか?」
「誰の、子?」
「第一王子殿下の、ではないのよね……?」

 レーノン公爵令嬢に視線が集まった。というか、その腹に。一斉に集まった視線を感じたアナスタシアはその頬をわずかに引き攣らせ、青ざめた。

「わっ、わたくし失礼致しますわ」

 さりげなく腹に手を置き、体を隠すと踵を返し慌てて逃げていく。その仕草から、疑惑は真実に変わった。未婚の公爵令嬢が。第一王子の婚約者である令嬢が。腹に子を宿している。しかもお相手は。

 終戦に全力を注いでいた第一王子は、公爵令嬢と顔を合わせる時間もなかっただろうが、第二王子はずっと国内に留まっていたし、公爵令嬢は王子妃教育と称して週に3日は王宮に通っていた。

 この二人が逢瀬を交わす時間はあっただろうか。

 あっただろうな。あったに違いない。

 だって、あの態度といい。なんで知ってるんだ、って狼狽した顔といい。

 これは、もう。

「マジか」
「なんて不純な…」
「浮気だわ」
「これって裏切り、よね?」
「王子二人を手玉に取っていたってこと?不潔だわ!」
「公爵令嬢がアバズレだったとは!」
「父に伝えなければっ!」
「そうだ、領地に帰って対策を練らなくては」

 貞操を重んじる貴族の令嬢が、婚約者ではない男の子を身籠った。しかも相手は弟王子ときた。それによって兄王子が継承権の辞退を告げ、弟が取って代わる。貴族の力関係が変わる。戦争が終わったばかりだというのに、まだこれから立て直しやら政策の変動も見込まれるというのに、派閥が変動する。それより、公爵令嬢の浮気は容認できるのか。王家としてどう動くつもりなのか。軍を動かそうとした第二王子と、話し合いで争いを収めた第一王子。どちらが次期王に相応しいのか。

 第一王子が放った一言は、大きな波紋となって全国に広がり、国はパニックに陥った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...