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最終章:クローゼットの向こう側
番外編:精霊達の罪と罰
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「きゃー……」
最初に口を開いたのは、精霊王であったかつてのアルヒレイトである。
アルヒレイトは、あの時死を覚悟していた。このまま輪廻の輪に入り、今度こそキミヨと同じ種族に生まれ変わり愛を育んでいこうと思い、目を閉じた。そして次の言葉を発しようとして目を開けると、聞こえた言霊。
『癒しの歌を』
え、ちょっと待て?!
精霊界で精霊の歌を歌うこと、それすなわち禁忌。
精霊界にいることで彼らは本来傷を癒し、状態を回復させる。つまり、精霊界にいればほっといてもいずれ傷は治るのだが今回は訳が違う。なぜなら、精霊王が禁忌を冒し、今これから自粛の姿勢に入るのだ。精霊王を始めとして全てが無に帰ると決めて、精霊界に戻ってきたのである。精霊の持つ聖力は全て世界樹の元へ送ってしまったのだ。つまり精霊界はアルヒレイトが消える事によって崩壊する運命にあった。その崩壊はすでに始まりつつあり、端っこの方から薄れつつある。癒されては、困るのだ。
ミヤコの潜在能力はアルヒレイトの精霊力をはるかに凌駕する。なぜそうなったのかはアルヒレイトにもわからないが、ミヤコが精霊よりも高尚な存在であると、アルヒレイトは気がついていた。
精霊の監獄、水鏡の狭間から水の精霊を引き連れて戻ってきたのだから当然だ。鬼畜の如く、「お前なら大丈夫」とか言いながら、アルヒレイトはあの時実は諦めていた。それでも全ての人間が目の前で死に行く苦痛を味わうよりは、無の世界にいた方が楽なのでは、という親心(?)で水鏡の狭間に送り込んだのだ。助かれば儲け物、程度の感覚で。
それが時を置かずしてあっさり戻ってきてしまった。誰でも気づくであろう、ミヤコの異常性を。アルヒレイトは精霊よりも上にある存在の可能性を考えた。昔、キミヨが神の存在について話した事があったが、そう言った完全無欠でいてあやふやな存在ではなく。
時間軸の主がこの場合しっくりくる。
時間軸の主は悠久の中に住まうという。時間にも物理にも精神にも関与しない場所で存在し。存在しているのかどうかは精霊如きにわかるはずもないが、時間は見えなくとも我々の横にピッタリと平等に寄り添っていることは確かで、だから存在も確かなのだ。
精霊は永遠とも言える時の中に住まうが、永遠ではない。時が来れば、精霊王は入れ替わり、新たな聖霊が生まれてくる。闇落ちもすれば、失敗も犯す。人間よりちょっと力があり、朽ち果てる肉体がなく、長い時を生きるというだけで、生命体としては基本は同じなのである。
だが、時間軸の主は変わらない。ただただそこにある。そんな時間軸の主の仕事は、当然時を操る事であろう。いや、操るというのはちょっと違うか。主から時が生まれるのだから。時間軸の主は誰かのために特別なことはしない。エコ贔屓なしに、誰にも平等に時間は訪れ、その命を蝕んでいく。
だが、ミヤコはそんなのお構いなしに、突き進む。過去を覗き真実を知る。ルビラのような自我のかけらと会話をし、対峙し、うっかり?浄化もしてしまうのだ。
普通の人間には無理ゲーだし、精霊にだってできっこない。精霊王ができないのだから他の精霊にできるはずがない。基本、四大精霊だって精霊王には逆らえない。もともと自身から派生しているし、有無を言わさず右へ倣えの姿勢をとる。
例外は、キミヨと人間と関わりを持った精霊たちだ。
うん?そう考えるとここにいる四大精霊、みんなミヤコと関わりを持ってしまった、な。それどころか眷属たちも、妖精までも。
あれ?
まあ、いい。それよりもミヤコだ。
アルヒレイトの考えでは、ミヤコは先の二つの選択肢を選ばない。
人間界に戻って愛を打ち消すか、自分だけ死んで全てを忘れるか?
無理だろう。
ミヤコはあの青年にどっぷり浸かり、生かされている。あの青年を無くして生きていけないほどに癒着している。そう、あれは執着なんて可愛いものではない。癒着、融合ともいうべきか。その愛を手放せるかと言われたら、アルヒレイトだったら無理だ。
キミヨが輪廻を選んだから、自分もそうする。キミヨがもし精霊としての生を選んだのなら、この世界を壊してでもキミヨの横で精霊として生きる。まあ、キミヨが聞いたら絶縁されそうなので言わなかったが。
ミヤコの中には、自己犠牲の精神が溢れかえっている。何もかもが自分のせいで、どうにかしてそれを払拭したいと考えているから、無茶をする。
だから、三つ目の選択肢が本命で、『時間軸の主と対峙する可能性』を入れてみた。
うまくいけば、時間軸の主のもとで過去も未来も眺めていればいいのだ。生きているとも死んでいるともいえない場所なら大好きな青年の事も忘れなくて済むし、彼の方もミヤコを思って生きる事ができる。人間の命は短いし、時間の経過をクルトの横で寄り添っていく事ができるのだ。そしてクルトが輪廻の輪に戻る頃を見計らって、自分も輪廻に飛び込めば良い。
もしキミヨやミヤコが聞いたら憤慨し、消し炭にされていたであろうアルヒレイトはしかし、気づかない。自分がどれほど自己中心のクソ思考を持っていて、考えなしなのかを。
だがその前に、ミヤコも考えなしに出た。血は確かに引き継がれていた。
「【回帰】」
なんで精霊界で言霊なんか使っちゃってるの!?
そんな驚きも飲み込んで、時間は回帰した。
そして、今。
光の粒に戻り、フヨフヨと浮遊している存在。だというのに自己意識だけはしっかり残っている。
「きゃー……」
人型を取れないアルヒレイトに口はない。いや、正確には舌がない。祖元に戻ってしまったのだから仕方がないとはいえ、意識だけはきっちりある。そしてなぜか、他の四大精霊たちも存在していた。
地「きゃー?(ちょっと、アルヒレイト…。何が起こったのかしら?)」
火「き、きゃー!?(な、なんで俺がこんな粒っこになっているんだ!?)」
水「きゃー…(私の美貌が……)」
風「きゃー?!きゃー!(体が軽いわ?!どこでも行けるじゃないの!)」
王「きゃ、きゃー…(わ、わからん、わからんが、ミヤコがやらかした)」
流石精霊。元は一つだった事もあり、意思の疎通は問題なかった。
火「(お前の孫はどうなっているのだ!「回帰」ってなんだ!)」
王「(俺が知るか!あれはキミヨの技だからな!回帰っていうだけあって、戻るって事だろう)」
地「(戻るって、どこに?なぜ私たちはまだ存在してるの?それにここはどこ?)」
風「(どうでもいいじゃない!まだ生きてるのよ私たち!ミヤ、ありがとう!)」
水「(……ここはシェリオルの水辺だ)」
全員がハッとする。水の精霊以外はシェリオルの水辺を知らない。知る必要がなかったからだが、当然ウスカーサは自分の庭にこれがあるのだ。
水「(この川の水に触れれば、魂が浄化される)」
全「((((…………))))」
水「(ミヤコは、我々に選択肢を与えてくれたのだな)」
地「(ねえ、みて、あそこ。あのドアは何かしら?)」
風「(あれ、あの子じゃないの!誰と一緒にいるのかしら)」
王「(……キミヨに似ている…あれはキミヨの姉妹か!?)」
黙り込んだ精霊たちがみていると、女がドアを開け、その向こうへ進んでいった。そしてそれにミヤコが続く。
どうする?という様に精霊たちは顔を見合わせ……ついていく事にした。
基本、精霊は好奇心が旺盛なのだ。扉をくぐると、そこは古ぼけた薄暗い世界だった。
王「(ここは、過去だ)」
火「(過去?)」
王「(キミヨが住んでいた家だ。あそこの木の上でキミヨに初めて会ったのだ)」
嬉しそうにアルヒレイトが呟き、指をさす。見れば、古ぼけて死にそうな大木がそこにあった。ミヤコの目を通して過去に起こった事変を知る。アルヒレイトがキミヨを連れ去った後に起きた事。残された真木村家に何が起こったのか。
アルヒレイトの罪が如実になった。
王「(俺がキミヨを連れ去ったから……)」
姉、静香の壮絶な死と、その後の真木村家の衰退。不意に真木村家に帰ってきたキミヨは項垂れ一人寂しく去っていく。懸命にミヤコは話しかけるが、キミヨには伝わらず。
精霊たちは黙って見つめ続けた。そしてミヤコはただそこに立ち尽くし、全てを見て聞いた。何も出来ず、傍観する姿は自分達を彷彿とさせる。ミヤコの心情までは測る事はできなくとも、散り散りになっていく様子に共鳴する。
それまで罪とはなんぞや、と考えることはなかった精霊たち。ただ、禁忌を犯したから罰せられる、しばらく静粛していればそのうち解ける謹慎、くらいの軽い感覚であったことは否めない。その波紋によって起こった悲劇を見るまでは。
次第に影を薄くしていくミヤコに、精霊たちは触れることも気づかれる事もなく、そこに存在しないものとして扱われた。
風「(あの子……このまま死んでしまうの?)」
水「(シェリオルの水を超えていないのだ。死ぬことはできず、アーラの業火に焼かれる事になるのだろう…)」
火「(でも、今アーラの業火に精霊はいない。どこにいけばあの魂は助かるのだ?)」
アルヒレイトたちが鎮痛な面持ちになった時、ミヤコに変化があった。
「ねえ、樫の木さん。わたし、助けたい人たちがたくさんいるの。もしわたしが長樹の周りの瘴気を浄化できて、長樹を元気にすることができたら、元通りになるかしらね?いるべき場所を無くした精霊たちも、元に戻ると思う?」
寂れた大木に話しかけているのだ。どうやらその大木と会話をしているらしい。そして、顔をあげ笑ったと思ったらその大木の中に入って消えてしまった。
あっと思った精霊たちは後を追おうと駆け寄ったものの、大木に阻まれた。
「そなたらの罪を、理解したか?」
「「「「「!」」」」」
「我は時間軸の主と繋がる聖木。そなたらのいうところのソルイリスの樟《クスノキ》の仲間だ。大地の主はわかっておるな?」
「聖樹……!」
「我はもう長くはない。誰もここには残らなかった。そなたらの責だ……だが、子孫を残してくれたことは感謝する。あの子は、時間軸の主の元に送り届けた。あとはあの子次第だ」
「ミヤコは……」
「あの子の持つ力は、『可能性』だ。過去に渡り、未来を見つけることのできる稀有な存在。きっと時間軸の主も救ってくれると信じている」
「可能性……」
「そなたらは、自由な存在だ。我のように腰を据え、物事を静観する事ができぬ子供よ。悪戯の尻拭いをするのは大人だが、少々羽目を外しすぎたようだ。本来ならばソルイリスの主に委ねるところだったが、そなたらにあの娘が蹴り出されてしまったので、ソルイリスの主は手助けに入れなかった。だから我が、過去に戻り巫女に頼んだのだ。隠された真実を見せてくれと」
「あの少女は、だからシェリオルの水辺にいたのか」
「あの娘は、ずっとあそこにおる。末の妹の未来を案じて動けずにいたのだ」
キミヨの行く末を案じ、回帰をできずにいた姉は、ミヤコに出会い未来を知った。キミヨに子が出来、孫が出来た。未来につながる道につながったことを喜び、ようやく安らぎを得て輪廻の輪に帰っていった。
「そなたらは、罪を償わねばならん。毒を孕み、自分らの欲のために別世界を傷つけ、果ては崩壊に近づけた。そなたらの世界がどうなろうと我は関せぬが、この世界の軸まで変えてしまったことは許されぬ」
「……すまない。これは、俺の責任だ。業火で焼くなり、なんでもしてくれ。それを受け入れなければならないだけの事をした」
「……残念なことに、あの娘はそれでもお前たちを救いたいらしくてな。それでそなたらも三途の河岸まで呼んだのだ」
「それでは、俺はどうすれば」
「それは、あの子次第だ。あの子の描く未来にそなた達がいるのなら、いずれ分かるであろう。それまで大人しく収まる場所に収まるが良い」
「しかし、それではあまりにも…!」
「ああ、ならば少し手を貸してはくれぬか。それを罰としよう」
その後、樫の聖木に頼まれた通り、朽ち果てた大木でその根の上に家を作り、人が住める様に整えた。人が住み着く様になるまでそこで見守り、庭を作り、井戸を作った。風を起こして埃を払い、聖木の根が土地を守り、様々な災害からも家を守った。
そしてある日、突然ミヤコが庭に降り立ったのである。止まっていた時間が動き出し、まるでずっとそうだったかのように周囲はミヤコを受け入れた。空気が色づき、世界が華やかになっていく。ミヤコの喜びを手にとる様に感じた精霊達は、愛おしそうに静かに見守る。
そうして、驚きながらも家の中に入って行ったミヤコが見たものは。
完
==========
これにてほんとに完結です。最後まで本当にありがとうございました。
また、次作でお会いできることを楽しみにしています。
感想などいただけるとありがたいです。
最初に口を開いたのは、精霊王であったかつてのアルヒレイトである。
アルヒレイトは、あの時死を覚悟していた。このまま輪廻の輪に入り、今度こそキミヨと同じ種族に生まれ変わり愛を育んでいこうと思い、目を閉じた。そして次の言葉を発しようとして目を開けると、聞こえた言霊。
『癒しの歌を』
え、ちょっと待て?!
精霊界で精霊の歌を歌うこと、それすなわち禁忌。
精霊界にいることで彼らは本来傷を癒し、状態を回復させる。つまり、精霊界にいればほっといてもいずれ傷は治るのだが今回は訳が違う。なぜなら、精霊王が禁忌を冒し、今これから自粛の姿勢に入るのだ。精霊王を始めとして全てが無に帰ると決めて、精霊界に戻ってきたのである。精霊の持つ聖力は全て世界樹の元へ送ってしまったのだ。つまり精霊界はアルヒレイトが消える事によって崩壊する運命にあった。その崩壊はすでに始まりつつあり、端っこの方から薄れつつある。癒されては、困るのだ。
ミヤコの潜在能力はアルヒレイトの精霊力をはるかに凌駕する。なぜそうなったのかはアルヒレイトにもわからないが、ミヤコが精霊よりも高尚な存在であると、アルヒレイトは気がついていた。
精霊の監獄、水鏡の狭間から水の精霊を引き連れて戻ってきたのだから当然だ。鬼畜の如く、「お前なら大丈夫」とか言いながら、アルヒレイトはあの時実は諦めていた。それでも全ての人間が目の前で死に行く苦痛を味わうよりは、無の世界にいた方が楽なのでは、という親心(?)で水鏡の狭間に送り込んだのだ。助かれば儲け物、程度の感覚で。
それが時を置かずしてあっさり戻ってきてしまった。誰でも気づくであろう、ミヤコの異常性を。アルヒレイトは精霊よりも上にある存在の可能性を考えた。昔、キミヨが神の存在について話した事があったが、そう言った完全無欠でいてあやふやな存在ではなく。
時間軸の主がこの場合しっくりくる。
時間軸の主は悠久の中に住まうという。時間にも物理にも精神にも関与しない場所で存在し。存在しているのかどうかは精霊如きにわかるはずもないが、時間は見えなくとも我々の横にピッタリと平等に寄り添っていることは確かで、だから存在も確かなのだ。
精霊は永遠とも言える時の中に住まうが、永遠ではない。時が来れば、精霊王は入れ替わり、新たな聖霊が生まれてくる。闇落ちもすれば、失敗も犯す。人間よりちょっと力があり、朽ち果てる肉体がなく、長い時を生きるというだけで、生命体としては基本は同じなのである。
だが、時間軸の主は変わらない。ただただそこにある。そんな時間軸の主の仕事は、当然時を操る事であろう。いや、操るというのはちょっと違うか。主から時が生まれるのだから。時間軸の主は誰かのために特別なことはしない。エコ贔屓なしに、誰にも平等に時間は訪れ、その命を蝕んでいく。
だが、ミヤコはそんなのお構いなしに、突き進む。過去を覗き真実を知る。ルビラのような自我のかけらと会話をし、対峙し、うっかり?浄化もしてしまうのだ。
普通の人間には無理ゲーだし、精霊にだってできっこない。精霊王ができないのだから他の精霊にできるはずがない。基本、四大精霊だって精霊王には逆らえない。もともと自身から派生しているし、有無を言わさず右へ倣えの姿勢をとる。
例外は、キミヨと人間と関わりを持った精霊たちだ。
うん?そう考えるとここにいる四大精霊、みんなミヤコと関わりを持ってしまった、な。それどころか眷属たちも、妖精までも。
あれ?
まあ、いい。それよりもミヤコだ。
アルヒレイトの考えでは、ミヤコは先の二つの選択肢を選ばない。
人間界に戻って愛を打ち消すか、自分だけ死んで全てを忘れるか?
無理だろう。
ミヤコはあの青年にどっぷり浸かり、生かされている。あの青年を無くして生きていけないほどに癒着している。そう、あれは執着なんて可愛いものではない。癒着、融合ともいうべきか。その愛を手放せるかと言われたら、アルヒレイトだったら無理だ。
キミヨが輪廻を選んだから、自分もそうする。キミヨがもし精霊としての生を選んだのなら、この世界を壊してでもキミヨの横で精霊として生きる。まあ、キミヨが聞いたら絶縁されそうなので言わなかったが。
ミヤコの中には、自己犠牲の精神が溢れかえっている。何もかもが自分のせいで、どうにかしてそれを払拭したいと考えているから、無茶をする。
だから、三つ目の選択肢が本命で、『時間軸の主と対峙する可能性』を入れてみた。
うまくいけば、時間軸の主のもとで過去も未来も眺めていればいいのだ。生きているとも死んでいるともいえない場所なら大好きな青年の事も忘れなくて済むし、彼の方もミヤコを思って生きる事ができる。人間の命は短いし、時間の経過をクルトの横で寄り添っていく事ができるのだ。そしてクルトが輪廻の輪に戻る頃を見計らって、自分も輪廻に飛び込めば良い。
もしキミヨやミヤコが聞いたら憤慨し、消し炭にされていたであろうアルヒレイトはしかし、気づかない。自分がどれほど自己中心のクソ思考を持っていて、考えなしなのかを。
だがその前に、ミヤコも考えなしに出た。血は確かに引き継がれていた。
「【回帰】」
なんで精霊界で言霊なんか使っちゃってるの!?
そんな驚きも飲み込んで、時間は回帰した。
そして、今。
光の粒に戻り、フヨフヨと浮遊している存在。だというのに自己意識だけはしっかり残っている。
「きゃー……」
人型を取れないアルヒレイトに口はない。いや、正確には舌がない。祖元に戻ってしまったのだから仕方がないとはいえ、意識だけはきっちりある。そしてなぜか、他の四大精霊たちも存在していた。
地「きゃー?(ちょっと、アルヒレイト…。何が起こったのかしら?)」
火「き、きゃー!?(な、なんで俺がこんな粒っこになっているんだ!?)」
水「きゃー…(私の美貌が……)」
風「きゃー?!きゃー!(体が軽いわ?!どこでも行けるじゃないの!)」
王「きゃ、きゃー…(わ、わからん、わからんが、ミヤコがやらかした)」
流石精霊。元は一つだった事もあり、意思の疎通は問題なかった。
火「(お前の孫はどうなっているのだ!「回帰」ってなんだ!)」
王「(俺が知るか!あれはキミヨの技だからな!回帰っていうだけあって、戻るって事だろう)」
地「(戻るって、どこに?なぜ私たちはまだ存在してるの?それにここはどこ?)」
風「(どうでもいいじゃない!まだ生きてるのよ私たち!ミヤ、ありがとう!)」
水「(……ここはシェリオルの水辺だ)」
全員がハッとする。水の精霊以外はシェリオルの水辺を知らない。知る必要がなかったからだが、当然ウスカーサは自分の庭にこれがあるのだ。
水「(この川の水に触れれば、魂が浄化される)」
全「((((…………))))」
水「(ミヤコは、我々に選択肢を与えてくれたのだな)」
地「(ねえ、みて、あそこ。あのドアは何かしら?)」
風「(あれ、あの子じゃないの!誰と一緒にいるのかしら)」
王「(……キミヨに似ている…あれはキミヨの姉妹か!?)」
黙り込んだ精霊たちがみていると、女がドアを開け、その向こうへ進んでいった。そしてそれにミヤコが続く。
どうする?という様に精霊たちは顔を見合わせ……ついていく事にした。
基本、精霊は好奇心が旺盛なのだ。扉をくぐると、そこは古ぼけた薄暗い世界だった。
王「(ここは、過去だ)」
火「(過去?)」
王「(キミヨが住んでいた家だ。あそこの木の上でキミヨに初めて会ったのだ)」
嬉しそうにアルヒレイトが呟き、指をさす。見れば、古ぼけて死にそうな大木がそこにあった。ミヤコの目を通して過去に起こった事変を知る。アルヒレイトがキミヨを連れ去った後に起きた事。残された真木村家に何が起こったのか。
アルヒレイトの罪が如実になった。
王「(俺がキミヨを連れ去ったから……)」
姉、静香の壮絶な死と、その後の真木村家の衰退。不意に真木村家に帰ってきたキミヨは項垂れ一人寂しく去っていく。懸命にミヤコは話しかけるが、キミヨには伝わらず。
精霊たちは黙って見つめ続けた。そしてミヤコはただそこに立ち尽くし、全てを見て聞いた。何も出来ず、傍観する姿は自分達を彷彿とさせる。ミヤコの心情までは測る事はできなくとも、散り散りになっていく様子に共鳴する。
それまで罪とはなんぞや、と考えることはなかった精霊たち。ただ、禁忌を犯したから罰せられる、しばらく静粛していればそのうち解ける謹慎、くらいの軽い感覚であったことは否めない。その波紋によって起こった悲劇を見るまでは。
次第に影を薄くしていくミヤコに、精霊たちは触れることも気づかれる事もなく、そこに存在しないものとして扱われた。
風「(あの子……このまま死んでしまうの?)」
水「(シェリオルの水を超えていないのだ。死ぬことはできず、アーラの業火に焼かれる事になるのだろう…)」
火「(でも、今アーラの業火に精霊はいない。どこにいけばあの魂は助かるのだ?)」
アルヒレイトたちが鎮痛な面持ちになった時、ミヤコに変化があった。
「ねえ、樫の木さん。わたし、助けたい人たちがたくさんいるの。もしわたしが長樹の周りの瘴気を浄化できて、長樹を元気にすることができたら、元通りになるかしらね?いるべき場所を無くした精霊たちも、元に戻ると思う?」
寂れた大木に話しかけているのだ。どうやらその大木と会話をしているらしい。そして、顔をあげ笑ったと思ったらその大木の中に入って消えてしまった。
あっと思った精霊たちは後を追おうと駆け寄ったものの、大木に阻まれた。
「そなたらの罪を、理解したか?」
「「「「「!」」」」」
「我は時間軸の主と繋がる聖木。そなたらのいうところのソルイリスの樟《クスノキ》の仲間だ。大地の主はわかっておるな?」
「聖樹……!」
「我はもう長くはない。誰もここには残らなかった。そなたらの責だ……だが、子孫を残してくれたことは感謝する。あの子は、時間軸の主の元に送り届けた。あとはあの子次第だ」
「ミヤコは……」
「あの子の持つ力は、『可能性』だ。過去に渡り、未来を見つけることのできる稀有な存在。きっと時間軸の主も救ってくれると信じている」
「可能性……」
「そなたらは、自由な存在だ。我のように腰を据え、物事を静観する事ができぬ子供よ。悪戯の尻拭いをするのは大人だが、少々羽目を外しすぎたようだ。本来ならばソルイリスの主に委ねるところだったが、そなたらにあの娘が蹴り出されてしまったので、ソルイリスの主は手助けに入れなかった。だから我が、過去に戻り巫女に頼んだのだ。隠された真実を見せてくれと」
「あの少女は、だからシェリオルの水辺にいたのか」
「あの娘は、ずっとあそこにおる。末の妹の未来を案じて動けずにいたのだ」
キミヨの行く末を案じ、回帰をできずにいた姉は、ミヤコに出会い未来を知った。キミヨに子が出来、孫が出来た。未来につながる道につながったことを喜び、ようやく安らぎを得て輪廻の輪に帰っていった。
「そなたらは、罪を償わねばならん。毒を孕み、自分らの欲のために別世界を傷つけ、果ては崩壊に近づけた。そなたらの世界がどうなろうと我は関せぬが、この世界の軸まで変えてしまったことは許されぬ」
「……すまない。これは、俺の責任だ。業火で焼くなり、なんでもしてくれ。それを受け入れなければならないだけの事をした」
「……残念なことに、あの娘はそれでもお前たちを救いたいらしくてな。それでそなたらも三途の河岸まで呼んだのだ」
「それでは、俺はどうすれば」
「それは、あの子次第だ。あの子の描く未来にそなた達がいるのなら、いずれ分かるであろう。それまで大人しく収まる場所に収まるが良い」
「しかし、それではあまりにも…!」
「ああ、ならば少し手を貸してはくれぬか。それを罰としよう」
その後、樫の聖木に頼まれた通り、朽ち果てた大木でその根の上に家を作り、人が住める様に整えた。人が住み着く様になるまでそこで見守り、庭を作り、井戸を作った。風を起こして埃を払い、聖木の根が土地を守り、様々な災害からも家を守った。
そしてある日、突然ミヤコが庭に降り立ったのである。止まっていた時間が動き出し、まるでずっとそうだったかのように周囲はミヤコを受け入れた。空気が色づき、世界が華やかになっていく。ミヤコの喜びを手にとる様に感じた精霊達は、愛おしそうに静かに見守る。
そうして、驚きながらも家の中に入って行ったミヤコが見たものは。
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これにてほんとに完結です。最後まで本当にありがとうございました。
また、次作でお会いできることを楽しみにしています。
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ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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完結おめでとうございます。物語にどっぷりハマりました❤️終わったのに、まだまだ読みたいです♪続編か番外編期待してます😁素敵な物語ありがとうございます❤️
カヨワイさつき様
感想ありがとうございます!
最後まで楽しんで頂けたようで良かったです。
続きが読みたいと言うご意見が多かったので、頑張って続編(番外編)をご提供したいと思います。今しばらくお待ちくださいませ。
完結おめでとうございます。
1話1話が内容も濃くすごくボリュームがあり更新も早くて最後まで夢中になって読みました。
もし出来たらクルトとみやこの幸せその後がチラリとでも読みたいですー。
芳野様
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
更新が途中から駆け足全開だったので、読む気失くすかなぁと心配でしたが、皆さんのたくさんの応援のおかげで完結まで行きました。ありがとうございます。
その後のクルトとミヤコのお話も考案中ですので、気長にお待ちください。
最後まで楽しく読まさせて頂きましたm(_ _)mありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
みやことクルトがどうなるのかか気になります!
でもハラハラドキドキあり楽しい時間ありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
また違う作品きたいしてます(*^^*)
友梨奈様
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今後のミヤコとクルトがどうなるのか知りたい、という方がちらほらいらっしゃったので、番外編か続編で書いてみようかなと考えています。今度はもっと軽いノリで行きたいですね。
ミヤコの過去が、作者的にも辛かったです。(´・`)
他の作品も、お時間がありましたら是非お立ち寄りくださいませ。