【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

文字の大きさ
上 下
122 / 127
最終章:クローゼットの向こう側

第117話:精霊の回帰

しおりを挟む
「俺が消えれば、皆が消える。次に精霊王が生まれてくるのは、全くの別の世界か、回帰の済んだ星への帰還と言うわけだよ、ミヤコ」
「私達もあなたたちと同じ。一度夢に帰れば、次に生まれてくるのはまた別の精霊王と、運が良ければ4大精霊たちと言うことだ」

 ミヤコは瞬きを数回繰り返し、その意味を理解しようとした。

「それは、つまり、リアがリアではなくなると言うこと?ウスカーサもアガバも、エリカも全く別の精霊になるの?」
「そう言うことだ。俺たちの記憶を持って生まれてくることはないから、人間で言うところの別人、になるな」
「……そん、な」

 精霊たちは永遠の命を持って、永久に存在すると思っていた。精霊王が禁忌を犯さなければ、それが当然のことで。なのに誰もが平然とした顔で受け止めている。自分の記憶が、命が失われると言うのにも関わらず。

「わたしたちは死を恐れていないのよ、ミヤコ」

 レアが申し訳なさそうに言う。死が常に隣り合わせにある人間たちと違い、精霊は悠久の時を生きる。それが時折止まったからといって、ちょっと眠りにつく様なものなのだと、気に留めることはない。それが肉体を持たない精霊の定めだと理解しているのだという。

 アガバがさらに言葉を重ねる。

「ただ今回、俺たちは全員、人間に関わりすぎた。力を分け与え、加護を与え、人の考えを共有した。情けを知り、怒りを覚え、感情を理解した。つまるところ、精霊として失格だと言うことだ。だから、小さな波紋が大きな津波となってこの世界に襲いかかることになる前に、撤退しようと決めた。人間たちが困っているのをみて、無視できるほど無感情ではなくなってしまったから」
「そして、困ったことに、だな。ミヤコ。お前があの世界に残ると言うことは、精霊の遺物が残ることになり、波紋を広げることになる。だからこその選択肢が先ほどの二つ」

 ミヤコはごくりと喉を鳴らす。

「もとの世界に戻り、この世界との関係を断ち切るか、このまま浄化されるか……」

 精霊王はヘニョリと眉を下げ、視線を外した。

「前者を選んだ場合、ミヤコの記憶は改竄されこの世界の記憶はなくなる。どちらを選んでも、この世界で関わり合った人間の記憶からミヤコの存在は消える」
「……っな、なんで」
「異世界の存在を知らない方が波風が立たないだろう?それにミヤコの影響はこの世界で大きい。覚えていない方が、楽に生きられると言うものだ」
「で、でも!わたしは確かにここにいたのに!」
「では、記憶を残してミヤコはうまく生きられるのか?想いを残して、戻ってくることはないと言えるのか?俺のことを、この世界のことを一度は記憶から消したのは、覚えていないのか?」
「!」

 確かにわたしは一度、記憶を改竄した。心が現実を拒否した。でも。

 クルトさんのことを覚えたまま、もう会えないとわかっていながら日本で生活ができるのか。魔法を使う楽しさと、精霊たちとのつながりを覚えたまま…。

 そんなの、無理。できっこない。でも、忘れるなんてもっと嫌だ。

「ど……して、こんな、ひど…」

 エリカが悲しげに笑みを浮かべた。

「ねぇ、私、ガルシアのこと大好きだと思った。ハルクルトが生まれて、可愛いと思ったこともあった。私は精霊だから、有限の時間について考えたこともなかったの。何年も経つとね、激情や燃え盛った思いは薄れていったわ。だって疲れるじゃない?私は、ガルシアのこともハルクルトのことも忘れて、楽しいこと、新しいことばかりを追いかけた。でもね、その間、ガルシアは私を忘れたことはなかった。ずっと恋焦がれていたと、苦しい想いを抱えていた。でも彼が私に会いに来ることはできなかったわ。だって、私は風の精霊。一定の場所に留まるなんてできなかったんだもの。ハルクルトも同じで、ずっと想いを拗らせていた。でも最後には、何も思い出せないといったわ。そんな想いをあなたは相手に課せるの?」
「クルトさんは、あなたとの思い出を忘れたわけじゃない。ずっと、覚えていたけれど、辛くて寂しくて、思い出すたびに心が痛むから、心の奥底に仕舞い込んだだけだわ」

 そんな想いをずっと。蓋をして、心の奥底に隠して生きていた。

「この世界の命はミヤコの世界の人たちよりも長い。普通の人間は120年から150年の時を生きる。ミヤコの世界の人間は、そうだな…80から100年といったところか…。寿命が違うんだよ。だから、ミヤコが悩むことはない。もとの世界に戻って、残りの人生を楽しく過ごせばいい。残りのほんの60年かそこらだろう?それとも、浄化を選べばもっと早い。早々に輪廻の輪に戻り新たな、」
「勝手なことを言わないで!!なんなの!?寿命が長いか短いかなんて、関係ないじゃない!全然わかってない!おじいちゃんは、愛される資格なんて…っ!!」

 怒りに任せて、愛される資格なんてない、と言いかけてミヤコは留まった。

「……おばあちゃんは………。おばあちゃんはどこ?」

 びくりと、精霊王の表情が固まった。

 精霊王は、誰よりもキミヨを愛していたはずだ。他の精霊たちのことに考えも及ばず、世界を破滅に追いやってもキミヨを求めた。向こうの世界にまで追いかけ、こちらに呼び寄せた。それが、悪手だとわかっていながらも、止めることはできなかったのだ。子供も二人ももうけて、孫であるミヤコを溺愛した。

 愛を知らないわけじゃない。人の命の儚さを知らないわけじゃないのだ。

「おばあちゃんは、どちらの世界にいるの?それとも、まさか、」
「キミヨは、輪廻の輪に戻った。お前によろしく伝えてくれと言っていた」
「!!う、嘘……っ!嘘でしょう!?」
「そうしないと、二度と会えなくなるだろう?俺の命ももうすぐ消える。そうして輪廻の輪に俺も入るから。いずれまた、会えるから。だから、今は、辛くても、」
「……っわ、たし、まださよならも、ありがとうも、いってない、のにっ、どうして、そんな」
「だって、それを、キミヨが望んだからっ、俺は、そうするしかなかった!別れを言うのは辛いからと。来世でまた会おうと、キミヨがいったから!」

 泣き崩れる精霊王を、ミヤコは泣きながら見下ろした。












 いつかみた、黄金に輝く草原の中で。おばあちゃんと一緒に歌った精霊のレクイエム。

 ーーねえ、ミヤコ。現実かどうかはその人がどう受け止めるかだと思わないかい?

 ーーミヤコには、自分が信じる世界をすべて現実だと思って生きて欲しいわ。

 おじいちゃんは、結局、何よりもおばあちゃんを選んだのだ。自分の精霊王としての命より、他の精霊たちの命より、何よりもおばあちゃんとのいつか出会える未来を選んだ。自分にとっての最適な答えを掴み取った。

 愛こそが全てなのだ。

 ミヤコは涙をこぼしながらも、ふふっと笑った。

「わたしはね、おじいちゃんよりももっとずっと欲張りなの、知ってた?」


 精霊王が、泣き濡れて汚い顔を上げた。思わず眉を下げて、子供にするように頭を撫でる。おじいちゃんはますます顔をくしゃくしゃにして、わたしを抱きしめた。愛しているのだ、ミヤコも、キミヨも、精霊たちも、この世界も。でも全てを手に入れることはできなかった。そういって泣いた。

 わたしは欲張りだ。

 世界は、わたしがいようがいよまいが、回り続ける。全てが欲しいなんて烏滸がましい。だけど、わたしはわたしを取り巻く全てを守りたいし、手中に残したいのだ。

「わたしも大好きなのよ。この世界も、おじいちゃんも精霊たちも、仲間たちも。そして絶対に無くしたくないの。クルトさんも手放せないの。だから、わたしは絶対に離さない」

 おばあちゃんは言った。

『起きてしまったことは仕方ないのよ、ミヤコ。でもね、気づいてしまった間違いに対しては責任を持たなくちゃね』

 考えろ、ミヤコ。信じれば、道は開けるはずだ。わたしにできることは何?諦めてはダメだ。わたしには歌がある。言霊も使えるはずだ。何をすればいい?

 時間は巻き戻せない。無くしたものは、元には戻らないけれど。新たに作ることはできるはず。未来を変えることはできるはず。今ならまだ。何も終わっていない、始まってもいない、今なら。

「癒しの歌を」

 精霊王がハッと顔を上げ、大精霊たちも固唾を飲んでミヤコを見た。

「待て、ミヤコ。まだ、三つ目の選択肢が」

「【回帰】」

 瞬間、記憶が走馬灯のように駆け抜け、精霊界は記憶の海の飲まれた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...