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第5章:聖地ラスラッカ編
第115話:聖地の崩壊
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第5章はこれで終わりです。次は最終章に入ります。
最後までお付き合いくださいませ。よろしくお願いいたします。
==========
ギリギリ間に合ったのだと思った。
火の鳥に乗って聖地へ向かう我が子を見たのは、本当に久しぶりな気がした。最後に見たのは緑の塔で今にも消えそうな命だった。いくら自分の血を引いているとはいえ、やはり人間の命は短い。精霊と契約を交わし加護を受けていない人間は、あっという間に花の季節を終えて散っていく。
追い越して、先に聖地に足を踏み入れた。ずっと入ることのできなかった聖地なのに、今回ばかりはすんなりと足を踏み入れることができたのは、ガルシアとの契約を断ち切ったからか。私がこの手にある魂は精霊の息吹でもって、精霊となる。こんな枯れ果てた風の聖地で、どこまで力が使えるかわからないが、幸い穢れは持ち込まれていない。立て直すくらいは残されているだろう。
驚いた顔を見せるハルクルトは、ガルシアによく似ている。我が息子、と呼ぶのもなんだかおかしい。だって、己の中にこの子に対する愛情が見つからないのだ。
キミヨは、人間の持つ愛情は美しいという。愛しくて何よりも守りたいものなのだと。それが私にはわからない。確かにガルシアは愛しいと思った。これが愛なのだ、恋なのだと歓喜した。理解できたつもりでいた。
妖精王も水のも人間が好ましい、愛でたい存在だという。最近はレアも人間に恵みを与えていた。でも元はと言えば、それが原因で今の不調和を呼んだというのに、誰も彼もが人間を擁護する。しばらく愛でてみた人間は、私にとってはやはり矮小で大して興味をそそられなかったから、いつものように風を纏って探索に出た。
ところが、行く先行く先で醜いものを発見する。異形のものだったり異臭を撒き散らすものだったり、以前は見かけなかったものたち。それがあちこちで悪さをして、森を穢し、海を穢していた。昔は美しく輝いていたカリプソが海から顔を出さなくなった。カルラもすっかりなりを顰めてどこで何をしているのか、火の聖地は垂れ流しを始め、水のも海まで使いをよこさなくなった。
何があったのかと思いながらも、海を避け、森を避けるとレアの聖地が砂漠の様になっていた。大陸の南側には大きな砂漠が広がっているが、あそこの真似でもしているのだろうか。レアは酒が好きなのに、果樹園もなければ人もいない砂地では美味い酒も作れないだろうに。
そういえば、海だけでなく、大地の様子もおかしい。精霊王はキミヨにうつつを抜かしていたからおろそかになっているのだろうか。ここらで文句の一つでも言ってやらねば、と思って探してみても王の姿がない。
おかしい。
気がつけば、大精霊たちの姿が見当たらない。瘴気を撒き散らかす異形が増え、空気も悪く水も滞っている。突風を起こす力が弱くなり、息苦しくなってきた。
おかしい。おかしい。一体何が起こっているのか。
ぐるりと世界を一周してみたら、どこもおかしなことになっていた。風が重く、黒いものがまとわりついてくる。精霊王はどこに。みんな、私を置いてどこへ雲隠れしたのか。
ずっと後になってキミヨに教えられた。
私の命は永遠ではなくなった事を。人間の男と契ったから。
自分が死にそうになって初めて、ガルシアのことを思い出した。愛おしげに私を見つめ、愛を語った人間の男。力強く、火の加護を受けた美しい男だった。彼だけが私を地上に引き留め、惜しみなく愛を注いできた。それは確かに温かく、くすぐったい春の風のようでワクワクさせた。けれど、それもすぐに飽きてしまった。
今自分の目の前にいる子は、そんな男がくれた愛情に溢れていた。若かった頃のガルシアにそっくりで、その仕草もよく似ている。そう、これが私の息子だ。
私の力の半分以上をこの男が受け取り、今にも弾けんばかりの輝きを持っている。
心に浮かぶのは、嫉妬だ。嫉妬?
そんなものは人間の感情であって、精霊のものではない。
その力は、確かに以前は私のものだった。
それなのに。
ガルシアと契ったばかりに、奪われた力。
返して。
それは私のものだ。
ーーチガウ。私が分け与えた。
「……あなたはここへ来るべきではなかった、ハルクルト。愛し子を連れて、地上へ戻りなさい。すべてが手遅れになる前に」
そう。私は大精霊に戻り、あなたの力を返してもらうの。
ーーソウジャナイ。
「あの人は人としての生を終えました。これからは私と共に生きるのです!」
そうだ。ガルシアは私のもの。あなたたちには渡さない。お前なんか知らない。愛し子などと呼ばれて誰からも愛されている子供なんか。我が子に似つかわしくない。
ーーカワイイ、ワガコ、キズツク、ソノ顔ヲ、ミセテ。
「黙りなさい!人の子よ、あなたの助けは要りません!私たちを放っておいて!それにお前はすでに瘴気に穢されているではないの!」
その人間は、時空の狭間に人柱として立つのがふさわしい。私の加護など以ての外だ!
ーーワガ、ノロイト、トモニ。ワタシノ、イトシイーー。
「お前は穢れそのものなのではないの。聖地を救うフリをした余所者の癖に、」
「黙れ!!」
はっとする。私は今、何を思い、何を言った…?
「ハル、クルト、」
「母だと、記憶を手繰り寄せても、僕の記憶にあなたの顔は浮かんでこない。あなたと過ごした日々を思い返してみても、何もない。僕に母はいない。はるか昔、母は死んだ。あなたはすでに闇堕ちした元・風の大精霊エリカ、ただそれだけだ」
怒りをその緑に湛え、燃え盛る赤毛はアーラの業火のよう。
「わ、私は、エリカ…。風の大、精霊、で」
「ク、クルトさん……っ。瘴気が……っ」
震える女の目に、私が映る。ああ、もう、すでに、私は。
「ハルクルト、行きな、さい。ここにいては、いけない。あなたを精霊にするわけにはいかないのっ!私が正気のうちに、逃げて!聖地に足を踏み入れてはダメ!!」
聖地が、震えた。あの子を欲している。だめ。渡せない。
力が抜ける。
ああ、ガルシア。
ごめんなさい。
私たちの子供なのに。私の可愛い子供なのに。愛しいはずなのに。
愛しきれなかった、私を許して。
「愛し、子、ハル、クルトを守って………おね、が、い」
「エリカ……ッ」
どんどん失われていく生気に、最後の力を振り絞って。風の加護を愛し子に。
マモッテーー。
一瞬の空白の後、爆風によって僕たちは吹き飛ばされた。
風の聖地が消し飛んだのだと知ったのは、僕が王都で目を覚ましたあとだった。
アイザックによると、王都での反乱軍は成功を収め、国民は新たな指導者のもと、国の立て直しに精を出しているという。地下牢に繋がれていた国王派は全員打首になり、北の城壁に王と聖女の首と共に、さらされた。
その中にマリゴールドも含まれていたが、女性王族は毒杯を受け、死んでから磔にされた。アッシュは、実質マリゴールドとの結婚生活はなかったことから婚姻は白紙に戻された。年端の行かない幼い子供たちはまだ未来につながるとし、辺境の村で女たちに育てられることになった。しごき甲斐のあるラッキーな数人はルノーが連れて行き、緑の砦で地獄の特訓をしているといった。
厳しい処置ではあったものの、モンファルト元王子の体が見つからず、隠されているのではと疑った国民の憤懣は収まらず、犠牲は必要だったとのことだ。アレは既に人の皮を被った怨念に成り果てていたし、その体は僕がギタギタにして焼き払ってしまったから仕方がない。頭だけでも残しておくべきだったか。
貴族派の一部は街の復興のため農夫や鉱夫として刑を受けており、傭兵や冒険者たちにこき使われている。そこですら役に立たなかった大勢の貴族派は財産や屋敷を没収された後平民に落とされ、海岸沿いや元貧民街でゴミ拾いやどぶさらいをさせられていると聞く。
たまに見目の良い者たちが波に拐われ、行方不明になっているらしい。おそらくは、ドリスの娘たちの仕業だと思うが。オワンデルの屋敷も解体され、無念のうちに死んでいった戦士や獣人を偲んで追憶の塔が建てられた。精霊たちが手を加えたのか、そこは静かな花畑が広がっているという。
風の聖地が消し飛び、それぞれの聖地から大精霊が消えた後も、人々は変わらず生活を続けている。もともと精霊の姿など見えないのが普通だから、大差はないのだろう。
日々の生活は以前よりも楽になり、魔獣や瘴気がなくなり、そして薬師が育ったことで聖女の力や結界など必要ないことに気がついた人々は、ありがたく自然の恩恵を受けているようだ。
ただ、異常繁殖を続けていた森や畑の植物はその成長を緩やかにし、昨日の今日で収穫ができるような食べ物は、できなくなった。それでも街や村の周辺には田畑もでき、薬草園も作り始めたという。時間をかけて食物は育ち、人々の暮らしも穏やかさを取り戻した。
アイザックは人々に望まれてミラート神国改め、新国グラダミヤン王国の王になり、その傍らには常にガーネットが寄り添った。不思議なことに魔法を使える人間が激減し、またそれを使う必要もなくなっていった。アイザックが精霊を見ることが減り、いつしか完全に見えなくなったが、どうやら聖魔法はかろうじて使えるらしい。
国内を一掃したおかげか、ルブラート教徒の姿も見かけることはなく、最近では隣国との会合も近いと話題になっているのだとか。
爆風によって吹き飛ばされた僕の体はあちこち壊れていて、カリプソに発見され、アイザックに引き渡された。目を覚ますのに数週間、動けるようになるのに数ヶ月かかった。幸い片眼の視力は無くしたものの、五体は満足で。
そして、僕の手の中に、愛しいあの人の姿はいない。焦がれても、泣いても、叫んでも、あの微笑みは、あの人の声は帰ってはこない。アイザックもルノーも、みんな諦めずに探してくれてはいるけれど。話題にしないように気を使われているのが、胸に来る。
彼女の名を口に出すことは憚られた。誰もが彼女の名を口にすることができないのだ。まるで禁句のように、言葉が出てこない。精霊たちがそのようにしたのか、それとも目に見えない何かがそうさせたのか。記憶に残しておくことすら赦されない。そんな罪を、僕は償わなければならないのかもしれない。
どうして、僕は。
いつも、いつも。
「なぜ、__、」
手に入らないものを欲するのか。
無くしたくないものほど、この手からこぼれていく。ルビラのような執着を、執拗なまでの呪いのような感情を持て余しているのに。ああ、だからこそなのか。
『クルトさん、生きて』
そんなあの人の声が頭の中に響いて、命を断つことすら許されない。
「ふ……ク……ッ、__…っ」
どこに行けば、君に会えるのか。このまま生きた屍になることを、君は望むのか。闇に呑まれて水鏡の狭間に落ちれば見つけてくれるのだろうか。
どうか。
どうか、僕の元に戻ってきて。最愛の人。
その笑顔を、見せて。
その声を、聞かせて。
その愛を、もう一度僕に捧げてくれ。
お願いだから、____。
第4章 終
ちょっと重いですね。泣きながら書きました。
最後までお付き合いくださいませ。よろしくお願いいたします。
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ギリギリ間に合ったのだと思った。
火の鳥に乗って聖地へ向かう我が子を見たのは、本当に久しぶりな気がした。最後に見たのは緑の塔で今にも消えそうな命だった。いくら自分の血を引いているとはいえ、やはり人間の命は短い。精霊と契約を交わし加護を受けていない人間は、あっという間に花の季節を終えて散っていく。
追い越して、先に聖地に足を踏み入れた。ずっと入ることのできなかった聖地なのに、今回ばかりはすんなりと足を踏み入れることができたのは、ガルシアとの契約を断ち切ったからか。私がこの手にある魂は精霊の息吹でもって、精霊となる。こんな枯れ果てた風の聖地で、どこまで力が使えるかわからないが、幸い穢れは持ち込まれていない。立て直すくらいは残されているだろう。
驚いた顔を見せるハルクルトは、ガルシアによく似ている。我が息子、と呼ぶのもなんだかおかしい。だって、己の中にこの子に対する愛情が見つからないのだ。
キミヨは、人間の持つ愛情は美しいという。愛しくて何よりも守りたいものなのだと。それが私にはわからない。確かにガルシアは愛しいと思った。これが愛なのだ、恋なのだと歓喜した。理解できたつもりでいた。
妖精王も水のも人間が好ましい、愛でたい存在だという。最近はレアも人間に恵みを与えていた。でも元はと言えば、それが原因で今の不調和を呼んだというのに、誰も彼もが人間を擁護する。しばらく愛でてみた人間は、私にとってはやはり矮小で大して興味をそそられなかったから、いつものように風を纏って探索に出た。
ところが、行く先行く先で醜いものを発見する。異形のものだったり異臭を撒き散らすものだったり、以前は見かけなかったものたち。それがあちこちで悪さをして、森を穢し、海を穢していた。昔は美しく輝いていたカリプソが海から顔を出さなくなった。カルラもすっかりなりを顰めてどこで何をしているのか、火の聖地は垂れ流しを始め、水のも海まで使いをよこさなくなった。
何があったのかと思いながらも、海を避け、森を避けるとレアの聖地が砂漠の様になっていた。大陸の南側には大きな砂漠が広がっているが、あそこの真似でもしているのだろうか。レアは酒が好きなのに、果樹園もなければ人もいない砂地では美味い酒も作れないだろうに。
そういえば、海だけでなく、大地の様子もおかしい。精霊王はキミヨにうつつを抜かしていたからおろそかになっているのだろうか。ここらで文句の一つでも言ってやらねば、と思って探してみても王の姿がない。
おかしい。
気がつけば、大精霊たちの姿が見当たらない。瘴気を撒き散らかす異形が増え、空気も悪く水も滞っている。突風を起こす力が弱くなり、息苦しくなってきた。
おかしい。おかしい。一体何が起こっているのか。
ぐるりと世界を一周してみたら、どこもおかしなことになっていた。風が重く、黒いものがまとわりついてくる。精霊王はどこに。みんな、私を置いてどこへ雲隠れしたのか。
ずっと後になってキミヨに教えられた。
私の命は永遠ではなくなった事を。人間の男と契ったから。
自分が死にそうになって初めて、ガルシアのことを思い出した。愛おしげに私を見つめ、愛を語った人間の男。力強く、火の加護を受けた美しい男だった。彼だけが私を地上に引き留め、惜しみなく愛を注いできた。それは確かに温かく、くすぐったい春の風のようでワクワクさせた。けれど、それもすぐに飽きてしまった。
今自分の目の前にいる子は、そんな男がくれた愛情に溢れていた。若かった頃のガルシアにそっくりで、その仕草もよく似ている。そう、これが私の息子だ。
私の力の半分以上をこの男が受け取り、今にも弾けんばかりの輝きを持っている。
心に浮かぶのは、嫉妬だ。嫉妬?
そんなものは人間の感情であって、精霊のものではない。
その力は、確かに以前は私のものだった。
それなのに。
ガルシアと契ったばかりに、奪われた力。
返して。
それは私のものだ。
ーーチガウ。私が分け与えた。
「……あなたはここへ来るべきではなかった、ハルクルト。愛し子を連れて、地上へ戻りなさい。すべてが手遅れになる前に」
そう。私は大精霊に戻り、あなたの力を返してもらうの。
ーーソウジャナイ。
「あの人は人としての生を終えました。これからは私と共に生きるのです!」
そうだ。ガルシアは私のもの。あなたたちには渡さない。お前なんか知らない。愛し子などと呼ばれて誰からも愛されている子供なんか。我が子に似つかわしくない。
ーーカワイイ、ワガコ、キズツク、ソノ顔ヲ、ミセテ。
「黙りなさい!人の子よ、あなたの助けは要りません!私たちを放っておいて!それにお前はすでに瘴気に穢されているではないの!」
その人間は、時空の狭間に人柱として立つのがふさわしい。私の加護など以ての外だ!
ーーワガ、ノロイト、トモニ。ワタシノ、イトシイーー。
「お前は穢れそのものなのではないの。聖地を救うフリをした余所者の癖に、」
「黙れ!!」
はっとする。私は今、何を思い、何を言った…?
「ハル、クルト、」
「母だと、記憶を手繰り寄せても、僕の記憶にあなたの顔は浮かんでこない。あなたと過ごした日々を思い返してみても、何もない。僕に母はいない。はるか昔、母は死んだ。あなたはすでに闇堕ちした元・風の大精霊エリカ、ただそれだけだ」
怒りをその緑に湛え、燃え盛る赤毛はアーラの業火のよう。
「わ、私は、エリカ…。風の大、精霊、で」
「ク、クルトさん……っ。瘴気が……っ」
震える女の目に、私が映る。ああ、もう、すでに、私は。
「ハルクルト、行きな、さい。ここにいては、いけない。あなたを精霊にするわけにはいかないのっ!私が正気のうちに、逃げて!聖地に足を踏み入れてはダメ!!」
聖地が、震えた。あの子を欲している。だめ。渡せない。
力が抜ける。
ああ、ガルシア。
ごめんなさい。
私たちの子供なのに。私の可愛い子供なのに。愛しいはずなのに。
愛しきれなかった、私を許して。
「愛し、子、ハル、クルトを守って………おね、が、い」
「エリカ……ッ」
どんどん失われていく生気に、最後の力を振り絞って。風の加護を愛し子に。
マモッテーー。
一瞬の空白の後、爆風によって僕たちは吹き飛ばされた。
風の聖地が消し飛んだのだと知ったのは、僕が王都で目を覚ましたあとだった。
アイザックによると、王都での反乱軍は成功を収め、国民は新たな指導者のもと、国の立て直しに精を出しているという。地下牢に繋がれていた国王派は全員打首になり、北の城壁に王と聖女の首と共に、さらされた。
その中にマリゴールドも含まれていたが、女性王族は毒杯を受け、死んでから磔にされた。アッシュは、実質マリゴールドとの結婚生活はなかったことから婚姻は白紙に戻された。年端の行かない幼い子供たちはまだ未来につながるとし、辺境の村で女たちに育てられることになった。しごき甲斐のあるラッキーな数人はルノーが連れて行き、緑の砦で地獄の特訓をしているといった。
厳しい処置ではあったものの、モンファルト元王子の体が見つからず、隠されているのではと疑った国民の憤懣は収まらず、犠牲は必要だったとのことだ。アレは既に人の皮を被った怨念に成り果てていたし、その体は僕がギタギタにして焼き払ってしまったから仕方がない。頭だけでも残しておくべきだったか。
貴族派の一部は街の復興のため農夫や鉱夫として刑を受けており、傭兵や冒険者たちにこき使われている。そこですら役に立たなかった大勢の貴族派は財産や屋敷を没収された後平民に落とされ、海岸沿いや元貧民街でゴミ拾いやどぶさらいをさせられていると聞く。
たまに見目の良い者たちが波に拐われ、行方不明になっているらしい。おそらくは、ドリスの娘たちの仕業だと思うが。オワンデルの屋敷も解体され、無念のうちに死んでいった戦士や獣人を偲んで追憶の塔が建てられた。精霊たちが手を加えたのか、そこは静かな花畑が広がっているという。
風の聖地が消し飛び、それぞれの聖地から大精霊が消えた後も、人々は変わらず生活を続けている。もともと精霊の姿など見えないのが普通だから、大差はないのだろう。
日々の生活は以前よりも楽になり、魔獣や瘴気がなくなり、そして薬師が育ったことで聖女の力や結界など必要ないことに気がついた人々は、ありがたく自然の恩恵を受けているようだ。
ただ、異常繁殖を続けていた森や畑の植物はその成長を緩やかにし、昨日の今日で収穫ができるような食べ物は、できなくなった。それでも街や村の周辺には田畑もでき、薬草園も作り始めたという。時間をかけて食物は育ち、人々の暮らしも穏やかさを取り戻した。
アイザックは人々に望まれてミラート神国改め、新国グラダミヤン王国の王になり、その傍らには常にガーネットが寄り添った。不思議なことに魔法を使える人間が激減し、またそれを使う必要もなくなっていった。アイザックが精霊を見ることが減り、いつしか完全に見えなくなったが、どうやら聖魔法はかろうじて使えるらしい。
国内を一掃したおかげか、ルブラート教徒の姿も見かけることはなく、最近では隣国との会合も近いと話題になっているのだとか。
爆風によって吹き飛ばされた僕の体はあちこち壊れていて、カリプソに発見され、アイザックに引き渡された。目を覚ますのに数週間、動けるようになるのに数ヶ月かかった。幸い片眼の視力は無くしたものの、五体は満足で。
そして、僕の手の中に、愛しいあの人の姿はいない。焦がれても、泣いても、叫んでも、あの微笑みは、あの人の声は帰ってはこない。アイザックもルノーも、みんな諦めずに探してくれてはいるけれど。話題にしないように気を使われているのが、胸に来る。
彼女の名を口に出すことは憚られた。誰もが彼女の名を口にすることができないのだ。まるで禁句のように、言葉が出てこない。精霊たちがそのようにしたのか、それとも目に見えない何かがそうさせたのか。記憶に残しておくことすら赦されない。そんな罪を、僕は償わなければならないのかもしれない。
どうして、僕は。
いつも、いつも。
「なぜ、__、」
手に入らないものを欲するのか。
無くしたくないものほど、この手からこぼれていく。ルビラのような執着を、執拗なまでの呪いのような感情を持て余しているのに。ああ、だからこそなのか。
『クルトさん、生きて』
そんなあの人の声が頭の中に響いて、命を断つことすら許されない。
「ふ……ク……ッ、__…っ」
どこに行けば、君に会えるのか。このまま生きた屍になることを、君は望むのか。闇に呑まれて水鏡の狭間に落ちれば見つけてくれるのだろうか。
どうか。
どうか、僕の元に戻ってきて。最愛の人。
その笑顔を、見せて。
その声を、聞かせて。
その愛を、もう一度僕に捧げてくれ。
お願いだから、____。
第4章 終
ちょっと重いですね。泣きながら書きました。
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