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第5章:聖地ラスラッカ編
第109話:精霊の決意
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妖精王アラヴェッタはご機嫌だった。水の聖地には入り浸り禁止令が出たものの、もともと飽き性だったアラヴェッタは水の大精霊に対しての執着はすでに失っていたからだ。そもそもほんの数日つきまとってあの美形を愛でればそれで満足だったのに、おかしなものに巻き込まれ、醜い妖怪へと姿を変えられたのだ。
「お主には二度と近寄らんぞ。安心せい」
水の大精霊にピッと指を立てて約束し、手の平を返すようにさっさと出て行ってしまったアラヴェッタに、やれやれとため息をついたウスカーサは精霊王と酒を酌み交わしていた。
「ああ、お前が助かって本当良かったよ」
「全てあなたのせいですよ、王。孫娘に尻拭いさせて、こんなとこで油を売ってていいんですか?」
「そう言うなよ。俺も反省してるんだ。ずっと東の森に篭っていたじゃないか」
「あれは孫娘に嫌われて、拗ねていたと聞きましかが?」
「……そうではないっ」
口を尖らせてプイッとそっぽを向くアルヒレイトを見て、やはりキミヨ殿がいなければこの人はダメなんだなと諦めの境地に入るウスカーサだった。
「風のに間に合えばいいのだが」
「そうですね……。あの子達ならとも思いますが、既に手遅れかもしれません。……カリプソから火の聖地を旅立ったとは聞きましたよ。カルラの協力を得たのが功をなしたようです。あとは風の聖地が見つかればいいのですが」
「ああ。フェニックスが手を貸したらしい」
「へえ。あのアホウドリがよく素直に言う事を聞きましたね」
「俺の孫だからな」
えっへん、と胸を張る精霊王にウスカーサはミヤコを重ねてみた。あの性格は精霊王から来たか、と理解する。
「あの子はあなたに似てますよね」
「うん?キミヨに似てると思うが?」
「そうですか?」
キミヨは確かに美しい。あっけらかんとした性格ではあるが、機微に飛んで繊細だ。優しすぎて自分を殺すタイプというのだろうか。比べてミヤコは、精霊王とよく似て猪突猛進型な気がする。信じやすく、曲がった事が嫌いで正義感に溢れている。そんな性格が顔に出ていて、一度決めたらテコでも動かない。自己犠牲もあそこまでいくと清々しいほどだ。
そんなだから、自分も助かったのだろうが。ウスカーサはふと笑う。
気がつけば自分すらも絆されていたとは、さすが精霊王の血を引くものだ。
「あの青年は、どうするかな」
「……エリカがガルシアの元に着いたようだよ」
「……では聖地は……」
答える代わりに精霊王は手にしたグラスを煽った。
「……俺の罪は何よりも深い。お前にも皆にも済まない事をした」
ウスカーサはそんな精霊王に目を見張り、悲しげに目を伏せた。
「あなたの意志は、我々大精霊の意志でもありますから、どうぞ正しき判断を願います」
***
「おーい、レア。酒持ってきたぞー」
水の聖地をあとにした妖精王は、妖精の酒を土産に地の聖地に来ていた。地の大精霊レアは、月を見ながらすでにキミヨと酒盛りを始めていた。
「遅いわよ~。先に飲んでたわ」
キミヨが持っていたグラスを掲げる。
「なんじゃ、もう始めてたのか。ちょっと水のとこに寄ってきたんじゃ。アルヒレイトもいたぞ」
「カルラとアガバがようやく元サヤに収まったって聞いて、ウスカーサもちょっと安心したみたい」
「つまらんの。もう戻ったのか」
「夫婦喧嘩のせいで人間界も精霊界も随分荒れたけどね。アリーだってそのとばっちり受けたのよ?」
レアが笑いながら、アラヴェッタをアリーと愛称で呼ぶ。アラヴェッタはふわりと飛んで、レアの横に腰掛け、自分で持ってきた妖精酒をボトルからそのまま飲み始めた。
「あれには参ったぞ。臭くて醜くて、もう死んだと思ったからな。そういえば、あの娘御はキミヨの娘か?」
「孫娘よ。孫」
「あれは、アルヒレイトによく似とるな。いや、精霊王より直情的か」
「そうねえ、今は恋する乙女だからかしら。無気力よりはよっぽどいいけどね」
うふふ、とキミヨも笑う。
「……あれは自分の運命を知っているのか?」
アラヴェッタの問いにレアはキミヨを盗み見し、キミヨは無感情に月を見上げた。
「あの子が決めることだから、私からは何も言えないわねえ」
「そうか……全て上手く回るといいの」
「エリカちゃんがガルシアのとこに戻ったって聞いた?」
「風の、か。あれもやんちゃだったからなあ。人間なんぞと契るから、命を縮めて」
「精霊王も一緒よ。私も人間だったし?」
「あぁ…うむ。失言じゃ。すまん」
「いいの」
三人はしばしの沈黙の後、月を見ながら再度乾杯をした。
「それで?」
「キミヨの孫娘、なんといったかな」
「ミヤコ。あんたの命の恩人なんだから、覚えなさいよ」
「ああ、わかったわかった。実際に会っていないからな。どうも記憶に残らんのじゃ。だけど感謝はしとるぞ。あのまま醜い妖怪だったらと思うと、おぞましくてぞぞけが走るわ」
ぶるっと体を震わせたアラヴェッタを見てレアが苦笑する。
「私はあの子を援護するよ」
「レア?」
「ああ、規則を破ることにはなるけどね。この世界でできる最後の奉仕だから」
「レア、まさか知って」
「は、話が見えんぞ?なんじゃ、その物騒な話は?」
「アリーは妖精だものね。ちょっと私たちとは違う。……精霊はね、人間に干渉してはいけないという大前提があったの。世界が違うし、価値観も違う。持っている力も違えば、生命力も全く違う。私たちは人間と同じ大地を、時空を超えて共有しているだけの存在」
レアがそう言って微笑むとアラヴェッタも頷く。
「最初の間違いは、アルヒレイトだった。少し毛色の違うミラートという人間に、ほんの少しだけ精霊の力を与えたのよ。それがきっかけになって時空に亀裂が入ったわ。私たちの世界と人間の世界の境界がほんの少し混じり合ってしまった」
レアは手に持っていたテラコッタのカップを傾げて、カップに入った酒に月の光を注ぎ込む。ミヤコが植えた果樹の実から作った地酒はまだ若く、少し酸い。それに月の光を取り込むことで、まろみを加えていく。
「その亀裂はあまりにも小さくて、私たちの誰もそのことに気がつかなかった。でも気がついた時にはその亀裂は広がって別世界から人が落ちてきた。そこで私たちも初めて何が起こったのか気がついたの。その別世界の人を聖女と呼んで、この世界の人間は崇め知識を得たわ。そして、アルヒレイトは二度目のミスをする」
「それが、私」
キミヨが後を引き継いだ。
「その裂け目からアルヒレイトは私の世界へ渡ってきた。そして私を連れ去ったの。私は月読みの巫女として育てられていて、特別な力を持っていた。だから、アルヒレイトは興味を持った。それがこちらの聖女と呼ばれた人の力と似ていたから」
アラヴェッタはごくりと喉を鳴らす。そんな話は聞いたことがなかった。精霊王が世界を歪めたなんて。アラヴェッタが生まれて初めて興味を持った人間は、不思議な力を持ったルビラだった。あれは、精霊王の力を含んでいたから気になったのだろうか。
「それから人間は研究を続けて、自らの力で別世界の人間を召喚するようになったわ。そしてそのために非道なこともした。人体実験を繰り返して、魔力を高め戦争を始め、魔力のあるなしで階級をつけ始めた。……私たちにそれを止める術はなかったの。だから、せめてもの償いに少しだけ異世界の知識を渡し、歪んだ時空を塞ごうとした。そんな意思を受け継いだのが、風の大精霊エリカだった。あの子は必死になって飛び回り穴を塞ごうとしていたの。でもある日、ガルシアと出会ってしまった。ガルシアは火の聖地で精霊を討取ってアガバの加護をもぎ取った。そうしなければ、あの剣士はワイバーンを殺し、サラマンダーを殺し、私たちの聖なる浄化《アーラ》の炎を盗んでしまうところだったから。そこへ、エリカが飛び出してきた。ガルシアのような人間は封じた方がいいと判断したのよ」
「でも、残念ながら彼はエリカに恋をして、エリカも彼に惹かれてしまった」
アラヴェッタは目を丸くした。精霊王に感化された風の大精霊。すでに歪みは精霊たちに感染していたのだ。
「エリカは私とアルヒレイトが恋に落ちたのなら、自分が人間と恋に落ちて何の問題があるのだと押し切って、二人の間に子ができた。それが今ミヤコと一緒にいる青年、ハルクルト」
「なんと……本末転倒じゃないか」
キミヨははあ、と月を見上げた。エリカは自由奔放だから、と苦笑する。
「それからはもう、収拾がつかなくなっていった。聖女という異世界人と、この世界の人間が交わりあい、子をなした。アイザックはそのうちの一人。獣人というハイブリッドができて、それから交わりあった種族が増えていった。ルノーがそれに当たるわね。人間と精霊が混じり合って境界があやふやになって、精霊が人間界に溢れるようになってしまった。
精霊はいい意味でも悪い意味でも純粋で、感情に感化されやすく、欲の深い人間の負の感情を取り入れ、魔獣や瘴気に変わっていったの。人間界は混沌に落ちていったわ。そんな時、私はミヤコの持つ力に気がついた。あの子は精霊王の力を色濃く受け継いでいて、私は迂闊にもこの子なら道を正せるかもしれないと思って、こちら側に連れて来てしまった。何度経験しても、人間は同じ間違いを繰り返すんだって実感したわ。子供の力って、精霊と同じでとても純粋なの。光そのもの。だから、私はミヤコに祝詞を教え、歌を教えて歌わせた。それが、どれほどの力を生むか考えもせずにね」
「それが、この状況を生んだと…?」
小さな雫が落ちて世界に広がっていく波紋の様を、アラヴェッタは息を飲んで聞いていた。
「ミヤコのせいじゃないの。ミヤコをこちらに連れてきた時には、もう既にミラートの血を分けたルビラが邪な力をつけていて、欲に任せて世界を絡めていった。精霊の世界も、人間の世界も、そしてミヤコの居た異世界も……。
絡まった糸を切ろうとミヤコを使ったのは私。そのせいで、ミヤコとルビラがこの世界で繋がってしまった。その事に気がついた時にはミヤコの運命の糸は絡まり、あの子を雁字搦《がんじがら》めにした。私があの子の人生をめちゃくちゃにした。そして、ミヤコはハルクルトと出会ったわ。そうして、あの子の周りに光を求めるようにアイザックたちが集まって……今に至るの」
「……運命というやつか」
む、とアラヴェッタは考える。
「じゃ、じゃが、それならミヤコとそのハルクルトは二人とも半人半精霊というやつになるんじゃろ?正確にはミヤコは「半」ではないかもしれないが、力は精霊王と同等、いやそれ以上…」
「そう。ミヤコは、向こうの世界の月読みの力も私から受け取っていたの。月読みの巫女は本来神に仕える存在で、人の死と時を司る。それに精霊王の力を合わせて、今のミヤコがいる」
「人の死と時を司る力と、精霊王の自然を司る力……」
「加えて、ハルクルトはエリカの後を継ぐもの。もしもエリカが死ねば、その地位はあの子のものとなる」
「それじゃ、あの娘とは」
「共に生きることは許されないでしょうね」
――この世界はミヤコをどう受け止めるのか。ミヤコの運命は、私たちが考えるよりも孤独なものなのかも知れない。
「お主には二度と近寄らんぞ。安心せい」
水の大精霊にピッと指を立てて約束し、手の平を返すようにさっさと出て行ってしまったアラヴェッタに、やれやれとため息をついたウスカーサは精霊王と酒を酌み交わしていた。
「ああ、お前が助かって本当良かったよ」
「全てあなたのせいですよ、王。孫娘に尻拭いさせて、こんなとこで油を売ってていいんですか?」
「そう言うなよ。俺も反省してるんだ。ずっと東の森に篭っていたじゃないか」
「あれは孫娘に嫌われて、拗ねていたと聞きましかが?」
「……そうではないっ」
口を尖らせてプイッとそっぽを向くアルヒレイトを見て、やはりキミヨ殿がいなければこの人はダメなんだなと諦めの境地に入るウスカーサだった。
「風のに間に合えばいいのだが」
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「ああ。フェニックスが手を貸したらしい」
「へえ。あのアホウドリがよく素直に言う事を聞きましたね」
「俺の孫だからな」
えっへん、と胸を張る精霊王にウスカーサはミヤコを重ねてみた。あの性格は精霊王から来たか、と理解する。
「あの子はあなたに似てますよね」
「うん?キミヨに似てると思うが?」
「そうですか?」
キミヨは確かに美しい。あっけらかんとした性格ではあるが、機微に飛んで繊細だ。優しすぎて自分を殺すタイプというのだろうか。比べてミヤコは、精霊王とよく似て猪突猛進型な気がする。信じやすく、曲がった事が嫌いで正義感に溢れている。そんな性格が顔に出ていて、一度決めたらテコでも動かない。自己犠牲もあそこまでいくと清々しいほどだ。
そんなだから、自分も助かったのだろうが。ウスカーサはふと笑う。
気がつけば自分すらも絆されていたとは、さすが精霊王の血を引くものだ。
「あの青年は、どうするかな」
「……エリカがガルシアの元に着いたようだよ」
「……では聖地は……」
答える代わりに精霊王は手にしたグラスを煽った。
「……俺の罪は何よりも深い。お前にも皆にも済まない事をした」
ウスカーサはそんな精霊王に目を見張り、悲しげに目を伏せた。
「あなたの意志は、我々大精霊の意志でもありますから、どうぞ正しき判断を願います」
***
「おーい、レア。酒持ってきたぞー」
水の聖地をあとにした妖精王は、妖精の酒を土産に地の聖地に来ていた。地の大精霊レアは、月を見ながらすでにキミヨと酒盛りを始めていた。
「遅いわよ~。先に飲んでたわ」
キミヨが持っていたグラスを掲げる。
「なんじゃ、もう始めてたのか。ちょっと水のとこに寄ってきたんじゃ。アルヒレイトもいたぞ」
「カルラとアガバがようやく元サヤに収まったって聞いて、ウスカーサもちょっと安心したみたい」
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「夫婦喧嘩のせいで人間界も精霊界も随分荒れたけどね。アリーだってそのとばっちり受けたのよ?」
レアが笑いながら、アラヴェッタをアリーと愛称で呼ぶ。アラヴェッタはふわりと飛んで、レアの横に腰掛け、自分で持ってきた妖精酒をボトルからそのまま飲み始めた。
「あれには参ったぞ。臭くて醜くて、もう死んだと思ったからな。そういえば、あの娘御はキミヨの娘か?」
「孫娘よ。孫」
「あれは、アルヒレイトによく似とるな。いや、精霊王より直情的か」
「そうねえ、今は恋する乙女だからかしら。無気力よりはよっぽどいいけどね」
うふふ、とキミヨも笑う。
「……あれは自分の運命を知っているのか?」
アラヴェッタの問いにレアはキミヨを盗み見し、キミヨは無感情に月を見上げた。
「あの子が決めることだから、私からは何も言えないわねえ」
「そうか……全て上手く回るといいの」
「エリカちゃんがガルシアのとこに戻ったって聞いた?」
「風の、か。あれもやんちゃだったからなあ。人間なんぞと契るから、命を縮めて」
「精霊王も一緒よ。私も人間だったし?」
「あぁ…うむ。失言じゃ。すまん」
「いいの」
三人はしばしの沈黙の後、月を見ながら再度乾杯をした。
「それで?」
「キミヨの孫娘、なんといったかな」
「ミヤコ。あんたの命の恩人なんだから、覚えなさいよ」
「ああ、わかったわかった。実際に会っていないからな。どうも記憶に残らんのじゃ。だけど感謝はしとるぞ。あのまま醜い妖怪だったらと思うと、おぞましくてぞぞけが走るわ」
ぶるっと体を震わせたアラヴェッタを見てレアが苦笑する。
「私はあの子を援護するよ」
「レア?」
「ああ、規則を破ることにはなるけどね。この世界でできる最後の奉仕だから」
「レア、まさか知って」
「は、話が見えんぞ?なんじゃ、その物騒な話は?」
「アリーは妖精だものね。ちょっと私たちとは違う。……精霊はね、人間に干渉してはいけないという大前提があったの。世界が違うし、価値観も違う。持っている力も違えば、生命力も全く違う。私たちは人間と同じ大地を、時空を超えて共有しているだけの存在」
レアがそう言って微笑むとアラヴェッタも頷く。
「最初の間違いは、アルヒレイトだった。少し毛色の違うミラートという人間に、ほんの少しだけ精霊の力を与えたのよ。それがきっかけになって時空に亀裂が入ったわ。私たちの世界と人間の世界の境界がほんの少し混じり合ってしまった」
レアは手に持っていたテラコッタのカップを傾げて、カップに入った酒に月の光を注ぎ込む。ミヤコが植えた果樹の実から作った地酒はまだ若く、少し酸い。それに月の光を取り込むことで、まろみを加えていく。
「その亀裂はあまりにも小さくて、私たちの誰もそのことに気がつかなかった。でも気がついた時にはその亀裂は広がって別世界から人が落ちてきた。そこで私たちも初めて何が起こったのか気がついたの。その別世界の人を聖女と呼んで、この世界の人間は崇め知識を得たわ。そして、アルヒレイトは二度目のミスをする」
「それが、私」
キミヨが後を引き継いだ。
「その裂け目からアルヒレイトは私の世界へ渡ってきた。そして私を連れ去ったの。私は月読みの巫女として育てられていて、特別な力を持っていた。だから、アルヒレイトは興味を持った。それがこちらの聖女と呼ばれた人の力と似ていたから」
アラヴェッタはごくりと喉を鳴らす。そんな話は聞いたことがなかった。精霊王が世界を歪めたなんて。アラヴェッタが生まれて初めて興味を持った人間は、不思議な力を持ったルビラだった。あれは、精霊王の力を含んでいたから気になったのだろうか。
「それから人間は研究を続けて、自らの力で別世界の人間を召喚するようになったわ。そしてそのために非道なこともした。人体実験を繰り返して、魔力を高め戦争を始め、魔力のあるなしで階級をつけ始めた。……私たちにそれを止める術はなかったの。だから、せめてもの償いに少しだけ異世界の知識を渡し、歪んだ時空を塞ごうとした。そんな意思を受け継いだのが、風の大精霊エリカだった。あの子は必死になって飛び回り穴を塞ごうとしていたの。でもある日、ガルシアと出会ってしまった。ガルシアは火の聖地で精霊を討取ってアガバの加護をもぎ取った。そうしなければ、あの剣士はワイバーンを殺し、サラマンダーを殺し、私たちの聖なる浄化《アーラ》の炎を盗んでしまうところだったから。そこへ、エリカが飛び出してきた。ガルシアのような人間は封じた方がいいと判断したのよ」
「でも、残念ながら彼はエリカに恋をして、エリカも彼に惹かれてしまった」
アラヴェッタは目を丸くした。精霊王に感化された風の大精霊。すでに歪みは精霊たちに感染していたのだ。
「エリカは私とアルヒレイトが恋に落ちたのなら、自分が人間と恋に落ちて何の問題があるのだと押し切って、二人の間に子ができた。それが今ミヤコと一緒にいる青年、ハルクルト」
「なんと……本末転倒じゃないか」
キミヨははあ、と月を見上げた。エリカは自由奔放だから、と苦笑する。
「それからはもう、収拾がつかなくなっていった。聖女という異世界人と、この世界の人間が交わりあい、子をなした。アイザックはそのうちの一人。獣人というハイブリッドができて、それから交わりあった種族が増えていった。ルノーがそれに当たるわね。人間と精霊が混じり合って境界があやふやになって、精霊が人間界に溢れるようになってしまった。
精霊はいい意味でも悪い意味でも純粋で、感情に感化されやすく、欲の深い人間の負の感情を取り入れ、魔獣や瘴気に変わっていったの。人間界は混沌に落ちていったわ。そんな時、私はミヤコの持つ力に気がついた。あの子は精霊王の力を色濃く受け継いでいて、私は迂闊にもこの子なら道を正せるかもしれないと思って、こちら側に連れて来てしまった。何度経験しても、人間は同じ間違いを繰り返すんだって実感したわ。子供の力って、精霊と同じでとても純粋なの。光そのもの。だから、私はミヤコに祝詞を教え、歌を教えて歌わせた。それが、どれほどの力を生むか考えもせずにね」
「それが、この状況を生んだと…?」
小さな雫が落ちて世界に広がっていく波紋の様を、アラヴェッタは息を飲んで聞いていた。
「ミヤコのせいじゃないの。ミヤコをこちらに連れてきた時には、もう既にミラートの血を分けたルビラが邪な力をつけていて、欲に任せて世界を絡めていった。精霊の世界も、人間の世界も、そしてミヤコの居た異世界も……。
絡まった糸を切ろうとミヤコを使ったのは私。そのせいで、ミヤコとルビラがこの世界で繋がってしまった。その事に気がついた時にはミヤコの運命の糸は絡まり、あの子を雁字搦《がんじがら》めにした。私があの子の人生をめちゃくちゃにした。そして、ミヤコはハルクルトと出会ったわ。そうして、あの子の周りに光を求めるようにアイザックたちが集まって……今に至るの」
「……運命というやつか」
む、とアラヴェッタは考える。
「じゃ、じゃが、それならミヤコとそのハルクルトは二人とも半人半精霊というやつになるんじゃろ?正確にはミヤコは「半」ではないかもしれないが、力は精霊王と同等、いやそれ以上…」
「そう。ミヤコは、向こうの世界の月読みの力も私から受け取っていたの。月読みの巫女は本来神に仕える存在で、人の死と時を司る。それに精霊王の力を合わせて、今のミヤコがいる」
「人の死と時を司る力と、精霊王の自然を司る力……」
「加えて、ハルクルトはエリカの後を継ぐもの。もしもエリカが死ねば、その地位はあの子のものとなる」
「それじゃ、あの娘とは」
「共に生きることは許されないでしょうね」
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