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第5章:聖地ラスラッカ編
第108話:フェニックス
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カルラに呼び出されたフェニックスは、最高に不機嫌だった。
「なんでアタシがこんな小童を二人も乗せなきゃいけないのよ!フェニックスって言ったら、神獣なのよ!?何よりも誰よりも尊い不死の存在が、何だって宅配便のようなことをしなくちゃいけないわけ!?」
メラメラと怒りをあらわにしながら、物理的に燃えさかる炎の鳥を目の前にして、ミヤコは目を丸くして眺めていた。
――フェニックスってもっとこう、孔雀のように威厳のあるものだと思っていた。
と内心思う。目の前にいるフェニックスはペリカンを巨大化させて火だるまにしたような風貌である。燃えさかる炎のせいで全体に赤っぽく、黄色く大きなくちばしが妙に愛嬌があるが、威厳はイマイチだった。
――あの背中に乗ったら、燃えそうな気がする。まさか、口の中に入れて運ぶなんてことないわよね。
「フェリ。いつからわたくしに口答えができるようになったのかしら?」
「うっ…!」
カルラの冷ややかな笑顔で、フェリと呼ばれたフェニックスは凍りついた。火の鳥なのに凍りつくってどういうことかしら。女主人であるカルラには逆らえないらしい。
「だ、だってだって!人間でしょう!?アタシの炎に耐えられないじゃないのよ!」
「そこはあなた、アガバの加護があるから大丈夫なのよ。そもそもこの子達、半分人間捨ててるし?」
「いや、捨ててないです」
ミヤコはすかさず反論したが、カルラに視線で撃沈された。
「フェリ。こっちの黒髪はミヤ。精霊王の孫娘でわたくし達の聖地の恩人。で、こっちの赤毛はハルクルト。あれよ、ガルシアの息子。二人ともアガバの加護を受けたところなの。風の聖地まで連れて行ってあげてちょうだい」
フェリは目を丸くして、ミヤとクルトを順に見比べた。精霊王の孫とガルシアの息子?どういう関係があって、そんな稀有な存在が二人もそろってんのよ、とブツブツ言っている。フェリはどうやらガルシアとも面識があるらしい。
「か、風の聖地って……今、やばいじゃない」
「あら?そうなの?」
「そうよ。風の力が弱ってきてるから、聖地に何かあったんじゃないかって、鳥達がうるさいのよ」
ミヤコとクルトは顔を見合わせた。
「い、急がないと…」
「ああ」
クルトが頷いて、ミヤコはフェリに頭を下げた。
「フェリさん、お願いします。私は20年ほど前にこの世界に不穏の影を落としました。私自身の罪の償いはもちろん、精霊王《おじいちゃん》の不手際と、ミラート神の娘ルビラのしでかした後始末のために、聖地の浄化をしています。これまで地の聖地、水の聖地を浄化してきました。カリプソの力も借りて、火の聖地も元に戻りました。私の力が役に立つのなら、風の聖地も救いたいんです。いや、救わないといけないんです」
「えっ?なに、それ?ミラートっていつ神様になったの?聖地と関係あるわけ?」
「聖地の穢れはルブラート教の仕業もあると思います。でも元凶はミラートの娘ルビラ。水の聖地でルビラの魂と対峙しました。水鏡の狭間で消滅させようとしたんですけど、結局掴んだのは魂の部分だけで。それはシェリオルの水辺からアードグイまで流れてきたので、アガバにアーラの業火で焼いてもらいましたが」
「えっ?ちょっと、なに?待って?あんた、水鏡の狭間に入って帰ってこれたの?魂掴んでシェリオルに送った?非常識すぎない?!」
興奮気味のフェニックスは一層炎を巻き上げた。一介の人間がすることではない。と言うか出来ることでは無い。考えてもみれば、この火の聖地に生きてる人間が普通に立って話をしていることも異常なのだ。だが、目の前の少女はそんなフェリの動揺に気付かず淡々と話を続ける。
「はい。シェリオルの水でも浄化は無理だったようで、アーラの業火で焼いてもらおうと水の大精霊が送ったのに、火の聖地が起動していなかったので焦りました。カリプソさんが捕まえててくれたので、最悪は免れましたけど」
「ああ、それでわたくしも救い出してくれたのよね。助かったわ」
「う、うむ。もう逃すことはないから安心しろ。永劫の炎で消滅するまでバーベキューにする」
アガバも今回ばかりは反省しているらしく、カルラの肩に座ったまましおらしく頷いていた。その姿を初めて認識したフェリはカッと小さな目を見開いた。
「ええ、ご主人様!?なんでそんなに小さくなって?っていうか、あんた、あのカリプソとも渡り歩いたの?普通できないよね?!人間でしょ!?精霊でも無理よね!?なんで死んでないの!?色々おかしくない!?」
フェリはあまりの情報に半ばパニックに陥った。水鏡の狭間に入ったら、誰であろうと二度と出られないと聞いていた。狭間に恩赦はない。精霊の間でそれは確証された事実だ。それなのに行っただけでなく、禍々しい魂と対峙し捕まえて、シェリオルの水辺に送り込んだ上に、無事帰還なんて。その上、何気に水の大精霊を呼び捨てにしている。
孫娘ってそんなに位が高かったの?って、よく考えたら、我が主人、火の大精霊すらも呼び捨てだ。
――この子、何者?!
驚愕の目を向けるフェリだが、当のミヤコはそんなこと言われても、と肩をすくめるだけだ。アガバもカルラもそれは初耳だ、とあんぐり口を開けている。
「おそらく、ルビラの悪意とか念とかが、まだ蔓延っているんだと思うんです。だからそれを浄化すれば、なんとかなるかもしれません」
カルラがコホンと咳払いをして、全員がカルラに視線を向ける。
「あなたがいろいろ規格外だってことはわかったわ。あなたなら聖地も救えるような気がしてきた。だからつべこべ言わず、フェリ。手遅れになる前に風の聖地まで飛んでちょうだい」
フェニックスの背中は、思っていた以上に快適だった。ふかふかのホットカーペットの上にいるようだ。大きな翼を広げると、ミヤコとクルトが足を伸ばして寝転んでもまだまだ余裕がある大きさで安定感がある。まるで日光浴をしているかのようだ。こんなにのんびりできたのは久々だ、とミヤコは頬を緩めた。
フェリは結局、カルラに押し切られミヤコたちを背に乗せた。もともとカルラの眷属であるフェニックスに否やは無い。久々に呼び出されたというのに、用事が使いっ走りと聞いてちょっといじけてみただけなのだが、運搬するこの二人が滅多にお目にかかれない存在と知ると、その任務も誇らしいものになる。
「フェリちゃん、りんご食べる?」
「頂くわ!」
しかも、餌付けされてしまった。このりんごがまたうまい。普段マグマとか、焼け焦げた火鼠とかしか食べないフェニックスだが、ミヤコがくれるりんごはまるで幻の果物ポモナのよう。聖なる炎で焼いたりんごは格別で、体力がメラメラと蘇ってくる。不死とはいえ、精神的に疲れる時は疲れるものなのだ。
ヒョヒョーイ、と放り投げられたりんごに向かって大きな口を開けて喉袋でキャッチしてから丸呑みする。フェリはすっかり手懐けられていた。クルトはそれを見て、はぁとため息をつき、ミヤコのたらし加減に諦めたように首を横に振った。
「ミヤがたらすのは、人だけでないと良くわかったよ」
風の聖地がやばい、とフェリは言った。どれほどやばいのか、わからない。風の聖地に行った人間は今までいない。どこにあるのかわからず、三大精霊の手助けなしには行けないからだ。
「風の聖地がやばいって、どういうことだ?」
「アタシも実際見てないからわからないけど、軌道を変えてるって話よ。アタシの翼は風の力を使わずに飛ぶから問題ないけど、風を使う鳥たちは風の力が弱っているって言ってた。風の聖地は軌道に乗って空中に浮いてるのだけど、そこからズレてる、高度が落ちてるって。下手したらどこかに墜落してるかもしれないわね」
「ええ、墜落!?風の聖地って空にあったの」
「そうか……だから誰も見つけられなかったわけだ」
「風の聖地が落ちたら、この世界から風が無くなる。そうなると、空気も流れを止めて濁るでしょ。また瘴気が湧いて出てくるかもしれないし、そうなれば当然悪影響も出てくるわね。……もう、その影響が出始めてるってことかしら」
ミヤコはハッとする。そうか。何年もかけて、ゆっくり環境汚染が始まっていたんだ。聖地が穢れて、浄化の作用も低くなって、瘴気ができた。ドミノ倒しのようにそれぞれの小さな不協和が影響しあって、こんな現況になってしまった。
「何としても、風の聖地を浄化しなくちゃ…」
「フェリ。君は不死鳥だろう?その浄化の力は他の聖地では働かないのか?」
「私の力は魂にしか働かないのよ。浄化して無に帰すことはできるけど、聖地はそれじゃダメでしょう」
「……確かに」
「その土地に再生能力があるのなら、不浄なものを燃やすことはできる。でも生み出すのは私の力じゃなくてその元が持っている力なの。精霊のいない土地に命は息吹かない」
それは、ミヤコにもわかった。地の聖地で大精霊《レア》が弱った土地は砂漠のようだったのを覚えている。風の聖地が地の聖地と同じような状態ならば、ミヤコの持っている薬草と光の精霊たちでなんとかなるかもしれない。あるいは、風の精霊たちがまだいるのなら。
ミヤコは記憶を辿って、どんな歌が風の聖地に効果的かを考えた。キミヨからもらった祝詞で効果的なものはどれだったか。そもそも風の聖地に土はあるのだろうか。土がなければ植物で浄化は難しい。祝詞と言霊だけで浄化はできるのか。火の聖地も水の聖地も地の聖地も全て地上にあって、大地があった。風の聖地は空に浮いている島のようなものなのだろうか、それとも雲のようにふわふわとしているのか。
クルトは考え込むミヤコを横目に見ながら、ずっと昔の記憶を遡っていた。ほとんど覚えていない記憶の欠片に、母のような存在があった。自由に駆け回り、笑いあった記憶。だがその顔は今となっては思い出せず、その記憶が全てミヤコに塗り替えられた。どんなに考えても、浮かぶのはミヤコの顔なのだ。
クルトがじっとミヤコを見つめていると、ミヤコは小首を傾げてにこりと笑う。はにかんだような顔が思い出の母の顔を隠し、ここにいるのが母のような錯覚に陥る。
「僕は母の顔を覚えていないんだ」
クルトは目を伏せてそういった。
「というより、母のことを何も覚えていない。ただ記憶にあるのは、陽だまりのような温もりと楽しかったという記憶だけだ。多分、優しい人だったのだと思う。自由奔放でよく笑う人だったと思うんだけど……どう思い出そうとしてもそれがミヤの顔になってしまって」
「クルトさん」
「多分、子供の頃は一緒に暮らしていたんだと思う。親父に引き取られるまでは」
ミヤコはクルトの背中をゆっくりと撫で、クルトの伏せた目を覗き込んだ。
「お母さんに会えるといいね」
「……うん」
クルトはそっとミヤコの肩に頭を預けた。
この地点で、なぜクルトの魔力が激増しているのか、なぜ風の聖地が窮地に陥っているのにも関わらず、いまだに強力な風魔法を使えるのかなど、フェニックスさえも考えに及ばなかった。
「なんでアタシがこんな小童を二人も乗せなきゃいけないのよ!フェニックスって言ったら、神獣なのよ!?何よりも誰よりも尊い不死の存在が、何だって宅配便のようなことをしなくちゃいけないわけ!?」
メラメラと怒りをあらわにしながら、物理的に燃えさかる炎の鳥を目の前にして、ミヤコは目を丸くして眺めていた。
――フェニックスってもっとこう、孔雀のように威厳のあるものだと思っていた。
と内心思う。目の前にいるフェニックスはペリカンを巨大化させて火だるまにしたような風貌である。燃えさかる炎のせいで全体に赤っぽく、黄色く大きなくちばしが妙に愛嬌があるが、威厳はイマイチだった。
――あの背中に乗ったら、燃えそうな気がする。まさか、口の中に入れて運ぶなんてことないわよね。
「フェリ。いつからわたくしに口答えができるようになったのかしら?」
「うっ…!」
カルラの冷ややかな笑顔で、フェリと呼ばれたフェニックスは凍りついた。火の鳥なのに凍りつくってどういうことかしら。女主人であるカルラには逆らえないらしい。
「だ、だってだって!人間でしょう!?アタシの炎に耐えられないじゃないのよ!」
「そこはあなた、アガバの加護があるから大丈夫なのよ。そもそもこの子達、半分人間捨ててるし?」
「いや、捨ててないです」
ミヤコはすかさず反論したが、カルラに視線で撃沈された。
「フェリ。こっちの黒髪はミヤ。精霊王の孫娘でわたくし達の聖地の恩人。で、こっちの赤毛はハルクルト。あれよ、ガルシアの息子。二人ともアガバの加護を受けたところなの。風の聖地まで連れて行ってあげてちょうだい」
フェリは目を丸くして、ミヤとクルトを順に見比べた。精霊王の孫とガルシアの息子?どういう関係があって、そんな稀有な存在が二人もそろってんのよ、とブツブツ言っている。フェリはどうやらガルシアとも面識があるらしい。
「か、風の聖地って……今、やばいじゃない」
「あら?そうなの?」
「そうよ。風の力が弱ってきてるから、聖地に何かあったんじゃないかって、鳥達がうるさいのよ」
ミヤコとクルトは顔を見合わせた。
「い、急がないと…」
「ああ」
クルトが頷いて、ミヤコはフェリに頭を下げた。
「フェリさん、お願いします。私は20年ほど前にこの世界に不穏の影を落としました。私自身の罪の償いはもちろん、精霊王《おじいちゃん》の不手際と、ミラート神の娘ルビラのしでかした後始末のために、聖地の浄化をしています。これまで地の聖地、水の聖地を浄化してきました。カリプソの力も借りて、火の聖地も元に戻りました。私の力が役に立つのなら、風の聖地も救いたいんです。いや、救わないといけないんです」
「えっ?なに、それ?ミラートっていつ神様になったの?聖地と関係あるわけ?」
「聖地の穢れはルブラート教の仕業もあると思います。でも元凶はミラートの娘ルビラ。水の聖地でルビラの魂と対峙しました。水鏡の狭間で消滅させようとしたんですけど、結局掴んだのは魂の部分だけで。それはシェリオルの水辺からアードグイまで流れてきたので、アガバにアーラの業火で焼いてもらいましたが」
「えっ?ちょっと、なに?待って?あんた、水鏡の狭間に入って帰ってこれたの?魂掴んでシェリオルに送った?非常識すぎない?!」
興奮気味のフェニックスは一層炎を巻き上げた。一介の人間がすることではない。と言うか出来ることでは無い。考えてもみれば、この火の聖地に生きてる人間が普通に立って話をしていることも異常なのだ。だが、目の前の少女はそんなフェリの動揺に気付かず淡々と話を続ける。
「はい。シェリオルの水でも浄化は無理だったようで、アーラの業火で焼いてもらおうと水の大精霊が送ったのに、火の聖地が起動していなかったので焦りました。カリプソさんが捕まえててくれたので、最悪は免れましたけど」
「ああ、それでわたくしも救い出してくれたのよね。助かったわ」
「う、うむ。もう逃すことはないから安心しろ。永劫の炎で消滅するまでバーベキューにする」
アガバも今回ばかりは反省しているらしく、カルラの肩に座ったまましおらしく頷いていた。その姿を初めて認識したフェリはカッと小さな目を見開いた。
「ええ、ご主人様!?なんでそんなに小さくなって?っていうか、あんた、あのカリプソとも渡り歩いたの?普通できないよね?!人間でしょ!?精霊でも無理よね!?なんで死んでないの!?色々おかしくない!?」
フェリはあまりの情報に半ばパニックに陥った。水鏡の狭間に入ったら、誰であろうと二度と出られないと聞いていた。狭間に恩赦はない。精霊の間でそれは確証された事実だ。それなのに行っただけでなく、禍々しい魂と対峙し捕まえて、シェリオルの水辺に送り込んだ上に、無事帰還なんて。その上、何気に水の大精霊を呼び捨てにしている。
孫娘ってそんなに位が高かったの?って、よく考えたら、我が主人、火の大精霊すらも呼び捨てだ。
――この子、何者?!
驚愕の目を向けるフェリだが、当のミヤコはそんなこと言われても、と肩をすくめるだけだ。アガバもカルラもそれは初耳だ、とあんぐり口を開けている。
「おそらく、ルビラの悪意とか念とかが、まだ蔓延っているんだと思うんです。だからそれを浄化すれば、なんとかなるかもしれません」
カルラがコホンと咳払いをして、全員がカルラに視線を向ける。
「あなたがいろいろ規格外だってことはわかったわ。あなたなら聖地も救えるような気がしてきた。だからつべこべ言わず、フェリ。手遅れになる前に風の聖地まで飛んでちょうだい」
フェニックスの背中は、思っていた以上に快適だった。ふかふかのホットカーペットの上にいるようだ。大きな翼を広げると、ミヤコとクルトが足を伸ばして寝転んでもまだまだ余裕がある大きさで安定感がある。まるで日光浴をしているかのようだ。こんなにのんびりできたのは久々だ、とミヤコは頬を緩めた。
フェリは結局、カルラに押し切られミヤコたちを背に乗せた。もともとカルラの眷属であるフェニックスに否やは無い。久々に呼び出されたというのに、用事が使いっ走りと聞いてちょっといじけてみただけなのだが、運搬するこの二人が滅多にお目にかかれない存在と知ると、その任務も誇らしいものになる。
「フェリちゃん、りんご食べる?」
「頂くわ!」
しかも、餌付けされてしまった。このりんごがまたうまい。普段マグマとか、焼け焦げた火鼠とかしか食べないフェニックスだが、ミヤコがくれるりんごはまるで幻の果物ポモナのよう。聖なる炎で焼いたりんごは格別で、体力がメラメラと蘇ってくる。不死とはいえ、精神的に疲れる時は疲れるものなのだ。
ヒョヒョーイ、と放り投げられたりんごに向かって大きな口を開けて喉袋でキャッチしてから丸呑みする。フェリはすっかり手懐けられていた。クルトはそれを見て、はぁとため息をつき、ミヤコのたらし加減に諦めたように首を横に振った。
「ミヤがたらすのは、人だけでないと良くわかったよ」
風の聖地がやばい、とフェリは言った。どれほどやばいのか、わからない。風の聖地に行った人間は今までいない。どこにあるのかわからず、三大精霊の手助けなしには行けないからだ。
「風の聖地がやばいって、どういうことだ?」
「アタシも実際見てないからわからないけど、軌道を変えてるって話よ。アタシの翼は風の力を使わずに飛ぶから問題ないけど、風を使う鳥たちは風の力が弱っているって言ってた。風の聖地は軌道に乗って空中に浮いてるのだけど、そこからズレてる、高度が落ちてるって。下手したらどこかに墜落してるかもしれないわね」
「ええ、墜落!?風の聖地って空にあったの」
「そうか……だから誰も見つけられなかったわけだ」
「風の聖地が落ちたら、この世界から風が無くなる。そうなると、空気も流れを止めて濁るでしょ。また瘴気が湧いて出てくるかもしれないし、そうなれば当然悪影響も出てくるわね。……もう、その影響が出始めてるってことかしら」
ミヤコはハッとする。そうか。何年もかけて、ゆっくり環境汚染が始まっていたんだ。聖地が穢れて、浄化の作用も低くなって、瘴気ができた。ドミノ倒しのようにそれぞれの小さな不協和が影響しあって、こんな現況になってしまった。
「何としても、風の聖地を浄化しなくちゃ…」
「フェリ。君は不死鳥だろう?その浄化の力は他の聖地では働かないのか?」
「私の力は魂にしか働かないのよ。浄化して無に帰すことはできるけど、聖地はそれじゃダメでしょう」
「……確かに」
「その土地に再生能力があるのなら、不浄なものを燃やすことはできる。でも生み出すのは私の力じゃなくてその元が持っている力なの。精霊のいない土地に命は息吹かない」
それは、ミヤコにもわかった。地の聖地で大精霊《レア》が弱った土地は砂漠のようだったのを覚えている。風の聖地が地の聖地と同じような状態ならば、ミヤコの持っている薬草と光の精霊たちでなんとかなるかもしれない。あるいは、風の精霊たちがまだいるのなら。
ミヤコは記憶を辿って、どんな歌が風の聖地に効果的かを考えた。キミヨからもらった祝詞で効果的なものはどれだったか。そもそも風の聖地に土はあるのだろうか。土がなければ植物で浄化は難しい。祝詞と言霊だけで浄化はできるのか。火の聖地も水の聖地も地の聖地も全て地上にあって、大地があった。風の聖地は空に浮いている島のようなものなのだろうか、それとも雲のようにふわふわとしているのか。
クルトは考え込むミヤコを横目に見ながら、ずっと昔の記憶を遡っていた。ほとんど覚えていない記憶の欠片に、母のような存在があった。自由に駆け回り、笑いあった記憶。だがその顔は今となっては思い出せず、その記憶が全てミヤコに塗り替えられた。どんなに考えても、浮かぶのはミヤコの顔なのだ。
クルトがじっとミヤコを見つめていると、ミヤコは小首を傾げてにこりと笑う。はにかんだような顔が思い出の母の顔を隠し、ここにいるのが母のような錯覚に陥る。
「僕は母の顔を覚えていないんだ」
クルトは目を伏せてそういった。
「というより、母のことを何も覚えていない。ただ記憶にあるのは、陽だまりのような温もりと楽しかったという記憶だけだ。多分、優しい人だったのだと思う。自由奔放でよく笑う人だったと思うんだけど……どう思い出そうとしてもそれがミヤの顔になってしまって」
「クルトさん」
「多分、子供の頃は一緒に暮らしていたんだと思う。親父に引き取られるまでは」
ミヤコはクルトの背中をゆっくりと撫で、クルトの伏せた目を覗き込んだ。
「お母さんに会えるといいね」
「……うん」
クルトはそっとミヤコの肩に頭を預けた。
この地点で、なぜクルトの魔力が激増しているのか、なぜ風の聖地が窮地に陥っているのにも関わらず、いまだに強力な風魔法を使えるのかなど、フェニックスさえも考えに及ばなかった。
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