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第4章:聖地アードグイ編
第104話:使命
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ぎゅうっと抱きしめあってしばらくして、クルトの力が緩んだところで、カルラが声を上げた。
『まあ、まあ、まあ。かわいらしいわねえ。ねえ、あなた。私たちもこんな頃があったわよね』
そう言って、ほうっとため息をついたカルラを横目に、引きつりながらもアガバは咳払いをした。
『気分はどうだ?』
「私は大丈夫です。クルトさんは…」
「僕も大丈夫だ」
『ふん。ならば合格だ。お前たちには俺の加護がついた。カルラが約束した通り、フェニックスで風の聖地までは送ってやろう。だが、そこで風のに会えるかどうかはわからんぞ。それに、あの地にはそう簡単に人も魂も入ることはできん。あの地が穢されているというのは本当なんだろうな?でなければ、俺が風のから怒られる』
「わかりません。風の大精霊にはあったこともないし、助けを求められたわけじゃないから。でも、ここもあなたから助けを乞われたわけでもないし」
『まあな。結果的には助かった』
ふい、と視線をずらしながらも、アガバは礼を言った。少なからず、助かったとは思っているらしい。自覚してくれてよかった。
「だったら、風の聖地も同じかもしれない。手遅れでなければ良いが」
ミヤコが微笑ましそうにアガバを見てから、風の聖地へと想いを馳せた。何が起こっているのかわからないだけに、不安もある。特に今となってはクルトの母が風の精霊だとわかったのだ。もしかしたら、会えるかもしれない。ひょっとしたらクルトはそんな期待を持っているかも知れない。
『エリカちゃんは自由奔放だから、いないかもしれないわよ』
「エリカって?」
『風の大精霊よ。私の知ってる彼女はかなり自由気ままなの。あまり聖地には居着かないわ』
「大精霊なのに?」
『風は特別なのよ。この人のように火山を守っているわけではないもの』
カルラは肩に座るアガバの頭をよしよしと撫で、アガバに嫌がられていた。
『だが、風魔法が使えるということは、あれが生きているということだから、心配することはないぞ』
「そうか…。風の大精霊は空気も司るからそれで安否はわかるんだな。風魔法は威力も質も変わっていないところを見ると、聖地も大精霊もまだ無事ということだろうか」
『そうとも言えるが、もし彼女が聖地ではない土地で穢されていたとしたら長くはもたないぞ』
「えっ」
穏やかでない言葉がアガバから飛び出した。
『俺たちは聖地にいるからこそ力が発揮できるし、長く生きられる。聖地を離れれば、他の精霊と同じく穢されれば命を簡単に落とす。だがまあ、大精霊が死ねば次の大精霊が生まれるから、問題はないのだが。新しい大精霊だとすればまだ力が弱い。今の俺と同じようにな』
「えっ。じゃあアガバ、あなた一度死んだってこと?」
『いや。俺は衰弱しただけで済んだよ。俺の力はカルラと共有しているから、大丈夫だったんだと思う』
「カリプソが守っていたということか」
『そういうことね。もしドリスの娘たちに拾われでもしたら、アガバはここにいなかったかもしれないわ。もちろん私もね』
『す、すまない…』
『本当にね!ドリスと娘たちが魔性のものだとわかっていながら、簡単に落とされるんだから信じられないわ!』
『マイシュガーラズベリーパイ……許してくれ。愛しているのはカルラだけだ…』
『……もう。本当に都合がいいんだから!』
地熱が5度ほど上がるほどいちゃつきはじめた大精霊と愛妻に、ミヤコはうわあ、と引いた。自分もあんな風に見られているのかとふと考えてしまい、顔を赤らめた。それはクルトも同じだったのだろう、ミヤコを見て肩をすくめた。
「あー。仲睦まじいのは結構なんだが、僕たちもそろそろ風の聖地へ向かいたい。手を貸してもらえるとありがたいんだが。ミラート神国で仲間たちがまだ、ルブラート教の残党と戦っているはずなんだ。それに、ルビラの魂がどうなっているかわかるだろうか」
『お、おう。あれか。どれ…サラマンダー!』
アガバがサラマンダーを呼ぶと、火山が揺れ動き、巨大な竜が這い出てきた。
「あ、あれがサラマンダー?」
浄化作業の時に出てきていた、コモドドラゴンほどの大きさのあれは、じゃあなんだったのか。ミヤコもクルトも目を丸くした。
「あんなのと戦うことがなくてよかったよ……」
「あれ、ドラゴンだよね?トカゲじゃないよね?サラマンダーって火蜥蜴って思ってたんだけど」
サラマンダーと呼ばれたドラゴンは、ギャオ、と一声あげるとまた火山の中に戻っていき、すぐさま戻ってきた。口に何かをくわえている。ぺっと吹き出すと、それをアガバがキャッチする。赤黒い野球のボールほどの火の玉だった。
『これが、ルビラの魂だ』
「!!」
その魂は凶々しく、アガバの腕に絡みつことしては、じゅっと音を立てて阻まれている。
『禍々しいだろう。これでもかなり小さくなったようだが…。これは厳重に浄化することを約束しよう。2度と他の魂を陥れる事もなくば、生まれ変わる事もさせない。ただし、こいつの怨念は我が身をもってしても集めきれん。残念ながら、こやつは精霊王の加護を引き継いでいたのでな。被害を止めるのにも力がいる。妖精王が魅せられたのがまずかった。大精霊といえど、精霊王の加護のついたものの魔力までは、力を合わせない限り浄化はできないのだ』
「精霊王の、加護…」
『ミラートが受けた加護を、この魂も当然分け受けたからな』
「おじいちゃん……!」
ミヤコががくりと首を垂れる。
『精霊が、人間に関与してはならないというのはそういうことでもあるんだよ。だが、俺たちも看過はできなくなった。精霊王はお前に力を託したんだろう。次世代はお前が継ぐのだな』
「え?いや、私は孫ってだけで」
『孫だからという理由で、精霊王と同等の力を持つわけがなかろう。王は世代交代を望んでいるんだよ』
無茶苦茶な。精霊王は不老不死で世代なんて交代しなくても問題はないのでしょう?
「私、ほとんど人間ですよ」
『精霊王の血と、キミヨ様の巫女の血を引き継ぎ、ルビラの血も引き継いだお前が?はっ。お前のような人間がいてたまるか』
「……そ、そんな!」
「では、ミヤは」
『いずれ精霊王となるだろうな』
「む、むむむり!無理でしょ、そんな」
「ミヤは異世界から来ていて、力を貸してくれているだけだ」
『は。初めから、この娘が向こうで生きていくことはできんとわかっていたことだろう』
「な、なんで」
『こちらとの結びつきが強すぎるからだ。むしろ、異世界の方が仮の姿。ただの異世界から来た娘が精霊の力をたやすく使えると思うなよ』
「嘘…」
『まあ、詳しいことは精霊王に聞いてくれ。俺は事実を述べたまでだ。お前たち二人には、それぞれ重すぎる責がかかっておるのは、わかっている。かわいそうだが、俺がそれを覆すことも、肩代わりをすることもできん。だからこそ、風の聖地へ赴くのだろう?自分の運命を、本当はわかっているのではないのか?』
ミヤコはよろよろと倒れ込みそうになり、それをクルトが支えた。
「ミヤ…」
心配そうにクルトが覗き込むが、その手はしっかりとミヤコを受け止めその瞳に驚きはない。
「クルトさん、知ってたの?」
「いや……。だけど、君の力が普通の人間のものではないということは誰もが知っている。それに、僕の力も君と出会ってから強力になっていくばかりだ。理由があるのだろうとは思っていた」
「それは…確かに、そうかもしれないけど…」
「君が何であれ、君さえ望むのなら僕はミヤのそばにいる」
「クルトさん。だって、だけど、精霊王なんて無理だよ」
「ミヤはミヤであればいい。君の生きたいように、生きればいいんだ」
「けど…」
「精霊王がどう思おうとも、僕はミヤのそばにいるし、アイザックもルノーも……ミヤを慕っている誰もが君のそばにいる。それに…今はそれよりも風の聖地を救いたいと思うんだ。手を貸してほしい、ミヤ」
真摯な態度で詰められて、ミヤコは困惑を隠しきれなかった。
精霊王が、ミヤコに決断を委ねていたのはこういう意味があったのかと、今更ながら思い至る。おそらくキミヨも知らないかった精霊王の企みを知って、ミヤコは思わず舌を鳴らした。
「ひとまず、風の聖地へ行くことが先決ですね。おじいちゃんについては後ほど話し合う必要があると思うし」
『それでは、話も一段落ついたところで。カルラ、フェニックスを』
『はい、旦那様』
カルラがピイッと口笛を吹くと、ブワリとした熱気の中から、フェニックスが生まれ出た。
『風の聖地ラスラッカまで連れて行ってあげて』
==========
これで第4章が終わり、次回から第5章が始まります。
物語もそろそろ終盤に入ります。
読んでいただきありがとうございました。
『まあ、まあ、まあ。かわいらしいわねえ。ねえ、あなた。私たちもこんな頃があったわよね』
そう言って、ほうっとため息をついたカルラを横目に、引きつりながらもアガバは咳払いをした。
『気分はどうだ?』
「私は大丈夫です。クルトさんは…」
「僕も大丈夫だ」
『ふん。ならば合格だ。お前たちには俺の加護がついた。カルラが約束した通り、フェニックスで風の聖地までは送ってやろう。だが、そこで風のに会えるかどうかはわからんぞ。それに、あの地にはそう簡単に人も魂も入ることはできん。あの地が穢されているというのは本当なんだろうな?でなければ、俺が風のから怒られる』
「わかりません。風の大精霊にはあったこともないし、助けを求められたわけじゃないから。でも、ここもあなたから助けを乞われたわけでもないし」
『まあな。結果的には助かった』
ふい、と視線をずらしながらも、アガバは礼を言った。少なからず、助かったとは思っているらしい。自覚してくれてよかった。
「だったら、風の聖地も同じかもしれない。手遅れでなければ良いが」
ミヤコが微笑ましそうにアガバを見てから、風の聖地へと想いを馳せた。何が起こっているのかわからないだけに、不安もある。特に今となってはクルトの母が風の精霊だとわかったのだ。もしかしたら、会えるかもしれない。ひょっとしたらクルトはそんな期待を持っているかも知れない。
『エリカちゃんは自由奔放だから、いないかもしれないわよ』
「エリカって?」
『風の大精霊よ。私の知ってる彼女はかなり自由気ままなの。あまり聖地には居着かないわ』
「大精霊なのに?」
『風は特別なのよ。この人のように火山を守っているわけではないもの』
カルラは肩に座るアガバの頭をよしよしと撫で、アガバに嫌がられていた。
『だが、風魔法が使えるということは、あれが生きているということだから、心配することはないぞ』
「そうか…。風の大精霊は空気も司るからそれで安否はわかるんだな。風魔法は威力も質も変わっていないところを見ると、聖地も大精霊もまだ無事ということだろうか」
『そうとも言えるが、もし彼女が聖地ではない土地で穢されていたとしたら長くはもたないぞ』
「えっ」
穏やかでない言葉がアガバから飛び出した。
『俺たちは聖地にいるからこそ力が発揮できるし、長く生きられる。聖地を離れれば、他の精霊と同じく穢されれば命を簡単に落とす。だがまあ、大精霊が死ねば次の大精霊が生まれるから、問題はないのだが。新しい大精霊だとすればまだ力が弱い。今の俺と同じようにな』
「えっ。じゃあアガバ、あなた一度死んだってこと?」
『いや。俺は衰弱しただけで済んだよ。俺の力はカルラと共有しているから、大丈夫だったんだと思う』
「カリプソが守っていたということか」
『そういうことね。もしドリスの娘たちに拾われでもしたら、アガバはここにいなかったかもしれないわ。もちろん私もね』
『す、すまない…』
『本当にね!ドリスと娘たちが魔性のものだとわかっていながら、簡単に落とされるんだから信じられないわ!』
『マイシュガーラズベリーパイ……許してくれ。愛しているのはカルラだけだ…』
『……もう。本当に都合がいいんだから!』
地熱が5度ほど上がるほどいちゃつきはじめた大精霊と愛妻に、ミヤコはうわあ、と引いた。自分もあんな風に見られているのかとふと考えてしまい、顔を赤らめた。それはクルトも同じだったのだろう、ミヤコを見て肩をすくめた。
「あー。仲睦まじいのは結構なんだが、僕たちもそろそろ風の聖地へ向かいたい。手を貸してもらえるとありがたいんだが。ミラート神国で仲間たちがまだ、ルブラート教の残党と戦っているはずなんだ。それに、ルビラの魂がどうなっているかわかるだろうか」
『お、おう。あれか。どれ…サラマンダー!』
アガバがサラマンダーを呼ぶと、火山が揺れ動き、巨大な竜が這い出てきた。
「あ、あれがサラマンダー?」
浄化作業の時に出てきていた、コモドドラゴンほどの大きさのあれは、じゃあなんだったのか。ミヤコもクルトも目を丸くした。
「あんなのと戦うことがなくてよかったよ……」
「あれ、ドラゴンだよね?トカゲじゃないよね?サラマンダーって火蜥蜴って思ってたんだけど」
サラマンダーと呼ばれたドラゴンは、ギャオ、と一声あげるとまた火山の中に戻っていき、すぐさま戻ってきた。口に何かをくわえている。ぺっと吹き出すと、それをアガバがキャッチする。赤黒い野球のボールほどの火の玉だった。
『これが、ルビラの魂だ』
「!!」
その魂は凶々しく、アガバの腕に絡みつことしては、じゅっと音を立てて阻まれている。
『禍々しいだろう。これでもかなり小さくなったようだが…。これは厳重に浄化することを約束しよう。2度と他の魂を陥れる事もなくば、生まれ変わる事もさせない。ただし、こいつの怨念は我が身をもってしても集めきれん。残念ながら、こやつは精霊王の加護を引き継いでいたのでな。被害を止めるのにも力がいる。妖精王が魅せられたのがまずかった。大精霊といえど、精霊王の加護のついたものの魔力までは、力を合わせない限り浄化はできないのだ』
「精霊王の、加護…」
『ミラートが受けた加護を、この魂も当然分け受けたからな』
「おじいちゃん……!」
ミヤコががくりと首を垂れる。
『精霊が、人間に関与してはならないというのはそういうことでもあるんだよ。だが、俺たちも看過はできなくなった。精霊王はお前に力を託したんだろう。次世代はお前が継ぐのだな』
「え?いや、私は孫ってだけで」
『孫だからという理由で、精霊王と同等の力を持つわけがなかろう。王は世代交代を望んでいるんだよ』
無茶苦茶な。精霊王は不老不死で世代なんて交代しなくても問題はないのでしょう?
「私、ほとんど人間ですよ」
『精霊王の血と、キミヨ様の巫女の血を引き継ぎ、ルビラの血も引き継いだお前が?はっ。お前のような人間がいてたまるか』
「……そ、そんな!」
「では、ミヤは」
『いずれ精霊王となるだろうな』
「む、むむむり!無理でしょ、そんな」
「ミヤは異世界から来ていて、力を貸してくれているだけだ」
『は。初めから、この娘が向こうで生きていくことはできんとわかっていたことだろう』
「な、なんで」
『こちらとの結びつきが強すぎるからだ。むしろ、異世界の方が仮の姿。ただの異世界から来た娘が精霊の力をたやすく使えると思うなよ』
「嘘…」
『まあ、詳しいことは精霊王に聞いてくれ。俺は事実を述べたまでだ。お前たち二人には、それぞれ重すぎる責がかかっておるのは、わかっている。かわいそうだが、俺がそれを覆すことも、肩代わりをすることもできん。だからこそ、風の聖地へ赴くのだろう?自分の運命を、本当はわかっているのではないのか?』
ミヤコはよろよろと倒れ込みそうになり、それをクルトが支えた。
「ミヤ…」
心配そうにクルトが覗き込むが、その手はしっかりとミヤコを受け止めその瞳に驚きはない。
「クルトさん、知ってたの?」
「いや……。だけど、君の力が普通の人間のものではないということは誰もが知っている。それに、僕の力も君と出会ってから強力になっていくばかりだ。理由があるのだろうとは思っていた」
「それは…確かに、そうかもしれないけど…」
「君が何であれ、君さえ望むのなら僕はミヤのそばにいる」
「クルトさん。だって、だけど、精霊王なんて無理だよ」
「ミヤはミヤであればいい。君の生きたいように、生きればいいんだ」
「けど…」
「精霊王がどう思おうとも、僕はミヤのそばにいるし、アイザックもルノーも……ミヤを慕っている誰もが君のそばにいる。それに…今はそれよりも風の聖地を救いたいと思うんだ。手を貸してほしい、ミヤ」
真摯な態度で詰められて、ミヤコは困惑を隠しきれなかった。
精霊王が、ミヤコに決断を委ねていたのはこういう意味があったのかと、今更ながら思い至る。おそらくキミヨも知らないかった精霊王の企みを知って、ミヤコは思わず舌を鳴らした。
「ひとまず、風の聖地へ行くことが先決ですね。おじいちゃんについては後ほど話し合う必要があると思うし」
『それでは、話も一段落ついたところで。カルラ、フェニックスを』
『はい、旦那様』
カルラがピイッと口笛を吹くと、ブワリとした熱気の中から、フェニックスが生まれ出た。
『風の聖地ラスラッカまで連れて行ってあげて』
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これで第4章が終わり、次回から第5章が始まります。
物語もそろそろ終盤に入ります。
読んでいただきありがとうございました。
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