上 下
109 / 127
第4章:聖地アードグイ編

第104話:使命

しおりを挟む
 ぎゅうっと抱きしめあってしばらくして、クルトの力が緩んだところで、カルラが声を上げた。

『まあ、まあ、まあ。かわいらしいわねえ。ねえ、あなた。私たちもこんな頃があったわよね』

 そう言って、ほうっとため息をついたカルラを横目に、引きつりながらもアガバは咳払いをした。

『気分はどうだ?』
「私は大丈夫です。クルトさんは…」
「僕も大丈夫だ」
『ふん。ならば合格だ。お前たちには俺の加護がついた。カルラが約束した通り、フェニックスで風の聖地までは送ってやろう。だが、そこで風のに会えるかどうかはわからんぞ。それに、あの地にはそう簡単に人も魂も入ることはできん。あの地が穢されているというのは本当なんだろうな?でなければ、俺が風のから怒られる』
「わかりません。風の大精霊にはあったこともないし、助けを求められたわけじゃないから。でも、ここもあなたから助けを乞われたわけでもないし」
『まあな。結果的には助かった』

  ふい、と視線をずらしながらも、アガバは礼を言った。少なからず、助かったとは思っているらしい。自覚してくれてよかった。

「だったら、風の聖地も同じかもしれない。手遅れでなければ良いが」

 ミヤコが微笑ましそうにアガバを見てから、風の聖地へと想いを馳せた。何が起こっているのかわからないだけに、不安もある。特に今となってはクルトの母が風の精霊だとわかったのだ。もしかしたら、会えるかもしれない。ひょっとしたらクルトはそんな期待を持っているかも知れない。

『エリカちゃんは自由奔放だから、いないかもしれないわよ』
「エリカって?」
『風の大精霊よ。私の知ってる彼女はかなり自由気ままなの。あまり聖地には居着かないわ』
「大精霊なのに?」
『風は特別なのよ。この人のように火山を守っているわけではないもの』

 カルラは肩に座るアガバの頭をよしよしと撫で、アガバに嫌がられていた。

『だが、風魔法が使えるということは、あれが生きているということだから、心配することはないぞ』
「そうか…。風の大精霊は空気も司るからそれで安否はわかるんだな。風魔法は威力も質も変わっていないところを見ると、聖地も大精霊もまだ無事ということだろうか」
『そうとも言えるが、もし彼女が聖地ではない土地で穢されていたとしたら長くはもたないぞ』
「えっ」

 穏やかでない言葉がアガバから飛び出した。

『俺たちは聖地にいるからこそ力が発揮できるし、長く生きられる。聖地を離れれば、他の精霊と同じく穢されれば命を簡単に落とす。だがまあ、大精霊が死ねば次の大精霊が生まれるから、問題はないのだが。新しい大精霊だとすればまだ力が弱い。今の俺と同じようにな』
「えっ。じゃあアガバ、あなた一度死んだってこと?」
『いや。俺は衰弱しただけで済んだよ。俺の力はカルラと共有しているから、大丈夫だったんだと思う』
「カリプソが守っていたということか」
『そういうことね。もしドリスの娘たちに拾われでもしたら、アガバはここにいなかったかもしれないわ。もちろん私もね』
『す、すまない…』
『本当にね!ドリスと娘たちが魔性のものだとわかっていながら、簡単に落とされるんだから信じられないわ!』
『マイシュガーラズベリーパイ……許してくれ。愛しているのはカルラだけだ…』
『……もう。本当に都合がいいんだから!』

 地熱が5度ほど上がるほどいちゃつきはじめた大精霊と愛妻に、ミヤコはうわあ、と引いた。自分もあんな風に見られているのかとふと考えてしまい、顔を赤らめた。それはクルトも同じだったのだろう、ミヤコを見て肩をすくめた。

「あー。仲睦まじいのは結構なんだが、僕たちもそろそろ風の聖地へ向かいたい。手を貸してもらえるとありがたいんだが。ミラート神国で仲間たちがまだ、ルブラート教の残党と戦っているはずなんだ。それに、ルビラの魂がどうなっているかわかるだろうか」
『お、おう。あれか。どれ…サラマンダー!』

 アガバがサラマンダーを呼ぶと、火山が揺れ動き、巨大な竜が這い出てきた。

「あ、あれがサラマンダー?」

 浄化作業の時に出てきていた、コモドドラゴンほどの大きさのあれは、じゃあなんだったのか。ミヤコもクルトも目を丸くした。

「あんなのと戦うことがなくてよかったよ……」
「あれ、ドラゴンだよね?トカゲじゃないよね?サラマンダーって火蜥蜴って思ってたんだけど」

 サラマンダーと呼ばれたドラゴンは、ギャオ、と一声あげるとまた火山の中に戻っていき、すぐさま戻ってきた。口に何かをくわえている。ぺっと吹き出すと、それをアガバがキャッチする。赤黒い野球のボールほどの火の玉だった。

『これが、ルビラの魂だ』
「!!」

 その魂は凶々しく、アガバの腕に絡みつことしては、じゅっと音を立てて阻まれている。

『禍々しいだろう。これでもかなり小さくなったようだが…。これは厳重に浄化することを約束しよう。2度と他の魂を陥れる事もなくば、生まれ変わる事もさせない。ただし、こいつの怨念は我が身をもってしても集めきれん。残念ながら、こやつは精霊王の加護を引き継いでいたのでな。被害を止めるのにも力がいる。妖精王が魅せられたのがまずかった。大精霊といえど、精霊王の加護のついたものの魔力までは、力を合わせない限り浄化はできないのだ』

「精霊王の、加護…」
『ミラートが受けた加護を、この魂も当然分け受けたからな』
「おじいちゃん……!」

 ミヤコががくりと首を垂れる。

『精霊が、人間に関与してはならないというのはそういうことでもあるんだよ。だが、俺たちも看過はできなくなった。精霊王はお前に力を託したんだろう。次世代はお前が継ぐのだな』
「え?いや、私は孫ってだけで」
『孫だからという理由で、精霊王と同等の力を持つわけがなかろう。王は世代交代を望んでいるんだよ』

 無茶苦茶な。精霊王は不老不死で世代なんて交代しなくても問題はないのでしょう?

「私、ほとんど人間ですよ」
『精霊王の血と、キミヨ様の巫女の血を引き継ぎ、ルビラの血も引き継いだお前が?はっ。お前のような人間がいてたまるか』
「……そ、そんな!」
「では、ミヤは」
『いずれ精霊王となるだろうな』
「む、むむむり!無理でしょ、そんな」
「ミヤは異世界から来ていて、力を貸してくれているだけだ」
『は。初めから、この娘が向こうで生きていくことはできんとわかっていたことだろう』
「な、なんで」
『こちらとの結びつきが強すぎるからだ。むしろ、異世界の方が仮の姿。ただの異世界から来た娘が精霊の力をたやすく使えると思うなよ』
「嘘…」
『まあ、詳しいことは精霊王に聞いてくれ。俺は事実を述べたまでだ。お前たち二人には、それぞれ重すぎる責がかかっておるのは、わかっている。かわいそうだが、俺がそれを覆すことも、肩代わりをすることもできん。だからこそ、風の聖地へ赴くのだろう?自分の運命を、本当はわかっているのではないのか?』

 ミヤコはよろよろと倒れ込みそうになり、それをクルトが支えた。

「ミヤ…」

 心配そうにクルトが覗き込むが、その手はしっかりとミヤコを受け止めその瞳に驚きはない。

「クルトさん、知ってたの?」
「いや……。だけど、君の力が普通の人間のものではないということは誰もが知っている。それに、僕の力も君と出会ってから強力になっていくばかりだ。理由があるのだろうとは思っていた」
「それは…確かに、そうかもしれないけど…」
「君が何であれ、君さえ望むのなら僕はミヤのそばにいる」
「クルトさん。だって、だけど、精霊王なんて無理だよ」
「ミヤはミヤであればいい。君の生きたいように、生きればいいんだ」
「けど…」
「精霊王がどう思おうとも、僕はミヤのそばにいるし、アイザックもルノーも……ミヤを慕っている誰もが君のそばにいる。それに…今はそれよりも風の聖地を救いたいと思うんだ。手を貸してほしい、ミヤ」

 真摯な態度で詰められて、ミヤコは困惑を隠しきれなかった。

 精霊王が、ミヤコに決断を委ねていたのはこういう意味があったのかと、今更ながら思い至る。おそらくキミヨも知らないかった精霊王の企みを知って、ミヤコは思わず舌を鳴らした。

「ひとまず、風の聖地へ行くことが先決ですね。おじいちゃんについては後ほど話し合う必要があると思うし」

『それでは、話も一段落ついたところで。カルラ、フェニックスを』
『はい、旦那様』

 カルラがピイッと口笛を吹くと、ブワリとした熱気の中から、フェニックスが生まれ出た。

『風の聖地ラスラッカまで連れて行ってあげて』




==========

これで第4章が終わり、次回から第5章が始まります。
物語もそろそろ終盤に入ります。

読んでいただきありがとうございました。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

処理中です...