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第4章:聖地アードグイ編
第103話:クルトの秘密
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「どういうことだか、説明を願います」
子供の姿の火の大精霊アガバと、イフリート並みの巨体で妖艶な妻、カルラの前でクルトは静かにそう言った。その言葉の端々に有無を言わさない意志が乗り、アガバはしばらく視線を泳がせた後、はあ、とため息をつき頭を垂れた。
『俺に言えるのは、些細なことでしかないが』
そう口火を切ったアガバは、静かにカルラの方に腰を下ろした。
『お前の父はガルシア・デルドレ・ルフリスト、ミラート神国の騎士で間違いないか?』
「騎士であったのは僕が生まれる前だと聞いていますが、間違いありません」
『ほう。出世したのか』
「今は軍師です。元帥とも呼ばれています」
『なるほどな…。お前を見れば納得だな。よく似ている』
「あの人と似ているなど嬉しくもありませんが、血は隠せませんし」
クルトが表情を変えずに、受け答える。その言葉節にはかなり冷ややかな感情が伺えた。自分の父親に対して、徹底した冷気と突き放した言い方にミヤコはクルトの顔を伺いながらも口を閉じた。
『あれも未だに隠しているんだな』
「あれとは?」
『お前の母親のことだ』
「!母を知っているんですか」
『もちろん。だが、それを口止めされていたんだ。精霊の制約を結んでいるからな。俺から言うことはできん』
「なぜ」
『お前の母が、そう望んだからだ。お前の父に幼少だったお前を預け、自分のことは忘れろとその時の制約に立ち会わされた』
「…僕は、母にとって望まない子供だったのですか」
『そうではない。お前に人間として生きて欲しいと願ってのことだ』
「え?」
人間として?クルトの母が願った?それはつまり。
「僕の母は、人間ではなかった、と?」
『言えんといったろうが。まあ、想像に任せるが、間違ってはおらん。半人のお前に人としての生き方を見せたかったのだろう。自分では無理だからと、ガルシアに全てを委ねた。俺は過去、お前の父親に加護を与えていて、戦に加担したことがある。本来なら、精霊は人間界に関与することはできんのだが、あいつの信念に動かされた。いい男だった。人間にしておくにはもったいないくらいな』
「あの人が?」
『……まあ、お前の目から見てどう映っているのか知らんが、兎に角、俺はあいつに興味を持って、動かされて加護を与えた。100年ほど前の話だ』
「は?100年?それは、ありえない。父はまだ」
『精霊の加護というのはそういうものだ。人間を人間の理から外す。だから、俺たちは人間に関与してはいけないんだ』
「え?え?ちょっと待って。っていうことは、クルトさんもアイザックも、ルノーさんもウスカーサから加護を受けて」
『ああそうか、あいつも手を出したか。……まあ、お前たちはちょっとやそっとのことでは、死なないということだな』
「ええ?」
ミヤコが思わず素っ頓狂な声を上げると、アガバはミヤコを見て口角を上げた。
『ああ、女。お前はそも規格外だからな。精霊王の血が濃いし、キミヨ様の力も授かっているようだ。成長も遅ければ寿命も相当なものだろう。もしそこの赤毛が普通に人間だったら、悲劇が待っていただろうな。この男の方が断然早く老いてお前は若いまま。全ての人間においていかれるのは、お前だから。ウスカーサも不憫に思ったんだろう。とは言え、普通の人間よりは生命力も強いし、寿命も長いだろうがな』
『あらやだ。この子、キミヨちゃんの?』
カルラが嬉しそうに悲鳴をあげた。キミヨとは面識があるらしい。精霊王の妻なのだから、それも当然かと思い当たる。
『孫娘らしいぞ』
『まああ!いつの間にそんなことになっていたのかしら!私ったら、どれだけ深海に潜っていたのかしらねえ~~、あなた?』
『う、うむ…』
アガバが居心地悪そうに座り直している間、クルトとミヤコは顔を見合わせた。お互い青ざめている。とんでもない裏事情が発覚した。知らないうちに寿命を伸ばされていたのだ。ミヤコに至っては既に確定ごとである。ミヤコの生命力が溢れているというのはこういうことだったのか。でもその前にちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
――成長も遅いって言った?わたしまだこれから成長期?!25ですけど!?ということはこの胸も…!?
『だが、ウスカーサも知らない事実がここにある。ハルクルト、お前の母親は精霊だ。もし母親とずっと一緒だったなら、お前は人間の体を持て余し、おそらく肉体を捨てて精霊になることを選んだであろう将来を、お前の母親は危惧したんだ。あいつとガルシアの間にできた半精半人のお前に選択の余地を与えたかったんだと思う』
「僕の血の、半分が精霊…」
「クルトさん……」
「だから、魔力が人並み以上なのか?だから、ビャッカランの毒を受けても生き延びた?」
『人間の体は脆く壊れやすい。お前には風の加護が付いているし、親父から受け継いだ血もあって、生命力は飛び抜けているだろう。お前からは俺の加護もわずかとはいえ感じられる』
「……僕の母は、風の精霊なのか?」
『……それはお前自身が見つけなければならないことであって、俺からは言えん。だが、お前の母はお前を愛しておったよ。ガルシアのこともな』
クルトは黙って自分の手を見た。母は精霊で、父はそれを隠して自分を育て上げた。いつか母に見せても恥ずかしくないように、強い人間であるように躾けた。いつか、会わせてくれるつもりだったのだろうか。それとも人間の世界に縛り付けたかった?だから婚約者を押し付けた?
「僕の本当の年齢は、僕の意識とは違うのか」
『さあな。精霊は細かい年月に疎いからな。お前がいつ生まれたかまで、俺は知らん』
「父は…父さんは100歳を超えているんだろう?母が精霊なら歳は取らないし…。まてよ、父があなたに出会って加護を受けたのが100年前で、騎士をしていたのなら20歳は超えていたはず。もし、それより以前に母と出会って、僕が生まれたのだとしたら」
『待て、待て。まあ、そう細かいことは気にするな。精霊は歳をとらないわけではない。歳をとる時間が人間とちょっとばかり違うだけだ』
ちょっとばかり?
ミヤコは首をひねった。祖母が日本で息を引き取ったのが、80歳前後だった。その直後にキミヨの精神は体を抜け出してこの世界に来て、今や30代の若さを保っている。いわゆる精神年齢というやつだ。クルトがもし、精神年齢で若さを保っているのだとしたら、彼は80歳ぐらいなのだろうか。
「ミヤ。僕がもし、君より、50歳以上年上でも……いや、そんな、」
ハルクルトは自分でその考えに至って、ショックを受けた。さあっと血の引く音が聞こえそうだった。
「ご、50歳以上年上って……僕は、君に」
「く、クルトさん!しっかり!50歳以上になんて見えないし、クルトさんはクルトさんだから!歳なんて関係ないし!見た目かっこいいし、若いし、大好きだから!」
「「……」」
自分で言って、気がついて、真っ赤になるミヤコにハルクルトもいたたまれなくなり、コホンと咳払いをした。
「ひとまず、この件は後回しにしよう」
「そ、そうですね」
『兎に角。ここまで話したからには仕方がない。俺も精霊だ。聖地を元に戻してくれた礼はする。カルラの言うとおりにもしよう。まずは、お前たち本当に俺の加護を受けるつもりか』
「はい」
『俺の加護を受けるということは、魂の浄化にも関わってくる。水の加護や地の加護のように穏やかなモノではない。特に、2大精霊の加護を受けるということは、お前たちの人間と精霊の割合も変わってくるぞ。いいのか』
「もとより半人であるのなら、大した変わりはない。僕はミヤの隣に少しでも長く居られるのなら、それでも構わない」
「私も」
クルトは驚いたようにミヤコを見て一拍置くと、とろけるように微笑んだ。
そして、もう一度アガバに向き直る。
「ミヤはすでに大地の大精霊の加護も受け、水の大精霊の加護も得ている。風の大精霊の聖地へ行くのには3大精霊の加護が必要だと聞いた。僕がすでに風の精霊の加護を受けているのなら風と水の加護があり、僕たちの立場は同じになる。是非、僕らに加護を与えてもらいたい」
『……なるほど。ならば二人に加護を授けよう』
アガバがカルラの肩の上で立ち上がり、頭上に手のひらを掲げた。
火柱が火山から上がり、急速に酸素が失われていく。息苦しさに喘ぎながらもミヤコはクルトの手をしっかりと握りぎゅっと目を閉じた。
「ああっ……!!」
肌が焼け、身体中の水分が蒸発するような感覚に力が抜けそうになる。走馬灯のように意識が遡っていき、まぶたの裏に両親の顔も友人たちも昔の彼も浮かんでは消えていく。意識はミヤコが生まれるよりも前に遡り、見たことのない人たちが現れては消え、消えては現れる。
どのくらい遡ったのか。体の感覚は消え、上も下も分からない、真っ暗な闇にポッと火が灯った。小さな火は次第に大きくなり、ミヤコを包み込み、押し返した。意識の中に記憶が現れ、感情が芽生え過去から未来へと戻っていく。吐きそうになる感覚をこらえているとクルトの顔が浮かんだ。幼いクルトの泣き顔、笑い顔、怒りに任せて荒ぶる姿、血まみれの風景からどす黒い瘴気、それを断ち切るかのように現れた光と風、暖かな陽だまりの中、穏やかな海…。ふと、体の感覚が戻り、両足が地に着き、手の感触が戻ってくる。クルトの汗ばんだ大きな手から躍動を感じ、ぎゅっと握ると、握り返された。気がつくと、潮風が鼻につき、息苦しさも消えていた。
恐る恐る目を開けると、クルトも目を開け、瞬いている。
クルトの外見は、変わったところはない。脈は全力で走ったかのように早いし、汗だくにもなっているが、肌は焼けただれていないし、髪は赤いまま、瞳もきれいな深い森の色をしている。その瞳に映る自分も、変わったようには見られなかった。
「クルトさん」
「ミヤ。愛してる」
「えっ」
突然ぎゅうっと抱きしめられて、ミヤコは困惑した。いきなりどうしたというのか。もともとクルトはこういう態度をよく取るけれど。自分が見たように、クルトも過去に遡り、また未来へ戻ったのだろうか。自分とは違う何かを見たのだろうか。
ミヤコは自分を抱きしめたその体に顔をうずめたまま、おずおずと手を回して抱きしめ返した。
子供の姿の火の大精霊アガバと、イフリート並みの巨体で妖艶な妻、カルラの前でクルトは静かにそう言った。その言葉の端々に有無を言わさない意志が乗り、アガバはしばらく視線を泳がせた後、はあ、とため息をつき頭を垂れた。
『俺に言えるのは、些細なことでしかないが』
そう口火を切ったアガバは、静かにカルラの方に腰を下ろした。
『お前の父はガルシア・デルドレ・ルフリスト、ミラート神国の騎士で間違いないか?』
「騎士であったのは僕が生まれる前だと聞いていますが、間違いありません」
『ほう。出世したのか』
「今は軍師です。元帥とも呼ばれています」
『なるほどな…。お前を見れば納得だな。よく似ている』
「あの人と似ているなど嬉しくもありませんが、血は隠せませんし」
クルトが表情を変えずに、受け答える。その言葉節にはかなり冷ややかな感情が伺えた。自分の父親に対して、徹底した冷気と突き放した言い方にミヤコはクルトの顔を伺いながらも口を閉じた。
『あれも未だに隠しているんだな』
「あれとは?」
『お前の母親のことだ』
「!母を知っているんですか」
『もちろん。だが、それを口止めされていたんだ。精霊の制約を結んでいるからな。俺から言うことはできん』
「なぜ」
『お前の母が、そう望んだからだ。お前の父に幼少だったお前を預け、自分のことは忘れろとその時の制約に立ち会わされた』
「…僕は、母にとって望まない子供だったのですか」
『そうではない。お前に人間として生きて欲しいと願ってのことだ』
「え?」
人間として?クルトの母が願った?それはつまり。
「僕の母は、人間ではなかった、と?」
『言えんといったろうが。まあ、想像に任せるが、間違ってはおらん。半人のお前に人としての生き方を見せたかったのだろう。自分では無理だからと、ガルシアに全てを委ねた。俺は過去、お前の父親に加護を与えていて、戦に加担したことがある。本来なら、精霊は人間界に関与することはできんのだが、あいつの信念に動かされた。いい男だった。人間にしておくにはもったいないくらいな』
「あの人が?」
『……まあ、お前の目から見てどう映っているのか知らんが、兎に角、俺はあいつに興味を持って、動かされて加護を与えた。100年ほど前の話だ』
「は?100年?それは、ありえない。父はまだ」
『精霊の加護というのはそういうものだ。人間を人間の理から外す。だから、俺たちは人間に関与してはいけないんだ』
「え?え?ちょっと待って。っていうことは、クルトさんもアイザックも、ルノーさんもウスカーサから加護を受けて」
『ああそうか、あいつも手を出したか。……まあ、お前たちはちょっとやそっとのことでは、死なないということだな』
「ええ?」
ミヤコが思わず素っ頓狂な声を上げると、アガバはミヤコを見て口角を上げた。
『ああ、女。お前はそも規格外だからな。精霊王の血が濃いし、キミヨ様の力も授かっているようだ。成長も遅ければ寿命も相当なものだろう。もしそこの赤毛が普通に人間だったら、悲劇が待っていただろうな。この男の方が断然早く老いてお前は若いまま。全ての人間においていかれるのは、お前だから。ウスカーサも不憫に思ったんだろう。とは言え、普通の人間よりは生命力も強いし、寿命も長いだろうがな』
『あらやだ。この子、キミヨちゃんの?』
カルラが嬉しそうに悲鳴をあげた。キミヨとは面識があるらしい。精霊王の妻なのだから、それも当然かと思い当たる。
『孫娘らしいぞ』
『まああ!いつの間にそんなことになっていたのかしら!私ったら、どれだけ深海に潜っていたのかしらねえ~~、あなた?』
『う、うむ…』
アガバが居心地悪そうに座り直している間、クルトとミヤコは顔を見合わせた。お互い青ざめている。とんでもない裏事情が発覚した。知らないうちに寿命を伸ばされていたのだ。ミヤコに至っては既に確定ごとである。ミヤコの生命力が溢れているというのはこういうことだったのか。でもその前にちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
――成長も遅いって言った?わたしまだこれから成長期?!25ですけど!?ということはこの胸も…!?
『だが、ウスカーサも知らない事実がここにある。ハルクルト、お前の母親は精霊だ。もし母親とずっと一緒だったなら、お前は人間の体を持て余し、おそらく肉体を捨てて精霊になることを選んだであろう将来を、お前の母親は危惧したんだ。あいつとガルシアの間にできた半精半人のお前に選択の余地を与えたかったんだと思う』
「僕の血の、半分が精霊…」
「クルトさん……」
「だから、魔力が人並み以上なのか?だから、ビャッカランの毒を受けても生き延びた?」
『人間の体は脆く壊れやすい。お前には風の加護が付いているし、親父から受け継いだ血もあって、生命力は飛び抜けているだろう。お前からは俺の加護もわずかとはいえ感じられる』
「……僕の母は、風の精霊なのか?」
『……それはお前自身が見つけなければならないことであって、俺からは言えん。だが、お前の母はお前を愛しておったよ。ガルシアのこともな』
クルトは黙って自分の手を見た。母は精霊で、父はそれを隠して自分を育て上げた。いつか母に見せても恥ずかしくないように、強い人間であるように躾けた。いつか、会わせてくれるつもりだったのだろうか。それとも人間の世界に縛り付けたかった?だから婚約者を押し付けた?
「僕の本当の年齢は、僕の意識とは違うのか」
『さあな。精霊は細かい年月に疎いからな。お前がいつ生まれたかまで、俺は知らん』
「父は…父さんは100歳を超えているんだろう?母が精霊なら歳は取らないし…。まてよ、父があなたに出会って加護を受けたのが100年前で、騎士をしていたのなら20歳は超えていたはず。もし、それより以前に母と出会って、僕が生まれたのだとしたら」
『待て、待て。まあ、そう細かいことは気にするな。精霊は歳をとらないわけではない。歳をとる時間が人間とちょっとばかり違うだけだ』
ちょっとばかり?
ミヤコは首をひねった。祖母が日本で息を引き取ったのが、80歳前後だった。その直後にキミヨの精神は体を抜け出してこの世界に来て、今や30代の若さを保っている。いわゆる精神年齢というやつだ。クルトがもし、精神年齢で若さを保っているのだとしたら、彼は80歳ぐらいなのだろうか。
「ミヤ。僕がもし、君より、50歳以上年上でも……いや、そんな、」
ハルクルトは自分でその考えに至って、ショックを受けた。さあっと血の引く音が聞こえそうだった。
「ご、50歳以上年上って……僕は、君に」
「く、クルトさん!しっかり!50歳以上になんて見えないし、クルトさんはクルトさんだから!歳なんて関係ないし!見た目かっこいいし、若いし、大好きだから!」
「「……」」
自分で言って、気がついて、真っ赤になるミヤコにハルクルトもいたたまれなくなり、コホンと咳払いをした。
「ひとまず、この件は後回しにしよう」
「そ、そうですね」
『兎に角。ここまで話したからには仕方がない。俺も精霊だ。聖地を元に戻してくれた礼はする。カルラの言うとおりにもしよう。まずは、お前たち本当に俺の加護を受けるつもりか』
「はい」
『俺の加護を受けるということは、魂の浄化にも関わってくる。水の加護や地の加護のように穏やかなモノではない。特に、2大精霊の加護を受けるということは、お前たちの人間と精霊の割合も変わってくるぞ。いいのか』
「もとより半人であるのなら、大した変わりはない。僕はミヤの隣に少しでも長く居られるのなら、それでも構わない」
「私も」
クルトは驚いたようにミヤコを見て一拍置くと、とろけるように微笑んだ。
そして、もう一度アガバに向き直る。
「ミヤはすでに大地の大精霊の加護も受け、水の大精霊の加護も得ている。風の大精霊の聖地へ行くのには3大精霊の加護が必要だと聞いた。僕がすでに風の精霊の加護を受けているのなら風と水の加護があり、僕たちの立場は同じになる。是非、僕らに加護を与えてもらいたい」
『……なるほど。ならば二人に加護を授けよう』
アガバがカルラの肩の上で立ち上がり、頭上に手のひらを掲げた。
火柱が火山から上がり、急速に酸素が失われていく。息苦しさに喘ぎながらもミヤコはクルトの手をしっかりと握りぎゅっと目を閉じた。
「ああっ……!!」
肌が焼け、身体中の水分が蒸発するような感覚に力が抜けそうになる。走馬灯のように意識が遡っていき、まぶたの裏に両親の顔も友人たちも昔の彼も浮かんでは消えていく。意識はミヤコが生まれるよりも前に遡り、見たことのない人たちが現れては消え、消えては現れる。
どのくらい遡ったのか。体の感覚は消え、上も下も分からない、真っ暗な闇にポッと火が灯った。小さな火は次第に大きくなり、ミヤコを包み込み、押し返した。意識の中に記憶が現れ、感情が芽生え過去から未来へと戻っていく。吐きそうになる感覚をこらえているとクルトの顔が浮かんだ。幼いクルトの泣き顔、笑い顔、怒りに任せて荒ぶる姿、血まみれの風景からどす黒い瘴気、それを断ち切るかのように現れた光と風、暖かな陽だまりの中、穏やかな海…。ふと、体の感覚が戻り、両足が地に着き、手の感触が戻ってくる。クルトの汗ばんだ大きな手から躍動を感じ、ぎゅっと握ると、握り返された。気がつくと、潮風が鼻につき、息苦しさも消えていた。
恐る恐る目を開けると、クルトも目を開け、瞬いている。
クルトの外見は、変わったところはない。脈は全力で走ったかのように早いし、汗だくにもなっているが、肌は焼けただれていないし、髪は赤いまま、瞳もきれいな深い森の色をしている。その瞳に映る自分も、変わったようには見られなかった。
「クルトさん」
「ミヤ。愛してる」
「えっ」
突然ぎゅうっと抱きしめられて、ミヤコは困惑した。いきなりどうしたというのか。もともとクルトはこういう態度をよく取るけれど。自分が見たように、クルトも過去に遡り、また未来へ戻ったのだろうか。自分とは違う何かを見たのだろうか。
ミヤコは自分を抱きしめたその体に顔をうずめたまま、おずおずと手を回して抱きしめ返した。
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