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第4章:聖地アードグイ編
第99話:海底掃除と水泡の精霊
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幸い、ミヤコとクルトはウスカーサの加護のおかげで浮遊感はあるものの、海の底に足をついても、問題なく話もできれば息も出来ることに二人は驚いた。
「これなら歩いてアードグイに行けたかもね」
「うん。でも、海の亡者ってなんだかわからないし、水の中で風魔法も火魔法も使えないからね。それに動きはやはり水圧で束縛される」
確かに、とミヤコは頷いた。水の中での動きは鈍い。重力がおかしくて、宇宙にでたら、こんな感じなのだろうかと思う。
「じゃあ、早速…【浄化】」
キンッと放射状に光が散った。瞬間水が冷たく感じたが、その光はしばらくするとキラキラと水泡になり、あたりは静まり返った。
「……失敗?」
仄暗くなった海の水は、コレといった変化は見せなかった。
「ダメか。じゃあ……」
ミヤコは水鏡の狭間のことを思い出していた。確か、息吹の歌でルビラの魂の呪縛が解け、水魔は溶けたはず。まずは、不浄なものを片付けて、それから浄化…。綺麗なものが好きな海の精霊たちのために、慈愛の歌も練りこんで。
海は、生命の源だ。全てが水から生まれ水へ戻る。水の精霊を新たに生み出したらどうだろうか。小さな子供の精霊たちの生命の力で海の持つ本来の力を取り戻せれば。
ミヤコはひとしきり考えて、祝詞を練り上げた。
静かに呟くように練り上げる歓びの歌と、息を吐き出すようにお腹に力を入れて歌う始まりの歌。
ミヤコの歌に合わせて、ぽこぽこと水泡が足元から上がり、クルトは目を見張った。まるで発泡酒の中にいるように、シュワシュワとクルトの肌にも纏わり付いてくる。
ワクワクした純粋な喜びが胸を占め、ミヤコを見る。声をかけるのは憚れた。まるで聖母のような微笑みに言葉を紡ぐミヤコの体が、水に溶けていくようだ。握りしめた互いの手だけが、ここにいると確信させる。
『僕の前から、居なくなる事だけはしないで欲しい』
何度もそう願った。愛していると伝えて、体で縛ろうとして、きつく抱きしめた。僕を好きだと言いながら、それでも何度も彼女は自分の腕から逃げていく。風のように、水のように、砂のようにすり抜けて、うっかりすれば見失ってしまうのだ。
その度に愛を捧げ、縋り付く。どうか行かないで、ひとりにしないでと。
だが、それがひょっとするととてつもなく贅沢な望みなのではないかと、クルトは考え始めていた。ミヤコが成そうとしていることは、一人の人間にはとてつもなく難題なことだ。普通にできることではないし、出来るだなんて考えることすらおこがましい。
ミヤコはこの世界に必要な聖女で、愛し子で。
自分が独り占めしていい存在では無いのではないか。
ギュッと目を閉じて、クルトはミヤコの手のぬくもりだけを感じ取った。
せめて今だけは。僕だけのミヤでいてほしい。この一瞬が永遠に続けばいいのに。
『キャーーーッ♫』
ハッと目を開けると、光の精霊がそこらじゅうに溢れていた。いや、光ではない。これは水泡?
「よかった。うまくいったみたい」
「ミヤ、これは」
「海の精霊さんたちだよ。さあ、チビちゃんたち。浄化を手伝ってくれるかな?」
『キャーーーッ♫』
水泡は意志を持って、竜巻のように四方に散らばっていった。ものすごい勢いで、水中の藻屑を食べつくしていく。ある意味、恐ろしいピラニアのような存在だった。
「じゃあ次は、綺麗なものを作ろうか」
「綺麗なもの?」
「そう。カリプソが言ったドリスの娘さんたちは綺麗なものが好きらしいから、それを作って呼び寄せる」
ドリスの娘というのは、伝説の人魚たちのことだ。その姿は美しいとはお世辞にもいえず、海蛇の姿だったり、地中に隠れ住むウツボのような形をしているという。ナイアド達よりも質が悪く、自分たちよりも美しいものを奪い、深海に持ち帰り、嬲り殺すと言われている。そんなものを呼び出して、ミヤコがさらわれたらどうするんだ、とクルトは焦った。水中で精霊相手にどこまで抗えるかわからない恐怖がある。ミヤにもしものことがあったら僕はーーー!
「や、やめといた方がいい、ミヤ!あれは会ってはいけない者だと聞いた」
「そうなの?」
「あ、ああ。恐ろしい存在だ。会わずに済むならそれに越したことはない」
「うーん。じゃあ…。そうかアイザックさんが欲しいということは、聖魔法が有効ということなのよね。だったら……あっ、そうだ。賛美歌があった」
賛美歌は今まで歌ったことはないが、鎮魂歌とともに最初に覚える基本中の基本。いわゆるヨイショ歌だ。あなた綺麗ね~、素敵よ~と精霊を褒め称える歌なのだ。光の精霊たちは、それをやると増長しすぎて大変なことになるので、ずっと昔に禁止となった。海の中ならいけるかもしれない。暴走したらカリプソがなんとかするに違いない。
「いってみよっ」
ミヤコは軽いノリで賛美歌を歌い始めた。黙々と藻屑を食べていた精霊たちがぴたりと動きを止め、一拍置いた後、水が突然上下に揺れ始めた。まるで地震が起こったかのようだ。
『うきゃーーーーーーーっっっっ!!!』
『キャーーーーッ♫』
クルトは思わずミヤコを抱きしめ、起こった変化に対応しようと辺りの様子を伺うと、小さな水泡たちがムクムクと大きくなる。いや、融合し始めた。こぶし大になった水泡には幾つもの目がありそれぞれ瞬きをしている。正直100眼の妖怪のようにおぞましい。だが、彼らはそんな感情とは関係なく踊り始め、巨大な球体へ育っていった。まるでビッグバンの前兆のようだ。
次第に膨れ上がり今にもはち切れんばかりの状態で、満員電車で窓枠に押し付けられたような顔の精霊がミシミシと音を立てた。
「やばい」とか「ちょっとやりすぎ」とミヤコが慌てふためき、そのあとで「浄化」を唱えると膨れ上がった水泡がバーンと弾けた。衝撃波がミヤコたちを襲い、吹き飛ばされる。
クルトは精霊のスタンピードかと焦り、咄嗟にミヤコを抱き上げ、結界をマックスで張り巡らせた。ごっそり魔力が抜け、眩暈がした。
「ミヤっ!!」
水中で数回転してからようやく地面に足をつけ留まり、砂で濁った海水が落ち着くのを待った。
「ああびっくりした!すごい衝撃波だったねえ。クルトさん、結界作ってくれてありがとう」
「ミヤ、君は何をーーー!?」
クルトが青ざめて言いかけた時、焦った声が海中に響いた。
「あっあっ、あんたたち、何したんだいっ!!!?」
濁りが消えると、目の前にはカリプソがものすごい形相で仁王立ちしていた。
「え?えっと。掃除?」
「掃除!掃除って!掃除ってレベルかい、これはっ!?」
海底はひどく明るい場所になっていた。水泡の精霊たちが藻屑を食べ尽くし、ゴミを消去し賛美されるまま、海水を浄化した。海底に沈んでいた不浄物は全て浄化され、ヘドロは分解され、浮遊していた悪霊もアンデッドも、瘴気植物も全てなくなり、サンゴ礁が広がっていて。海水は澄み渡り、ずっと遠くの海面下の陸地まで肉眼で見えるようになっていたのだ。付近に浮遊していた水泡が、何事もなかったかのように人骨らしき骨にに食らいついていた。
ミヤコはオヤ?と思ったものの、見て見ぬ振りをしてにっこり笑った。
「あー……条件クリア?」
「~~~っ!!」
顎が外れんばかりにミヤコを凝視していたカリプソだったが、しばらくして我に戻り、地面から泥を掘り出していた。浮浪者さながらのカリプソも女神のように綺麗になっていたが、ドリスの娘に何グセつけられてうざいとか、居心地が悪いとか言いながら自分に泥をなすりつけ、元の浮浪者のような風貌に戻していった。
「まったく、何だいあんた。規格外すぎだよ!信じられんことをしてくれるわ、全く」と、ぶつぶつ言いながら、カリプソは不機嫌になっていく。
「あんたのせいで、またドリスの娘たちが戻ってきたよ。せっかく静かに暮らしていたっていうのにさ。どうしてくれるんだい!」
どうやら、不平不満を垂れながらも、カリプソはそれまでの生活を気に入っていたのかもしれない。だけど約束は約束だ。アードグイまで安全に連れて行ってくれることを願ったクルトとミヤコに、カリプソはため息をついて頭を振った。
「あんたがアンデッドも異形も瘴気も瘴魔もゴミもカスも全て綺麗に浄化したからね。私の保護なんていらないだろうけど。私の仕事もウスカーサの仕事も奪ったかもしれないよ。ここをシェリオルの水辺にするつもりかい?
ああ、ドリスの娘達が歌い出したよ。聞き入ったら最後、あんた達も魅せられて海の藻屑になるよ。気をつけな。アガバに会いたいのなら早い方がいい。ああ、そうだ一つこれをアガバに届けてくれないかい?」
耳栓を入れながらカリプソが赤いフラスコをミヤコに手渡した。
「これはあいつの最も大事なものだ。捨てたのもあいつだけど、きっちり返しておいてくれないかい?こんなもの、海にほって置かれても困るんでね。きっとこれがあんたたちを助けてくれるよ」
「はあ。わかりました」
「それと、渡すタイミングは最も重要だよ。このボトルはね、あいつがあんたたちの頼みを渋った時に蓋を取って渡してやるといい。それまでは見せちゃダメだよ」
「はい」
「……まあ。その。浄化してくれてありがとう。色々私一人では色々無理が出てきてて、助かったよ。ゆとりがなくなると怒りっぽくなってね。人の国に帰ったら、あまりゴミを捨てるなと言っておいてくれないかい」
「はい。もちろんそうします」
「それから、この水泡たちは…」
「カリプソさんにお任せします。基本藻屑を食べてくれるはずなので、あとは時々褒めてあげると増長します。大きなゴミとか片付けるのには、たくさん褒めてあげてください」
『キャーーーーッ♫』
「……なるほど、雑食なんだね」
カリプソは呆れたように頷いて、クルトに向かってこそっと耳打ちをした。
「……あんたも苦労するだろうけど、あの子はしっかり押さえておいてくれよ。野放しにしないように」
といったのはハルクルトに対してだ。ちょっと半眼になって背後霊のようになっていた。
「……尽力します」
そうしてカリプソはミヤコたちを送り出し、ヒポカンポスのような海馬を貸してくれたため、そう時間を開けず、二人はアードグイにたどり着いたのだった。
丸々としてポケッとした顔のヒポカンポスは、きっとシロウと仲良しになれるだろうなとミヤコはちょっとほっこりして、この海馬たちにこっそり日本から持ち寄った人参を差し出すのだった。
その後、ヒポカンポスが興奮して数日海を駆け巡り続けたおかげで巨大な渦潮を作り、カリプソにバレてエライコッチャになるのだが、それはまた別の話。
==========
歌うウツボ(ドリスの娘たち=ローレライとかセイレーンと呼ばれるもの)ってなんか怖い。
「これなら歩いてアードグイに行けたかもね」
「うん。でも、海の亡者ってなんだかわからないし、水の中で風魔法も火魔法も使えないからね。それに動きはやはり水圧で束縛される」
確かに、とミヤコは頷いた。水の中での動きは鈍い。重力がおかしくて、宇宙にでたら、こんな感じなのだろうかと思う。
「じゃあ、早速…【浄化】」
キンッと放射状に光が散った。瞬間水が冷たく感じたが、その光はしばらくするとキラキラと水泡になり、あたりは静まり返った。
「……失敗?」
仄暗くなった海の水は、コレといった変化は見せなかった。
「ダメか。じゃあ……」
ミヤコは水鏡の狭間のことを思い出していた。確か、息吹の歌でルビラの魂の呪縛が解け、水魔は溶けたはず。まずは、不浄なものを片付けて、それから浄化…。綺麗なものが好きな海の精霊たちのために、慈愛の歌も練りこんで。
海は、生命の源だ。全てが水から生まれ水へ戻る。水の精霊を新たに生み出したらどうだろうか。小さな子供の精霊たちの生命の力で海の持つ本来の力を取り戻せれば。
ミヤコはひとしきり考えて、祝詞を練り上げた。
静かに呟くように練り上げる歓びの歌と、息を吐き出すようにお腹に力を入れて歌う始まりの歌。
ミヤコの歌に合わせて、ぽこぽこと水泡が足元から上がり、クルトは目を見張った。まるで発泡酒の中にいるように、シュワシュワとクルトの肌にも纏わり付いてくる。
ワクワクした純粋な喜びが胸を占め、ミヤコを見る。声をかけるのは憚れた。まるで聖母のような微笑みに言葉を紡ぐミヤコの体が、水に溶けていくようだ。握りしめた互いの手だけが、ここにいると確信させる。
『僕の前から、居なくなる事だけはしないで欲しい』
何度もそう願った。愛していると伝えて、体で縛ろうとして、きつく抱きしめた。僕を好きだと言いながら、それでも何度も彼女は自分の腕から逃げていく。風のように、水のように、砂のようにすり抜けて、うっかりすれば見失ってしまうのだ。
その度に愛を捧げ、縋り付く。どうか行かないで、ひとりにしないでと。
だが、それがひょっとするととてつもなく贅沢な望みなのではないかと、クルトは考え始めていた。ミヤコが成そうとしていることは、一人の人間にはとてつもなく難題なことだ。普通にできることではないし、出来るだなんて考えることすらおこがましい。
ミヤコはこの世界に必要な聖女で、愛し子で。
自分が独り占めしていい存在では無いのではないか。
ギュッと目を閉じて、クルトはミヤコの手のぬくもりだけを感じ取った。
せめて今だけは。僕だけのミヤでいてほしい。この一瞬が永遠に続けばいいのに。
『キャーーーッ♫』
ハッと目を開けると、光の精霊がそこらじゅうに溢れていた。いや、光ではない。これは水泡?
「よかった。うまくいったみたい」
「ミヤ、これは」
「海の精霊さんたちだよ。さあ、チビちゃんたち。浄化を手伝ってくれるかな?」
『キャーーーッ♫』
水泡は意志を持って、竜巻のように四方に散らばっていった。ものすごい勢いで、水中の藻屑を食べつくしていく。ある意味、恐ろしいピラニアのような存在だった。
「じゃあ次は、綺麗なものを作ろうか」
「綺麗なもの?」
「そう。カリプソが言ったドリスの娘さんたちは綺麗なものが好きらしいから、それを作って呼び寄せる」
ドリスの娘というのは、伝説の人魚たちのことだ。その姿は美しいとはお世辞にもいえず、海蛇の姿だったり、地中に隠れ住むウツボのような形をしているという。ナイアド達よりも質が悪く、自分たちよりも美しいものを奪い、深海に持ち帰り、嬲り殺すと言われている。そんなものを呼び出して、ミヤコがさらわれたらどうするんだ、とクルトは焦った。水中で精霊相手にどこまで抗えるかわからない恐怖がある。ミヤにもしものことがあったら僕はーーー!
「や、やめといた方がいい、ミヤ!あれは会ってはいけない者だと聞いた」
「そうなの?」
「あ、ああ。恐ろしい存在だ。会わずに済むならそれに越したことはない」
「うーん。じゃあ…。そうかアイザックさんが欲しいということは、聖魔法が有効ということなのよね。だったら……あっ、そうだ。賛美歌があった」
賛美歌は今まで歌ったことはないが、鎮魂歌とともに最初に覚える基本中の基本。いわゆるヨイショ歌だ。あなた綺麗ね~、素敵よ~と精霊を褒め称える歌なのだ。光の精霊たちは、それをやると増長しすぎて大変なことになるので、ずっと昔に禁止となった。海の中ならいけるかもしれない。暴走したらカリプソがなんとかするに違いない。
「いってみよっ」
ミヤコは軽いノリで賛美歌を歌い始めた。黙々と藻屑を食べていた精霊たちがぴたりと動きを止め、一拍置いた後、水が突然上下に揺れ始めた。まるで地震が起こったかのようだ。
『うきゃーーーーーーーっっっっ!!!』
『キャーーーーッ♫』
クルトは思わずミヤコを抱きしめ、起こった変化に対応しようと辺りの様子を伺うと、小さな水泡たちがムクムクと大きくなる。いや、融合し始めた。こぶし大になった水泡には幾つもの目がありそれぞれ瞬きをしている。正直100眼の妖怪のようにおぞましい。だが、彼らはそんな感情とは関係なく踊り始め、巨大な球体へ育っていった。まるでビッグバンの前兆のようだ。
次第に膨れ上がり今にもはち切れんばかりの状態で、満員電車で窓枠に押し付けられたような顔の精霊がミシミシと音を立てた。
「やばい」とか「ちょっとやりすぎ」とミヤコが慌てふためき、そのあとで「浄化」を唱えると膨れ上がった水泡がバーンと弾けた。衝撃波がミヤコたちを襲い、吹き飛ばされる。
クルトは精霊のスタンピードかと焦り、咄嗟にミヤコを抱き上げ、結界をマックスで張り巡らせた。ごっそり魔力が抜け、眩暈がした。
「ミヤっ!!」
水中で数回転してからようやく地面に足をつけ留まり、砂で濁った海水が落ち着くのを待った。
「ああびっくりした!すごい衝撃波だったねえ。クルトさん、結界作ってくれてありがとう」
「ミヤ、君は何をーーー!?」
クルトが青ざめて言いかけた時、焦った声が海中に響いた。
「あっあっ、あんたたち、何したんだいっ!!!?」
濁りが消えると、目の前にはカリプソがものすごい形相で仁王立ちしていた。
「え?えっと。掃除?」
「掃除!掃除って!掃除ってレベルかい、これはっ!?」
海底はひどく明るい場所になっていた。水泡の精霊たちが藻屑を食べ尽くし、ゴミを消去し賛美されるまま、海水を浄化した。海底に沈んでいた不浄物は全て浄化され、ヘドロは分解され、浮遊していた悪霊もアンデッドも、瘴気植物も全てなくなり、サンゴ礁が広がっていて。海水は澄み渡り、ずっと遠くの海面下の陸地まで肉眼で見えるようになっていたのだ。付近に浮遊していた水泡が、何事もなかったかのように人骨らしき骨にに食らいついていた。
ミヤコはオヤ?と思ったものの、見て見ぬ振りをしてにっこり笑った。
「あー……条件クリア?」
「~~~っ!!」
顎が外れんばかりにミヤコを凝視していたカリプソだったが、しばらくして我に戻り、地面から泥を掘り出していた。浮浪者さながらのカリプソも女神のように綺麗になっていたが、ドリスの娘に何グセつけられてうざいとか、居心地が悪いとか言いながら自分に泥をなすりつけ、元の浮浪者のような風貌に戻していった。
「まったく、何だいあんた。規格外すぎだよ!信じられんことをしてくれるわ、全く」と、ぶつぶつ言いながら、カリプソは不機嫌になっていく。
「あんたのせいで、またドリスの娘たちが戻ってきたよ。せっかく静かに暮らしていたっていうのにさ。どうしてくれるんだい!」
どうやら、不平不満を垂れながらも、カリプソはそれまでの生活を気に入っていたのかもしれない。だけど約束は約束だ。アードグイまで安全に連れて行ってくれることを願ったクルトとミヤコに、カリプソはため息をついて頭を振った。
「あんたがアンデッドも異形も瘴気も瘴魔もゴミもカスも全て綺麗に浄化したからね。私の保護なんていらないだろうけど。私の仕事もウスカーサの仕事も奪ったかもしれないよ。ここをシェリオルの水辺にするつもりかい?
ああ、ドリスの娘達が歌い出したよ。聞き入ったら最後、あんた達も魅せられて海の藻屑になるよ。気をつけな。アガバに会いたいのなら早い方がいい。ああ、そうだ一つこれをアガバに届けてくれないかい?」
耳栓を入れながらカリプソが赤いフラスコをミヤコに手渡した。
「これはあいつの最も大事なものだ。捨てたのもあいつだけど、きっちり返しておいてくれないかい?こんなもの、海にほって置かれても困るんでね。きっとこれがあんたたちを助けてくれるよ」
「はあ。わかりました」
「それと、渡すタイミングは最も重要だよ。このボトルはね、あいつがあんたたちの頼みを渋った時に蓋を取って渡してやるといい。それまでは見せちゃダメだよ」
「はい」
「……まあ。その。浄化してくれてありがとう。色々私一人では色々無理が出てきてて、助かったよ。ゆとりがなくなると怒りっぽくなってね。人の国に帰ったら、あまりゴミを捨てるなと言っておいてくれないかい」
「はい。もちろんそうします」
「それから、この水泡たちは…」
「カリプソさんにお任せします。基本藻屑を食べてくれるはずなので、あとは時々褒めてあげると増長します。大きなゴミとか片付けるのには、たくさん褒めてあげてください」
『キャーーーーッ♫』
「……なるほど、雑食なんだね」
カリプソは呆れたように頷いて、クルトに向かってこそっと耳打ちをした。
「……あんたも苦労するだろうけど、あの子はしっかり押さえておいてくれよ。野放しにしないように」
といったのはハルクルトに対してだ。ちょっと半眼になって背後霊のようになっていた。
「……尽力します」
そうしてカリプソはミヤコたちを送り出し、ヒポカンポスのような海馬を貸してくれたため、そう時間を開けず、二人はアードグイにたどり着いたのだった。
丸々としてポケッとした顔のヒポカンポスは、きっとシロウと仲良しになれるだろうなとミヤコはちょっとほっこりして、この海馬たちにこっそり日本から持ち寄った人参を差し出すのだった。
その後、ヒポカンポスが興奮して数日海を駆け巡り続けたおかげで巨大な渦潮を作り、カリプソにバレてエライコッチャになるのだが、それはまた別の話。
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