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第4章:聖地アードグイ編
第96話:海の放浪者カリプソ
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海を挟んだ離島に炎の聖地アードグイはある。
ミヤコたちは海を挟んだ沖にある、黒煙を立ち上げる火山島を崖の上から眺めていた。眼下は切り立った崖で、白い泡が岩にぶつかり飛沫を飛ばす。落ちたら最後、きっと浮上しないであろう高さでもある。ミヤコの頭の中にはアガサクリスティの小説、ドーバー海峡殺人事件が思い出された。
ここから見た聖地は距離はそれほどないようだが、火山が大きく距離感がいまいちつかめない。新幹線の中から眺める富士山のようだとミヤコはふと考えた。それが目で見てわかるほどのマグマを吹き上げ、海に流れ込んでいる。その熱差で霧がかかり、目の前にある海も火山周辺では黒々と渦を巻いている。船で行こうなどと無謀なことを考える常識人はいないはずだ。
だが、それでも果敢にというか、無謀にというか、船で行こうとした者は、本当か嘘かカリプソに襲われ海底へ連れ込まれるという。
カリプソは海に住まい、火の聖地の監視役でもある。渦潮を得意とする気の荒い老婆らしい。そして魔女のような風貌で大きな漁網を持っている。渦潮を起こし網を投げ、引っかかったものを宝とする放浪者なのだ。つまりそれがたとえ人間でも、船でも、死体でも、生きた魚介類以外は嬉々として手に入れる。そして海底にある宝箱にしまいこむのだとか。
「ずいぶん情報があるようだけど、生き残った人がいるということ?」
「さあな。カリプソ自体を見たことのある人間に会ったことがないから、なんとも言えない」
ミヤコが半ば呆れて聞いた印象を伝えると、アイザックが答えた。
「俺も昔挑んだことがあってな」
「え?アイザックが?」
「ははっ。無謀な若い時だけどな。火の聖地アードグイに行けば、死んだ人に会えると聞いたことがあってな。なんとか会いに行けないかとがんばった時があったんだよ」
「……そっか」
「よく生き延びれたな」
「まあな。カリプソに会わなかったせいかな」
「バッグレディにすら拾われなかった存在というわけだな」
「ガーネット……!お前はいちいちうるせーよっ!」
ミヤコはふとアイザックの過去を思い出して、それきり聞くのをやめた。この世界に住んでいる人たちは常に死と向かい合わせて生きているのだ。アイザックの家族だけでなく、恋人だった人も含まれているのかもしれない。そんなことを考えているとクルトが話し始めた。
「あそこで黒煙を上げている山の中心に、アーラの業火と呼ばれる場所がある。ルビラの魂をミヤが水鏡の狭間で対峙したと言ったよね。シェリオルの水辺で浄化されず、罪人としてレッテルを貼られた魂はこの業火で魂を焼かれ、無に帰すと言われている。そして、大精霊アガバはその番人なんだ」
「それじゃ、ルビラの魂はあそこにいるということ?」
「可能性としては高い。簡単にシェリオルの水辺に行くとは考え難いからな」
「シェリオルの水辺か」
「そもそも水の大精霊が排除できなかった魂だからな。それだけ業が深いんだろうな」
「だいたいルビラの魂って、この世界だけにとどまっていないし…」
「どういうことだ?」
ミヤコの過去を知らないガーネットが首を傾げた。
「ルビラの魂は私の世界にも入り込んでいたの。簡単にいうと、わたしの母の体を使って、精霊王に復讐しようとしていた。そのせいでいろいろ話がこじれてしまって、今わたしがこの世界に来ているわけ」
「精霊王に。何と無謀なことを」
「ん。まあ、だから、わたしがこっちに来たのも偶然ではないのだろうと思うんだよね。わたしとしてはきっちり浄化して終わらせたい」
「ミヤ…」
「まあ、誰にでも思うところはあるってもんだな。さて、ここで火山見物していてもラチがあかねえ。どうすんだ?」
ハルクルトが熱いまなざしをミヤに向け、抱きしめようと動き出したのを見て、アイザックがすかさず話を切り替えた。クルトの視線が突き刺さるが、無視だ。
「ねえ、海の大精霊っているのかな?」
「はあ?いや、大精霊ってのはあれ、四大精霊だけだろう。自然の元素だけじゃねえのか?」
「日本…私のいた国にはね、八百万の神様がいて井戸の神様とか泉の神様とか、海の神様とか全部違う神様なんだよね。だからそういうのがいるのかなと思って」
精霊じゃなくて神様扱いなんだけど、と断りも入れる。それに対してはクルトがポンと手を叩いた。
「ああ。そういうのはきっと、精霊の分類に入るんだろうな。ナイアドとかカリプソとか」
「あれ?じゃあカリプソも水の精霊なの?」
「うーん。精霊、だよなあ。おそらく」
「恐らくってなんだい!」
突然、眼下でさざめいていた海の水がとどろき、波が立ち上がったかと思うと、その上から雷のような声が鳴り響いた。クルトがミヤコを後手に庇い、結界を作る。見上げれば崖上にいるミヤコたちと同じ目線の波の上に人がいた。いや、正確には人らしき姿があった。
「お前さんたち、飛び込むつもりなら、あたしがきっちり拾ってやるよ!さあ、飛び込んで…ん?」
波に乗った巨大な老婆は、恐らくカリプソ。ミヤコはまん丸の目を開けて老婆を見た。
海藻のような波打った深い青緑の髪の毛は海まで伸び、波の上で揺らいでいる。典型的な魔女のイボイボのわし鼻が顔の中心で主張し、三日月のようにアゴがしゃくれている。長く水の中にいた皮膚のように皺々なのだが、その瞳は闇の藍と月夜に映し出される波のような銀へと移り変わる美しいものだった。背は曲がり藍色のボロボロのローブをまとっているのか、骨ばった白い手だけが覗いている。波間には魚の鰭のようなものが見え隠れし、下半身は蛇のようだ。そしてその手には漁網。波の中に揺れては沈む網の中に人の手らしきものを見つけ、ミヤコは慌てて目を逸らした。
「んん?お前さんたち……精霊?いや、人間?なんだね?奇妙な生き物だね?」
「か、カリプソ……?」
「呼び捨てかい?ナメられたもんだね!あたしを知ってるんなら名乗りあげたらどうだね!?」
名前を呼び捨てにされたカリプソは、カッと目を見開いて唾を飛ばす勢いで食ってかかった。
——そういえば、あの子たちもこんな態度だったな。プライドが高い。カリプソは精霊というよりも妖精に近いのかも知れない。
ミヤコは妖精の聖域であったナイアドたちを思い出した。水の精霊はプライドが高く、人間を嫌っているというのは共通しているようだ。下手に出ては、必ず難癖をつけてくる。
「わ、わたしたち、アードグイに行きたいの。通してくれませんか」
ミヤコは一歩前に進み、クルトたちには黙るように目配せをした。カリプソは目を細め、ミヤコに集中する。主犯格と認定されたようだった。
「ほーう。聖地へかい?いいよ、行きたきゃ行けばいいさ。あたしゃ、止めないよ。でもどうやって行く気だい?船かい?魔法で空でも飛ぶのかい?」
「ウスカーサに頼みます」
「………チッ、やっぱり大精霊の知り合いかい?どうりでおかしな臭いをしてると思ったら」
「あなたが、海に入ったものを捕獲するということは噂に聞いています。でもわたしたちは精霊王に頼まれてどうしても聖地アードグイに行かなければならないんです。だから通してもらいます」
「ふうん。行けばいいじゃないか。ウスカーサの力が通用するならねえ。その代わり、溺れて死んだらあんたたちは私のコレクションに入るんだよ。手は出さないからね。死ぬまで黙って見ていてやるよ」
「ああ、だけど。そこの女は無理だと思うよ。加護無しじゃないか。たとえ海を渡れても、アードグイに足を踏み入れれば一瞬で魂を持っていかれちまうからね。それはこっちによこしなよ。大事にしまっておいてやるからさ」
そこの女、とアゴでしゃくられたガーネットは顔を真っ赤にしてカリプソを睨みつけたが、ミヤコに言われた通り不用意なことは口にしない。
「彼女を渡すわけにはいかないのよ、悪いけど。まだ海に入ったわけではないし、全員で行くとは言ってないわ」
「ふふん、じゃあ誰が行くのさ。そこのでかい体の男かい?美味しそうだねえ。ああ、そっちの赤毛は硬くて不味そうだからいらないよ。あんたとそのでかい男で入ったらどうだい?」
今度は不味いモノ扱いされたクルトが、ブワリと殺気を湧き上がらせる。ミヤコは視線をカリプソから離さずぎゅっとクルトの手を握りしめて、落ち着くようにたしなめる。クルトはちっと舌を鳴らし目を伏せた。
「なんだ、うまく調教してるんじゃないか。いい犬だねえ」
「あなたに言われるまでもないわ。ともかく言質は取ったわよ。わたしたちが死ぬまでは、邪魔をしないでもらいます」
「ふふん。わかったよ。ただし、海に入れるのは、あんたともう一人だけだ。あまり人間くさくなると掃除も大変だからね」
「……わかったわ」
「はーっはっはっは。楽しみだねえ。そっちの色男はたっぷり可愛がってあげるからね、待ってるよ」
魔女というよりは、魔王のように大口を開けて笑うと、カリプソは波に乗って静かに海の中へと戻っていった。自分の心臓の音が聞こえるほど静かになった海面を見つめ、ミヤコはようやく息を吐いた。
「あ、あれが、カリプソか」
ガーネットが悔しいんだか恐ろしいんだかわからない口調でつぶやいた。
「ミヤ、どうして」
クルトが非難めいた声を上げると、かぶせるようにミヤコが言った。
「似てたの。妖精の聖域にいた水の精霊たちと。カリプソはきっと泉の精霊に近い存在だと思う。普通、精霊は人間を嫌ったりしないし、わたしたちの周りにいる精霊たちに対してあんな蔑んだ目を向けないけど。ウスカーサが闇に囚われて、ちょっと闇堕ちしていたんだと思うのね。だからカリプソも似た様な感じなのかも知れない」
「闇堕ちか」
「うん……海の中で何かあったんじゃないかしら……。ともかくね、泉の精霊に対して下手に出るとすごく増長するから。偉そうなのよ。人のことをブサイクだの、寸胴だの、……自分たちがちょっとばかり美形だと思って、人のコンプレックスをガリガリ削りやがって…蒸発させてやろうかしら……」
「美形?あれが?」
水鏡の中で虐げられた経験を思い出して、だんだんと怒りが込み上がり、ぶつぶつ呟くミヤコに三人とも絶句した。暴走を危惧してクルトが少し警戒するが、どうやら気を取り直したらしい。
「ともかくね、わたし決めたわ」
うん、と大きく頷きミヤコがにっこり笑顔を見せた。
「わたし一人で行ってくる」
ミヤコたちは海を挟んだ沖にある、黒煙を立ち上げる火山島を崖の上から眺めていた。眼下は切り立った崖で、白い泡が岩にぶつかり飛沫を飛ばす。落ちたら最後、きっと浮上しないであろう高さでもある。ミヤコの頭の中にはアガサクリスティの小説、ドーバー海峡殺人事件が思い出された。
ここから見た聖地は距離はそれほどないようだが、火山が大きく距離感がいまいちつかめない。新幹線の中から眺める富士山のようだとミヤコはふと考えた。それが目で見てわかるほどのマグマを吹き上げ、海に流れ込んでいる。その熱差で霧がかかり、目の前にある海も火山周辺では黒々と渦を巻いている。船で行こうなどと無謀なことを考える常識人はいないはずだ。
だが、それでも果敢にというか、無謀にというか、船で行こうとした者は、本当か嘘かカリプソに襲われ海底へ連れ込まれるという。
カリプソは海に住まい、火の聖地の監視役でもある。渦潮を得意とする気の荒い老婆らしい。そして魔女のような風貌で大きな漁網を持っている。渦潮を起こし網を投げ、引っかかったものを宝とする放浪者なのだ。つまりそれがたとえ人間でも、船でも、死体でも、生きた魚介類以外は嬉々として手に入れる。そして海底にある宝箱にしまいこむのだとか。
「ずいぶん情報があるようだけど、生き残った人がいるということ?」
「さあな。カリプソ自体を見たことのある人間に会ったことがないから、なんとも言えない」
ミヤコが半ば呆れて聞いた印象を伝えると、アイザックが答えた。
「俺も昔挑んだことがあってな」
「え?アイザックが?」
「ははっ。無謀な若い時だけどな。火の聖地アードグイに行けば、死んだ人に会えると聞いたことがあってな。なんとか会いに行けないかとがんばった時があったんだよ」
「……そっか」
「よく生き延びれたな」
「まあな。カリプソに会わなかったせいかな」
「バッグレディにすら拾われなかった存在というわけだな」
「ガーネット……!お前はいちいちうるせーよっ!」
ミヤコはふとアイザックの過去を思い出して、それきり聞くのをやめた。この世界に住んでいる人たちは常に死と向かい合わせて生きているのだ。アイザックの家族だけでなく、恋人だった人も含まれているのかもしれない。そんなことを考えているとクルトが話し始めた。
「あそこで黒煙を上げている山の中心に、アーラの業火と呼ばれる場所がある。ルビラの魂をミヤが水鏡の狭間で対峙したと言ったよね。シェリオルの水辺で浄化されず、罪人としてレッテルを貼られた魂はこの業火で魂を焼かれ、無に帰すと言われている。そして、大精霊アガバはその番人なんだ」
「それじゃ、ルビラの魂はあそこにいるということ?」
「可能性としては高い。簡単にシェリオルの水辺に行くとは考え難いからな」
「シェリオルの水辺か」
「そもそも水の大精霊が排除できなかった魂だからな。それだけ業が深いんだろうな」
「だいたいルビラの魂って、この世界だけにとどまっていないし…」
「どういうことだ?」
ミヤコの過去を知らないガーネットが首を傾げた。
「ルビラの魂は私の世界にも入り込んでいたの。簡単にいうと、わたしの母の体を使って、精霊王に復讐しようとしていた。そのせいでいろいろ話がこじれてしまって、今わたしがこの世界に来ているわけ」
「精霊王に。何と無謀なことを」
「ん。まあ、だから、わたしがこっちに来たのも偶然ではないのだろうと思うんだよね。わたしとしてはきっちり浄化して終わらせたい」
「ミヤ…」
「まあ、誰にでも思うところはあるってもんだな。さて、ここで火山見物していてもラチがあかねえ。どうすんだ?」
ハルクルトが熱いまなざしをミヤに向け、抱きしめようと動き出したのを見て、アイザックがすかさず話を切り替えた。クルトの視線が突き刺さるが、無視だ。
「ねえ、海の大精霊っているのかな?」
「はあ?いや、大精霊ってのはあれ、四大精霊だけだろう。自然の元素だけじゃねえのか?」
「日本…私のいた国にはね、八百万の神様がいて井戸の神様とか泉の神様とか、海の神様とか全部違う神様なんだよね。だからそういうのがいるのかなと思って」
精霊じゃなくて神様扱いなんだけど、と断りも入れる。それに対してはクルトがポンと手を叩いた。
「ああ。そういうのはきっと、精霊の分類に入るんだろうな。ナイアドとかカリプソとか」
「あれ?じゃあカリプソも水の精霊なの?」
「うーん。精霊、だよなあ。おそらく」
「恐らくってなんだい!」
突然、眼下でさざめいていた海の水がとどろき、波が立ち上がったかと思うと、その上から雷のような声が鳴り響いた。クルトがミヤコを後手に庇い、結界を作る。見上げれば崖上にいるミヤコたちと同じ目線の波の上に人がいた。いや、正確には人らしき姿があった。
「お前さんたち、飛び込むつもりなら、あたしがきっちり拾ってやるよ!さあ、飛び込んで…ん?」
波に乗った巨大な老婆は、恐らくカリプソ。ミヤコはまん丸の目を開けて老婆を見た。
海藻のような波打った深い青緑の髪の毛は海まで伸び、波の上で揺らいでいる。典型的な魔女のイボイボのわし鼻が顔の中心で主張し、三日月のようにアゴがしゃくれている。長く水の中にいた皮膚のように皺々なのだが、その瞳は闇の藍と月夜に映し出される波のような銀へと移り変わる美しいものだった。背は曲がり藍色のボロボロのローブをまとっているのか、骨ばった白い手だけが覗いている。波間には魚の鰭のようなものが見え隠れし、下半身は蛇のようだ。そしてその手には漁網。波の中に揺れては沈む網の中に人の手らしきものを見つけ、ミヤコは慌てて目を逸らした。
「んん?お前さんたち……精霊?いや、人間?なんだね?奇妙な生き物だね?」
「か、カリプソ……?」
「呼び捨てかい?ナメられたもんだね!あたしを知ってるんなら名乗りあげたらどうだね!?」
名前を呼び捨てにされたカリプソは、カッと目を見開いて唾を飛ばす勢いで食ってかかった。
——そういえば、あの子たちもこんな態度だったな。プライドが高い。カリプソは精霊というよりも妖精に近いのかも知れない。
ミヤコは妖精の聖域であったナイアドたちを思い出した。水の精霊はプライドが高く、人間を嫌っているというのは共通しているようだ。下手に出ては、必ず難癖をつけてくる。
「わ、わたしたち、アードグイに行きたいの。通してくれませんか」
ミヤコは一歩前に進み、クルトたちには黙るように目配せをした。カリプソは目を細め、ミヤコに集中する。主犯格と認定されたようだった。
「ほーう。聖地へかい?いいよ、行きたきゃ行けばいいさ。あたしゃ、止めないよ。でもどうやって行く気だい?船かい?魔法で空でも飛ぶのかい?」
「ウスカーサに頼みます」
「………チッ、やっぱり大精霊の知り合いかい?どうりでおかしな臭いをしてると思ったら」
「あなたが、海に入ったものを捕獲するということは噂に聞いています。でもわたしたちは精霊王に頼まれてどうしても聖地アードグイに行かなければならないんです。だから通してもらいます」
「ふうん。行けばいいじゃないか。ウスカーサの力が通用するならねえ。その代わり、溺れて死んだらあんたたちは私のコレクションに入るんだよ。手は出さないからね。死ぬまで黙って見ていてやるよ」
「ああ、だけど。そこの女は無理だと思うよ。加護無しじゃないか。たとえ海を渡れても、アードグイに足を踏み入れれば一瞬で魂を持っていかれちまうからね。それはこっちによこしなよ。大事にしまっておいてやるからさ」
そこの女、とアゴでしゃくられたガーネットは顔を真っ赤にしてカリプソを睨みつけたが、ミヤコに言われた通り不用意なことは口にしない。
「彼女を渡すわけにはいかないのよ、悪いけど。まだ海に入ったわけではないし、全員で行くとは言ってないわ」
「ふふん、じゃあ誰が行くのさ。そこのでかい体の男かい?美味しそうだねえ。ああ、そっちの赤毛は硬くて不味そうだからいらないよ。あんたとそのでかい男で入ったらどうだい?」
今度は不味いモノ扱いされたクルトが、ブワリと殺気を湧き上がらせる。ミヤコは視線をカリプソから離さずぎゅっとクルトの手を握りしめて、落ち着くようにたしなめる。クルトはちっと舌を鳴らし目を伏せた。
「なんだ、うまく調教してるんじゃないか。いい犬だねえ」
「あなたに言われるまでもないわ。ともかく言質は取ったわよ。わたしたちが死ぬまでは、邪魔をしないでもらいます」
「ふふん。わかったよ。ただし、海に入れるのは、あんたともう一人だけだ。あまり人間くさくなると掃除も大変だからね」
「……わかったわ」
「はーっはっはっは。楽しみだねえ。そっちの色男はたっぷり可愛がってあげるからね、待ってるよ」
魔女というよりは、魔王のように大口を開けて笑うと、カリプソは波に乗って静かに海の中へと戻っていった。自分の心臓の音が聞こえるほど静かになった海面を見つめ、ミヤコはようやく息を吐いた。
「あ、あれが、カリプソか」
ガーネットが悔しいんだか恐ろしいんだかわからない口調でつぶやいた。
「ミヤ、どうして」
クルトが非難めいた声を上げると、かぶせるようにミヤコが言った。
「似てたの。妖精の聖域にいた水の精霊たちと。カリプソはきっと泉の精霊に近い存在だと思う。普通、精霊は人間を嫌ったりしないし、わたしたちの周りにいる精霊たちに対してあんな蔑んだ目を向けないけど。ウスカーサが闇に囚われて、ちょっと闇堕ちしていたんだと思うのね。だからカリプソも似た様な感じなのかも知れない」
「闇堕ちか」
「うん……海の中で何かあったんじゃないかしら……。ともかくね、泉の精霊に対して下手に出るとすごく増長するから。偉そうなのよ。人のことをブサイクだの、寸胴だの、……自分たちがちょっとばかり美形だと思って、人のコンプレックスをガリガリ削りやがって…蒸発させてやろうかしら……」
「美形?あれが?」
水鏡の中で虐げられた経験を思い出して、だんだんと怒りが込み上がり、ぶつぶつ呟くミヤコに三人とも絶句した。暴走を危惧してクルトが少し警戒するが、どうやら気を取り直したらしい。
「ともかくね、わたし決めたわ」
うん、と大きく頷きミヤコがにっこり笑顔を見せた。
「わたし一人で行ってくる」
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