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第4章:聖地アードグイ編

第85話:キミヨの奮闘

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 アルヒレイトに詰め寄ったキミヨは、アルヒレイトの計画を無理やり聞き出した。

 アルヒレイトとしては、精霊王という立場もあるし、人間を擁護するのも自分が作った規則に反するということもあって、内密に裏から手引きをする予定であったのだが、うっかり口を滑らせた。人間と違い、駆け引きという言葉を知らないアルヒレイトは、キミヨに翻弄されている。

 精霊は人間界に手は出せないものの、ミラート神国は確かに精霊たちにも悪影響を与え、自然破壊も甚だしい。元を正せば精霊王アルヒレイトのせいではあるが、ミラートがキミヨに手を出そうとして以来、あの男のバカさ加減は実に不愉快だった。「自分は特別」とうぬぼれ、神格化させた。しかも子育てに失敗し、自分にそっくりな娘のわがままを増長させ、挙げ句の果てにアルヒレイトにまで我儘を押し付けようとした。

 煩わしくて、ペイと捨てたものの、逆恨みされそれこそ末代まで祟られている。この辺りでまっさらにしておかなければ、これから先キミヨの子孫たちは障害を受け続け、殲滅されてしまう。そんなことになればキミヨに捨てられるのは間違いない、と危機感を持ってアルヒレイトは計画を立てた。

 計画は簡単だった。

 ミヤコにやって貰えばいい。ミヤコを愛し子として人間たちに認識させ大地を浄化し、木々植物を増やしてもらう。これについては成功した。その時はこれといって考えていたわけではなかったが、結果オーライである。

 次に、「精霊王は手出しをしてないよー」と印象づけさせるために、ミヤコに大精霊共と接触してもらう。大地のレアはもともとキミヨと酒飲み友達なので、ミヤコに友好的で加護をつけてもらうのも、こちらがいう前に既に加護がついていた。大地の精霊の加護で、森や光の精霊たちも動きやすくなる。

 誤算だったのは、妖精王アラヴェッタがウスクヴェサールで絡んでいたことだった。そのせいで、命を落とす危険があったことは、全く考えてもいなかったのだ。あの時はさすがに驚いて、大慌てでウスクヴェサールに向かった。

 そしてもう一つの誤算が、ルビラの呪われた魂の存在。

 水鏡の狭間ユナールは精霊王の管轄外で、手も足も出なかった。知ろうにも管理者である水の大精霊まで囚われているというのだから、気が気ではなかった。だが、ミヤコの悪運の強さというか、機転というか、ともかくアルヒレイトでさえ考え付かない方法で無事帰還してくれた。しかも水の大精霊救出というおまけまで付けて。

 おかげで、古くからの友ではあるものの気難しく、我関せぬの態度のウスカーサまで手なずけてくれた。そしてミヤコだけでなく、ハルクルト、アイザック、ルノーにまで加護を与えてくれたのだ。
 
 精霊王自分が出ていたら、あの辺一帯は更地になり、人間は誰一人として生きていなかっただろうし、下手をすればウスカーサどころか妖精王すら失っていたかもしれない。妖精対精霊の戦いまで始まるところだった。

 胸をなでおろした精霊王は、そのままミヤコに火の大精霊の聖地アードグイと、風の大精霊の聖地ラスラッカにも行ってもらい、加護を受けてもらう。そうすることでミヤコの能力はマックスまで上がる。もちろん、生の人間だから物理攻撃には弱いミヤコにあの赤毛の男を護衛につける。アレはこちらが願わなくとも進んで守るだろうが。

 それに加えて、あと二人の人間もミヤコについたらしい。屈強な聖戦士と血塗られた執行人。そこでガツンとミラート神国をぶっ潰してもらい、煩わしい問題から解放されるというわけだ。あくまで人間が主体。精霊王《じぶん》の作ったルールに反してはいない。

 ミヤコの持つ潜在能力は未知だ。いかに精霊王といえど、本人以上の力に関して理解に及ばないというのが本当のところ。精霊王以上の力を君代から授かり、どうやら運命の輪は急速に回り始めた。それがいい事なのかどうかまでアルヒレイトにはわからないし、人間の運命をどうこうできるわけでもない。精霊の管轄外なのだ。

 だから、ダイスを振るしかなかった。

「ツメが甘いわね」

 キミヨが言った。

「まず一つ。火の聖地アードグイは離れ小島。ミヤコは空も飛べないし、船を出すにも海にはカリプソがいるわ。海の放浪者ともリバイアサンとも呼ばれるあの女がいる限り、アードグイはかなりの難関よ。仮に無事辿り着いたとしても、あの島自体が活火山。普通の人間では息をするのも苦しいかもしれないわ」

 アルヒレイトは、人間が空気を吸って生きていることを忘れていた。

「地熱も高いし、地上レベルで最低でも50度はあるわね。大精霊アガバに会うのにおそらく頂上まで行かなければならないでしょう。その前に、発火するんじゃないかしら」

 人間は飛べないということすら、概念から抜け落ちていたアルヒレイトにキミヨは白い目で見る。

「う、うむむ。そこはほれ、水の大精霊の加護で」
「アガバとウスカーサは相反する力を持つし、ウスカーサはアガバに勝てない。せめて風の加護があればいいけど、風の加護は他の大三精霊の加護がなければ会うのは難しい」
「うむむ……」
「ここは私が手を回すしかないわ」
「し、しかしキミヨ」
「私は大精霊ではないし、ミヤコは私の孫娘よ。祖母が孫に手を貸して何が悪いの?」
「う、うむ……」
「それからアイザックちゃんとルノー君。あの子達は執行人として、選ばれてる。それは第二聖女の時代から決められていたことだわ。あの人は時の目を持っていたから、きっと予見していたのね…。とにかく、あの子たちもキーポイントよ。どんな役割を持っているのか、私にはわからないけれど、ミヤコと共に行動してくれるのは確かでしょ。あの子達にミラートの未来は任せたほうがいい。そもそも自国問題でしょう。ミヤコにばかり任せたら、今度はあの子が神格化されて同じことの繰り返しになるわ。あなただって、人間を殲滅させたいわけじゃないわよね?」

 そんなことしたら、あなた自身どうなるかわかる?とキミヨは黒い笑みでアルヒレイトに笑いかけた。

「も、もももちろん、殲滅なんて考えてないよ。ただミラートの血筋だけは絶っておきたいだけで」
「だとしたらあの国の王族は皆、シェリオルの水辺送りね。そんなことまでミヤコにやらせる必要は無いでしょ。じゃ、私はあの子達が動きやすいように、情報を操作するわ。あなたは他の大精霊と風の大精霊の動向を見張ってて頂戴。特にエリカはその名の通り風来坊だから、どこにいるかわかりゃしないし。あなたは王なんだから、できるわよねぇ?」
「はい」

 姿勢を正して、アルヒレイトはコクコクと頷いた。

「よろしい。それじゃまずは…」

 キミヨはそういうと、アルヒレイトの前から消え失せた。

「………」
『キャー』
「…………だんだんキミヨが精霊王オレより精霊王っぽくなってきてるんだけど……」
『キャー』

 精霊たちも同感だった。



 *****



「ウスカーサ!お願いがあるのよ。聞いてくれる?」

 新たにできた聖地の湖で、ウスカーサは日向ぼっこをしていた。久々に体を休めるのだ。
 この数百年、常に結界を作り、妖精王の嫌がらせ(本当は熱烈なアタックだったのだが、興味のないウスカーサにとって、それは嫌がらせに過ぎなかった)をけん制し、水鏡の狭間ユナールを守り、しまいに人質になり、とにかく大忙しだったのだ。ミヤコのおかげで瘴気もなくなり、水は浄化され、ウスカーサは清々しい空気を満喫していた。

「あ。キミヨさんですか。なんです?私は今ようやく手に入った自由時間を楽しんでいるんです。邪魔しないでください」
「あら。その自由時間を作って差し上げたのは私の孫娘よ」
「……あの子らには私の加護をあげましたよ。ある程度守られているはずです」
「ある程度じゃ足りないのよ。ほら、あの邪な魂があったでしょ?あれの残骸を処理しない限り、真の平和は訪れないの」
「はあ。私には関係ないじゃないですか。あとは人間の問題でしょう」
「水臭いわね!水だけど!ちょっとナイアドにお使いを頼むだけでもいいのよ?世界中の水が浄化されたわけじゃないんだから。まだまだ瘴気の多い地域も汚れた水辺もあるはずよ」
「それはおいおい、何とかしようと」
「おいおいじゃ遅いんだってば!ほら、怠けてないで、大精霊らしくしなさいよ!じゃなかったらここの水全部蒸発させるわよ?」
「聖地の水抜きなんて、恐ろしいことを言わないでください!!」
「だったら頼まれなさい!王都にある神殿の様子が知りたいのよ」
「神殿って…ああ、そういえば……穢れた聖なる泉水たまりがありましたね」
「あそこに、ルビラの残骸が隠れているみたいなの。自分で聖女って言ってるやつ」
「ああ、あの汚らわしい……わかりましたよ。ナイアド」

 ウスカーサは、しぶしぶ上体を起こすと指をパチンとならした。

「主様」

 ポコ、と水泡が割れる音がして、ナイアドが湖から顔を半分だけ出した。

「ああ、ちょっとおつかいを頼まれてくれないか?神殿にある泉から聖女が何をしているか見てきてくれるだけでいいんだ」
「御意」

 ナイアドは用を聞くと、またとぷんと湖に沈む。

「……素敵ね。まるで影の暗殺者みたいだわ」
「キミヨ、俗世界の小説とやらの読みすぎですよ。笑みが黒いです」
「うふふ。情報が入ったら連絡を頂戴ね」
「はいはい」

 さっさと帰れとばかりに、ウスカーサは手をひらひらさせた。キミヨは満足して、ふっと風に乗って次の計画地に向かう。

「……ふむ。神殿ですか…。あそこはかなり穢れがあって行きたくないんですよね。そろそろ掃除をするべきか…」

 せっかく聖地が綺麗になったのだ。大掃除も兼ねて、大陸を巡るとするか、とウスカーサは立ち上がった。

「ミヤコのためですからね…。あの赤毛も揶揄い甲斐があって面白いし…」

 ウスカーサもいきなり暇になって、時間を持て余していたのだった。



 *****



「さて、次はグレンフェールの街ね」

 キミヨは聖地ウスクヴェサールからの街道の様子を眺め、育ちすぎた植林を整えつつグレンフェールへと向かっていた。

「どうでもいいけど、雑ねえ。もう少しコントロールの方法を教えないと、この国ジャングルになっちゃうわ」

 キミヨは自前の祝詞を練り上げながら、精霊に指示を出していく。

「ここは人間が使う道だから、木は植えないのよ。はいやり直し~」
『キャー………』

 細かいことが苦手な精霊は、文句タラタラだが、キミヨは怖いので逆らわずに手直しを入れる。そんなわけで、聖地からグレンフェールの道は広くまっすぐに取り直され、木々のトンネルを抜けるようなアーチ型の森が出来上がりつつあった。

 ミントばかり増えすぎていたので、それも摘み上げ、代わりにポムの木やピコリ、クコリ、ニッカコリを植栽していく。ピコリ、クコリ、ニッカコリは、ミラート国の食材になるナッツ類でヘーゼルナッツ、ピーナッツ、ココナツとよく似ている。これらの木には野生の鳥の食にもなるので、この森はそのうち狩りにも最適な森になるだろう。

 街に近づくにつれ、フルーツの茂みも増やしておこうと、キミヨはアップルベリーやキンカンも植えていく。これらは東の魔の森によくある食材で、なかなかグレンフェールまでは届かないのだ。昔は西獄谷ウエストエンドにもたくさんあったが、瘴気のせいでほとんど残っていなかった。

「さあさ、チビちゃん、私が言った通りに育ててね。大きくしすぎたら残業よ」
『キ、キャー………』

 なかなかブラックなキミヨだった。

「あれっキミヨさんじゃないっすか」

 ちょうど町の外門が見えてきたところで、キミヨはルノーにあった。

「あら、ルノー君じゃない。街はどう?」
「ええ、ミヤさんが森を残してくれたおかげで、狩猟もできるようになったし、ベリーや果物も取れるみたいで、まずは食生活のやり直しから進めています」
「まあ、そう。よかったわ。私もポムやナッツ類を植えておいたから、しばらくしたら収穫できるわよ」
「助かるっス!ありがとうございます」
「で、私ができること、何かあるかしら?」
「え、いいんっすか?精霊は人間に干渉できないって」
「いいのよ、私は大精霊でもないし、ついこの間まで人間だったから。薬師の知識もあるわよ」
「ああ、それは助かるっス。ポーションの作り方とか隊長任せでしたから」
「任せて!で、あなたここで何してるの?」
「今、討伐隊と冒険者の何人かが近隣の村に人集めに行ってるんっス。それを俺も手伝おうと思って」
「執行人の仕事、始まったのね」
「え?え、ええ。ミヤさんから聞いたんっスか?」
「まあ、それもあるけど…。執行人を選んだの第二聖女だから。私も知ってたのよね」
「ええっ!?薬師聖女が!?」
「そう。彼女は時の目というスキルを持っていてね。ずっと昔にこうなることを予見していたみたい。それ以上のことは私も知らないんだけど。執行人は全部で6人いるのよ。頑張って見つけてね」
「えー、でも討伐隊15人引き入れちゃったんっスけど」
「まあ…多い方が少ないよりもいいわよね?」
「そうっスね…。俺は隊長も執行人だと思ったんっスけど…」
「ミヤコの周りには人が集まるわ。だから、見極めて頂戴ね。あの子が傷つかないように」
「任せてください。ミヤさんは必ず守るっス」
「頼もしいわね。じゃ、頼んだわよ。私は先に街に行って医療知識を教えるわ」
「はい。お願いします」

 キミヨは鼻歌交じりに歩を早める。

「素敵!また薬師の手伝いができるんだわ!」

 こうしてグレンフェールの街に再度、薬草の知識が伝えられ、のちにグレンフェールは<医療の祖母エイル・ナンナの聖地>として発展していくのだった。

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