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第4章:聖地アードグイ編
第79話:ミラート神話の崩壊
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「俺は愛し子に従い悪習を断ち切る。俺について来るものはいるか!」
そう言い放った力強いアイザックの声に、グレンフェールの街が震えた。その場に居た者は皆、喚起して腕を振り上げる。
「あんな儚げな女の子が頑張ってるんだ!俺たちも付いて行くぞ!!」
「薬師聖女様の後に続け!」
「役に立たないお飾りの聖女より、ミヤちゃんの方がよっぽど頼りになるさね!」
アイザックは、唖然とするルノーと目があうと軽くウインクをした。
「やれやれ。流石アイザックさんっスね。俺っちの出番ないっス」
アイザックは、普段から声も態度も大きいが、懐が深く戦士だけでなく、討伐隊や冒険者たちからも慕われている。もともと冒険家で、問題があるところへと出没しては解決へと導いていくだけの力とカリスマ性を併せ持っているのだ。加えて、責任感が強く細かいことには気にしない。熱くなりやすく冷めやすいところもあるが、乱暴者ではなく、困った時のアイザック頼りと、平民たちからは多くの支持を得ていた。
そして、明らかになった薬師聖女の血筋。
アイザックの呼びかけは、瞬く間に広がり波紋を呼んでいく。
「これで目下のところ、王家の目は俺たちに集中するだろ。ハルクルトと嬢ちゃんは今のうちに旅に出ればいいってことだ」
アイザックはこっそりルノーに告げた。
「あーあ。どうせそんなこったろうと思いましたよ」
今まで自分の出生については、頑なに口を閉じていたアイザックが、ミヤのために本気を出した。機が熟したのだ。
「それじゃ、俺っちも本気出しますか」
「おう、頼むぜ、相棒」
「相棒っていうよりも侍従な気もするんッスけどねえ」
「どっちも同じだ!」
「同じなんっすか!?」
「お前たち!それは王家に対する謀反と受け取るぞ!いいのか!?」
サトクリフが、金切り声を上げ牽制をする。今では机の上に立ち上がり、演説を始めた。
「そもそも、平民とは———」
「あ~、はいはい。聖騎士隊長さん、そこまでにしましょ。暴動起きる前に下がった方が身のためっスよ」
「なっ、何をっ!」
だが、周囲を見渡してサトクリフは、口を閉ざした。人々の目が、怒りを込めてサトクリフを睨みつけている。「平民とは」の続きを言えば、如何にサトクリフと言えど多勢に無勢。机の上から引き摺り下ろされ、死を覚悟しなければならないだろう。既に限界ギリギリまで、町民たちは鬱憤を溜めていたのだ。
待てども、暮らせども一向に来ない救いの手。常に隣合わさった魔物と瘴気の恐怖、少ない食料と次第に減っていく人口。どこに未来があるのかと不安を募らせていたところで、突然差し込んだ一条の光は、人々の心を鷲掴みにした。一夜にして、瘴気が消え、魔獣が消え、畑や木々が実り、森ができた。これを奇跡と呼ばず何とするか。国や現聖女が何をしたかと比べるまでもなく。
********
ガーネット・サトクリフは理想を掲げる聖騎士だ。国民のためにこれまで必死で戦ってきたし、守ってきたと自負していた。だが、聖騎士団は常に王都を守っているため、辺境の地がどうなっているかなど知る由もなかったのだ。辺境の地には辺境の地用に討伐隊がいるはずだ。そいつらが仕事をきちんとこなさないから、魔物が溢れかえるのだ。サトクリフは常にそう思っていた。討伐ができぬのなら、さっさと辞めて冒険者にでもなればいいのだ、と。
そこへ、廃嫡されたはずのモンファルトが我が物顔で、サトクリフの立場を奪い取った。
「ここで女の力など必要はない。貴様は西獄谷《ウエストエンド》へ向かい、グレンフェールの街で詳細を聞いてこい。王都《ここ》は俺が守る」
「廃嫡された変態王子のくせに、何が「俺が守る」だ!女を馬鹿にして偉そうなことを言って、その女の尻を追いかけて腑抜けたく男が!」
———などと本人に向かって言えたら、どれ程すっきりしたことか。
ムカつくことに、モンファルトの後ろにはアッシュの率いる東の魔の森の精鋭討伐隊員が付いていた。
あの隊は、元はと言えばハルクルトの隊だ。復活したと聞いたはずなのに、どこで油を売っているのだ、あの男は!少しは父親であるルフリスト軍師を見習えばいいのに!かわいそうなマリゴールド様は、あのアッシュに売られ、お一人で子育てをしていると聞いた。あの堅物のアッシュじゃ、マリゴールド様は報われない!ハルクルトはどうして戻ってこないのか。
王家の出であるマリゴールドの醜聞など、王都では耳に入るはずもなく、ましてやマリゴールドの子供が、アッシュの子供でないなどと思ってもいないサトクリフにとって、ハルクルトの行動もモンファルトの行動もすべて苛立たせた。
ハルクルトに至っては、サトクリフの崇拝する軍師の息子なのだ。どうして、尊敬する軍師のようにならないのか。母親がいないのがいけないのか。それとも本人の根性が曲がっているのか。
「どいつもこいつも、勝手なことばかり……!」
イライラしたまま、転移魔法でグレンフェールに飛んでみて、サトクリフは愕然とした。
「ここは、スラム街か?」
「……隊長、お言葉を控えてください」
護衛の一人が耳打ちをした。目を疑うほど、ひどい惨状だったのだ。道は舗装されておらず、大通りの石畳はガタガタに崩れているし、家並みもまるで揃っていない。住人は痩せ細り、何日も着替えすらしていないような風貌だった。老人も子供も畑仕事に精を出し、忙しそうにしているが。
「ここは、魔物の被害にあったのか?」
「いえ。話によれば、二日ほど前に西獄谷《ウエストエンド》が浄化され、その影響だとか」
「浄化の影響で町が崩壊したのか」
「い、いえ。街はもう何十年もこの状態だそうですが、浄化により突然畑や果樹が実り、森が街の外に生えたとか」
「………責任者は?」
「前任者が行方不明になって以来、いないそうです」
「行方不明だと?いつからだ?」
「それがその20年ほど前の話だとか」
「20年?そんな馬鹿な話があるか!誰かまともに話せる奴はいないのか」
「今はアイザック・ルーベンが代表かと思われます」
「ふん…。あの『斥候のグリズリー部隊』の隊長だったやつか。全滅したと聞いていたが」
そこで外門が騒がしくなり、サトクリフが歩み寄ってみると、そこにはアイザック・ルーベンとルノー・ク・ブラントがいた。
(またみすぼらしい格好をして、どこで何をしていたのか。身だしなみすら整えられんとは!)
にやけた顔のアイザックとルノーを見ると、またモンファルトを思い出し、イライラした面持ちでサトクリフはアイザックに声をかけた。
*****
今にも飛びかからんばかりの面々を前に、サトクリフは口を閉ざした。
(チッ…。四面楚歌か。ここは腹立たしいが、引くしかない…)
サトクリフは、大きく息を吐くとなんとか怒りを鎮めた。
——だがこのまま、諦めるわけにはいかん。
「………その愛し子は、ここへ戻ってくるのか」
「ああ。それは確実だな」
「ここにいるものは、皆その少女を愛し子と認めているのだな?」
「あれだけの力を目の前で見せられて疑うモンがいたら、よほどのアホだ」
「その力を得て、王家に反逆するつもりか」
「………嬢ちゃんには、この世界の不浄を払う役割がある。どこの国の事情にも関係はないし、関与するつもりもない。そもそも精霊は人間の問題には一切手を出さん」
「戦には向かない、ということか」
「そういうこった。だが、俺たちは違う。神殿に居座る聖女と、少なくともあの糞王子だけは放っては置けん。このまま国が潰れる前に手を打つべきだ」
「……なるほどな」
少なくとも、モンファルトに関してはアイザックに賛成できる。あれは男どころか、人間の風上にもおいては置けない、とサトクリフは考えた。
——うまく便乗すれば、不穏の種は取り除けるか。
「よかろう。では私も貴様の案に付き合おう」
「サトクリフ隊長!?」
護衛の騎士たちがひっくり返った。
「な、何をお考えですか!国に逆らうというのですか!?」
「まだそこまで付き合うとは言っておらん。だが、私もこの目で愛し子とやらを確認したい。しかと見極めてから、王に献上してもよかろう。もしその少女が偽物であれば切り捨てるだけ、」
そう言い捨てるより先に、サトクリフは恐ろしいまでの殺気を感じ、咄嗟にとびのいた。
「愛し子に髪の毛一本触れてみろ……精霊があんたに襲い掛かる前に、俺が切り捨ててやる」
ルノーだった。
黙って大人しく聞いていたと思ったが、実は殺気を抑えるのに必死で黙っていただけなのだが。サトクリフの己を過信した言動を最後ににキレた。ミヤコを王家に引き込み、操ろうという下碑た考えがまず一つ、目の前にある事実を受け止めず、理想論でモノを考える貴族的な見方が一つ、そして自分の気に入らないものは切り捨てようとする根性が一つ。
サトクリフはどれ一つ取っても、ルノーの神経を逆なでする人間だった。女だろうが聖騎士だろうが関係ない。不穏の芽は早々に摘み取っておいた方が良い。これを執行人に引き入れるのは絶対にあり得ない、とルノーは結論づけた。
「まあ、待てルノー」
だが、一気触発の瞬間、アイザックが落ち着いた声でルノーを押しとどめた。
「サトクリフっつったな。いいだろう。俺は嬢ちゃんの護衛で聖地アードグイまで行く予定がある。お前もそれについてくるといい」
「聖地アードグイ?それは…」
「無理だってんなら、別にいいんだぜ?」
「………よかろう。出発はいつだ?」
「そうだなあ、一週間後、ってとこだな」
「それで、その旅が終わったら」
「終わる頃に、また話し合おうや。折り合いが悪けりゃ、俺なり、ルノーなり、ハルクルトなりと一騎打ちになるかもしれんがな。聖騎士としてそれに問題はないんだろ?」
「……わかった。約束は破るなよ」
「男に二言はねえよ」
その言葉に頷くと、サトクリフは報告書を書く、と言って執務室へ向かっていった。
「アイザックさん…!」
「話は後だ、ルノー」
はっと気がつくと、心配そうに見つめるグレンフェールの住民の目がアイザックとルノーに集中していた。
「というわけで、俺はアードグイまで行かなければならんので、後のことはルノーに任せることにする」
「ええっ!?ず、ずるいっスよ!アイザックさん!!」
「なんだよ、お前副隊長の地位持ってんだろ。俺はソロの戦士だからよ。まとめ役とかできねえだろ。お前が適任だ」
「アイザックさん、言い出しっぺじゃないスかーーッ!」
アイザックは、はっはっはと笑って手を振い、その場を去って行ってしまった。
「ル、ルノーさん…」
冒険者の一人が、オタオタしながら声をかける。皆の顔に不安が浮かんだ。何しろほとんど勢いで聖騎士隊長に向かって殺気を飛ばし、啖呵を切ったのだ。今更引き返すわけにはいかない。
「ウググググーーー……ちぇっ。置いてきぼりっすか。仕方ないな、もう」
はあ~とため息をついて、ルノーは顔を上げた。そこにはもう、普段のルノーのにやけ顏はない。
ルノー・ク・ブラント。
執行人として生まれ、人並み外れた体力と魔力を隠しながら生きてきた男は、それまでかぶっていた仮面を脱いだ。執行人として国民を導くために。
「機は熟した!アイザック・ルーベンを長として、反乱軍をここに結成する!」
———おおおおおぉぉぉ!!
観衆が湧いた。
そう言い放った力強いアイザックの声に、グレンフェールの街が震えた。その場に居た者は皆、喚起して腕を振り上げる。
「あんな儚げな女の子が頑張ってるんだ!俺たちも付いて行くぞ!!」
「薬師聖女様の後に続け!」
「役に立たないお飾りの聖女より、ミヤちゃんの方がよっぽど頼りになるさね!」
アイザックは、唖然とするルノーと目があうと軽くウインクをした。
「やれやれ。流石アイザックさんっスね。俺っちの出番ないっス」
アイザックは、普段から声も態度も大きいが、懐が深く戦士だけでなく、討伐隊や冒険者たちからも慕われている。もともと冒険家で、問題があるところへと出没しては解決へと導いていくだけの力とカリスマ性を併せ持っているのだ。加えて、責任感が強く細かいことには気にしない。熱くなりやすく冷めやすいところもあるが、乱暴者ではなく、困った時のアイザック頼りと、平民たちからは多くの支持を得ていた。
そして、明らかになった薬師聖女の血筋。
アイザックの呼びかけは、瞬く間に広がり波紋を呼んでいく。
「これで目下のところ、王家の目は俺たちに集中するだろ。ハルクルトと嬢ちゃんは今のうちに旅に出ればいいってことだ」
アイザックはこっそりルノーに告げた。
「あーあ。どうせそんなこったろうと思いましたよ」
今まで自分の出生については、頑なに口を閉じていたアイザックが、ミヤのために本気を出した。機が熟したのだ。
「それじゃ、俺っちも本気出しますか」
「おう、頼むぜ、相棒」
「相棒っていうよりも侍従な気もするんッスけどねえ」
「どっちも同じだ!」
「同じなんっすか!?」
「お前たち!それは王家に対する謀反と受け取るぞ!いいのか!?」
サトクリフが、金切り声を上げ牽制をする。今では机の上に立ち上がり、演説を始めた。
「そもそも、平民とは———」
「あ~、はいはい。聖騎士隊長さん、そこまでにしましょ。暴動起きる前に下がった方が身のためっスよ」
「なっ、何をっ!」
だが、周囲を見渡してサトクリフは、口を閉ざした。人々の目が、怒りを込めてサトクリフを睨みつけている。「平民とは」の続きを言えば、如何にサトクリフと言えど多勢に無勢。机の上から引き摺り下ろされ、死を覚悟しなければならないだろう。既に限界ギリギリまで、町民たちは鬱憤を溜めていたのだ。
待てども、暮らせども一向に来ない救いの手。常に隣合わさった魔物と瘴気の恐怖、少ない食料と次第に減っていく人口。どこに未来があるのかと不安を募らせていたところで、突然差し込んだ一条の光は、人々の心を鷲掴みにした。一夜にして、瘴気が消え、魔獣が消え、畑や木々が実り、森ができた。これを奇跡と呼ばず何とするか。国や現聖女が何をしたかと比べるまでもなく。
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ガーネット・サトクリフは理想を掲げる聖騎士だ。国民のためにこれまで必死で戦ってきたし、守ってきたと自負していた。だが、聖騎士団は常に王都を守っているため、辺境の地がどうなっているかなど知る由もなかったのだ。辺境の地には辺境の地用に討伐隊がいるはずだ。そいつらが仕事をきちんとこなさないから、魔物が溢れかえるのだ。サトクリフは常にそう思っていた。討伐ができぬのなら、さっさと辞めて冒険者にでもなればいいのだ、と。
そこへ、廃嫡されたはずのモンファルトが我が物顔で、サトクリフの立場を奪い取った。
「ここで女の力など必要はない。貴様は西獄谷《ウエストエンド》へ向かい、グレンフェールの街で詳細を聞いてこい。王都《ここ》は俺が守る」
「廃嫡された変態王子のくせに、何が「俺が守る」だ!女を馬鹿にして偉そうなことを言って、その女の尻を追いかけて腑抜けたく男が!」
———などと本人に向かって言えたら、どれ程すっきりしたことか。
ムカつくことに、モンファルトの後ろにはアッシュの率いる東の魔の森の精鋭討伐隊員が付いていた。
あの隊は、元はと言えばハルクルトの隊だ。復活したと聞いたはずなのに、どこで油を売っているのだ、あの男は!少しは父親であるルフリスト軍師を見習えばいいのに!かわいそうなマリゴールド様は、あのアッシュに売られ、お一人で子育てをしていると聞いた。あの堅物のアッシュじゃ、マリゴールド様は報われない!ハルクルトはどうして戻ってこないのか。
王家の出であるマリゴールドの醜聞など、王都では耳に入るはずもなく、ましてやマリゴールドの子供が、アッシュの子供でないなどと思ってもいないサトクリフにとって、ハルクルトの行動もモンファルトの行動もすべて苛立たせた。
ハルクルトに至っては、サトクリフの崇拝する軍師の息子なのだ。どうして、尊敬する軍師のようにならないのか。母親がいないのがいけないのか。それとも本人の根性が曲がっているのか。
「どいつもこいつも、勝手なことばかり……!」
イライラしたまま、転移魔法でグレンフェールに飛んでみて、サトクリフは愕然とした。
「ここは、スラム街か?」
「……隊長、お言葉を控えてください」
護衛の一人が耳打ちをした。目を疑うほど、ひどい惨状だったのだ。道は舗装されておらず、大通りの石畳はガタガタに崩れているし、家並みもまるで揃っていない。住人は痩せ細り、何日も着替えすらしていないような風貌だった。老人も子供も畑仕事に精を出し、忙しそうにしているが。
「ここは、魔物の被害にあったのか?」
「いえ。話によれば、二日ほど前に西獄谷《ウエストエンド》が浄化され、その影響だとか」
「浄化の影響で町が崩壊したのか」
「い、いえ。街はもう何十年もこの状態だそうですが、浄化により突然畑や果樹が実り、森が街の外に生えたとか」
「………責任者は?」
「前任者が行方不明になって以来、いないそうです」
「行方不明だと?いつからだ?」
「それがその20年ほど前の話だとか」
「20年?そんな馬鹿な話があるか!誰かまともに話せる奴はいないのか」
「今はアイザック・ルーベンが代表かと思われます」
「ふん…。あの『斥候のグリズリー部隊』の隊長だったやつか。全滅したと聞いていたが」
そこで外門が騒がしくなり、サトクリフが歩み寄ってみると、そこにはアイザック・ルーベンとルノー・ク・ブラントがいた。
(またみすぼらしい格好をして、どこで何をしていたのか。身だしなみすら整えられんとは!)
にやけた顔のアイザックとルノーを見ると、またモンファルトを思い出し、イライラした面持ちでサトクリフはアイザックに声をかけた。
*****
今にも飛びかからんばかりの面々を前に、サトクリフは口を閉ざした。
(チッ…。四面楚歌か。ここは腹立たしいが、引くしかない…)
サトクリフは、大きく息を吐くとなんとか怒りを鎮めた。
——だがこのまま、諦めるわけにはいかん。
「………その愛し子は、ここへ戻ってくるのか」
「ああ。それは確実だな」
「ここにいるものは、皆その少女を愛し子と認めているのだな?」
「あれだけの力を目の前で見せられて疑うモンがいたら、よほどのアホだ」
「その力を得て、王家に反逆するつもりか」
「………嬢ちゃんには、この世界の不浄を払う役割がある。どこの国の事情にも関係はないし、関与するつもりもない。そもそも精霊は人間の問題には一切手を出さん」
「戦には向かない、ということか」
「そういうこった。だが、俺たちは違う。神殿に居座る聖女と、少なくともあの糞王子だけは放っては置けん。このまま国が潰れる前に手を打つべきだ」
「……なるほどな」
少なくとも、モンファルトに関してはアイザックに賛成できる。あれは男どころか、人間の風上にもおいては置けない、とサトクリフは考えた。
——うまく便乗すれば、不穏の種は取り除けるか。
「よかろう。では私も貴様の案に付き合おう」
「サトクリフ隊長!?」
護衛の騎士たちがひっくり返った。
「な、何をお考えですか!国に逆らうというのですか!?」
「まだそこまで付き合うとは言っておらん。だが、私もこの目で愛し子とやらを確認したい。しかと見極めてから、王に献上してもよかろう。もしその少女が偽物であれば切り捨てるだけ、」
そう言い捨てるより先に、サトクリフは恐ろしいまでの殺気を感じ、咄嗟にとびのいた。
「愛し子に髪の毛一本触れてみろ……精霊があんたに襲い掛かる前に、俺が切り捨ててやる」
ルノーだった。
黙って大人しく聞いていたと思ったが、実は殺気を抑えるのに必死で黙っていただけなのだが。サトクリフの己を過信した言動を最後ににキレた。ミヤコを王家に引き込み、操ろうという下碑た考えがまず一つ、目の前にある事実を受け止めず、理想論でモノを考える貴族的な見方が一つ、そして自分の気に入らないものは切り捨てようとする根性が一つ。
サトクリフはどれ一つ取っても、ルノーの神経を逆なでする人間だった。女だろうが聖騎士だろうが関係ない。不穏の芽は早々に摘み取っておいた方が良い。これを執行人に引き入れるのは絶対にあり得ない、とルノーは結論づけた。
「まあ、待てルノー」
だが、一気触発の瞬間、アイザックが落ち着いた声でルノーを押しとどめた。
「サトクリフっつったな。いいだろう。俺は嬢ちゃんの護衛で聖地アードグイまで行く予定がある。お前もそれについてくるといい」
「聖地アードグイ?それは…」
「無理だってんなら、別にいいんだぜ?」
「………よかろう。出発はいつだ?」
「そうだなあ、一週間後、ってとこだな」
「それで、その旅が終わったら」
「終わる頃に、また話し合おうや。折り合いが悪けりゃ、俺なり、ルノーなり、ハルクルトなりと一騎打ちになるかもしれんがな。聖騎士としてそれに問題はないんだろ?」
「……わかった。約束は破るなよ」
「男に二言はねえよ」
その言葉に頷くと、サトクリフは報告書を書く、と言って執務室へ向かっていった。
「アイザックさん…!」
「話は後だ、ルノー」
はっと気がつくと、心配そうに見つめるグレンフェールの住民の目がアイザックとルノーに集中していた。
「というわけで、俺はアードグイまで行かなければならんので、後のことはルノーに任せることにする」
「ええっ!?ず、ずるいっスよ!アイザックさん!!」
「なんだよ、お前副隊長の地位持ってんだろ。俺はソロの戦士だからよ。まとめ役とかできねえだろ。お前が適任だ」
「アイザックさん、言い出しっぺじゃないスかーーッ!」
アイザックは、はっはっはと笑って手を振い、その場を去って行ってしまった。
「ル、ルノーさん…」
冒険者の一人が、オタオタしながら声をかける。皆の顔に不安が浮かんだ。何しろほとんど勢いで聖騎士隊長に向かって殺気を飛ばし、啖呵を切ったのだ。今更引き返すわけにはいかない。
「ウググググーーー……ちぇっ。置いてきぼりっすか。仕方ないな、もう」
はあ~とため息をついて、ルノーは顔を上げた。そこにはもう、普段のルノーのにやけ顏はない。
ルノー・ク・ブラント。
執行人として生まれ、人並み外れた体力と魔力を隠しながら生きてきた男は、それまでかぶっていた仮面を脱いだ。執行人として国民を導くために。
「機は熟した!アイザック・ルーベンを長として、反乱軍をここに結成する!」
———おおおおおぉぉぉ!!
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