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第4章:聖地アードグイ編
第78話:不穏
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新章スタートです。
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「さあ、まずは西獄谷の現状から説明してもらおう」
ガーネット・サトクリフが、アイザックとルノーの目の前に腕を組んで座った。機嫌の悪いサトクリフの後ろには、居心地の悪そうな聖騎士隊の二人が護衛についている。
(この女に、護衛なんて必要ねえだろうが)
アイザックは、ぼんやりとそんなことを考えた。精霊たちも遠巻きにしているが、モンドに対するような嫌悪感などは持っていないようだ。つまり悪い奴ではないという事。特に警戒する必要もなさそうだし、ルノーに至っては執行人に向くかどうか、いろいろ考えていそうである。
グレンフェールの街に活気が戻り、早々に採取や狩りに出かけた冒険者や傭兵たちが街に帰ってきていた。ほんの数日前までは瘴気に怯え、魔獣から隠れるように暮らしていた人々から笑顔がこぼれ、市場が開き、香ばしいパンの匂いが辺りを漂っている。子供たちの朗らかな笑い声も上がっていて、まだまだ環境改善は必要だが、幸せそうだ。
畑仕事に精を出す人もいれば、薬草や雑草の侵食でデコボコになった街道を直す職人の姿もあった。街の整備にはまだまだ時間はかかるだろうが、森が近くにできたことで、食生活は豊かになるだろうし、薬草にも困らないだろう。
アイザックは、そんな街を眺め苦笑した。
「すげえよなあ。嬢ちゃんは」
一度は見失ったかと思った小さな少女が、一夜にして人々の生活を変えた。バーズの村の時も思ったが、彼女に対して人々が警戒することは極めて少ない。バーズの村人はかなり排他的で、傭兵や戦士にですら一線を引くものなのに、それが全くと言っていいほどなかった。それほどミヤコの力は強烈に映ったのだ。
「持っている気が違うんっスよね、ミヤさんは」
「……気か。そうだな。あいつの気は精霊とよく似ているからなあ。柔らかくて心地いい。近くにいても違和感がなくて、包まれてるように錯覚する」
「単に胃袋を掴まれたとも言いますけどね」
「確かに」
「無駄口はいい。報告が先だ」
サトクリフが口を挟んだ。のんびりしている暇はない、という。
「それで?サトクリフ聖騎士大将さんは何が知りたいんで?」
「大将ではない、隊長だ。身分をわきまえろ。ソロの戦士が」
「へえへえ。では、隊長殿。あんたが知りたいのは西獄谷《ウエストエンド》の変化についてだな」
両手をあげて降参のポーズをとり、口角を上げるアイザックに、チッと口を鳴らすサトクリフだったが、アイザックについては、たとえ国王の前でも態度を変えないと悪評があるため、文句を呑み込み先を促した。
「まあ、この街を見ればわかると思うが、魔獣も瘴気も殲滅した。聖地では瘴気が濃すぎて瘴魔が発生していたがな。おまけに妖精王が闇落ちして妖精王の成れの果てとかいう、とんでもない瘴魔になっていたようだ。嬢ちゃん、あー…異世界から来た精霊の愛し子、あんたのいう聖女だな、――が命がけで排除してくれたおかげで、俺もこの街の人間も生きて笑ってる」
アイザックはここで一旦話を止め、サトクリフがどこまで理解しているか、探るような視線を飛ばした。サトクリフはぴくりと眉を歪め、「それで」と促す。
「愛し子の使う力は浄化でな。デイダラボッチを浄化するために力を使ったんだが、その反動で谷のほとんどが吹っ飛んだ。なんでも妖精王の浄化ってのはなんだかすげぇ力が働くとかなんとかで、その浄化作用で瘴魔も瘴気も俺も吹き飛ばされたが……俺は水辺に落ちて助かったらしい。目ぇ覚ました時には全てが終わっていてな。あたり一面清浄な空気に包まれていて、吹っ飛んだ谷に湖ができていた。山脈の間で、瘴気に汚されていた水の所為で、水の大精霊もいろいろ大変だったらしい。谷から穢れが出ない様にと結界を作るのに、ほとんどの力を使い果たしていたらしくてな。で、それも嬢ちゃんが、愛し子が合わせて浄化したらしい」
「水の、大精霊だと?」
「ああ、いわゆる精霊というのはどこにでもいて、自然を守っている。ついでに言えば、俺たち人間も守られている。もともと、西獄谷《ウエストエンド》には水の聖地ウスクヴェサールがあって、水の大精霊が結界を作っていたおかげで、この街にあの瘴気が流れ込まずに済んでいたというわけだ。まあ、あんたが信じるかどうかは勝手だがな」
「……それで、その愛し子はどこに?」
サトクリフがごくりと喉を鳴らし、尋ねたことにアイザックがルノーと視線を合わせる。正直に伝えるべきか、隠すべきか。ルノーが頷いた。話せ、ということだろう。アイザックは軽く目を伏せ、ため息をついた。
「ハルクルトが緑の砦に連れて行った。一旦、愛し子の世界に帰らなければならないらしい。まあ、あちらにも事情があるらしくな」
「帰したのか!?」
「ああ。しょーがねえだろ、帰りたいって言われりゃ、帰さないわけにもいかんだろ」
「お前らの頭は飾りか!」
サトクリフが憤慨して勢いよく立ち上がり、机を叩いた。立ち上がった勢いで椅子が倒れ、討伐隊や戦士が注目するが、サトクリフは構わず怒鳴り散らした。
「そんな大それた力を使うものがいるのなら、国に引き渡すのが普通だろう!その力でどれだけの瘴気が消せると思っているんだ!国王に献上しろ!」
「おいおい。嬢ちゃんは物じゃねえし、召喚された聖女でもないからな。そんな義務はどこにもねえだろ」
「それは、お前らが決めることではない!」
「そうだな。でも王が決めることでもない。嬢ちゃんが決めることだ」
「な…っ!」
「第一、国王に差し出して本当に国民のためにその力を使ってくれるのか?この20年、俺たちはずっと戦いに明け暮れてきた。仲間も大勢死んで、いくつもの村や町が瘴気に呑まれて、魔獣に食われた。国が何をしてくれた?過去に聖女を手に入れて囲い込み、王都だけにその力を使い、国民のことも考えやしねえ。現聖女はどうだ?どこで何をしている?そんなとこに連れて行って本当に俺たちのためになるのか?」
「!!そ、それは!聖女は神殿で今もミラート神に祈りを捧げて!」
真っ赤になって言い返すサトクリフに、アイザックはヘッと笑い、地面に唾を吐いた。
「ミラート神に祈りねぇ。嬢ちゃんは緑の砦にふと現れて、ほんの数ヶ月だ。その間に、東の魔の森を浄化し、聖地ソルイリスを復活させ、ついででホロンの水場もバーズの村も浄化した。あの辺にはもう瘴気も魔獣もいない。そして今回の西獄谷に合わせて聖地ウスクヴェサールも一夜で問題解決、妖精王も水の大精霊すらも救った」
「な、なんだと…?」
「嬢ちゃんは行くとこ行くとこで浄化して歩いてるんだ。あちこちに森ができてるって話も知らねえのか、王都のお偉い聖騎士隊長殿は?しかも、皆が頑張って生きているんだから協力したいとかって、高尚な心根の持ち主ときた。王都なんかに連れて行ったところで、宝の持ち腐れになるだけだ」
「う、うるさい!それはおまえの危疑することではない!王命だ!愛し子を差出せ!」
「……全くぎゃあぎゃあ、うるせえ女だな。おまえ、ちゃんと周りを見てもの入った方がいいぞ?サトクリフ隊長さんよ」
「何…?」
サトクリフが不穏な空気に気がついて周りを見渡すと、いつの間にか周囲に人垣ができていた。皆眉をしかめ、敵意を隠さずサトクリフを睨んでいる。討伐隊員たちだけでなく、ソロの戦士や冒険者たち、詰所の外には町民たちも集まってきていた。
「な、なんだ、お前たち!仕事に戻れ!」
「あんたに命令されるいわれはないよ!」
人垣の中から誰かが言った。それをきっかけに、そうだそうだ、と声が上がる。
「お国の偉いさん方は、あたし達を見捨てたじゃないか!この20年、いやあたしが知っているだけでも30年!祖父母の代も、両親も!なんの恩恵もないのに徴収ばかりされて、アンタ聖騎士隊長って偉ぶってるけど、今までこの街に来たことが有ったかい?聖騎士様がこの街に来た試しなんかなかったけどね!あたし達をなんだと思ってるんだ!」
「薬草もなければ、医療魔法の一つもよこさなかったくせに、今度は俺たちの救世主の嬢ちゃんまで取り上げる気かい!?」
「貴族だ、王族だって偉そうなことばかりもう我慢ならねえ!どうせ見て見ぬふりをするんなら、このまま放っといてくれ!」
サトクリフと護衛の二人は、人々の勢いに気圧されて後ずさった。そこでアイザックがざっと立ち上がって手を挙げた。人々は途端に口を閉じ、アイザックの言動を見守った。
「俺たちは……俺は、ミラート神が神ではないと知っている。ミラートはもともと俺たちと同じ人間だ」
一斉にヒュッと息をのむ声が聞こえた。
「俺の名はアイザック・ルーベン。アイザック村の最後の生き残りであり、第2聖女の血の末裔だ。始まりの魔女といえばわかりやすいか」
一瞬の沈黙のあとで、ざわざわと波が広がっていく。
「なんだって!魔女の末裔が生きていたのか!?」
「始まりの魔女って、あの薬師聖女様のことだよね?」
「せ、聖女の末裔…!本物の…!」
「『世界が乱れ危機に陥った時、愛し子は現れ、それに追随して執行人も選ばれる。ミラート神が定めた執行人は仲間を集い、愛し子を支え守り行く末を見極めなければならない。愛し子が害された時、聖なる執行人はそれを見定め審判を下す』と文献にはあり、俺は聖なる執行人として生を受けた。わけあって、今まで隠して生きてきたが、俺は聖霊王の愛し子を守る役目を授かった。そしてその愛し子が、ミヤ。ハルクルトと共にいる少女だ。
だが、ミラート神が神ではないとすれば、俺の役目は誰が授けたものなのか。俺は、それが聖霊王自身なのではないかと思う。聞けば、ミヤは聖霊王の孫娘。庇護するのも当然だろう。
皆も既に分かっていると思うが、ミヤの力は強大でいて優しい。大地を包み込むような、春の日差しのような、生けるもの全てを守る、そんな力だ。俺はただ一人の人間だが、ミヤが愛する世界を共に守りたいと思う。
俺も皆も、仲間が、家族が死にゆく姿を何度となく見送った。もう十分だろう?俺は愛し子に従い、悪習を断ち切る。俺について来るものはいるか!」
アイザックの力強い声が響いた。
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「さあ、まずは西獄谷の現状から説明してもらおう」
ガーネット・サトクリフが、アイザックとルノーの目の前に腕を組んで座った。機嫌の悪いサトクリフの後ろには、居心地の悪そうな聖騎士隊の二人が護衛についている。
(この女に、護衛なんて必要ねえだろうが)
アイザックは、ぼんやりとそんなことを考えた。精霊たちも遠巻きにしているが、モンドに対するような嫌悪感などは持っていないようだ。つまり悪い奴ではないという事。特に警戒する必要もなさそうだし、ルノーに至っては執行人に向くかどうか、いろいろ考えていそうである。
グレンフェールの街に活気が戻り、早々に採取や狩りに出かけた冒険者や傭兵たちが街に帰ってきていた。ほんの数日前までは瘴気に怯え、魔獣から隠れるように暮らしていた人々から笑顔がこぼれ、市場が開き、香ばしいパンの匂いが辺りを漂っている。子供たちの朗らかな笑い声も上がっていて、まだまだ環境改善は必要だが、幸せそうだ。
畑仕事に精を出す人もいれば、薬草や雑草の侵食でデコボコになった街道を直す職人の姿もあった。街の整備にはまだまだ時間はかかるだろうが、森が近くにできたことで、食生活は豊かになるだろうし、薬草にも困らないだろう。
アイザックは、そんな街を眺め苦笑した。
「すげえよなあ。嬢ちゃんは」
一度は見失ったかと思った小さな少女が、一夜にして人々の生活を変えた。バーズの村の時も思ったが、彼女に対して人々が警戒することは極めて少ない。バーズの村人はかなり排他的で、傭兵や戦士にですら一線を引くものなのに、それが全くと言っていいほどなかった。それほどミヤコの力は強烈に映ったのだ。
「持っている気が違うんっスよね、ミヤさんは」
「……気か。そうだな。あいつの気は精霊とよく似ているからなあ。柔らかくて心地いい。近くにいても違和感がなくて、包まれてるように錯覚する」
「単に胃袋を掴まれたとも言いますけどね」
「確かに」
「無駄口はいい。報告が先だ」
サトクリフが口を挟んだ。のんびりしている暇はない、という。
「それで?サトクリフ聖騎士大将さんは何が知りたいんで?」
「大将ではない、隊長だ。身分をわきまえろ。ソロの戦士が」
「へえへえ。では、隊長殿。あんたが知りたいのは西獄谷《ウエストエンド》の変化についてだな」
両手をあげて降参のポーズをとり、口角を上げるアイザックに、チッと口を鳴らすサトクリフだったが、アイザックについては、たとえ国王の前でも態度を変えないと悪評があるため、文句を呑み込み先を促した。
「まあ、この街を見ればわかると思うが、魔獣も瘴気も殲滅した。聖地では瘴気が濃すぎて瘴魔が発生していたがな。おまけに妖精王が闇落ちして妖精王の成れの果てとかいう、とんでもない瘴魔になっていたようだ。嬢ちゃん、あー…異世界から来た精霊の愛し子、あんたのいう聖女だな、――が命がけで排除してくれたおかげで、俺もこの街の人間も生きて笑ってる」
アイザックはここで一旦話を止め、サトクリフがどこまで理解しているか、探るような視線を飛ばした。サトクリフはぴくりと眉を歪め、「それで」と促す。
「愛し子の使う力は浄化でな。デイダラボッチを浄化するために力を使ったんだが、その反動で谷のほとんどが吹っ飛んだ。なんでも妖精王の浄化ってのはなんだかすげぇ力が働くとかなんとかで、その浄化作用で瘴魔も瘴気も俺も吹き飛ばされたが……俺は水辺に落ちて助かったらしい。目ぇ覚ました時には全てが終わっていてな。あたり一面清浄な空気に包まれていて、吹っ飛んだ谷に湖ができていた。山脈の間で、瘴気に汚されていた水の所為で、水の大精霊もいろいろ大変だったらしい。谷から穢れが出ない様にと結界を作るのに、ほとんどの力を使い果たしていたらしくてな。で、それも嬢ちゃんが、愛し子が合わせて浄化したらしい」
「水の、大精霊だと?」
「ああ、いわゆる精霊というのはどこにでもいて、自然を守っている。ついでに言えば、俺たち人間も守られている。もともと、西獄谷《ウエストエンド》には水の聖地ウスクヴェサールがあって、水の大精霊が結界を作っていたおかげで、この街にあの瘴気が流れ込まずに済んでいたというわけだ。まあ、あんたが信じるかどうかは勝手だがな」
「……それで、その愛し子はどこに?」
サトクリフがごくりと喉を鳴らし、尋ねたことにアイザックがルノーと視線を合わせる。正直に伝えるべきか、隠すべきか。ルノーが頷いた。話せ、ということだろう。アイザックは軽く目を伏せ、ため息をついた。
「ハルクルトが緑の砦に連れて行った。一旦、愛し子の世界に帰らなければならないらしい。まあ、あちらにも事情があるらしくな」
「帰したのか!?」
「ああ。しょーがねえだろ、帰りたいって言われりゃ、帰さないわけにもいかんだろ」
「お前らの頭は飾りか!」
サトクリフが憤慨して勢いよく立ち上がり、机を叩いた。立ち上がった勢いで椅子が倒れ、討伐隊や戦士が注目するが、サトクリフは構わず怒鳴り散らした。
「そんな大それた力を使うものがいるのなら、国に引き渡すのが普通だろう!その力でどれだけの瘴気が消せると思っているんだ!国王に献上しろ!」
「おいおい。嬢ちゃんは物じゃねえし、召喚された聖女でもないからな。そんな義務はどこにもねえだろ」
「それは、お前らが決めることではない!」
「そうだな。でも王が決めることでもない。嬢ちゃんが決めることだ」
「な…っ!」
「第一、国王に差し出して本当に国民のためにその力を使ってくれるのか?この20年、俺たちはずっと戦いに明け暮れてきた。仲間も大勢死んで、いくつもの村や町が瘴気に呑まれて、魔獣に食われた。国が何をしてくれた?過去に聖女を手に入れて囲い込み、王都だけにその力を使い、国民のことも考えやしねえ。現聖女はどうだ?どこで何をしている?そんなとこに連れて行って本当に俺たちのためになるのか?」
「!!そ、それは!聖女は神殿で今もミラート神に祈りを捧げて!」
真っ赤になって言い返すサトクリフに、アイザックはヘッと笑い、地面に唾を吐いた。
「ミラート神に祈りねぇ。嬢ちゃんは緑の砦にふと現れて、ほんの数ヶ月だ。その間に、東の魔の森を浄化し、聖地ソルイリスを復活させ、ついででホロンの水場もバーズの村も浄化した。あの辺にはもう瘴気も魔獣もいない。そして今回の西獄谷に合わせて聖地ウスクヴェサールも一夜で問題解決、妖精王も水の大精霊すらも救った」
「な、なんだと…?」
「嬢ちゃんは行くとこ行くとこで浄化して歩いてるんだ。あちこちに森ができてるって話も知らねえのか、王都のお偉い聖騎士隊長殿は?しかも、皆が頑張って生きているんだから協力したいとかって、高尚な心根の持ち主ときた。王都なんかに連れて行ったところで、宝の持ち腐れになるだけだ」
「う、うるさい!それはおまえの危疑することではない!王命だ!愛し子を差出せ!」
「……全くぎゃあぎゃあ、うるせえ女だな。おまえ、ちゃんと周りを見てもの入った方がいいぞ?サトクリフ隊長さんよ」
「何…?」
サトクリフが不穏な空気に気がついて周りを見渡すと、いつの間にか周囲に人垣ができていた。皆眉をしかめ、敵意を隠さずサトクリフを睨んでいる。討伐隊員たちだけでなく、ソロの戦士や冒険者たち、詰所の外には町民たちも集まってきていた。
「な、なんだ、お前たち!仕事に戻れ!」
「あんたに命令されるいわれはないよ!」
人垣の中から誰かが言った。それをきっかけに、そうだそうだ、と声が上がる。
「お国の偉いさん方は、あたし達を見捨てたじゃないか!この20年、いやあたしが知っているだけでも30年!祖父母の代も、両親も!なんの恩恵もないのに徴収ばかりされて、アンタ聖騎士隊長って偉ぶってるけど、今までこの街に来たことが有ったかい?聖騎士様がこの街に来た試しなんかなかったけどね!あたし達をなんだと思ってるんだ!」
「薬草もなければ、医療魔法の一つもよこさなかったくせに、今度は俺たちの救世主の嬢ちゃんまで取り上げる気かい!?」
「貴族だ、王族だって偉そうなことばかりもう我慢ならねえ!どうせ見て見ぬふりをするんなら、このまま放っといてくれ!」
サトクリフと護衛の二人は、人々の勢いに気圧されて後ずさった。そこでアイザックがざっと立ち上がって手を挙げた。人々は途端に口を閉じ、アイザックの言動を見守った。
「俺たちは……俺は、ミラート神が神ではないと知っている。ミラートはもともと俺たちと同じ人間だ」
一斉にヒュッと息をのむ声が聞こえた。
「俺の名はアイザック・ルーベン。アイザック村の最後の生き残りであり、第2聖女の血の末裔だ。始まりの魔女といえばわかりやすいか」
一瞬の沈黙のあとで、ざわざわと波が広がっていく。
「なんだって!魔女の末裔が生きていたのか!?」
「始まりの魔女って、あの薬師聖女様のことだよね?」
「せ、聖女の末裔…!本物の…!」
「『世界が乱れ危機に陥った時、愛し子は現れ、それに追随して執行人も選ばれる。ミラート神が定めた執行人は仲間を集い、愛し子を支え守り行く末を見極めなければならない。愛し子が害された時、聖なる執行人はそれを見定め審判を下す』と文献にはあり、俺は聖なる執行人として生を受けた。わけあって、今まで隠して生きてきたが、俺は聖霊王の愛し子を守る役目を授かった。そしてその愛し子が、ミヤ。ハルクルトと共にいる少女だ。
だが、ミラート神が神ではないとすれば、俺の役目は誰が授けたものなのか。俺は、それが聖霊王自身なのではないかと思う。聞けば、ミヤは聖霊王の孫娘。庇護するのも当然だろう。
皆も既に分かっていると思うが、ミヤの力は強大でいて優しい。大地を包み込むような、春の日差しのような、生けるもの全てを守る、そんな力だ。俺はただ一人の人間だが、ミヤが愛する世界を共に守りたいと思う。
俺も皆も、仲間が、家族が死にゆく姿を何度となく見送った。もう十分だろう?俺は愛し子に従い、悪習を断ち切る。俺について来るものはいるか!」
アイザックの力強い声が響いた。
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