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第3章:聖地ウスクヴェサール編

第69話:運命の車輪

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「それはそうと、ミヤコ。大地の精霊の加護なんていったいどこで?」
「えっと…」

 ミヤコは少し考えて、ああ、と手を打った。

「たぶん、あれ。聖地ソルイリスのクスノキ。ホロンの水場で水が堰き止められていて、荒野に成り果てていたの。その時樟にいた精霊がいてね。樟の精霊だと思ってたけど」
「樟?」
「うん、ずいぶん古い樟だったから、とりあえず川を再現させてドクダミで土地の浄化を、」
「待て、待て。そなた、あのソルイリスも浄化したのか!」

 今度はウスカーサまで話に割り入ってきた。

「まあ、成り行き上…」
「それじゃ樟にいたのは、大地の大精霊レアね…」
「あの聖地は呪われた土地として長く不毛であったが…そうか。そなたが」
「呪われた土地?」
「ああ。聖女が命を落とし、穢された土地。村がひとつ滅んで、怨念が渦巻いた忌まわしき土地だ。あれも、例の醜悪な魂が呼んだものだったが…」
「ルビラ…そうか。アイザック村があったのがあそこだったのね」

 ハーフラの遺跡で見た文献にそんなようなことが書いてあった。アイザック村は聖女が生まれ出た土地で、魔女と薬師がいたところ。戦士アイザックの出生の土地で執行人として託された場所。ぼんやりとしてしか覚えていないが、もともと二つほど村があったと聞いていた。

「そう…。大地の大精霊レアまでも救われたのね。ありがとう、ミヤコ。レアは私の友達でもあったのよ。ずっと昔からのね」
「そうなの?」
「私がまだ真木村の巫女だった時からのね。私がアルヒレイトと出会った場所でもあるの」
「えっそうなの?」

 驚いて目を丸くするミヤコに、キミヨはまるで少女のように笑った。

「あのね、おばあちゃん」

 ミヤコがおずおずとキミヨに話しかけた。キミヨはミヤコらしくない、言いにくそうな態度から水鏡の狭間ユナールであまり良くない記憶を拾ったのかと、ちらりとウスカーサを盗み見た。ウスカーサも少し眉を曇らせ頷く。

「あのね…お母さんなのだけど…」
「敦子さんに会ったの?」

 キミヨが眉をしかめてミヤコを覗き見た。自殺した魂が狭間に現れるなんて、ありえないとでも言うように。

「うん…っていうか、あのね。お母さんの体はね、ルビラに乗っ取られてたの」
「……え?」

 ミヤコは眉を寄せて視線を落とす。
 気持ち声のトーンも落ち、言いにくそうに足元を見つめた。

「えっとね。ルビラはお母さんに転生したんだって。お母さんの魂とルビラの魂の二つを持っていたんだって。お父さんが精霊王の子供だと知って、近づいたんだって。お父さんを利用しようとして、精霊王の力を少しでも得ようとして、結婚したんだって、言った」
「…な、なんて、こと」
「でもね、お父さんが何の力もなかったって、知って…」

 呆然として見つめるキミヨに、ミヤコはますます萎縮したように体を揺する。
 ルビラの過去を垣間見たのだとウスカーサが言葉を添える。

「あの…、ね。お父さん、自殺じゃ、なかった…。お母さん、が、お父さんの、首を…」
「……ミヤコッ!」

 キミヨは、ミヤコにそれ以上言わせないようにきつく、きつく抱きしめた。
 それでも、ミヤコは絞り出すように震える声で先を続ける。

「お父さんのね、最後の言葉が、わたしの名前だったの…」
「ミヤコ」
「お父さん、死ぬ前に、わたしを、呼んだの。だから、わたし、ルビラのこと、許せなかった。どうしても許せなくておじいちゃんの力使ったの。憎しみでいっぱいで、浄化した。消えちゃえって思って、わたしまた」
「もういい。もういいのよ、ミヤコ」

 涙は出なかった。悲しくて、悔しくて、どうしようもないほど憎しみでいっぱいだったけれど、ミヤコの瞳から涙は出なかった。心の一部が死んでしまったかのように、何も感じないのだ。それまで良心を痛めていた全ての出来事が、もしかすると自分のせいじゃなかったのかもしれないと気がついて、ルビラのせいにしてしまえばと、どこかで考えていて。そして、そんなずるい考えに気がついたのに、蓋をしようとした。

「自分の中に黒い気持ちがあって…自分を正当化しようとしてるの。わたし、穢れてるのかな。ルビラの瘴気がわたしの中にもあるのかも知れない。だって、母娘だし。だから、おばあちゃん。もしもわたしが、ルビラのようになってしまったら、構わず、」

「そんなことにはならない」


 どこから聞いていたのか、精霊王がキミヨが返事をするよりも早く、ミヤコの後ろからキミヨも含めてぎゅっと抱きしめた。

「アルヒレイト…」
「おじいちゃん」
「ミヤコ、その気持ちは普通の人間なら持っているものだ。お前に一番欠けていたものだよ」
「欠けていた…?」
「お前はいつも、全てをそのまま受け止めて、自分のせいだと苦しめていただろう。でもそれでは心が耐えられないんだよ。人間の心は弱い。自分を許すことも覚えなければ、負担はどんどん大きくなっていく。もちろん甘やかしてばかりでは、成長もできないが」

 そうだろうか。ミヤコは自分に結構甘いと思っているし、全てを受け入れてなんかいないはずだ。受け入れられないから、逃げ出したし、問題解決もしてこなかった。そのツケがここに回ってきているだけだと、だからこそ、もう逃げてはいけないのだと自分を叱咤した。

「運命の車輪は、周りとも複雑に絡みついているんだ。ミヤコの車輪はとてつもなく大きい。何が起こっているのか、自分の立ち位置から見えないこともあるだろう。だけど、受け入れて周りと共に生きていくうちに見えてくることもある。目を隠してしまえば、見えることも見えてこない。自分の心を穢せるのは自分だけだと、覚えておきなさい」

 精霊王は、ミヤコだけでなくキミヨをも見つめて、そういった。その言葉の中にはきっと、精霊王には見えていることがあり、それを伝えるつもりはないと暗に伝えているようだ。

 自分の目で見据えろと。自分の心に嘘のない行動を取れと、そういうことなのだろう。

「悪しき思いは、溜め込めば心を曇らせ流れは澱む。その前に吐き出してしまえばいいんだ。頼れるものが周りにいるのだ。俺だけじゃない。キミヨも、お前が大切に思う友達も、ハルクルトもみんなお前をちゃんと支えてやれるんだ。それも信じてやってくれ」
「ミヤコの心は綺麗よ。真っすぐで強い。私たちの自慢の孫娘なんだから、穢れるなんて心配は無用だわ」
「おじいちゃん。おばあちゃん…」
「そなたの心が悲しみで淀むことのないよう、私も力を貸そう」

 ウスカーサが微笑みながら、そう付け加える。

 両親の最期を知って、動揺しなかったわけでもない。だが、ミヤコの中で、それはすでに過去のこととして割り切られていたのだ。いつの間にか終わったこととして、心の引き出しにしまわれていた。哲也たち叔父夫婦に支えられ、今は祖父母も心の支えになっている。

 クルトや、ルノー、アイザックまでも、いつの間にか姫を守る騎士のようにミヤコを守ろうとしてくれている。討伐隊員たちも村の人もミヤコに優しい。

「ありがとう…。わたし、恵まれてるよね。頼もしい人たちがいっぱい周りにいるんだもん」

 それならば。

 過去に起こったことを悔やむより、未来に起こることに希望を持とう。失敗しそうになった時、きっと助けてくれる。道を間違えれば、きっと正してくれる。

「うん、わたし負けない」

 そう言って顔を上げたミヤコを見て、精霊王はミヤコを解放し笑顔を向けた。それを見た水の大精霊も微笑み、ミヤコを抱き上げる。

「それでは、ミヤコ。精霊の愛し子。人であるそなたはここに長居するべきではない。そろそろ仲間の元へ送り届けて差し上げよう」

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