上 下
56 / 127
第2章:西獄谷編

第56話:グレンフェールの町

しおりを挟む
投稿時間がまちまちになってしまい、ご迷惑おかけします。

==========

 考えても見れば、わたしが緑の砦に足を踏み入れたのは、ラッキー以外の何物でもなかった。もしも最初に足を踏み入れたのがダンジョンの一つだったりしたら、恐ろしくてあの扉はきっと封印していただろう。

 それくらい、緑の砦は平和だった。少なくともわたしには、そう見えた。戦争とか、死と背中合わせだとか聞いていても想像できなかった。旅行気分で「なんとかなるさ」と軽く考えて付いてきて、今更ながらその現実にビビって足が竦んだ。

 ルビラが逆恨みをしてから、何百年も隣国との確執が続いている。そして現聖女と瘴気と魔獣の問題も20年以上に渡る。瘴気の問題はおそらく原因はわたし。そしてその問題を解決する術も、わたしは持っている。これだけは何としてでも片付けなければならない。わたしを守ってくれる人達の為にも。

 わたしの投げた小石が大きな波紋を呼んだ。

 20年前。

 魔の森ができた時期と、現聖女が現れた時期、そして途切れた文献の時期があまりにも重なり過ぎている。何かここにもつながりがあるのではないかと勘ぐってしまう。

 すべての選択は未来へと繋がっている。

 おじいちゃんもおばあちゃんも、極力人間と関わらないようにしている。ミラート王とルビラ王女のことにちょっと関わったことが原因で、恐ろしい年月の間国同士の争いが続いている。精霊王おじいちゃんは時の長さに疎く、人間の小さな言動や思惑に疎い。

 そのことに気がついたのは、おばあちゃんに出会ってからだった。わたしという存在に出会って、傷ついたわたしの姿に心を砕かれた。いかに人間が繊細かに気がついた。

 そして初めて、ほんのちょっとした気まぐれが人間の歴史を変えたことを苦々しく思った。だからこそ、今回のことにわたしやおばあちゃんが関わるのを恐れたのだと思う。

『でも、おじいちゃんとミラートが出会わなければ、この国はきっと存在しなかったんだよ』

 そしてわたしとクルトさんの出会いもなかったに違いない。

 だから。

『わたしはおじいちゃんに感謝してるし、もう後悔はしたくないから、行くね』

 精霊王おじいちゃんは自身は関与せず、人間であるわたしに全てを託した。ふわふわと周りを浮遊する精霊に両手をあげると、街灯を灯すようにその手に集まってきた。

「精霊さん、おじいちゃんとおばあちゃんに伝えて欲しいことがあるの」


 *****


「ミヤ、そろそろ出発だ」
「今、行きます」

 焚き火を始末し、旅立ちの準備を整えると、クルトから声がかかる。ミヤコが白マロッカに跨りクルトが後ろから手綱を取った。

「精霊と何話してたの?」
「話というか…言伝を」
「精霊王に?」
「ええ。それとおばあちゃんに」

 クルトは少し考えてから覗き込むようにしてミヤコに尋ねた。

「何を言伝したのか聞いても?」

「……四大聖域について文献にあったでしょ?」
「ああ。一つ目はクスノキのあった聖地ソルイリス、それから西獄谷ウエストエンドにある水の聖域ウスクヴェサール、海に浮かぶ活火山にある炎の聖域アードグイ、あとはスタカモ島あたりにあるという風の聖域ラスラッカだね」

 ミヤコは頷いた。

「聖地ソルイリス虹の大地は土壌汚染で土地が荒れていたでしょう。もしかしたら西獄谷ウエストエンドの聖域の水も、穢されているのじゃないかと思うの。そう考えると、すべての聖域が穢されているのではないかしら。だから魔性のものが増えているんじゃ無いかと思うの。もしそうなら、残りの聖域も浄化する必要があるように思う。だから炎の聖域のあるアードグイと風の聖域ラスラッカについて調べてもらおうと思って。それから精霊王ならもしかしたら、文献の記録者についても知ってるかもしれないから」

 クルトは目を丸くしてミヤコを見つめた。

「……なるほど。考えに及ばなかったな。にしてもそれならなぜ精霊王は動かないんだろう。聖域は彼の管轄ではないのか?」
「それは…わかりません。四大精霊についても話を聞いてないし」

 白マロッカのシロウがゆっくりと走り出し、次第にスピードを上げる。わたしの斜め後ろにアイザックさんとルノーさんが並んで走り、その後ろにアッシュ隊長が隊員を率いて付いてくる。

「ミヤはこのまま任務を遂行すること、後悔はしていない?」
「してませんよ。…ただちょっと恐れおののいただけで。もう大丈夫です」
「そうか」
「クルトさん。この地が緑に溢れて、みんなが笑って暮らせるようになったらいいですね」
「……うん、そうだね」
「だから、頑張ります。わたしも」
「……ありがとう。ミヤ」


 グレンフェールまでの道がてら、たびたび瘴気を吐く魔性植物を見かけた事もあって、ミヤコは歌を唄い大気を浄化して植物を正常化し、小さな水場には薬草を植えて精霊の力を借りて成長を促し水場も浄化した。

 予定より時間は取られたが、討伐隊員たちもその方が都合が良いと同意し、ミヤコたちの通った後には緑の絨毯が広がっていった。

 結局、ミヤコたちがグレンフェールにたどり着いたのは数日後、陽もとっぷり暮れてからだった。


 ***


 グレンフェールの門番たちは「待ってました」とばかりにミヤコたちを歓迎し迎え入れ、ミヤコの噂はすでに広まっていることを暗示した。

「あんたがミヤさんかい?ピースリリー受け取ったよ!」
「防壁沿いに植えたんだけどね、効果的面さ!」
「ミントっていうのかい?あれで子供の咳が止まったよ」
「アロエベラは初めびっくりしたけどね!鍛冶屋の旦那の火傷がすっかり治ってびっくりだ!」
「あんたの薬草ハーブのおかげで、食生活も変わったんだよ!」

 街を歩けばあちこちからそんな声が上がり、彼らがミヤコ達の到着を心待ちにしていたことが手に取るようにわかった。魔獣による圧迫から焦燥しているのかと思いきや、意外な笑顔と明るさで街には活気が溢れていた。

 期待されている。
 
 それは心に重くのしかかったが、町人の笑顔がミヤコに勇気を与える。クルトを見上げると、その瞳にも希望の光が見えた。



 ***



「随分ゆっくりだったな。のんびりピクニックでもしてたのか」

 西獄谷ウエストゲートの討伐のために集められた戦士や冒険者たちがクルト達を交え、集会所へ入室した時、その奥から冷たい声が一言ミヤコ達に向けられた。

 黒いマントとフードを被った男。クルトがつい、とミヤコの前に立ちその視線からかばいつつ、鋭い視線を投げた。

「やあ、モンド。ここまで来るのにいろいろあってね」
「ふん…噂は聞いたが。ソルイリス虹の大地も浄化したらしいな」

 クルトが冷ややかな気を流しながらモンドと会話をする。お互い軽く会話をしているが警戒は解いていないようだ。

「へえ。あんたが噂のモンドか」

 マロッカを厩舎に預けたアイザックが店に入るなり、室内の温度が急激に下がり店内がしんと静まる。

「お前は……」
「アイザックだ。アイザック・ルーベン。バーズで戦士をやってたが面白そうなんで、ここの嬢ちゃんに付いてきた」

 周囲からザワザワと声が漏れる。

「アイザック・ルーベンって特殊部隊のあいつか?」
「生きてたのか」
「アイザック<グリズリー>ルーベン!?」

 モンドはああ、と顔を歪ませた。

「…ほう。『斥候のグリズリー部隊』の生き残りか」
「へっ。俺しか生き残ってないからな。もう部隊でもないが?」

 アイザックはやはり単なる戦士ではなく、過去に偉業を働いた部隊の戦士だったと見える。『斥候のグリズリー部隊』は過去の戦争で活躍した部隊なのだろうか。アイザックの力量から見ても、実力派であることには間違いない。熊っぽいのは彼の見た目からきているのだろうか。

 ミヤコはホロンの水場でのルノーとの剣技を思い出す。

(クマみたいなでかい図体でいて結構素早いし、あんな大剣を振り回して平気なんだもの。やっぱり凄いのよね。ただの脳筋かと思ってたけど…。)

「……なんか、失礼なこと考えてんじゃねえか、嬢ちゃん?」
「えっ?やっ、脳筋なんて、そんなこと。……あっ」
「…ほお~、なるほどな」

 ミヤコは慌てて否定するが、つい考えていたことが口から漏れた。パッと両手で口を塞ぐが時すでに遅し。苦笑してムッと眉間にしわを寄せるアイザックだが、ハン、と息を吐きモンドに向き直る。

「俺はあんたの命令は聞くつもりはないけどな。嬢ちゃんの護衛っつーことでここにいるだけだから、まあ気にしないでくれ」

 アイザックは鋭く周りを見渡しながらも、ニヤリと不敵に笑って見せ周囲の戦士たちを怯ませた。つまりはミヤコに手を出せば、俺が相手だと周囲を威嚇したのだ。

「なるほどな。……その嬢ちゃんとやらはこちらの作戦に力を貸してくれる様だからな。お前の様な脳筋でも役に立つかも知れん」
「へえ。小娘の力を借りなけりゃ討伐もできない王子様が言ってくれるぜ」

 ごくり、と周囲の兵が喉を鳴らす。アイザックは我関せずといった態度でニヤニヤしながら片眉をあげた。

「言っとくが、俺ぁあんたが誰かなんて関係ねえ。あんたの役に立とうなんざ思ってねえから、腹黒い計画はハルクルトを通してくれよ」
「……アイザック…」

 クルトからも冷ややかな冷気が突き刺さった。

(ああ、またここでも火花散らしてるし…)

 ミヤコはちょっとうんざりした様に顔を背け、ため息をかみしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

処理中です...