【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第2章:西獄谷編

第51話:恋する隊長

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「みなさん、すごいですね!さすがチームプレーというか連係プレーであっという間でした。食べられた時はさすがに慌てましたけど、助けてくれてありがとうございます」

「い、いやあ。あのくらい…なあ?」
「そうそう。ハルクルト隊長とアイザックさんがいたから、だよなあ」
「でも皆さんがいなければ私もクルトさんもアイザックさんも消化されていたか、生き埋めになっていたでしょう?だからみなさんのおかげなんですよ」

 ミヤコはバックパックからスポーツドリンクの素を取り出し、それぞれの水筒の水に溶かし入れた。隊員は魔力と体力の回復を感じながら、デレデレとミヤコと話をする。リフレッシュメントとして使えるだろうと思ったのだが、それ以上の効果に隊員も大喜びだ。

「嬢ちゃん、そのバッグに入ってるのは全部魔法のアイテムか?」

 アイザックは驚きよりも、ほぼ呆れた感じでミヤに尋ねた。

「そのバッグ、盗まれないように注意しとけよ。特にグレンフェールではあんまりいろんなもん取り出さないほうがいいだろうな」

 え、という顔をするミヤコにアイザックは苦笑する。

「あんた、無防備すぎるわ。今までどうやって生きてきたのか知らないけどよ、ここはあんたが思うほど安全じゃねえからな」

 そう言って腰を屈めると、ミヤコの頭をクシャクシャとかき混ぜた。

「あ、アイザックさん!」
「あいつは大事に囲みすぎるからな。俺くらい大雑把の奴にもまれた方がいいかも知れんぞ」
「は?」
「……アイザック」
「おっと、恐え奴が来た。まあ考えといてくれ」

 笑いながらひらひらと手を振って去っていくアイザックを、クルトはひとしきり睨んだ後、ミヤコに振り返る。

「何を言われた?」
「ん?盗まれないように気をつけろって」
「何を?」
「え?あの、バッグ…魔法のアイテムでも入ってるのかって」
「………あ、ああ、バッグか。…うん。そうだね。収納魔法が使えるといいんだけど」

 今のその間は何かしら?ナニを盗まれると思ったのかな。クルトは少し考えてからぽんっと手を叩いた。

「ちょっと貸してごらん」

 バッグを渡すとクルトはゴソゴソと中身を取り出し何やら魔法を使った。ひっくり返したり、ジッパーを開けたり閉めたりしながらひとしきり何かつぶやいてから、よしできた、と言ってミヤコにバッグを返した。

「バッグを開けるときに言語キーを使うんだ」
「言語キー?」
「そう。ミヤだけにわかる言語キーをつぶやいてからジッパーを開けると収納魔法が起動して空間収納ができる。生きているものは無理だけど、種くらいなら大丈夫だし、重さも感じない。このバッグよりもたくさん物が入るから使い勝手もいいだろう」
「ど、ドラ……の四次元ポケットだ」
「ん?」
「い、いえ。こちらの話です。すごいですよクルトさん。すっごい感動してます!」
「言語キーは誰にも教えないようにね」
「言語キーはなんでもいいんですよね?」
「そうだね、長いのより短いほうがいいと思うけど」

 ミヤコは少し考えてから、ブツブツとつぶやいてジッパーを開けて中を覗くと、そこは真っ暗な空間だった。

「これ、中にしまいこんで何が入ってるかわかるんですか?」
「うん、入れたアイテムを思い浮かべればすぐ手に戻ってくるし、もし忘れたとしても手を突っ込めば入れたアイテムは手に取ることができる。それに状態が変わらないから冷たいものは冷たいまま、食物も新鮮なままだ」
「ええ、すごい便利!」
「風魔法を使える奴は大抵収納魔法を使えるから討伐の素材もそこに入れておくんだよ」

 すごいすごい、と言いながらバッグに物を詰めていくミヤコをクルトは愛おしそうに見つめた。

「ミヤ、好きだよ」
「………え?」

「誰にも盗まれたくない。僕の宝物にしてしまいたい」
「……えぇ?」

 頭の中で反芻した言葉の意味にようやく気がついて真っ赤になるミヤコ。言葉を出したいのに何も出てこない。

 そんなミヤコを見てクルトはくすりと笑い、額にキスを落とした。

「君は本当に無防備で鈍感だよね」
「そっそんなこと、ないです!」
「それに無抵抗だ」

 クルトはぎゅっとミヤコを抱きしめる。

「ほらね、逃げようともしない」
「そ、それは!クルトさん、だか……っ」

 ミヤコがすべての言葉を言い終える前にクルトがミヤコの唇を封じた。


 ***


「アイザックさーん、なんだって隊長煽るんッスか」
「ああでもしないとじれったくてよ。むず痒くなってくる」
「ああもう、これからずっとイチャイチャすんの見て旅するんッスよ。アイザックさんの所為ですからね」
「まあまあ、面白いじゃねえか。あいつがあんなに丸くなるなんて、考えもしなかったからよ」
「まあ、確かに。ハルクルト隊長がメロメロになるなんて、緑の砦に行くまで考えられませんでしたからね」
「風の赤獅子がねえ。あの子はハルクルトの過去を知ったらどういう顔するのかね」
「…知らなくてもいいんじゃないッスか」
「それで済むならなぁ」

 アイザックとアッシュ、ルノーはミヤとクルトを遠巻きにして呆れたようにため息をついた。

「さてと、あいつらはほっといて文献探すか」

 アイザックが踵を返し、声のトーンを落とす。

「聖女とルブラート教でしたね」
「精霊と王家の関係もわかるといいッスね」

 アッシュとルノーが続く。

「愛し子についてもな」

 アイザックが言葉をかみ殺すように吐き出して、3人は瓦礫と化した屋敷を後にして、司書館への入り口を探した。




 ***




 司書館も大昔は屋敷と繋がって塔のように建っていたが、すでに崩れ落ちて書物も風化したり雨に濡れて使い物にならなくなっていた。アイザックが探している書物は地下に収められており、領地が失われるよりずっと前に地下への入り口は封印されているはずだった。もしそれが守られていれば、書物もまだ地下で眠っているはずだ。

 その書物は王家から隠されたものであり、もし王家が国民を虐げ国が崩壊するようであれば、その封印を解き、しかるべき処置をするための影の執行人が代々受け継がれてきた。

 だがその封印は一度も解かれたことはない。

 ルノーはその影の執行人の一人だった。なぜそのことを知っているのかは解らない。気がつけば、そうなのだと理解していた。執行人が何人いて、どこにいるのか、また誰なのかも知らない。ただ、執行人となるその真名を聞けば記憶が呼び覚まされるということだけははっきりしていた。

 ルノーの役目は執行人を集めること。

 アイザックと出会ったホロンの水場でルノーは確信したことがある。ルノーが名乗った真名。それにアイザックが反応した。聖地を守る神官の血を受け継ぐ男、封印の守護者アイザック・ルーベン。彼もまた執行人の一人だった。アイザックは封印を守る役目を受けているらしい。

 国をひっくり返すのだ。できるだけまともな人間を揃えておいたほうが良いと考え、先鋭討伐隊に腰を据えた。人選を確保するのに裏手に回り、表舞台をハルクルトとアッシュに任せた。二人ともよく動いてくれたし、信用に値するだけの素材でもあった。

 同じ討伐隊で仕事をする間にルノーは様々な試験を二人に与え、能力を調べてきた。隊員を庇って毒を浴びたハルクルトを失う覚悟をした時、ルノーはまたアッシュを巻き込む覚悟を決めた。

 アッシュは曲がったことを嫌う真面目な人間だ。現状にも苛立ちを覚え、改善したいと自分なりに動いていた。

「精霊の愛し子が現れたのはだ」

 アイザックがルノーとアッシュに告げる。

 そうだ。愛し子の存在。愛し子に助けられたハルクルトも何かしらの使命を持っているのかも知れない。ルノーとは関わりのない使命があるような気がする。でなければ、あれほどの力をつけるのもおかしな話だし、愛し子との関係も深い。敵に回す相手ではないと本能が訴える。

「精霊の愛し子の力は底知れない」
「ぽやっとした女の子なんッスけどね。彼女、やる時は容赦ないッスよ。瞬殺。ジュッとね」
「俺が初めて彼女にあった時も殺されるかと思った」

 アッシュはかなり強烈に瘴気を浄化されたことを体で覚えている。その時のことを話すとアイザックは顎を掻きながら「あれは本物だな」といった。

「引っかかるのは彼女が東の魔の森イーストウッドを作った張本人だということなんだが」
「それも文献を見ればはっきりするだろう」

 そうアッシュが言えばアイザックは大した問題ではないとでも言うように答える。

「膿を吐き出すのに必要な処置だったかも知れないっすよ」
「あの子も一つのコマってことか」
「あるいは別の意図があるのかも知れんがな」
「というと?」
「ハルクルトさ。あいつは死ぬ一歩手前だったんだろ」

 ああ、やはりアイザックもそう思うか。だがハルクルトは真名に反応しない。ということは、執行人というわけではないのだが。

「そうッスね。今となっては考えられないっすけど」
「殺しても死にそうにないもんな」

 逆に死神すら返り討ちにあうだろうな、とアッシュが言えば、アイザックも頷いてフルリと体を震わせる。先ほどのグルトンワームの戦闘でも思い出したのだろう。ハルクルトの強さは三年前に比べても雲泥の差だ。すでに人間離れしているのに、いったいどこまで強くなるつもりなのか。ならなければいけないのか。執行人ではない使命を持っているのか。

「あとはモンドがどうでるかってところだな」
「一筋縄でいくような王子様でもなさそうッスからね」
「まあ、なるようにしかならんさ」

 退かした瓦礫の下から出てきた、青白いかすかな光を放っている魔法陣を三人は見下ろした。

「これか」

 アイザックが呟いた。
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