上 下
37 / 127
第2章:西獄谷編

第37話:黒い風のモンド

しおりを挟む
東の魔の森イーストウッドが消えた?」
「いえ、消えたというより生まれ変わったという言葉の方が正確かと思われますが」
「生まれ変わった?」
「はい。魔性植物が滅消し瘴気が払われました。魔物のいない森ができたと思われます」
「魔物がいない…」
「討伐隊員達の話では聖女もしくは精霊の愛し子が現れたと」
「ふん……面白い」

 男は感慨深そうに頷くと「退がれ」と短く命令し話を切り上げた。

 西獄谷ウエストエンドで簡易的に作った結界の中で、フードを被った黒装束の男が転移魔法を使って姿を消した。



 *****



「あっ!やっぱりあったよ、クルトさん。これがドクダミで、これがよもぎ」
「へえ、これがそうか。先日のドクダミ茶は完全状態異常防御パーフェクト・プロテクション効果があって討伐隊が驚いてた」
「お茶にできるから、きっとポーションにもできるよね」

 クルトとミヤコは約束通りランチの休憩時間を使って東の森に来て薬草を摘んでいた。ミラートの国はあまり季節がはっきりしない為、年中いろんな植物が育つ。寒暖によって甘みを変える野菜や果実は不向きだが、野草や薬草はクルトの店でかなり重宝した。

 ローズマリー、ミント、タイムはもちろんのこと、カモミールやオリーブ、よもぎは回復薬として利用できるので、クルトはこの一ヶ月というものミヤコや君代からかなりの薬草を学び、ポーションの研究に励んだ。今回のドクダミ茶でクルトのポーション類はほぼ完全に揃ったと言える。あとは必要に応じて増やしていけばいいだろう。

 精霊王アルヒレイトが回復してからというもの、精霊達の数も増えたようで森はどんどん回復していき、今ではその昔ミヤコが日本から持ち込んだ様々な植物も収穫できるほど元気になり、ミラートの気候と土壌にあった植物へと変化していった。20年の間に魔性植物になったり土壌の違いから進化を遂げてミラートにあった薬草になったようだ。

 瘴気を吐く魔性植物が消えて本当に良かった。これから感情のコントロールは気をつけないと。

 森の変化にミヤコは心底安心したが、自分の感情次第で精霊が動くこと、怒りや悲しみが精霊を魔性のものに変えてしまうことを学び、感情的になることは極力避けなければならないと思った。

 よもぎとドクダミの採取はクルトに任せ、ミヤコは金柑の木を見つけたのでその実の採取に夢中になった。柑橘系のフルーツは用途が広く重宝するのだ。日本では抗アレルギーや血液の循環を良くする作用があるが、こちらではどんな作用になるのか楽しみだ。

「金柑の甘露煮にジャム、鶏肉にも合うしお茶にも使えるし。あっ金柑酒もいけるかも」

 ホクホクしながら金柑の実を摘み取るミヤコに一陣の風が吹きつけた。突然の強風に「わっ」と思わず顔を塞ぎ、ミヤコが片手に持っていた籠が煽られて地面に落ちた。


 ほんの一瞬の隙だった。


 人の気配にクルトが気がついて振り返った時、ミヤコは黒い風に巻き込まれて空に舞い上がった。

「ミヤ!?」

 クルトは瞬時に風魔法を使い身体強化をかけ、突風を起こしてミヤコを追う。ミヤコが愛し子だと理解してからというもの、クルトはますます自身の戦闘能力・防御能力に磨きをかけていた。ミヤコの祖父母である精霊王と君代からもミヤコを頼むと言われていたし、そうすることが当然のようにクルト自身もミヤコの騎士として意識し、鍛えてきたのだ。

 国王から送られてくる使役は穏便なものだけではなく、ミヤコを攫おうと画策されてきたのを討伐隊員の助けも得て、何度も撃退してきた。噂が広まれば広まるほど、不安の種は蒔かれる。

 もちろんその都度、ミヤコにも危険性は伝えてきた。しかしミヤコは、恐れて隠れていても問題は収まらないし誰の手助けも出来ない、と言い通しクルトの店に毎日訪れていた。クルトは心配しつつも来るなとは言えず、常に目の届く範囲にミヤコを置くことで守ろうとしていた。

「放してっ!」

 ミヤコが果敢にも自身に絡まれた風を振りほどこうと暴れるが、掴み所がなくジタバタともがくだけだ。クルトが攻撃するにも暴れるミヤコに当たる可能性を恐れなかなか定まらない。

「ミヤッ!」
「クルトさん!」

 ミヤコがパニックになり叫ぶと、森が騒めいたかと思うとブオン、という音とともに赤い光の束が蜂の大群のように一斉に黒い風に体当たりをした。

 風は「ぐっ」とくぐもった声を出したかと思うとミヤコを手放した。その瞬間を逃さずクルトが風結界をミヤコの周りに張り、下降するミヤコを難なく受け止め、地上に着陸する。

「無事か?」
「だ、大丈夫。ありがと」

 そう頷きながらも、赤く怒りに染まった精霊たちを目で追うと、黒い風だと思っていたものはくるくると糸の切れた凧のように回転をしながら下降し、精霊たちから逃れようと悪戦苦闘したものの耐えきれずに墜落した。黒い風と思ったものは、男のようだった。

 すかさずクルトは剣を抜き、地を蹴ると墜落したものに飛びかかった。

「ま、待て!」

 墜落した男は黒いマントとフードを被りゼイゼイと息を荒げた。

 精霊はまだ怒りを男に向け頭上を飛び回っていたが、クルトの邪魔をしないよう遠巻きにした。クルトは仰向けに倒れこんだ男の胸を足蹴にすると、剣先でフードを取り払った。

 銀の髪。

 光の角度によって変わる金赤色の瞳。

 ミラート神国の王位継承者の特徴的な色だった。


「その髪の色と瞳……モンファルト、王子?」
「…チッ。モンドだ」

 モンドと名乗った男は忌々しそうにクルトの突きつけた剣を指先で除けると座り直した。

「手荒な真似をして悪かったな…。噂の真相を知りたかっただけだ」

 ミヤコはぽかんとして成り行きを見守っていたが聞き覚えのある名前にはて、と首を傾げた。

 モンファルト…王子様。どこかで…。

「あっ!変態王子!」
「誰が変態だ!」
「育ての親の聖女を犯そうと…」
「するか!あんな性悪ババア!…っと」
「え…っと?」

 なんだか聞いてた話と違うみたい?

「クソが……今はソロの戦士、モンドだ」

 精霊たちの怒りの赤が薄れて正常に戻ったことから、危険はないと判断しクルトも剣を収めた。

「では、モンドさん。わたしを誘拐しようと目論んだ理由はなんでしょう」
「……」
「クルトさん、この変態王子退治してもいいで」
「だあっ!くそ。噂を聞いたからだ!本当に聖女かどうか確かめに来た!」

 モンドはふて腐れながらも、クルトは本気でミヤコに従うだろうことを予想して、慌てて付け加える。ミヤコはため息をついた。

「確かめに来るついでに人攫いですか」
「……聖女だ愛し子だと騒がれているからな。真相はどうなのかと思って見に来た」
「だったらせめて見るだけにしといて貰いたかったです」
「民を翻弄して希望をもたせて、やっぱり違ったと絶望させられてもかなわんからな!これ以上民を苦しめる前に手を打たねばと思ったんだ」

 モンドの発言にクルトもミヤコも目を丸くして首を傾げた。モンドは体裁悪そうにフンと横を向いて、眉を寄せていた。

 噂と違って、なんだかまともなんじゃない?この王子様。

 クルトも思うところがあったのか、腕を組んで伺うようにモンドを見つめた。

「全く手が出なかったがな。…それで、女。お前はなんだ?」
「異世界人ですよ。噂の」
「俺が聞いてるのは聖女か愛し子かということだ」
「聖女様ってのは絶対ムリですね。精霊王は私の祖父です。まあ愛されてると言えばそうですけど、定義的に違うんじゃないですか?精霊に好かれていると言えばクルトさんだってそうですし」
「……おい、お前赤獅子だろう。ハルクルトだったか」
「……はい」

 それまで黙ってミヤコの後ろに立っていたクルトは嫌そうに視線を外し返事をした。

「お前はこの女をよく知っているのだろう。精霊王の親族が異世界人だと?真実はどうなんだ」

 クルトはモンドを見てからミヤを見て、はあ、とため息をついた。

「ひとまず緑の砦に戻って話しませんか。噂はその目で見たほうが早いでしょう」

 話が長くなりそうだったので、結局その日に収集したハーブや薬草、果実を持って緑の砦に帰ってから話すことになった。



==========

変態王子、只今参上!
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

あの夏の日、私は確かに恋をした

田尾風香
恋愛
夏の祭礼の終盤、私は婚約者である王子のエーリスに婚約破棄を言い渡されて、私が"精霊の愛し子"であることも「嘘だ」と断じられた。 何も言えないまま、私は国に送り返されることになり、馬車に乗ろうとした時だった。 「見つけた、カリサ」 どこかで見たことがあるような気がする男性に、私は攫われたのだった。 ***全四話。毎日投稿予定。四話だけ視点が変わります。一話当たりの文字数は多めです。一話完結の予定が、思ったより長くなってしまったため、分けています。設定は深く考えていませんので、サラッとお読み頂けると嬉しいです。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...