34 / 127
第1章:東の魔の森編
第34話:家族会議
しおりを挟む
精霊王と祖母がミヤコに笑顔で近づき、そろそろ帰らないとね、といった。
それもそうだ、幽体離脱してこちら側に来てからそろそろ一週間。ミヤコの体もちょっと心配になってきたし、叔父夫婦も淳もきっと心配しているに違いない。帰ったら火葬済みとか冗談でも嫌だし、死んでなくてもげっそり痩せていたら、ただでさえない胸も尻もへこんでしまう。仕事も中途半端にしてしまった。
私の居場所はまだあるのだろうか、と少しばかり不安もある。
過去についても思い出したし、いろいろ叔父たちにも謝らなければ。ミヤコのことを思って何も言わず育ててくれたのだ。逃げてばかりいても仕方がない。きっちり向き合うべきだろう。
「ミヤ」
ぐっと気合を入れたところで、クルトがミヤコを呼び止めた。不安そうな顔のクルトを見てミヤコは安心させるように笑った。
「ひとまず本体に戻って、今度はちゃんと扉側から来ますよ」
とミヤコは笑うが、クルトは瞳を泳がせて言い淀むとミヤコの光に包まれた手を取った。しばらくその手を見つめてから、思い切ったように顔を上げてミヤコに向き合った。
「一方通行のドアはもう嫌だ。今回のことでは胃に穴が開くかと思った」
「ご、ごめんなさい」
「……僕から君に会いに行くことはできないのだろうか」
祖母が頬に手を当てながら、にこやかにクルトとミヤコに近付いた。
「あらあら。そのことなら私が」
そういうと、祖母はクルトにミヤコと同じ鍵を手渡した。
「これは…」
「この鍵は精霊王から。ミヤコが家にいるときだけ、この鍵は反応するから。でも入る前にノックはしてね。一応女の子の部屋だしね」
「あ、ありがとう、ございます」
クルトがちょっと赤くなってしどろもどろでお礼を言った。
「それから、ミヤコもうお供えもお線香もいらないわよ。あれは一種の安全装置だったからもう解除してあるの。ミヤコが向こうの植物をこちら側に持ち込んだ地点でね」
あれ、そういえば。ちょっと待って。
「一つ聞きたいんだけど。おばあちゃん、お葬式あげた、よね?」
そう。色々有り過ぎてお座なりになってたけど、なんで普通に会話してるの?
生きてるの?
あれは嘘なの?
それとも異世界転移なの?
「ああ、それはね。私も精霊になったからよ」
え?
「ほら、私はおじいちゃんと婚姻を結んだでしょ。精霊の契約と言ってね、血肉と精神を分けることができるのよ。肉体は滅びてしまうから仕方がないのだけど、精霊体は時間の干渉がないから。精霊王はこっちの人だし、私の体が持たなくなってこっちに来たの。ミヤコも成人したし、いつかこちらにつながる扉も見つけるだろうと思ってね。そうすればまた会えるし。あんまり遅かったら私から会いに行ってただろうけど。思ったより早くてびっくりよ」
「うわー…」
「ミヤコにも素質はあるわよ」
素質って、精霊になる素質?まあそれは身をもって今体験してますものねえ。幽体離脱。
「ま、まあ。それじゃクルトさん。私病院にいるらしいので、帰ってきたらまたこっち来ますね」
そう言ったミヤコに、クルトはつと近づくとおもむろにギュッと抱きしめた。
「…前に、君が来たい時にいつでも来ればいいと言ったけど」
耳元でクルトが囁くと、ミヤコは心臓が跳ね上がる思いで全身が真っ赤になる。
「本当は、毎日顔が見たい」
*****
「ふおおおおおっ!?」
心臓麻痺を起こすのではないかと思うほど跳ね上がる心臓を押さえて、ミヤコは飛び起きた。
「なんなの!なんなのっそれっ!!」
はた、と気がつくとそこは病院のベッドの上。
椅子から転げ落ちた淳と、花を活けようとして手に持っていた花瓶を落とした和子が、目を皿のようにして硬直してミヤコを見つめた。
「あ、あれ?」
一瞬の空白の後、歓喜してミヤコに抱きついた淳とパニックに陥った和子が雄叫びをあげ、看護婦が病室に飛び込んできた。
「ミヤッ、ミヤッ、ミヤコーーーー!!!!」
「生き返った、生き返った、生き返った!お父さんっ、お父さーーん!!」
「ぐっ!く、苦しっ!淳にいっ!死ぬっ!!シヌーーッ」
「何事ですかっ!真木村さん?どうしました!?」
***
「ええと、お騒がせしまして。すみません」
天地をひっくり返すような騒動が落ち着いた後、医者の精密検査を受けてミヤコは次の日無事、家に戻ってくることができた。
珍しく全員揃っているということで少し早いが、お昼ご飯を一緒に食べようということになり、叔父宅でカニ雑炊を土鍋で作り、それを囲んでの家族会議になった。
「全部、思い出しました」
「全部って…全部?」
「はい。両親のことも、私がやらかした事も、全部」
哲也がひゅっと息を飲み、全員が顔を見合わす。
「両親の件で叔父さんたちにも、おばあちゃんにも大変迷惑をかけました。それなのに都合よく忘れてしまって…ごめんなさい」
「ミヤコ、お前のせいじゃないんだよ。終わったことはもういい。辛いだろうが、事実を知ったのはよかったと思う」
哲也が絞り出すように声を出す。和子も今回ばかりは黙って手の中のお椀に目を伏せている。
「子供のお前にしてみれば、無邪気に母親を喜ばせようとしただけだ。花咲か爺さんみたいにな」
「5歳かそこらの子供をジジイにすんなよ、親父…」
少しの沈黙の後、プッと淳が笑い出す。
「よかったじゃんか。終わったことは戻せないけど、記憶が戻ったんならそこから新たに学べばいい。あの異世界の扉もクルトとかいう男のこともけじめつけるんだろ?」
ミヤコは一瞬気を張りつめたような面持ちになったが、フッと肩の力を抜くと、雑炊を一口すくった。一週間ぶりの温かい食事が腹にじわりとしみる。
「意識をなくしたのは、わたしの意識が向こう側にいたからなの。向こうで、おじいちゃんとおばあちゃんに会いました」
全員が怪訝な顔をする。和子がおずおずと口を開く。
「それは、夢の中で、ということ?」
「…ううん。向こうの世界で」
「お袋と親父、生きてんのか?」
震える手で哲也が箸を置いた。ミヤコの答えを食い入るように見ている。
「生きてるというか、精霊として、かな。おじいちゃんは向こう側の精霊王だから、おばあちゃんも精霊になったって。肉体は滅びてしまったけど、精霊体は時間の関与が物理的に違うから」
「そう、か。よくわからんけど、生きてんだな?」
「若返ってたよ、おばあちゃん」
「はあ?」
「精神の適応年齢に姿形が取れるんじゃないかなあ。30歳くらいになってた。中身が若かったからね、あの人」
これには皆ぽかんとしていたが、哲也がくくっと笑い、和子がずるいわね、と呟くと、あとはなし崩しに大笑いになった。淳だけはまだ腑に落ちない感じだったが。さすが、あの祖父母の子供だけあってあまり動じてないあたり、叔父とそれを夫に持つ叔母はすごいなと思う。
ミヤコの体が惰眠を貪っている間、向こうで何が起きたのかミヤコが何をしでかしたのかも包み隠さず伝えた。もう隠し事はいらない、したくないと思ったからだ。そしてこれからのことも相談をした。
「わたし、クルトさんのお店、手伝いたいの。収入についてはまだ考えていないんだけど、昔向こうで魔性の森とか創っちゃってて、なんか迷惑かけてきたみたいなんだ、忘れていた20年くらいの間。今はわたしの作る料理が向こうでは回復薬とかになるから役に立ちたいの」
「なんだよその魔性の森って。お前、魔王みたいだな」
淳が呆れてガハハと笑う。
「本当に。魔王で聖女で精霊の愛し子?めちゃくちゃだよ」
まあ、しばらくならいいんじゃないのと和子が言い、若いうちはやりたい事をやれと哲也が付け加えることで家族会議は終わった。のちに叔父夫婦は、定期的な状況報告と野菜を奉納することで、我が家の管理費は免除ということにしてくれた。
「俊則が見舞いに来てな」
そういえば、と取って付けた様に淳が言った。
「鈴木君が?」
「そうだった!あそこの酒屋にはわたしもう行きませんからね!可愛い娘をアバズレ呼ばわりされて、絶対許さないんだから!主婦をなめるんじゃないっていうのよ!」
思い出した様に和子がプリプリ怒りながら、おかわりの雑炊をミヤコに手渡す。
「殴ってやろうかとも思ったんだが、噂の元凶はあそこの親父らしい」
「ああ、そっか。自慢の息子だからね。わたしみたいなのが、うろちょろしてるのが嫌だったのかな」
「うろちょろしてたのはあっちだろ」
「うん、でもわたしも揺らいでたし…。なんだかんだいって、やっぱり聡の件で参ってたのかもしれない。ちょっとクラッとしちゃってね。告白されて、どうしようかなって。次の日に断っちゃったんだけどさ。もうちょっとちゃんと考えるべきだった」
そう、クルトさんと鈴木君を天秤に架けようとしてた。かまってくれて、愛してくれて居心地の良さを求めて。でもそれじゃ聡と一緒なんだって気づいたから、断ったんだけど。
期待させて傷つけたんだよね、また。
「どっちにしても、俊則にチャンスはないけどな。今の地点で、俺が許さん」
淳がへッと鼻で笑うと、とうとう酒を飲みだした哲也が口を挟んだ。
「なんだ、なんだ。男の一人や二人侍らせとけばいいだろが。ミヤコはいい女だからそのくらいでいいんだ」
「お父さん!やめてくださいよ、そんなふしだらな子に育てていないでしょ!」
「ミヤコは不器用なつくし型だから苦労するんだよ。遊べるうちに遊んどけ。あ、でも子供は作るなよ」
「親父、それは男の育て方だ。俺と美樹の子供には変なこと教えんなよ」
淳が呆れて雑炊をすする。
「あ、そういえば、美樹さんは?」
「今日は妊婦友達とウォーキング会だってさ」
「はあ。妊婦も大変だね」
「まあな。今の俺は下僕だ」
悩んでいた事も全てぶちまけて、すっきりしたミヤコが自宅に帰ったのは、夕方近くになってからだった。
==========
第1章 完。
読んでいただきありがとうございました。
それもそうだ、幽体離脱してこちら側に来てからそろそろ一週間。ミヤコの体もちょっと心配になってきたし、叔父夫婦も淳もきっと心配しているに違いない。帰ったら火葬済みとか冗談でも嫌だし、死んでなくてもげっそり痩せていたら、ただでさえない胸も尻もへこんでしまう。仕事も中途半端にしてしまった。
私の居場所はまだあるのだろうか、と少しばかり不安もある。
過去についても思い出したし、いろいろ叔父たちにも謝らなければ。ミヤコのことを思って何も言わず育ててくれたのだ。逃げてばかりいても仕方がない。きっちり向き合うべきだろう。
「ミヤ」
ぐっと気合を入れたところで、クルトがミヤコを呼び止めた。不安そうな顔のクルトを見てミヤコは安心させるように笑った。
「ひとまず本体に戻って、今度はちゃんと扉側から来ますよ」
とミヤコは笑うが、クルトは瞳を泳がせて言い淀むとミヤコの光に包まれた手を取った。しばらくその手を見つめてから、思い切ったように顔を上げてミヤコに向き合った。
「一方通行のドアはもう嫌だ。今回のことでは胃に穴が開くかと思った」
「ご、ごめんなさい」
「……僕から君に会いに行くことはできないのだろうか」
祖母が頬に手を当てながら、にこやかにクルトとミヤコに近付いた。
「あらあら。そのことなら私が」
そういうと、祖母はクルトにミヤコと同じ鍵を手渡した。
「これは…」
「この鍵は精霊王から。ミヤコが家にいるときだけ、この鍵は反応するから。でも入る前にノックはしてね。一応女の子の部屋だしね」
「あ、ありがとう、ございます」
クルトがちょっと赤くなってしどろもどろでお礼を言った。
「それから、ミヤコもうお供えもお線香もいらないわよ。あれは一種の安全装置だったからもう解除してあるの。ミヤコが向こうの植物をこちら側に持ち込んだ地点でね」
あれ、そういえば。ちょっと待って。
「一つ聞きたいんだけど。おばあちゃん、お葬式あげた、よね?」
そう。色々有り過ぎてお座なりになってたけど、なんで普通に会話してるの?
生きてるの?
あれは嘘なの?
それとも異世界転移なの?
「ああ、それはね。私も精霊になったからよ」
え?
「ほら、私はおじいちゃんと婚姻を結んだでしょ。精霊の契約と言ってね、血肉と精神を分けることができるのよ。肉体は滅びてしまうから仕方がないのだけど、精霊体は時間の干渉がないから。精霊王はこっちの人だし、私の体が持たなくなってこっちに来たの。ミヤコも成人したし、いつかこちらにつながる扉も見つけるだろうと思ってね。そうすればまた会えるし。あんまり遅かったら私から会いに行ってただろうけど。思ったより早くてびっくりよ」
「うわー…」
「ミヤコにも素質はあるわよ」
素質って、精霊になる素質?まあそれは身をもって今体験してますものねえ。幽体離脱。
「ま、まあ。それじゃクルトさん。私病院にいるらしいので、帰ってきたらまたこっち来ますね」
そう言ったミヤコに、クルトはつと近づくとおもむろにギュッと抱きしめた。
「…前に、君が来たい時にいつでも来ればいいと言ったけど」
耳元でクルトが囁くと、ミヤコは心臓が跳ね上がる思いで全身が真っ赤になる。
「本当は、毎日顔が見たい」
*****
「ふおおおおおっ!?」
心臓麻痺を起こすのではないかと思うほど跳ね上がる心臓を押さえて、ミヤコは飛び起きた。
「なんなの!なんなのっそれっ!!」
はた、と気がつくとそこは病院のベッドの上。
椅子から転げ落ちた淳と、花を活けようとして手に持っていた花瓶を落とした和子が、目を皿のようにして硬直してミヤコを見つめた。
「あ、あれ?」
一瞬の空白の後、歓喜してミヤコに抱きついた淳とパニックに陥った和子が雄叫びをあげ、看護婦が病室に飛び込んできた。
「ミヤッ、ミヤッ、ミヤコーーーー!!!!」
「生き返った、生き返った、生き返った!お父さんっ、お父さーーん!!」
「ぐっ!く、苦しっ!淳にいっ!死ぬっ!!シヌーーッ」
「何事ですかっ!真木村さん?どうしました!?」
***
「ええと、お騒がせしまして。すみません」
天地をひっくり返すような騒動が落ち着いた後、医者の精密検査を受けてミヤコは次の日無事、家に戻ってくることができた。
珍しく全員揃っているということで少し早いが、お昼ご飯を一緒に食べようということになり、叔父宅でカニ雑炊を土鍋で作り、それを囲んでの家族会議になった。
「全部、思い出しました」
「全部って…全部?」
「はい。両親のことも、私がやらかした事も、全部」
哲也がひゅっと息を飲み、全員が顔を見合わす。
「両親の件で叔父さんたちにも、おばあちゃんにも大変迷惑をかけました。それなのに都合よく忘れてしまって…ごめんなさい」
「ミヤコ、お前のせいじゃないんだよ。終わったことはもういい。辛いだろうが、事実を知ったのはよかったと思う」
哲也が絞り出すように声を出す。和子も今回ばかりは黙って手の中のお椀に目を伏せている。
「子供のお前にしてみれば、無邪気に母親を喜ばせようとしただけだ。花咲か爺さんみたいにな」
「5歳かそこらの子供をジジイにすんなよ、親父…」
少しの沈黙の後、プッと淳が笑い出す。
「よかったじゃんか。終わったことは戻せないけど、記憶が戻ったんならそこから新たに学べばいい。あの異世界の扉もクルトとかいう男のこともけじめつけるんだろ?」
ミヤコは一瞬気を張りつめたような面持ちになったが、フッと肩の力を抜くと、雑炊を一口すくった。一週間ぶりの温かい食事が腹にじわりとしみる。
「意識をなくしたのは、わたしの意識が向こう側にいたからなの。向こうで、おじいちゃんとおばあちゃんに会いました」
全員が怪訝な顔をする。和子がおずおずと口を開く。
「それは、夢の中で、ということ?」
「…ううん。向こうの世界で」
「お袋と親父、生きてんのか?」
震える手で哲也が箸を置いた。ミヤコの答えを食い入るように見ている。
「生きてるというか、精霊として、かな。おじいちゃんは向こう側の精霊王だから、おばあちゃんも精霊になったって。肉体は滅びてしまったけど、精霊体は時間の関与が物理的に違うから」
「そう、か。よくわからんけど、生きてんだな?」
「若返ってたよ、おばあちゃん」
「はあ?」
「精神の適応年齢に姿形が取れるんじゃないかなあ。30歳くらいになってた。中身が若かったからね、あの人」
これには皆ぽかんとしていたが、哲也がくくっと笑い、和子がずるいわね、と呟くと、あとはなし崩しに大笑いになった。淳だけはまだ腑に落ちない感じだったが。さすが、あの祖父母の子供だけあってあまり動じてないあたり、叔父とそれを夫に持つ叔母はすごいなと思う。
ミヤコの体が惰眠を貪っている間、向こうで何が起きたのかミヤコが何をしでかしたのかも包み隠さず伝えた。もう隠し事はいらない、したくないと思ったからだ。そしてこれからのことも相談をした。
「わたし、クルトさんのお店、手伝いたいの。収入についてはまだ考えていないんだけど、昔向こうで魔性の森とか創っちゃってて、なんか迷惑かけてきたみたいなんだ、忘れていた20年くらいの間。今はわたしの作る料理が向こうでは回復薬とかになるから役に立ちたいの」
「なんだよその魔性の森って。お前、魔王みたいだな」
淳が呆れてガハハと笑う。
「本当に。魔王で聖女で精霊の愛し子?めちゃくちゃだよ」
まあ、しばらくならいいんじゃないのと和子が言い、若いうちはやりたい事をやれと哲也が付け加えることで家族会議は終わった。のちに叔父夫婦は、定期的な状況報告と野菜を奉納することで、我が家の管理費は免除ということにしてくれた。
「俊則が見舞いに来てな」
そういえば、と取って付けた様に淳が言った。
「鈴木君が?」
「そうだった!あそこの酒屋にはわたしもう行きませんからね!可愛い娘をアバズレ呼ばわりされて、絶対許さないんだから!主婦をなめるんじゃないっていうのよ!」
思い出した様に和子がプリプリ怒りながら、おかわりの雑炊をミヤコに手渡す。
「殴ってやろうかとも思ったんだが、噂の元凶はあそこの親父らしい」
「ああ、そっか。自慢の息子だからね。わたしみたいなのが、うろちょろしてるのが嫌だったのかな」
「うろちょろしてたのはあっちだろ」
「うん、でもわたしも揺らいでたし…。なんだかんだいって、やっぱり聡の件で参ってたのかもしれない。ちょっとクラッとしちゃってね。告白されて、どうしようかなって。次の日に断っちゃったんだけどさ。もうちょっとちゃんと考えるべきだった」
そう、クルトさんと鈴木君を天秤に架けようとしてた。かまってくれて、愛してくれて居心地の良さを求めて。でもそれじゃ聡と一緒なんだって気づいたから、断ったんだけど。
期待させて傷つけたんだよね、また。
「どっちにしても、俊則にチャンスはないけどな。今の地点で、俺が許さん」
淳がへッと鼻で笑うと、とうとう酒を飲みだした哲也が口を挟んだ。
「なんだ、なんだ。男の一人や二人侍らせとけばいいだろが。ミヤコはいい女だからそのくらいでいいんだ」
「お父さん!やめてくださいよ、そんなふしだらな子に育てていないでしょ!」
「ミヤコは不器用なつくし型だから苦労するんだよ。遊べるうちに遊んどけ。あ、でも子供は作るなよ」
「親父、それは男の育て方だ。俺と美樹の子供には変なこと教えんなよ」
淳が呆れて雑炊をすする。
「あ、そういえば、美樹さんは?」
「今日は妊婦友達とウォーキング会だってさ」
「はあ。妊婦も大変だね」
「まあな。今の俺は下僕だ」
悩んでいた事も全てぶちまけて、すっきりしたミヤコが自宅に帰ったのは、夕方近くになってからだった。
==========
第1章 完。
読んでいただきありがとうございました。
11
お気に入りに追加
857
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる