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第1章:東の魔の森編
第14話:パートタイムで掃除婦します
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話し合いの結果、ミヤコは週に三日ほどクルトの食堂の掃除を請け負うことになった。時間は朝7時から1時間ほどの開店前だ。前日に使った食器などはクルトがちゃんと朝までに洗っておくということで、主に床掃除やテーブルの拭き掃除といった「浄化作業」が中心である。
その代わり夜、店を閉めてからミヤコの庭の手入れや収穫、消臭剤などの物作りをクルトがこちら側に来て手伝うというものだ。
これは昼間にすれば目撃者がいるかもしれないという考慮からのことだったが、冬になれば考え直さなければならないだろう。日が暮れてからの庭仕事は辛いし、寒い。やはりビニールハウスにするべきか。
仕事はさほど大変でもなかった。翌日、毎朝6時に起きたミヤコは前回と同じ掃除道具を持って、約束の時間にクルトの食堂におりた。クルトは丁度朝練を終えて、戻ってきたところだった。汗だくになっている。
「やあ、おはよう、ミヤ」
「おはようございます、クルトさん。朝練ですか?」
「ああ、体力はつけておかないとね」
それにしても、臭い。
いや、クルトの体臭ではなくて。
店の中は、以前のような吐くほどの匂いではないが、しばらく放っておいて濡れた雑巾が生乾きになったような匂いが漂っている。水場を見てみるが、濡れたまま放ってある様なものはない。
「窓、開けてもいいですか」
と聞けば、外の空気は中よりも悪いよと言われ躊躇した。窓から外を見れば、食堂の周りは土肌が見えており、少し離れたところからわずかに芝の様な緑が見える。だが全体に緑はなく殺伐としているようだ。育たないのだろうか。
結界があるから魔物は入ってこないし、瘴気も入ってこないはずなのだが、ダンジョンに行って瘴気を纏った人が来れば、瘴気の残り香も結界内に留まる。来る人が多ければ多いほど、結界内にも瘴気が溜まるのだ。だが、部屋の窓を閉め切ったままでは、空気の循環は良くならない。今までは、店を閉めた後でクルトが浄化魔法を使って瘴気を消していたらしいが、消臭スプレーでどれほど瘴気が消せるのかもミヤコにとっては疑問だった。
クルトには瘴気の匂いはわからないらしいが、肌で感じることができるという。ひどい時は吐き気がしたり、体内に溜まるので病気になったりもする。そのため毎日の浄化魔法は欠かさないのだが一定量以上を吸い込むと、前回の様に動けなくなってしまうので注意が必要なのだそうだ。
ミヤコにとって、瘴気は悪臭。
空気清浄機の様なものがあればいいかもしれないが、電気が通っていないので、代用品を考えるべきか。
「ちょっとだけ、外出てもいいですか。自分で実感してみないとどれほど酷いかわからないし」
「じゃあ、少しだけ。気分が悪くなったらすぐ引き返すよ?」
クルトは食堂の入り口のドアを開けた。
「うわ。クッサイ」
これは駅裏の飲み屋のゴミ回収日の匂いだ!ドアを開ける度にこれでは、店内も臭うハズだ。この匂いの中でご飯を食べるというのはどうかと思うが、こちらの人には臭わないんだっけ。鼻がすでに慣れてしまっているのではないだろうか。
「クルトさん、転移魔法というのはこの結界内ならどこでも転移可能なんですか?」
「いや、場所は決まっている。これは国が決めた転移ポイントというのがあって、誰でもどこでも自在というものではないんだ。緑の砦の移動ポイントはあそこに…」
クルトが指を指した場所は結界のすぐ横にあり、砦から100メートルくらい後側、小さなプラットホームの様なスペースだった。駅構内の改札機の様なものが二つあり、そこが入り口と出口のようだ。
「出入りができるのは討伐隊や戦士、兵士、冒険者などで国の出した許可証を持っている者だけなんだよ。魔力を使わないで済むようになっていて、許可証を持っていないものが使うと、時空の狭間に落ちる」
時空の狭間。なんか怖い。ブラックホールとか言うやつ?
「じゃあ、わたしも使えないんですね」
「使ってみたいの?」
「いえ別に。なんか怖いし」
「もし使ってみたいのなら仮許可証は僕が発行できるよ。片道しか使えないけどね」
「え、帰ってこれないんじゃ、ダメでしょ」
「だね」
「結界内は結構広いんですね」
小さな飛行場くらいの広さはある。訓練用とかに使っているのかな。
「うん。中には獣魔を連れてる奴もいるし、大勢で来た時や店に入れない場合は、外で待機もあるから」
そうか。だから芝が擦れてしまって、土肌になってるわけ。
「それなら…」
「ミヤ?」
ミヤコはそう言うなり自分の考えに没頭して、クルトを無視してうんうんと頷き「今日は部屋の中だけにしましょう」と言って店に戻った。
そうして小一時間しっかり消臭除菌の掃除をして、瘴気が浄化したことをクルトと確認すると、「ちょっと考えがあるので、まとまったら報告します。今晩うちの方に来てください。夕飯の時説明します」とだけ言って、ミヤコは帰って行った。
*****
夜になって、ミヤがクローゼットの扉を開け放しにしておいてくれたので、念のためコンコンとドアをノックした。入居の許可を取ると、廊下に入るなり香ばしい匂いが僕の食欲を唆った。
キュルルと腹が鳴り、空腹だったことを思い出す。
キッチンに入ると、ミヤが「いらっしゃい」とグラスを手渡してくれた。繊細で透明なグラスは見ているだけでも美しい。手渡されたものは、白ワインという飲み物だった。
「オーストラリア産のリースリングです。食前なので軽めに」
「今日は、海鮮パスタにしました」とミヤが言って、皿を置く。
ミヤの説明では、スパゲティという小麦粉を練って茹でたものにアサリとエビ、白身魚とイカを白ワインとチリバターのソースで絡めたというもの。チリの赤とパセリの緑のコントラストが食欲をそそる。横にはブルスケッタというカリカリに焼いたパンの上に、ビネガレットで和えた野菜が載せられたものが添えられていた。こちらもトマトとバジルの彩りがみずみずしい。
僕は目を輝かせて、席に着いた。宝石のような食事に目が釘付けになる。これは食べられるものなのだろうか。こちらの世界の食事状は遥かに充実していて少々羨ましい。
***
「植物を植えたらいいと思うの」
「植物?」
「そう。あのね、こっちにある観葉植物で空気清浄効果の高いものが幾つかあるの。サンスベリアとかアロエベラは特に乾燥にも強いし、外でも十分育つと思うんだ。空気浄化のできる植物だから、瘴気にも強いんじゃないかと思うのよ」
今朝は丁寧に話していたミヤも、酒が入っているせいか、随分打ち解けて崩した話し方になっていたので、僕もそれに習い丁寧語をやめた。
「なるほど」
聞いたこともない植物だからよくわからないが、と苦笑しながら、僕はミヤの真似をしてスパゲティをフォークに巻き付け、魚介をその先に突き刺して大きな口でパクリと食べる。もぐもぐと咀嚼しながら頷く。あっさりしているのにコクがあり、出されたワインともよく合っている。魔力と体力がじんわりと回復するのがわかり、ほうっと息をつく。
「転移ポイントから店の入り口まで道しるべのように並べて置いて、外から引きずってきた瘴気を浄化しながら店に入れば、店の中もそれほど瘴気がたまらないんじゃないかと思うのね」
「そうか。そういう植物なら店の中にも何点かおけば、それだけでも瘴気が薄れるかも知れないな」
「まずは植木鉢で試してみて、向こうでも育つかどうかやってみない?」
「精霊の力を借りて、強化させてもいいしね」
「あ、それいいね。だったらそんなに大きなもの買わずに、苗から育てれば安く済むし」
緑の砦の結界はわりと大きなスペースがとってあり、団体の討伐隊が来て店に入れない状態でも外で待機できるようになっていた。運動場みたいなものだ。
ただそのせいで芝が育たず、なんとも殺風景なのだ。
今まで気にもしたことはなかったが、確かにせっかく店の中の空気が清浄化されても、外を見ると寒々と感じてしまう。この際、結界の周りにもそういった乾燥に強く、空気清浄効果のある植物を植えたら気持ちも向上するのではないか、というわけだ。うまくいけば外にテーブルと椅子を置いて、ピクニックベンチのようにしてもいけるとか。
ピクニックなんて、魔物が出る中悠長にやっていられないとは思うが、口にはしない。こちらの世界にはそういった危険なものはない様だし、それが普通なのだろう。うまく行けば、ミヤも居着いてくれるかもしれないので、頷いておく。
「明日ナーサリーに行って見てみます」と意気揚々とミヤが言って、その話は終わった。
食事の後で、熱いお茶を飲みながら庭に出ると、ミヤが驚愕のあまり挙動不審になっていた。
聞けば、数日前に植えたばかりのすべての野菜が実り、苗だったラベンダーがミヤの腰ほどの高さまで育っていたからだ。そういえば、数日前はこんなにもっさりしていなかった。……精霊の仕業か。
「これは…尋常じゃない…」
「うん……ちょっと気合入れすぎたみたいだね」
このままでは、庭の状況を知っているミヤの叔父夫婦に驚かれるかもしれないということで、ラベンダーは膝丈ほどに刈り取り、他のハーブも形を整え間引きをし、育って実をつけた野菜も収穫することにした。ついでに精霊には加減する様に注意しておく。
「クルトさん、お店でもこっちの野菜使ってみますか?」
「うーん。それはちょっと慎重にいきたいんだ。なにせミヤの作ったものは、効果が尋常じゃなくなるから」
「えっ、そうなの?」
「ああ、まだどういう食材がどういった効果になるのかわからないんだが、先日の肉料理は体が熱くなって、運動能力が跳ね上がってね。少し食べ過ぎたのだと思って打ち込みの練習をしたら的を壊してしまうし、走りこんだらものすごいスピードが出てしまって止まりきれず結界に激突したよ」
「ええっ?!」
「あのホットワインは、魔力量が一定時間向上した。あれを飲み続けたら、僕はきっと宮廷魔導師長官ですら超えてしまうかもしれない。でも火力調整が難しくて、砦を焼き払ってしまうかと思ったけどね。あの時ダンジョンに行っていたら森を焼き払ったか、トルネードで吹っ飛ばせたかもしれないな。試してみればよかった」
「いやいや、怖いでしょ。それは」
「まあだから、こちらの食材はちょっと気をつけて使わないといけないと思うんだ」
「そ、そうだね。国が崩壊するかもしれないね」
それはそれで、簡単に国の膿をだせるかもしれないけど、怖がらせたくはないので口にはしない。
結局、浄化作用のあるミントとリラックス効果のあるラベンダー、食用にも使えるが除菌や虫よけに効果を発揮するローズマリーと、比較的安心して使えるトマトをもらった。調理次第で効果は変わるものの、僕が調理する分にはおそらく大丈夫だろう。
間引いたハーブはミニポットに植え付けて、育ったら僕の店に持ってきてもらうことにした。
窓際やテーブルに置いたら可愛い、と可愛い顔をしてミヤが言う。
できれば君を店に飾りたいんだけど。ダメかな。枯らさない様にお世話するし。
こんな素晴らしい出会いをもたらしてくれた緑の砦と瘴気に、ほんの少しだけ感謝した。
きっと彼女を手放せなくなる。
そんな予感がした。
==========
読んでいただきありがとうございました。
その代わり夜、店を閉めてからミヤコの庭の手入れや収穫、消臭剤などの物作りをクルトがこちら側に来て手伝うというものだ。
これは昼間にすれば目撃者がいるかもしれないという考慮からのことだったが、冬になれば考え直さなければならないだろう。日が暮れてからの庭仕事は辛いし、寒い。やはりビニールハウスにするべきか。
仕事はさほど大変でもなかった。翌日、毎朝6時に起きたミヤコは前回と同じ掃除道具を持って、約束の時間にクルトの食堂におりた。クルトは丁度朝練を終えて、戻ってきたところだった。汗だくになっている。
「やあ、おはよう、ミヤ」
「おはようございます、クルトさん。朝練ですか?」
「ああ、体力はつけておかないとね」
それにしても、臭い。
いや、クルトの体臭ではなくて。
店の中は、以前のような吐くほどの匂いではないが、しばらく放っておいて濡れた雑巾が生乾きになったような匂いが漂っている。水場を見てみるが、濡れたまま放ってある様なものはない。
「窓、開けてもいいですか」
と聞けば、外の空気は中よりも悪いよと言われ躊躇した。窓から外を見れば、食堂の周りは土肌が見えており、少し離れたところからわずかに芝の様な緑が見える。だが全体に緑はなく殺伐としているようだ。育たないのだろうか。
結界があるから魔物は入ってこないし、瘴気も入ってこないはずなのだが、ダンジョンに行って瘴気を纏った人が来れば、瘴気の残り香も結界内に留まる。来る人が多ければ多いほど、結界内にも瘴気が溜まるのだ。だが、部屋の窓を閉め切ったままでは、空気の循環は良くならない。今までは、店を閉めた後でクルトが浄化魔法を使って瘴気を消していたらしいが、消臭スプレーでどれほど瘴気が消せるのかもミヤコにとっては疑問だった。
クルトには瘴気の匂いはわからないらしいが、肌で感じることができるという。ひどい時は吐き気がしたり、体内に溜まるので病気になったりもする。そのため毎日の浄化魔法は欠かさないのだが一定量以上を吸い込むと、前回の様に動けなくなってしまうので注意が必要なのだそうだ。
ミヤコにとって、瘴気は悪臭。
空気清浄機の様なものがあればいいかもしれないが、電気が通っていないので、代用品を考えるべきか。
「ちょっとだけ、外出てもいいですか。自分で実感してみないとどれほど酷いかわからないし」
「じゃあ、少しだけ。気分が悪くなったらすぐ引き返すよ?」
クルトは食堂の入り口のドアを開けた。
「うわ。クッサイ」
これは駅裏の飲み屋のゴミ回収日の匂いだ!ドアを開ける度にこれでは、店内も臭うハズだ。この匂いの中でご飯を食べるというのはどうかと思うが、こちらの人には臭わないんだっけ。鼻がすでに慣れてしまっているのではないだろうか。
「クルトさん、転移魔法というのはこの結界内ならどこでも転移可能なんですか?」
「いや、場所は決まっている。これは国が決めた転移ポイントというのがあって、誰でもどこでも自在というものではないんだ。緑の砦の移動ポイントはあそこに…」
クルトが指を指した場所は結界のすぐ横にあり、砦から100メートルくらい後側、小さなプラットホームの様なスペースだった。駅構内の改札機の様なものが二つあり、そこが入り口と出口のようだ。
「出入りができるのは討伐隊や戦士、兵士、冒険者などで国の出した許可証を持っている者だけなんだよ。魔力を使わないで済むようになっていて、許可証を持っていないものが使うと、時空の狭間に落ちる」
時空の狭間。なんか怖い。ブラックホールとか言うやつ?
「じゃあ、わたしも使えないんですね」
「使ってみたいの?」
「いえ別に。なんか怖いし」
「もし使ってみたいのなら仮許可証は僕が発行できるよ。片道しか使えないけどね」
「え、帰ってこれないんじゃ、ダメでしょ」
「だね」
「結界内は結構広いんですね」
小さな飛行場くらいの広さはある。訓練用とかに使っているのかな。
「うん。中には獣魔を連れてる奴もいるし、大勢で来た時や店に入れない場合は、外で待機もあるから」
そうか。だから芝が擦れてしまって、土肌になってるわけ。
「それなら…」
「ミヤ?」
ミヤコはそう言うなり自分の考えに没頭して、クルトを無視してうんうんと頷き「今日は部屋の中だけにしましょう」と言って店に戻った。
そうして小一時間しっかり消臭除菌の掃除をして、瘴気が浄化したことをクルトと確認すると、「ちょっと考えがあるので、まとまったら報告します。今晩うちの方に来てください。夕飯の時説明します」とだけ言って、ミヤコは帰って行った。
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夜になって、ミヤがクローゼットの扉を開け放しにしておいてくれたので、念のためコンコンとドアをノックした。入居の許可を取ると、廊下に入るなり香ばしい匂いが僕の食欲を唆った。
キュルルと腹が鳴り、空腹だったことを思い出す。
キッチンに入ると、ミヤが「いらっしゃい」とグラスを手渡してくれた。繊細で透明なグラスは見ているだけでも美しい。手渡されたものは、白ワインという飲み物だった。
「オーストラリア産のリースリングです。食前なので軽めに」
「今日は、海鮮パスタにしました」とミヤが言って、皿を置く。
ミヤの説明では、スパゲティという小麦粉を練って茹でたものにアサリとエビ、白身魚とイカを白ワインとチリバターのソースで絡めたというもの。チリの赤とパセリの緑のコントラストが食欲をそそる。横にはブルスケッタというカリカリに焼いたパンの上に、ビネガレットで和えた野菜が載せられたものが添えられていた。こちらもトマトとバジルの彩りがみずみずしい。
僕は目を輝かせて、席に着いた。宝石のような食事に目が釘付けになる。これは食べられるものなのだろうか。こちらの世界の食事状は遥かに充実していて少々羨ましい。
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「植物を植えたらいいと思うの」
「植物?」
「そう。あのね、こっちにある観葉植物で空気清浄効果の高いものが幾つかあるの。サンスベリアとかアロエベラは特に乾燥にも強いし、外でも十分育つと思うんだ。空気浄化のできる植物だから、瘴気にも強いんじゃないかと思うのよ」
今朝は丁寧に話していたミヤも、酒が入っているせいか、随分打ち解けて崩した話し方になっていたので、僕もそれに習い丁寧語をやめた。
「なるほど」
聞いたこともない植物だからよくわからないが、と苦笑しながら、僕はミヤの真似をしてスパゲティをフォークに巻き付け、魚介をその先に突き刺して大きな口でパクリと食べる。もぐもぐと咀嚼しながら頷く。あっさりしているのにコクがあり、出されたワインともよく合っている。魔力と体力がじんわりと回復するのがわかり、ほうっと息をつく。
「転移ポイントから店の入り口まで道しるべのように並べて置いて、外から引きずってきた瘴気を浄化しながら店に入れば、店の中もそれほど瘴気がたまらないんじゃないかと思うのね」
「そうか。そういう植物なら店の中にも何点かおけば、それだけでも瘴気が薄れるかも知れないな」
「まずは植木鉢で試してみて、向こうでも育つかどうかやってみない?」
「精霊の力を借りて、強化させてもいいしね」
「あ、それいいね。だったらそんなに大きなもの買わずに、苗から育てれば安く済むし」
緑の砦の結界はわりと大きなスペースがとってあり、団体の討伐隊が来て店に入れない状態でも外で待機できるようになっていた。運動場みたいなものだ。
ただそのせいで芝が育たず、なんとも殺風景なのだ。
今まで気にもしたことはなかったが、確かにせっかく店の中の空気が清浄化されても、外を見ると寒々と感じてしまう。この際、結界の周りにもそういった乾燥に強く、空気清浄効果のある植物を植えたら気持ちも向上するのではないか、というわけだ。うまくいけば外にテーブルと椅子を置いて、ピクニックベンチのようにしてもいけるとか。
ピクニックなんて、魔物が出る中悠長にやっていられないとは思うが、口にはしない。こちらの世界にはそういった危険なものはない様だし、それが普通なのだろう。うまく行けば、ミヤも居着いてくれるかもしれないので、頷いておく。
「明日ナーサリーに行って見てみます」と意気揚々とミヤが言って、その話は終わった。
食事の後で、熱いお茶を飲みながら庭に出ると、ミヤが驚愕のあまり挙動不審になっていた。
聞けば、数日前に植えたばかりのすべての野菜が実り、苗だったラベンダーがミヤの腰ほどの高さまで育っていたからだ。そういえば、数日前はこんなにもっさりしていなかった。……精霊の仕業か。
「これは…尋常じゃない…」
「うん……ちょっと気合入れすぎたみたいだね」
このままでは、庭の状況を知っているミヤの叔父夫婦に驚かれるかもしれないということで、ラベンダーは膝丈ほどに刈り取り、他のハーブも形を整え間引きをし、育って実をつけた野菜も収穫することにした。ついでに精霊には加減する様に注意しておく。
「クルトさん、お店でもこっちの野菜使ってみますか?」
「うーん。それはちょっと慎重にいきたいんだ。なにせミヤの作ったものは、効果が尋常じゃなくなるから」
「えっ、そうなの?」
「ああ、まだどういう食材がどういった効果になるのかわからないんだが、先日の肉料理は体が熱くなって、運動能力が跳ね上がってね。少し食べ過ぎたのだと思って打ち込みの練習をしたら的を壊してしまうし、走りこんだらものすごいスピードが出てしまって止まりきれず結界に激突したよ」
「ええっ?!」
「あのホットワインは、魔力量が一定時間向上した。あれを飲み続けたら、僕はきっと宮廷魔導師長官ですら超えてしまうかもしれない。でも火力調整が難しくて、砦を焼き払ってしまうかと思ったけどね。あの時ダンジョンに行っていたら森を焼き払ったか、トルネードで吹っ飛ばせたかもしれないな。試してみればよかった」
「いやいや、怖いでしょ。それは」
「まあだから、こちらの食材はちょっと気をつけて使わないといけないと思うんだ」
「そ、そうだね。国が崩壊するかもしれないね」
それはそれで、簡単に国の膿をだせるかもしれないけど、怖がらせたくはないので口にはしない。
結局、浄化作用のあるミントとリラックス効果のあるラベンダー、食用にも使えるが除菌や虫よけに効果を発揮するローズマリーと、比較的安心して使えるトマトをもらった。調理次第で効果は変わるものの、僕が調理する分にはおそらく大丈夫だろう。
間引いたハーブはミニポットに植え付けて、育ったら僕の店に持ってきてもらうことにした。
窓際やテーブルに置いたら可愛い、と可愛い顔をしてミヤが言う。
できれば君を店に飾りたいんだけど。ダメかな。枯らさない様にお世話するし。
こんな素晴らしい出会いをもたらしてくれた緑の砦と瘴気に、ほんの少しだけ感謝した。
きっと彼女を手放せなくなる。
そんな予感がした。
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