上 下
13 / 127
第1章:東の魔の森編

第13話:君は聖女

しおりを挟む
「実は、君のことは国王に話すべきじゃなかったと後悔していたんだ」

 握っていた手を離して、クルトはソファに深く座りなおした。ミヤコも離された手がすっと冷たくなるのを感じながら、ワインを持ち直しクルトの話を聞く体制に入った。

「君と話した後、僕はすぐに国王に面会を求めたんだ。視力が…ほとんど失明しかけていた視力が戻り魔力も戻った。毒素が体から抜けたことが嘘みたいで嬉しくて、聖女の力ですら直せなかったものが治った、と考えもなく言ってしまってね」

 はあ、とクルトがため息をついたので、ミヤコも「ああ、それで聖女のプライドを傷つけたんだな」と理解した。

「僕の国の聖女は国王の妃でね。でも、聖女というのは純真無垢で神に仕えなければいけない。国王ですら、その、手を出してはいけないんだ。わかるね?」
「はあ。白い結婚とか言う奴ですね」
「それで、誰かに汚されるよりは王が保護をしたほうがより安全だということでね。その当時王はまだ若く、正妃がいなかったから聖女が正妃ということで落ち着いた。そのあとで、側室として実質の王妃を娶り全ては丸く収まったはずだったんだ」

 ああ、これは、ダメな話なんだな。丸く治らなかったということなんでしょう。王様が手を出したか、聖女が乱れたか。

 ミヤコはふんふん、と頷いて先を促した。

「しばらくして、実質の王妃だったカサブランカ妃が崩御して、王太子は聖女によって育てられた。その王太子が15歳になった年に、あのバカ…失礼、モンファルト王子が聖女を襲ったんだ」

「ええっ!?」

 ナンテコッタイ。義母を襲う子供ってどうなの!?どういう教育をしたの?

「その、貞操は守られたらしいんだけど、それ以来聖女は集中力が欠けたというか、なんかこう守るべきものが変わったというか。とにかく、国のために聖女の力を使うよりも、自分の身を守るために力を使うようになってしまって」
「……まあ。気持ちはわからないでもないですね。」

「この数十年、聖女の瘴気の浄化能力が落ちてきていてね。神官たちも頑張っているんだが、20年ほど前に魔性植物の方が活発になって迷宮ダンジョンが生まれてしまった。その上、王子の聖女暴行未遂事件。それで、僕たちのような討伐隊ができたわけなんだけれど」

「えっ。クルトさん、討伐隊員だったんですか」

 討伐隊って、魔物ハンターってやつですよね。危ない仕事なんですよね。あっ体調崩していたのって、もしかしてそのせいだったのかな。

「討伐隊長だった。ビャッカランの毒を受けるまではね。それで隊を脱退したんだ。視力が落ちて魔法も使いこなせなくなったから仕方がない。それから3年ほど、ここで食堂の経営をしながら薬の研究をしていたんだ」

 どこか苛立たしく、吐き出すようにクルトは続けた。

「だけど、それはそれでよかったんだ。聖女の力が弱ってからそれまで魔法と彼女の力だけで医療が進んでいて、薬草については忘れ去られていた。薬草を探すのも育てるのも時間がかかるし何より魔性植物の瘴気にかかったら全滅するか魔性植物になるかだったから。でも昔の人は薬草を使っていたし、ポーションも作っていた。
 その調合方法を調べるのに何年もかかってしまって。なんとか回復薬は作れるようになったんだけど…解毒剤は無理だった。僕の毒はすでに全身を廻っていたし情報が少なすぎたというのもあるけれど、何せ片目は使えないし、体力もかなり落ちていたからね。本当にもうダメだと思った。ミヤのあの飲み物は本当に僕にとっては奇跡だったんだ」

 そこでクルトは顔を上げて、ミヤコを見据えた。

「ミヤの知識は、僕にとってとても大事なことなんだって解ってもらえたかな?」
「はい…まあ。でも聖女は無理ですが」
「時々でもダメか?」
「…あの、聖女って純真無垢じゃないとダメって言いませんでした?」
「うん?」
「えっと、わたし、純真無垢じゃないんで」
「…えっ」
「…えって…ええ、まあ」
「す、すまない。ちょっと不意打ちを食らった」
「ええ?」
「ミヤはその、まだ16かそこらだろう?」

 ああ、そうきたか。

 異世界人にとっても脅威のアジア人の奥義『見た目若くて年齢不詳』。西洋人でも騙されるアジア人の容貌は異世界人にも通用したのか。

「わたし、25歳です。ついこの間まで、結婚を前提に付き合っていた人がいたんで。処女じゃないんです、あいにく」

 クルトは大口を開けたまま、真っ赤になって硬直して何も言わなくなってしまった。暴露してから、恥ずかしくなったミヤコはちょっと不機嫌に顔を赤らめて、横を向いた。

「…相手が二股かけてて。向こうの女の家族が、権力を奮って彼に将来の仕事を斡旋したので、向こうの女と結婚するからってことになって。もういいや、と思ってとっとと実家に帰ってきたんです。あんな節操のない男は、こちらからも願いさげでしたから。ここは祖母の住んでた家で、わたしも昔はここで育ったんですよ。こんな扉があるとは、思いもしませんでしたが」

 一気に言ってしまうと、何だかすっきりした気分になったので、ミヤコはもう一口温くなったワインに口をつけた。

「なので、聖女は無理ですよ。でも、食堂のお掃除くらいならお手伝いできますけど?」

 ミヤコがそう付け加えると、その機会を逃す手はないと思ったのかクルトは我に返って嬉しそうに目を輝かせた。

「それでは、契約を結ばないか?タダ働きとは言わない。給金…は価値が違うかもしれんな。僕もこちらで手伝えることがあれば手伝うというのはどうかな。僕は精霊と意思の疎通ができる。ミヤのハーブ園の育成を早めたり、加護をつけたりのお願いもできると思う。それで作った例の除菌剤やら洗剤やらを使って、僕の店を掃除してはくれないだろうか。もちろん収穫は僕も手伝おう」

「それは助かります」

 ああよかった、とクルトは余程気を張っていたのかどっかりと坐り直し、ぬるいワインを一気に煽った。

 まあ、いわゆる掃除婦みたいなものだものね。あの悪臭をなくすためなら別に問題はない様にも思う。なんかよくわからない効果が付いてるけど、健康的にいられるなら、それくらい。

 それに収穫に男手があると助かるのは本当だし、もう少しこのイケメンと関われると思うと…。

 いいじゃん、それくらい。ねぇ?

「もう少し、ホットワイン飲みますか」

 とミヤコが聞けば、にっこり笑って是非と答える。
 ミヤコはキッチンに戻って、新たにホットワインを作り、ついでにつまみも、とグリッシーニにスパニッシュハムを巻きつけたものとピクルス、オリーブを持ってきた。

「ミヤにかかると、食べ物は魔法にかかったように美味しくなるな」

 クルトは温かいワインを受け取ると、目の前に差し出されたつまみに目をむいた。

 ミヤは留学で学んだことや、祖母から学んだことをかいつまんで話し、別れた恋人との経緯も語った。二人とも少し飲みすぎたのかも知れない。ミヤはすっかりくつろいで、舌もよく回った。クルトがウンウンと相槌を打ったり、眉をしかめて意見をしたり、一緒に笑ったりしたのでミヤもついつい話し過ぎてしまった。

 その内、クルトもポツリポツリと自分のことを話し始めた。

「僕にも、婚約者がいたんだ。マリゴールドと言ってね、王族の娘だったからちょっと堅苦しいところもあったけど笑顔の可愛いしっかりした人でね。僕と同じ風の使い手だった」

 ミヤコは小首を傾げ、頷いた。

「いた」ということは今は「いない」のだろうか。

「僕が毒にやられて、風魔法が使えなくなって…彼女も去っていったよ。僕らみたいな討伐隊員が魔法を使えないのは、無駄に等しいから。役立たずのレッテルを貼られて、彼女を幸せにすることはできなくなった」
「それは…辛かったね」
「それは、まあ……。でも、そのおかげで僕はゆっくり自分を見つめ直すことができた。世界の価値観もこの3年の間に変わったし…何よりも君に会えた」

 クルトは揺れるワインを見つめ、フッと笑う。

「王に会いに行った時にさ、しゃしゃり出てきた聖女になんと言われたと思う?毒が抜けてよかったとか、討伐隊の皆は大丈夫かとかそんなことじゃなくてさ。回復したのならさっさと討伐隊に復帰しろ、だったんだよ。その上、討伐が終わったら、マリゴールドとの復縁も考えてやるだってさ」

 あはは、とクルトは自笑する。

「クルトさん…」
「マリはもう他の男と結婚して子供もいるのにだよ。神殿にどっかり腰掛けて、聖女らしいこともしないくせに『男はみんな聖女を汚そうとしている』とか被害妄想にかられて表に出てこなくなって、挙句君を連れて来いとか…」

「ふざけるな、ですよねえ」

 クルトの表情がだんだん険しくなってくるのを見て、ミヤは宥めようとその先をつなげて言う。思わず握りこぶしにもなってしまった。だが、クルトははっとしてミヤコの顔を見上げ、途端に表情がゆるゆると崩れ、泣きそうな顔で笑う。

「本当に、何度も言うけど。ミヤに出会わなかったら、僕は今生きていなかった。あの日の瘴気できっと…」

 だから、とクルトは付け加える。

「ありがとう、ミヤ。君がどう言おうと、僕にとって君は聖女だ」




==========

読んでいただきありがとうございました。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

あの夏の日、私は確かに恋をした

田尾風香
恋愛
夏の祭礼の終盤、私は婚約者である王子のエーリスに婚約破棄を言い渡されて、私が"精霊の愛し子"であることも「嘘だ」と断じられた。 何も言えないまま、私は国に送り返されることになり、馬車に乗ろうとした時だった。 「見つけた、カリサ」 どこかで見たことがあるような気がする男性に、私は攫われたのだった。 ***全四話。毎日投稿予定。四話だけ視点が変わります。一話当たりの文字数は多めです。一話完結の予定が、思ったより長くなってしまったため、分けています。設定は深く考えていませんので、サラッとお読み頂けると嬉しいです。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...