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銀の夢
しおりを挟む深く深く、闇の中に沈んでいく。体は私の言うことを聞かず、ただひたすらに重力に任せて沈んでいくのに、底がない。どこまで沈むのか。どこにつながっているのか。
ムスターファは大丈夫だろうか。あの月の大神官は砕け散ったから、後始末で大わらわかもしれないな。ジャハールに叱られるのは、ムスターファだけ。すまない、同士よ。
でも、幼馴染だというし、きっと許してくれるだろう。ああ、それとホームレスの子供たちの受け入れも神殿は大丈夫だろうか。教会はスラムの人たちに少しの安らぎを与えてくれるだろうか。やるべきことはたくさんあったのに、すべてムスターファにぶっちゃけてしまったな。
光が見えた。
あそこがこの闇の底だろうか。どれどれ。不思議と恐怖心はなく、好奇心だけが募っていく。どこに行くのだろう。これは夢の中なのだろうか。それともまたどこかの異世界へと飛ばされてしまったのか。
軽い衝撃の後で、目を覚ました。白い光の中で誰かが覗き込んでいる。
「気がついて?」
銀の髪の綺麗な人だった。
銀の髪?誰かに似ている気がする。誰だっけ。
「ここは……?俺は(私は)どうしてここに」
ん?俺?
「あなた、突然降ってきて、ここに落ちたのよ」
「降って?」
きょとんとして、銀の髪の女性を見つめると、その人はふんわりと笑った。
「あなた名前は?」
「俺は、宮崎真実《みやざきまさみ》と申す。戦の最中だったと思ったが、俺は死んだのか」
はあ?ちょっと待って。戦って。俺って。私は———。
私は?
誰?
どうして、ここにいるのかしら。というか、この人の中から出られないんだけど。この男の人の体内に私は囚われて、この人の視点で物を見ているのね。
「死んではいないと思うのだけど、あなた、別の世界から来たのね」
「別の世界」
「よくあるのよ。時空の歪みから落ちてくる人。」
「時空の……歪み」
自分の手を見ると、乾いて黒ずんだ血がこびり付いている。兜は被っておらず、はい盾も籠手もボロボロだ。
「戦はどうなったのだ」
「どうかしら。ここでは戦はないわ。その物騒な衣装も脱いで構わないわよ」
「……なるほど。俺は確かにどこか別の場所にいるのだな」
私は、辺りを見渡して全く見覚えのない場所であることを確認し、所在無げに首を垂れた。確かに戦の影も形もない。緑が深く、季節は春か。小高い丘に色とりどりの花が咲き、柔らかな風が吹き抜けた。綺麗で平和な場所のようだった。
女性は興味深そうに私を見つめ、小首を傾げた。不思議な瞳の色、鬼と呼ばれても致し方無い銀の髪の色だが悪鬼のような禍々しさはない。どちらかといえば、神々しいと言っていい。
「美しい人、そなたの名を伺ってもよろしいか」
「私?私は……そうね、シルヴァーナ、と呼ばれているわ」
「し、しるばな?」
「ふふ。シルでいいわ。」
「シル殿か。変わった名前だ。それに、その銀の髪。魔性のものとは思えないが、俺を謀ったところで何も得るものはないぞ」
「失礼ね。謀ったりしないわよ。これでも月の女神なんだから」
「月の女神」
あれ?月の女神…。どこかで記憶に引っかかるんだけど。誰だったかしら。何だろう、ゆらゆら、ゆらゆら。心地の良い流れに身を浸しているようで、眠い。丸い光に包まれて私はウトウト彼の中で丸くなった。
「シル、どこにいる?」
彼が心配そうに声をあげたのを聞いて、私は目が覚めた。しまった。どのくらい寝ていたんだろう。心臓がドキドキして、これが彼の心情なのか私の心情なのかわからなくなった。このドキドキはときめきのドキドキだ。
ああ、そうか。この人は、恋をしている。
「マサ、ここよ」
「シル、会いたかった。」
「私も会いたかったわ。」
マサの目から見るシルヴァーナは、いつも微笑んで美しく、柔らかな光を湛えていた。美しい人。マサの目はシルヴァーナの瞳から唇へ移動し、そっと顔を近づける。心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。柔らかな彼女の唇に触れれば、ブワリと温かな熱が溢れてくる。大好きなのね。わかるわ。だって、私も…。
私も?
恋をしてた?
誰に?
「マサ、私を愛して…」
「仰せのままに…」
女神の要求に逆らえるはずもなく、逆らうわけもなく。嬉々として口づけをし、弾けんばかりの鼓動は、どす黒い欲求と交わりあっていく。触れたい、暴きたい。壊さないように、傷つけないように、大事に、大切にしたいのに、男の部分が凶暴に心を奪っていく。
私の視線はシルの柔らかそうな丘に釘付けになり、シルがゆっくりとドレスを脱いでいく。シルの視線が私の視線と絡み、その瞳の中に欲望の熱が見え隠れした。シルヴァーナもマサが欲しいんだ。
「ああ…美しい人。俺のような人間が触れていいものではないのに」
「マサ。私はあなたがいいの。あなたに暴いて欲しいと願うのは私なのよ」
「シル。あなたに触れれば、俺は止められない。それでも」
「あなたが欲しいの、マサ」
受け止めよう、私は豊かな乳房に手を伸ばした。ギュッと握れば、シルはびくりと体を強張らせる。力を抜いて、そっと揺らすとはあと吐息をつく顔が色づいて、股間が張った。
硬くなった頂点を指で擦れば、シルは私の髪に指を入れてゆっくりと撫でる。気持ちがいい。愛されていると感じた。細くて柔らかな指。私の硬くて大きな手とは違い…。
うん?
私は誰?
私は、マサ?
違う。私は———。
ふと浮かんだ違和感に、心が離れた。闇に沈んでいく。これは私じゃない。マサは私じゃない。私は、私は。
次の瞬間に、燃えるような衝撃に引っ張られて、意識が浮上する。
「マサ!マサッ!!兄様、やめて!」
「おのれ、不浄な人間の分際で!我が妹姫に!!」
「兄様やめて!」
熱い。腹が、焼けるように熱い。
呆然としてみれば、腹には大きな穴が空いていて、血が、たくさん流れて。震える手で零れ落ちる内臓を押さえつけ、シルを見る。青い髪の青い肌の男がシルの腕を掴み、私とシルの間に立ちはだかっていた。
「シル、愛している。永劫に、あなただけ」
「マサ!マサ!私もよ!あなたを愛しているわ!未来永劫あなただけを」
そこまで言いかけて、青い男がシルを叩き倒した。
シルは地面に崩れ落ち、青い男が馬乗りになる。何をするつもりなのか。シルをなぐり殺すつもりか。
「や、やめ、ろ!」
「見るがいい人間よ。お前はここで死に、お前の愛するこの女は、私が穢してやろう!神力を奪い、ただの人間としてな!」
「シ、ル。」
「ブルーノ兄様!私は構わない!この人は、この人は助けて!」
シル。シルヴァーナ。泣かないで。愛する人。未来永劫あなたを愛し、あなたを守ろう。何度生まれ変わろうと、あなたを見つけてあなたを愛そう。どこの世界で生きようと。必ず。
マサの命の灯火が、体から抜けた。
『お前もおいで』
『私?』
『そう、俺の中で微睡んでいただろう。お前は未来を視るためにここにいるのだろう?さあ、俺の手をとって』
マサが差し出したその手をとって、私はマサの体から抜け出ることができた。
『お前が宿る体はあそこにある。しっかり守っておくれよ』
『待って、マサ!私は、誰?なぜここにいるの!』
マサが答えるよりも早く、私はシルの体に吸い込まれていく。マサが微笑んだ。泣きそうなその顔が、誰かの顔とダブって、私はまた意識を飛ばした。
次に私が目をさますと、私は温かくて暗い闇にいた。どくどくと響く音が優しく、私はその音に包まれて微睡んだ。
『私の赤ちゃん…』
ハッとした。これはシルヴァーナの声だ。愛するシルの声。……いや、マサの愛するシルの声。私は手探りでここがどこなのか探った。暗闇の中、外は見えない。なのに、シルヴァーナが体を強張らせるのがわかった。恐れと嫌悪、憎しみと悲しみが伝わってくる。
『シルヴァーナ』
『兄様……こないで』
『あの汚らわしい男には触らせても、私にはダメだというか』
『汚らわしいのは兄様、あなたよ』
これは。あの青い男の声か。体に衝撃が走り、私は聞き耳をたてる。何が起こっているのか、体が揺れ動き、シルヴァーナが苦痛に悲鳴をあげた。
『私の体を犯しても、心まであなたには渡さない!』
私は息を飲んだ。この男。自分の妹を辱めているのか。マサの愛するシルヴァーナをそうやって穢しているのか!
触るな。
汚らわしい、男。
触るな。シルヴァーナに触るな!
私の母に、手を触れるな!!
怒りで目の前が赤く染まり、私は声の続く限り叫んだ。
許せない!
ひとしきり怒りを爆発させて、肩で息をしていると光が私の目を焼いた。眩しさに目を閉じて顔を背けると不意に浮遊感を感じて振り向いた。
目の前には赤い髪の、厳つい男が私を抱きかかえていた。どこかで見たことがある顔だ。記憶は曖昧で、思い出すにも掴みどころが無く流れていく。
『誰?』
『私はレドモンドという。お前は』
『わからない』
『……ふむ。魂だけ抜け出てきたか。』
『シルヴァーナは?』
『死んだ』
『!』
『お前を産んで、俺に託した。お前は生まれたばかりだが、念話ができるのだな。何を知っている?』
『レドモンドは、シルヴァーナとどういう関係にある?』
『長兄だ。シルヴァーナがお前を異世界に送り届け、ブルーノから隠して欲しいと俺に頼んだ』
レドモンドから顔を背けると、その横には血だらけの布をまとったシルヴァーナが寝台に転がっていた。だけど、その顔には静かな笑みをたたえていて、マサの目から見たシルヴァーナがそこにいた。
『お母さん……』
涙が溢れて、私はひとしきり泣いた。私はシルヴァーナを守れなかった。マサから頼まれていたのに、何もできずに逝かせてしまった。
私はレドモンドに私の知っているすべてを話した。マサが異世界から落ちてきたこと、この身がマサとの愛の証であること、ブルーノがマサを殺し、シルヴァーナを辱めたこと。
レドモンドは黙って私の話を最後まで聞くと、その体の大きさからは考えられないほど優しく私を抱きしめた。そうして、すまないとつぶやいた。
『お前は、きっちり約束を守ったよ。腹の中でシルヴァーナのために戦ってくれたのはお前だからな』
しばらくして、レドモンドは私をマサの生きた世界へ私を送ろうといった。
レドモンドは、ブルーノはその身をシルヴァーナのそばに置くが、未来永劫どれほど恋い焦がれてもシルヴァーナとは結ばれない罰を与え、いつかマサの生まれ変わりとシルヴァーナの生まれ変わりが必ず再開することを約束した。
『ブルーノに奪われたシルヴァーナの神力はそなたに預けておこう。いつかマサの生まれ変わりと出会った時、お互いが見つけられるように』
私は頷いて、レドモンドに礼を言った。
『いつか、私が生まれ変わってシルヴァーナに出会ったら、この力はお返しします。それまで見守っててくれますか』
『いいだろう。お前にはシルヴァーナとマサの二つの力が受け継がれている。それに合わせてシルヴァーナの本来の神力がある。使い方を間違えれば、自滅するぞ。気をつけるがよい』
『はい。ありがとう、レドモンド』
『いや……。シルヴァーナを救ってくれて、ありがとう。兄として俺は何も知らず、何もかも手遅れだった。だがお前がいた。それだけで妹は救われたはずだ。また会おう』
レドモンドがそういうと、私はまたしても闇に落ちていった。
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