【R18】鏡の聖女

里見知美

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高所恐怖症なんです

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 私は、政治家ではないし、政治に関わったこともない。ついでに言えば、あまり興味はなかったし、自分の仕事だけでも精一杯だった。リンカーンの言葉を借りて、はりきってしまったはいいけれど、具体的にどうせればいいのか、皆目見当もつかなかった。

 それでも、何もしないで手をこまねいているわけにはいかなかった。何とかしてあげたい。子供達にこんな理不尽な生活を送らせて、黙って見てるなんて、とてもじゃないけどできない。

 まず現地点で炊き出しは絶対必要だ。少なくとも食料体制が整うまでは、飢えない様に支えなければ。それから住宅の問題と、学校も必要だろう。読み書きと技術を学べば生きていく術ができる。医者はいるのだろうか。病院はあるのだろうか。特務3課の様な魔力のある医療知識のある人はいるのか。農耕はどうなってる?漁業は?

「あれこれ一度には始められないから、まずは子供たちの保護が必要だと思うんだけど、どうかな?」
「親のいる子供はまだいいけどな。スラムの子供たちはすぐにも援助が必要だ。俺たちも万能じゃない。食物と毛布ぐらいは与えてやれるが。」
「病気は?」
「見つければ俺たちが回復しているが、それもいたちごっこだ。体力がないからな。病にも弱い。もともと7千人ほどいた子供がこの2、3年で半数以下になった」
「そんな……それなのに国は何もしないの…?」

 私とムスターファの話を子供達は興味津々に聞いている。路地に座り込んでいた大人も近寄ってきて、話を聞いている。

「大勢の人を収容できる様な場所は?」
「あるといえばあるが」
「どこにあるの?」
「神殿だ」
「……そうか。作業場も体育館ほどの大きさがあるし、訓練場も割と広いわね…。ひとまずは神殿で保護することは誰の権限でできるの?」
「ジャハールとお前だな」
「聖女の権限でそこまでできるの?」
「過去に例はないがジャハールさえ了承すればおそらく問題ない。」
「わかった。それで、家のない人たちはどのくらいいるのかしら?」

 特務1課の隊員も話に加わり、神殿から比較的近い場所にいるホームレスの子供と老人を神殿の作業場に収容することを決め、神殿から程遠いスラムに住む人々は、現在治安が悪くなりすぎて使われなくなった教会を使ってもらう。治安の悪さは当然、こういったホームレスの人たちが引き起こしているわけだから、その人たちも保護することで当面は大丈夫だろうという話になった。

「ムスターファはジャハールさんに話をつけておいて」
「それはいいが、お前はどこへ行くつもりだ?」
「スラム街まで」
「無茶苦茶いうな。俺が行く」
「1課の何人か借りるから大丈夫よ。それにスラムの状態も見てみたいし。」
「だったら、伝言は誰かに任せて俺がお前についていく。聖女を守るのは俺の仕事だ。ジャハールにも約束したしな」
「何も念魔を狩りに行くわけじゃあるまいし…」
「ダメだ。それに俺一人でミミの護衛は間に合う。おい、ネイ。ナイジェルと一緒にジャハールのとこまで行ってこい。それと3課の連中にも伝えておいてくれ。作業場を急遽収容場に変えると」
「了解。」
「ムー、聖女様をきっちり守ってくださいよ。襲っちゃダメっすよ」

 ネイサンがムスターファに向かって軽口を叩いて、私にウインクをした。

「任せろ」

 そんな親指立ててニカっと笑うとこあたり、信用ならねえって思うんだけど。

 ネイサンとナイジェルは、ムスターファの腹心で施設にいた時からの友人だそうだ。ジャハールが神官の道に入るまでは四人で連んでいたらしい。いいなあ、と思ってしまった。なんか悪友っぽくて。学生からの付き合いってことだもんね。ムーとか相性呼びってなんかかわいい。

「ちゃんと護衛してね」
「失礼な。俺より強い奴はこの国に…お前以外おらんわ」
「それこそ失礼なって言いたいけど?」

 王都の広場にいた子供達には、他に家のない人たちを呼び出して日が暮れる前に広場に集まってもらい、隊員が引率して神殿に向かうことになった。その場にいた人々に希望の光が差したのが目に見えてわかった。希望を持ってもらえた事にホッと胸をなでおろす。

 ネイサンとナイジェルはジャハールと3課に報告に行き、他の隊員は引き続き炊き出し配給をしてもらうことにして、ムスターファと私はスラムへと向かった。





「まあ、あれだ。思い切った案に出たな」
「だって、それしか思い浮かばなかったんだもの。悪手かしら」
「いや。まあ手始めとしてはいいんじゃないか」
「……ムスターファだったらどうしてた?」
「さてな。この数年、辺境の方は、水路確保やら灌漑を進めてようやく形になり始めた。これでもかなりの人間が王都を出て、周辺に散らばったんだよ。貴族や王族の影響のない場所まで引っ張り出すのにかなり時間はかかったが」
「辺境って、やっぱり遠いんだよね」
「まあな。一番遠くで三百人引き連れて、2ヶ月近くかかったから早々行けるところではないな」
「三百人も連れて行進したんだ」
「何人かは途中で獣に襲われたり、病に倒れて脱落したがまあ大体そんなもんだ」
「途中で脱落した奴らの中には、そこで村や部落を作り始めたものもいたからな。ただ引率なしで何の力もない人間が簡単に行けるほど安全ではないから」
「それは、獣だけではなくて?」
「魔獣や瘴気の影響もあるし、途中で飲める水場がないのが厳しいんだ」
「砂漠なの?」
「いや、水はあるが安心して飲めるほど綺麗じゃないってことだ。魔法で水の出せる俺たちは問題ないが、そうでない一般人はどうしても飲料水が必要になる。王都にある井戸水はまあ、飲める程度綺麗になる様、浄化魔石が沈めてある。みんなが呼んでる聖女様って、もう90歳も過ぎて聖女は引退しているからそれほど魔力も残っていないんだが、彼女が魔石に浄化魔法を封じて井戸に沈めて以来、時折補充しながら国民は細々と井戸水を使っている。だが最近はその水も危なくなってきて、特務の連中が回収しては、俺とジャハールで浄化魔法を補充していたんだ」

 ああ、そういえばアイダさんとカリンさんがそんなこと言ってたな。結界石はジャハールとムスターファしかできないとかなんとか。そのためにカリンさん達が魔石を浄化してるんだった。

 あれ?でも、ということは源泉を浄化すれば井戸水は安全ってことかな?

「井戸水の源泉はどこにあるの?」
「そこなんだよ、問題は」
「え?」
「わかっているだけで三つある。一つは北アルプスにあるルーンという泉。これは魔獣の住処でもあって、浄化してもすぐに穢される。一つはアビスの森にある泉。これは霧に囲まれた森で、泉は移動すると言われていて行き着けない。もう一つは、ガバル領にある月の泉だ。この泉は聖泉と言われ、月の神に守られている。ここは誰でも入れるし飲み水としては最適で、王都の水はここから使われていた。だがそれが枯れ始めているんだ。以前は湧き水として知られ、決して枯れることがなかったはずの泉が死に始めている」
「それって、今の王族の状況と関わりあるんじゃないの?月の神様にざけんなって言われてるんじゃない?」
「ハハッ。そうかもな。まあともかく、この月の泉が枯れる前に、残る二つから水を引く必要があるんだが、どちらも手ごわくてな」
「なるほど…。枯渇の原因は?」
「わからない。祈りが足りないとジャハールの前の神官長は嘆いていたが」
「この国は月の神様を信じているのね?」
「ああ」
「あなたも?」
「……さあ。どうかな。ミミの世界には神はいないのか?」
「うーん。信じてる人は信じてるよ。私の国は信仰っていうよりも、もはや文化に取り込まれているからね、信じようが信じまいがとりあえず風習に則ってって感じ?」
「ふうん?」
「日本では大きく分ければ三つの宗教が一般かな。でも基本的に私たちは無神論というか。都合よく使ってる感が強いわ。世界で見ればキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、神道、細かく分ければヒンドゥー、ゾロアスター、ジャイナ、天理……下手したら悪魔信教なんてのもあるし」
「………それは、すごいな。いったい何人の神がいるんだ。いくつ月があっても足りなんだろう」
「いろんな国によって呼び名が変わって、姿が変わって、目的が変わってっていうことなんだろうけど、結局のところ、ひとつなんだと思うよ。あと月は神様と直結してないから」
「へえ」
「目に見えない、何か。自分たちでは測りきれないことを知っている存在。それが神様、かな」
「あやふやだな」
「そんなもんでしょ信心って。見えない何かに引き寄せられて自分達でどうにもできない力を神様の力だと理由づけることで、納得しようとするのが人間なんじゃない?」
「なるほどな。さて、早速きたか」
「え?何が?」

 おもむろにムスターファは私を荷物のように片手で抱きかかえると、ひょいと宙に浮いた。

「ちょっと飛ぶぞ」
「ひゃっ!?」

 すたんっと地を蹴って、建物の屋根へと飛び移ると、ヒョーイ、ヒョーイと飛び跳ねるように屋根の上を走るムスターファの首に、私は思いっきりしがみついて舌を噛まないようにキュッと口を閉じた。何が起こったんだ?ちらりと下を見て慌てて上を見上げる。

 高い!ジェットコースターか!

 自慢じゃないが、私は高所恐怖症だ。安全だとわかっていても、展望台の中から地上を見るのに腰が引けるほど。命づな代わりに必死とムスターファの首にしがみついて吐きそうになるのを堪えた。

 視線を宙に彷徨わせ、初めて気がついた。追われている。ムスターファの後ろから黒い影が三つ追いかけてくるのだ。

「お、追いかけられてるの!?」
「ああ。大丈夫、すぐ巻く。口閉じてろ。怖かったら目も閉じてろ」

 言われるがまま、口を閉じて、目を閉じた。速攻で目を開ける。浮いたり沈んだりを繰り返すときは、目を閉じていた方が怖いのだと悟ったからだ。

「ヒゥッ!?」

 目を開くと、後ろから追いかけてくる人達は剣のようなものを振り上げている。ちらりと横を見れば、そこにも黒い人がいて、ナイフを投げつけてきた。ヒッと息を飲んだがそれは私たちに届く前に弾かれた。警戒結界が作用したのだと思い立った。

「助かる」

 ムスターファが笑った。

 ふわりと体が浮いたと思えば、急降下する。胃がひっくり返り、心臓が口から飛び出すかと思った。

「フリーフォールーーー!!ギャーーー!!」
「耳元で叫ぶな!」
「ギャーーーー!そんなこと言われても、ダメーーー!コーワーイー!」
「落とさないから落ち着けって」
「ヤーーダーー!!オチルーーー!」
「首締まる、首!」

 そんなことを言われても、もう吐きそうだ。どこにしがみついているのかわからない。涙も鼻水も一緒くたに溢れ出てくる。そのうち絶対吐く!

 なんなのあの人たちは!

「あっちいけ、あっちいけ!ついてくるなあああ~!」

 この人達さえ付いて来なければ、こんな目に遭わずに済むのだ!追いかけてくんな!どっかいけ!そう願いを込めて黒い人たちに向かって叫んだ。

 ゴッ

 爆風が、熱波が黒い人影を飲み込んだ。一人は吹き飛ばされて、煙突に激突して落ちた。もう一人は突然消えたので、どこに行ったのかわからない。後ろについてきていた人たち三人は、熱波に包まれて。

 ……え?燃えた?

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