【R18】鏡の聖女

里見知美

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世界の裏側で

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『本日午後未明、〇〇市で集中豪雨の影響により地盤沈下を起こした△△駅で28名の駅員、乗客が巻き込まれた事件で、老朽化した改札付近は壊滅状態になっており現在も救助作業が行われています……』

「義兄さん、雅美ちゃんから連絡はあった?」
「あ、ああ敏子さん。それが、ま、雅美の巾着袋が見つかったって連絡が今入って。駅のトイレだったあたりにケータイと財布も入っていて、それで」
「ああ…!そんな。」

 雅美の父、信広が震える声で義妹の敏子からの電話を受け取った。

 今日の午後いきなり降り始めた雨は、言われるほど酷いものではなかった。確かに集中的ではあったものの、土砂崩れを起こすほどのものでもなく、まさか駅を崩壊するほどの雨だったとは到底思えない。ニュースでは流れなかったが、爆破事件の可能性もあるというから現場にも近寄れず、ただただ無事であることを祈るばかりだ。

「美沙だけではもの足りず、雅美まで俺から奪うというのか…頼むから無事で帰ってきてくれ」
「義兄さん、きっと大丈夫よ。あの子は悪運が強いもの。義兄さんを一人置いて逝くわけないわ」
「ああ、そう願うよ。結婚なんかしなくてもいいから、生きて帰ってきてくれさえすれば…!」

 轟音と共にいきなり崩れ落ちた最寄駅はプラットホームが2階部分にあり、改札口が地階に在った。その床部分がすっぽりと消え失せたため、電車ごと地階に落ち、惨事を起こした。幸いラッシュアワーではなかったため乗客は少なかったものの、早い時間でお見合いを切り上げた雅美が巻き込まれて行方が分からなくなっていたのだ。ただ、雅美の巾着が瓦礫の下から見つかり、おそらく生存は不可能ではないかと思われていた。まさか同時刻に、雅美が異世界に引き込まれていたなど思うはずもなく。

 救助作業はシトシトと降り続く雨と濃い霧の中、難航していた。






「これが、城下町なの…?」

 私は、呆然として街の真ん中に立っていた。

 いくら食べ物がないとはいえ、城下町というくらいなのだから、露天やお店くらいはあるのだろうと思っていた。街路樹があって公園で遊ぶ子供くらい入るだろうと想像していたのが、これはなんだ。

 歩いている人はまばらで活気はなく、店はあれども品物がない。そこここで浮浪者のような身なりの人々が路地で座り込んでいるし、動物どころか鳥もいない。まるで焦土作戦にあった国の跡地のように憔悴仕切っていた。

「あっ!特務のニイちゃん達が来たぞ!」
「ヤッタ、食いもんだ!」
「にいちゃん、今日は何がある?」
「今日はイノシシの肉を持ってきたぞ。燻製にして持ってきたから並んだ、並んだ!」
「スープはこちらへ。器を持って並んでくれ」

 手慣れたように、特務の隊員達は長テーブルを組み立て、ドラム缶にいっぱいのスープをいくつも並べていく。その横には平たく焼いたパンも積み上げられて干し肉とともに並んだ人々に配給していく。まるで戦時中のようだった。

 私は信じられない光景に目が潤んでいく。大人は殆どおらず、せいぜい10歳くらいの子供から、小さな子供まで、どこからかわらわらと集まってきてきれいに列を作る。行儀よく配給を受け取り、路地に座り込んだ大人へ持っていく子供もいれば、小さい子を助けながら隅に座り込んで食べる子供達もいる。

 昔、父親が慈善事業で、海外視察に出かけた事があって好奇心からついて行った事がある。そこの村での生活は厳しく、病院もなければ医者もおらず、学校もないため慈善事業の人々が手助けに入っていた。私は学生だったこともあって数字を教えたり、簡単な英語を教えたり、一緒に遊んだりして1日を過ごした。それだけで精神的にかなりのショックを受け、2度と行きたくないと早々に目を背けた。その村の子供達はそれでも笑顔が絶えず、最後には「ありがとう」という日本語を覚え、また来てねと手を振ったというのに、私は怖くて行けなかった。こんな子供達がいていいのかと胸が痛くなったのだ。

 その村の子供達の方がマシに見えた。私は瞬きを何度もして涙をこぼさないように、胸を押さえた。1日に一食しか食べられないこの子達は、路地裏で固まって暖をとり、与えられた毛布にくるまって眠っている間に私は毎日三食を食べ、暖かいベッドで眠りについて、朝からシャワーに入り、退屈だ、窮屈だと零した。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」

 ムスターファとよく似た銀色の髪の、青い瞳の子供が私のマントの裾を小さく引っ張った。

「死にそうな顔してるよ。大丈夫?どこか痛いの?」
「え、あ。ううん。大丈夫だよ。痛くないよ」

 私はしゃがみ込んで、その子の目線に合わせ、軽く微笑んだ。その子はぽかんとした顔をして、それからにこりと笑った。

「なんだ残念」
「…え?」
「一人でも減れば、僕たちの食べるものが増えるのに」

 ぼそりとそう言ってその子供は踵を返して去って行った。

「え?」

 私は耳を疑った。なんてことだ。私は立ち上がり、辺りを見渡した。食べ物に夢中な子、嬉しそうに食べ物を受け取る子、その子たちが皆、私を見ている。私とは目を合わさないけれど、まるで野生の犬か猫のように、神経を尖らせて私を睨んでいるのがわかる。

 私は一歩後ずさった。怖い。これは、子供の目じゃない。隙を見せたら、身ぐるみ剥がされて何をされるかわからない。そんな恐怖がねっとりと張り付いてきた。

 固まっていると、ムスターファに肩を叩かれた。

「大丈夫か?」
「……ムスターファ」
「初日だからな。警戒心も持たれるさ。弱みを見せるなよ」
「……みんな、こんな風なの?ここに住んでいる人たちはみんな?」
「王都を離れるとそうでもないぞ。辺境に行くほど、人らしく生きてる」
「な、ならなんで、みんな辺境に行かないの?」
「いけないんだよ。行く手立てがない。親が病気だったり、働かされていたり、奴隷だったりするから。王都に住む三千人弱の子供達は、どこにもいけないんだ」
「だったら、家族ごと、引っ越し察せたら?仕事を王都の外で探せないの?農業とか、林業とか漁業とかできないの?」
「これから王都を出て、氷季節ひょうきせつの来る前に土地を開いて食べていこうと思ったらとてもじゃないが無理だ。そもそもそんな技術もないし、受け入れる先も自分たちだけで手いっぱいだからな。」
「お、王様は何してるの?貴族とかいるんだよね?国民を助けるのが王族の役目じゃないの?これだけの王都を作る技術があるなら土地区画くらいできるんじゃなくて?」

 ムスターファは苦笑した。あの王が、王子がそんなことをすると思うか、と。摂取することにばかり目を向けて与えることを知らない奴らが、一般平民の生活などに目を向けることはない。

「……なら、私は何をすればいい?どうしたらこの子達を助けてあげれるの?攻撃魔法なんか持ってたってこの子達を助けてあげられないじゃない」
「……ミミは、何ができると思う?」
「……何って……私」

 わからない。何ができるの?聖女の力なんて持っていたって、浄化する力があったって、この子たちのお腹は膨らまないし、生活は楽にならない。

「私を狩りに連れて行ってくれたら、イノシシとか鹿くらいなら私にだって倒せるよね?そうしたら」
「イノシシが狩れた日は助かるかもしれないけど、次の日も、また次の日も狩るつもりか?氷季節ひょうきせつはどうする?あたり一面雪だぞ。野生動物だって有限だ。狩り続けるわけにはいかないだろ」

 ダメダメ。そんなんじゃ、根本的変化は見出せない。じゃあ、子供達に狩りの仕方を教える?それもダメだ。スタミナも何もないのに狩りなんかできやしない。逆に襲われてしまう。

「じゃあ、水は?私聖水作れるよ?回復薬も。それから」
「そうか。じゃあずっと作り続けて、先代聖女のように90歳になって代替えをするか」
「……っ」

 90歳の聖女が魔力がなくなったからって引退して、前聖女が呼ばれたんだっけ。私がこの子たちの生活の改善をしない限り、ジャハールはきっと次の聖女を永遠に呼び出すだろう。それはダメだ。私の代で、聖女は終わりにしたい。こんな不毛なこと、続けていちゃダメだ。異世界の聖女に頼らず自分達でなんとか出来るようにしなくちゃ。

 あり方を変えない限り。考え方を変えない限り、この子達は採取され捨てられていく。

「国を変える?」

 一瞬、ざわめきが消えた。

 どきりとする。視線が一斉に刺さる。口にしてはいけないことを言ったのだろうか。ここでは発言の自由も許されないのだろうか。私は体を固め、警戒結界を張り巡らせた。

「お姉ちゃんが、変えてくれるの?」

 一人の子供が、ポツリと言った。その言葉から、呪縛が解けたかのように波紋が広がっていく。

「聖女様だよね?そのマントは聖女様のマントでしょ?」
「あ、あの」

 私は言い淀んだ。身の危険を感じる。ここで聖女だと言ったらみんな襲いかかってくるんじゃないか。どうしよう。

「前の聖女様がね、次に来る聖女様が強い聖女様であることを願うって言ったんだ。だから前の聖女様がきっとお姉ちゃんを連れてきてくれたんだよね?」
「え?」
「どうせなんにもできねえよ」

 一人の子供が期待に目を輝かせると、もう一人がへっと嘲るように鼻で笑った。さっき怖いことを言った子供だ。

「フィル、そんなこと言っちゃダメだよ」
「だって全然強そうじゃねえじゃん。偉そうな王子様が出てきて連れて行かれておしまいだよ」
「そんなことないよ!聖女様だもん」
「へん。聖女ったって、こいつ、ただの女じゃんか。俺たちみたいな汚い役に立たない子供助けるより、強い大人の男についていく方が得だって、いつも大人が言ってるじゃんか」

 なんにもできないかもしれない。できるなんて言い切れないもの。でも強い男について行った方が得って、子供になんてことを教えているんだ。女をなんだと思って。男について行かなくたって生きていけるんだぞ。

 歴史書で読んだ聖女様は大小どんな形であれ、この国を助けようと尽力していた。前聖女様だけは失敗しちゃったけど、それも彼女だけのせいではないだろう。機会がちゃんとあったなら、彼女もこの国を助けようとしただろうか。

「って言われてるけど、ミミ様?」

 はっと思考の海から浮き上がると、ムスターファがニヤニヤしながら声をかけた。
 何よ。その通りですとでも言うと思ってるの?あんたについていくのが得だと思うとでも?

 カチンときたけど、そのおかげで我に返った。

「みんなは、どうしたいの?」

 私は口火を切った。そうだ。私がどうしたいか、じゃない。みんながどうしたいのかが一番大事なんだ。意識改革が必要だ。ちゃんと意識させて。変えれるんだと、変われるんだと信じてもらわなくちゃ。

「俺は毎日食いっぱぐれなければそれでいいけどな」
「あたしは、きれいな服も着たいし、あったかいベッドも欲しい」
「私、お母さんと一緒に住みたい!」
「僕は兵隊になってみんなをこの国の外に連れてく!それで、いっぱいイノシシも殺してみんなに食べさせる」
「僕は王族がみんな死んで、みんなが普通に暮らせるようにしたい」

 衣食住は基本中の基本だ。こんな子供たちにその基本も与えてあげられない国は改革が必要だと思う。ちょっと核心に迫る一言を言った子がいたけど、まずはトップを変えるべきか。

「ムスターファ。私の聖女としての権限はどこまで通用するの?」
「ミミなら王族と同等か、場合によってはそれ以上だ」
「上等ね」

 私は広場にいる子供達を見渡した。今ここにいる子供達はせいぜい300人。大人もちらほら不安げにこちらを見ている。私は仁王立をして黒く笑った。

「国民の、国民による、国民のための国を作るわよ。」

 全員が目をパチクリとさせた。

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