【R18】鏡の聖女

里見知美

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それぞれの想い

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 まずい、まずい、まずい。
 あいつはマジで危険だ。
 この俺が、まさか翻弄させられるとは。

 大股で、回廊をぬけて特務3課に向かうムスターファは動揺していた。ようやく落ち着いた股間と顔の熱に、回想しないようにぎゅっと眉間にしわを寄せてずんずんと進む。鉢合わせた魔導師や神官は、ヒイッと青ざめ通路の端で身を竦め、目を合わさないよう俯きながら気配を消した。

 これほどまでに、感情に振り回されたのは何年ぶりだろうか。魔導師になってからですら、覚えがない。制約に失敗したのにもかかわらず、「まぐれだったかもしれない」などと思い、再度魔力を流し込み、コントロールができないものかと好奇心に駆られて煽ってみて。
 見事煽られて、尻尾を巻いて逃げだした。彼女の魅了が俺に働いたわけではない。だが、魔力は。あいつの魔力の匂いがやばい。味わってみたくなるような、ほのかに甘い魔力に唆られる。

「くそっ!」

 どかっと目の前にあった植木鉢を蹴飛ばし、粉砕させた。近くにいた神官の顎が落ちて、涙目になっていたが、見て見ぬ振りをする。深呼吸をして、こめかみをグリグリと抑え落ち着こうと目を閉じると、あられもない姿のミミが思い出され、また慌てて歩き出す。

 何が、無理強いはしない、だ!何が、同意なしに奪わない、だ!
 いや、無理強いは確かによくない。同意はしてほしい。だけど、あれは無理強いじゃなくて。あいつだって明らかに欲しがってた。あの口が嫌だ嫌だと言っていただけで、体は欲しい欲しいと訴えていたじゃないか。それなら無理強いじゃなくて同意のもとだろう!矛盾している。素直じゃないんだ。

「くそっ!ムカつくっ!」

 あのまま押し倒して、気持ちよくさせてやればよかったんだ。秘裂は滴るほど濡れて俺の腿を湿らせてたんだから。イカせて、啼かせて、もっとと強請られるまで虐めてやれば間違いなく手に入ったはずだ。

 でも泣きそうだったじゃないか。涙目で俺を見上げて服を掻き寄せて。あんなの、触れたらダメだろう。
 俺は正しい道を選んだんだ。あれは正解だっただろう。嫌がって泣く女を強姦なんて、できるわけがない。仮にも好きになった女で。

「……マジか」

 確かに、俺のものにしたいと、切実に願った。すました顔も、見下した視線も、俯いた時の震える睫毛も、赤らめた頰も、赤い唇も、全てに触れて確かめて、俺のものにしたいと思った。欲情して、興奮して、煽られて浮かされて。目が離せなくて、一挙一動が美しいと思って、恐ろしいと思って、可愛いと思って。愛おしいと思った。

 どの感情も、今まで誰に対しても持ったことがない。

 王になりたいと思った。家族のような人々を助けたいと願った。仲間を助け、苦しんでいる人を救いたいと思って、それを邪魔するものは全て殺したい、叩きのめしたい、殲滅したいと願ったことは何度もある。そのためなら、聖女を落とすくらいのことは訳なくできる。聖女の力があれば、俺は間違いなく王になり、この国は救われる。現王政ははたき落とせばいい。どうせクズばかりだ。問題ない。

 俺は、自分のために何かを欲しいと願ったことはなかった。




 扉を開けたミミの表情が、ほっとしていて思わずこっちもほっこりした。中に招き入れてくれて安堵した。
 あの部屋の結界は、いかに俺の魔力がすごかろうと壊すことはできない強力な結界魔法がかけてある。聖女の魔力に反応するように出来ていて、たとえ神殿が崩れようと、聖女がそこにいるならば、あの部屋だけは守られている。そこに入れるのは、聖女が許した相手だけ。あの部屋が彼女を認めたということは、確かに彼女は選ばれた聖女なのだ。

 一旦あの中に入れたなら、俺が聖女に何をしようと誰も助けには入れない。聖女が助けを求めない限り。もっとも、あいつの警戒結界は強力で、あいつを害すことができる奴なんてこの国にはいないだろう。

 だから俺は部屋に入って直ぐ防音魔法をかけた。だって、落とすつもりでいたのだから。誰にも邪魔はさせない。あとは、あいつが俺を警戒しなければそれでいい。愛を説いて、体を落として、心も手に入れれば誰もあいつには触れない。文句なんて言わせない。誰にも渡さず、俺の隣に置いておける。

 だけど、あいつは無防備に笑って、俺が差し出した果物をかじり、酒を口に含んだ。何の疑いもなく。無防備すぎるだろう。男と二人きりの部屋で、男が持ってきたものを疑いなく口にするんだから、何されたって文句は言えないはずだ。いや、それが目的なんだが。

 俺はあいつから目が外せなかった。視界に入るあいつの下ろした艶のある髪を見て、その後ろに隠れてしまった項を探し、果実を食べる唇と白い歯に見惚れ、ちろりと唇を舐める赤い舌に欲情した。

 ようやく触れた唇から、吐息が漏れて、わずかな魅了魔法が身体中から立ち上がった。前聖女のようなねっとりした甘ったるい芳香ではなく、花のような微かに鼻をくすぐる匂い。
 誘っているのだと思った。けれど、触るなと言い、それを覆さないだけの精神力がある。ほんの少しだけ俺の魔力を唾液に乗せて、キスをすれば痺れたように反応する。俺の魔力の効果はあるようなのに、なぜ靡かない?なぜ心を開かない?

 医療業務で何度も性的処方は経験しているし、何人もの女を指だけで狂うほどイかせることもできるのに、それがあいつにはできなかった。

 性感帯はそこら中にあって、首筋はかなり気に入っているようだ。触れられないのがもどかしく、気づかれないように、衣類を乱していく。触れたい。柔らかそうな双方の丘が白く盛り上がり呼吸をするたびに上下する。吸い付けばそこからも花の香りがして、気がつけばあいつの魔力に俺が酔いしれていた。俺自身が勃つなんてことは今まででは考えられなかった。いつだって自制できたし、その気になることも一度だってなかった。

 利用するつもりが、夢中になって口説いていた。王とか国とかどうでもいいとさえ思った。
 落とすつもりで向かって行って、気がついたら落とされていた。

 ……いや。初めから、落ちていたのか。


 ムスターファは立ち止まり、呼吸を整えた。下半身が熱くなって痛いほどだ。

「3課に行くのは明日の朝一だな…」

 はあ、とため息をつきムスターファは踵を返し、神殿に用意された自分の部屋へと向かった。興奮した状態で、特務3課の連中に会うのはよろしくない。この体じゃあ誰が見たってわかる。一回抜かないとダメだ。

「ミミ……」



 自室のシャワーで湯を浴びながら、ムスターファは迫り上がったモノに手を伸ばし、己を慰めた。








 ムスターファが部屋を出て行ってすぐに、私は湯船につかり、バラの香りのするバブルバスを楽しんでいた。なんだかんだと言って、着物を脱ぎ捨てた体はあちこち緊張でギチギチしていて、少し熱めの湯は体にしみた。

「はあ~、やっぱりお風呂最高」

 足の伸ばしても有り余るほどのゆったりとした湯船は一流のホテルでも滅多に見かけない。温泉のようにとうとうとお湯が流され尽きることがない。いつでも入れるようになっているのだろうか。私はバスタブの端に両腕をかけた。

「日本酒が欲しいな」

 お風呂で贅沢に食べようとムスターファにもらった果物を持ち込み、ブドウのような果物を口にした。ジュワッと果汁が口腔内に広がる。甘くて果汁がたっぷりだ。喉の渇きにぴったりの果物で美味しい。あのエルム酒は、強すぎて私には無理だ。神殿にお酒があるのは驚いたが、まあそういう宗教もある。お神酒とかは捧げものだし。
 昔はお寺も女人禁制だったのに、誰も坊主になりたがらないからと結婚を許した途端、まあ高級車を乗り回すわ、肉も魚も食い放題だわ、酒も飲むわ、愛人も持つわとずいぶん生臭坊主が増えたって聞く。どこの宗教も隠しているつもりで小児愛好家が多いし、強姦もまかり通っているらしいし。

「宗教怖い。聖女なんか絶対やってられないわ」

 ここの神官は去勢魔法をかけていると聞いた。永久去勢じゃないだけマシなのだろうか。それはそれですごい技術だけど、無理やり欲望を押さえつけて体に異常は出ないのかしら。

 ふーっとおやじ臭く上を見上げれば、天井には絵が描いてあった。夜空に月が三つあり、それぞれの月を支えるように人物画が描かれている。ひょっとしてそれぞれの月に神様がいるのかな。

 赤い月には、赤い髪と赤髭を持った筋肉隆々の男性が描かれている。蔦のようなものが腕に巻きつき、小脇に月を抱えて、横に獅子を侍らせている。ギリシャ神話の英雄みたいだ。

 その横には少し小ぶりな銀の月。それを胸に抱えているのは銀の髪の女性像。長い髪は足元に流れ、優美な微笑みを貼り付けている。後ろにはペガサスのような動物が二頭いるが、足の数が多い。スレイプニルか?あれは北欧神話だったっけ?

 反対側には青い月を頭上に掲げた男性の像。この人は体が青く、頭髪も青い。細マッチョでもう一つの手にはもりのようなものを握っている。足元には巨大なサソリ?

 これは、神様なのかもしれないな。三神崇仰とか、トリニティとか、宗教ではよくあるよね。ここは全部月だけど。創造神っぽいな。

 で、この神殿は銀の月の女神様を祀っているってところか。アルテミスとか、ディアナとか、そんな感じかな。じゃあ赤月の神と青月の神の神殿もどこかにあるのかしらね。

 私はぼんやりと天井を見ながら、自分の胸を触った。彼は貧相なこの胸をどう思ったんだろう。さっきまであの大きな手で揺さぶられて痕をつけられた小ぶりな胸。ジワリと顔が熱くなる。そういえば喉元にも、うなじにも痕を付けられたような気がする。つ、とムスターファが触れた首筋をなぞり、目を閉じると、先ほどの熱がぶり返してくる。

 チャプン、と湯の中に反対側の手を入れ、中指でそっと繁みをかき分けるとぬめりが指に触れピクリと体を揺らす。ぬめりを絡ませて指を前後し、蕾を刺激する。入り口が熱く充血して膨れているのがわかった。

「……は…ん」

 反対の手は忙しく乳首を摘んだり引っ張ったり。思い出すあのクセになりそうな銀色の目。私に欲情した鉛色の瞳がうねりを見せて、妖しく燃えていた。

 ムスターファ・アッサム・ベルモンテ。

「あっ……あン……」

 本当は触って欲しかった。
 あの熱い手で私の胸を掴んで、揉みしだいて、いやらしい舌で舐めまわして、乳首を吸って口付けて、目で犯して。あの長い無骨な指で蕾を刺激して、中を掻き回して。
 あの人を私の中に受け入れたらどうなるのだろう。パンツの上から見ても大きそうだった。痛いだろうか、気もち良いだろうか。溺れるほど夢中になるのか、それとも今まで通り感じないまま、落胆するのだろうか。

 いつの間に私はこんなにいやらしくなったのかしら。あの人のせいだ。欲しいくせに焦らすから…。

「ああっ……ムスターファ……はっ、ん、んんーーーーっ」

 軽くイって足を突っぱねた。天を仰ぎ、はあっと息を吐く。しばらくクチュクチュと触り続けたけれど、やっぱり物足りない。あの手の熱が感じられない。記憶の中のねっとりとした舌が足りない。

 虚しいけど、仕方ない。


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