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異世界から来た聖女X
しおりを挟む「どう考えたって、異常だよ!」
「落ち着け、ジャハール」
「ムスターファ!だって、あれは『聖女』ってレベルじゃないだろ?レベルじゃないよな?闇魔法を使う聖女って普通じゃないだろう?」
「まだ闇魔法とは決まっていないだろう」
私とムスターファは、ミミ様を神官たちに任せ寝所へ案内させた後、執務室で10年もののエルム酒を開けた。飲まずにはやっていられない。召喚陣を展開した時に起こった事実を伝え、彼女がここへ降臨した際の痛恨のミスも隠さず話した。歴史をさかのぼっても聖女が闇魔法を使えるなどとは書かれたこともない。もしかしたら、彼女は聖女ではないのかもしれないと思ったのだ。計り知れない魔力量といい、魅了のレベルの高さといい、範囲といい、全てが異常だ。
王宮に呼ばれてからのミミ様は、あたりの空気を次第に凍らせていった。王が口を開けば開くほど、吐く息が白くなっていく。この気に誰も気がつかないのか。そう思い、ムスターファを覗き見ると、ちらちらとミミ様を盗み見、念話をしているようだった。一体いつの間に念話ができるまで近づいたのか、疑問にも思ったがおそらく私が意識をなくしている間に何かあったのだろう。
ムスターファは人の心に入り込むのがうまい。人を圧迫するような体格もを持っていても、恐ろしく無表情な鉛色の瞳を持っていても、どこかひれ伏してしまう威圧感を持っていても。前聖女もあっという間に懐柔して正気に戻してしまったし、飄々として人の心の中に入っていく。それでも、それが不思議といやではないのだから人徳なのだろう。そしてほんの数時間で、ミミ様も懐柔されてしまったようだ。
ともかく、この場は円満に収めたい。王族にミミ様まで奪われてはこの国は本当に破綻してしまう。そう思って、口を出せばますます空気が凍っていく。どうしたらいいんだ。私がミミ様に凍えながら視線を送流と、なぜかミミ様は半眼になって私を睨んでいた。
『ヒイィッ…なぜ私を睨んでいるんだ!?』
ムスターファがはあ、とため息をつき、ミミ様に何かを告げた。ややあって緊張が緩みホッとしたのも束の間、国王に名を尋ねられて顔を上げたミミ様が、なぜかキレた。
ムスターファ!懐柔するならちゃんと懐柔してくれ!
足元から湧き上がる凍りついた空気と霧が立ち込め、氷の女王さながら王族へ視線を向けた。
一瞬にして王と王子、宰相に大臣たちが物理的に凍りついた。ミミ様は無表情で王族を睨みつけふん、と鼻で嘲るように口角を上げた。次の瞬間止まっていた時間が動き出したかのように、氷結が解けて王たちが身じろぎをした。そしてミミ様が見せた侮蔑の微笑み。丁寧な言葉を選んで使っていても、『お前たちを殺すことなどいつでもできる』とでもいうような、全てを見透かした視線で有無を言わせない態度。
まさか禁忌の読心魔法を使ったのか。究極の精神干渉魔法で魂の深淵を覗き込み、自身の業を浮き彫りにさせる技。法王が然るべき場所で、然るべき時にのみ使う魔法。魂を追い詰め、自白させる禁忌の闇魔法の一つだ。彼女はそれを個人ではなく、エリアでかけている。魔法陣もなく、詠唱もなく、視線だけで。
金縛りにあっていたかのような感覚だけがその場に残り、私は恐ろしさのあまり失神してしまった。
気がつけば謁見は終わり、私はまた医務所に運ばれていた。修行が足りないとは思うが、こんなストレスは近年ない。念魔に立ち向かう方が余程気楽だと思う。
その後神殿に戻ると、ムスターファとミミ様が何やら言い合いをしており、慌てて間に入った。
どうやらミミ様は、神殿で寝泊まりなどしたくはないと駄々をこねていたようだ。普通に女性のいる街の宿で結構だという。ムスターファが自分の部屋に連れて帰るとか、無駄口を叩いて弾き飛ばされていた。
なぜわざわざ自分から地雷を踏みに行くのだ。ムスターファの神経が全くわからない。
だが、それで緊張が緩んだのか、イヤイヤながらもミミ様は納得し、今日だけは神殿で泊まってもいいと了解を得た。聖女の部屋は特別な聖結界に囲まれていて、この国で一番安全な場所だ。襲われたりさらわれたりする心配がない。
「闇魔法というよりも、あれは時空魔法だと思うんだが」
ムスターファが自身の顎をさすった。ちょっと無精ひげが伸びてきている。ここ数日、ムスターファたち特務1課は寝ずの討伐だったからな。早いとこ休ませてやらないと。
「時間を止めたのなら、王たちがあんなに動揺することはないだろう?あれは氷漬けになってたじゃないか」
「だったら氷魔法だろ。だが、それにしては何か情報を処理しているような仕草をしていた」
「……ああ。聖女の魔力の歴史書があったはずだ。調べてみないと…それに、もしも聖女ではなく、あの時空間から自身で降り立ったのだとしたら」
「根性あるよな」
「根性なんてもんじゃないだろ!」
「召喚する聖女の条件って何だ?」
「……基本的に、召喚者の魔力と互換できる聖魔法を持っていて、健康かつ健全な女性、とある。だけど私が起こす召喚陣は改良を組み込んであるんだ。術者ーーつまり私のことだがーーに拒否反応を示さず、私の魔力と5%のプラスマイナスの魔量あるいは器がある人と組み替えられている。そうすることで、時空変換の事故を防げるからだ。ただ、今回は私の魔力が完全ではなかったというのと、ミミ様を召喚した時のあの霧……あれは私の力ではない」
「ふむ……となると、お前からだけの干渉ではなく、他の魔力干渉も入ったのかもしれんな」
「だとしたらあの方の魔力量は計れない。……本来なら召喚が許されるのは10年に一度のところ、私は2度行ったわけだから、何かしらの神罰があったのかもしれない」
「神罰ねえ……特別待遇なのかもしれんぞ?」
「馬鹿なことを」
「オレ達の現状を哀れに思った神が、助け舟を出したのかもしれん。神罰なら王族の方が受けそうだろう。神の意志を捻じ曲げているんだから。ともかく、あの時王たちに何が起こったのか、ミミが何を見たのか聞いてみなければならんな」
ムスターファは片手で弄んでいた酒精の強いエルム酒を一気にあおり、席を立った。酒瓶も一緒に持ってどこへ行く気だ。まあ、私は強い方ではないから構わないが。
「そういえば」
扉に向かったムスターファに、私は思い出したように声をかけた。
「お前、いつの間にミミ様と念話ができるようになったんだ?」
「ああ、あれか。……お前が吹き飛ばされた後な。制約を結んだ」
「せ、制約!?ミミ様を縛ったのか!?」
「いや、縛られたのは俺の方だから、心配するな」
「はあ?」
「制約魔法を使ったら言霊返しをくらってな。あいつは俺以上の魔力持ちだ。だから簡単に操られたりはしない」
「な……!お前が操られたら、どうするんだ!もし彼女が闇の使いだったら…!それにあの方の魅了の力は凄まじい。まさかお前まで前聖女のように囚われたら…」
「手遅れだ」
「ムスターファ!?」
「魔力の質も量も問題ないしな。じゃじゃ馬馴らしだ」
「あ、相手は聖女だぞ…いや、終末を招く者かもしれない」
「それでも気に入った。絶対手に入れる」
「………信じられんことを……」
「へっ。逃げられないように努力するさ。」
「お前が淫魔になったら、誰が制御できるというんだ!」
「バーカ。俺の自制力を見縊んなよ。お前たちこそ、強目の去勢魔法かけといた方がいいんじゃねえのか?ほっとおいたら全員脱落するぞ」
「う……それはっ」
確かに、明日全員の去勢魔法をかけ直し、魅了防御の魔法も強化した方がいいかもしれない。聖女特有とはいえ、あれは危険だ。今思い出してもゾクゾクする。私でこれなのだから、下の者は制御が難しいかも知れない。
欲しいものは何でも手に入れようとするムスターファだ。奴らしいといえば確かにそうだが、相手は異世界から来た物体Xだぞ。
私は何やら薄ら寒いものを感じた。手を出してはいけないもののような予感がするが、ムスターファにはそんなもの関係ないのだろうな。
「そうだ。ミミが前聖女に合わせろって言ってたぞ。監禁されてるって知って憤慨してた」
「前聖女にか?だが、彼女はまだ……」
「大丈夫だと思うぜ。俺がしっかり魔力調整してやったし、特務3課の女性陣が週2回、放出治療に通ってる。男は入れてないからな」
「……だが、会ってどうするつもりなんだろう」
「さあな。帰る算段でも立てるんじゃねえか?同郷とは限らねえが」
「少なくともあと10年は帰れないって言ってるのに…」
「まあ自分の目で見て理解すれば折れるだろ」
「はあ……何で私の呼ぶ聖女はこうも難問ばかりなんだ……」
「因果応報って知ってるか。お前、煩悩持ってるんじゃないか」
「し、失礼な!……私はいつだって国を思って行動しているぞ!」
「拉致監禁はよくないよなあ」
「監禁は私のせいじゃない!拉致もしてない!」
「まあなあ。ま、ミミは怖いからな。お前が監禁されないよう、気をつけてくれよ」
「ムスターファ!!」
私を悪魔に差し出す気か!
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