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閑話:神父様の祈り
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王都からは少し離れた、田舎と都会の間ほどのバーミューダ伯爵領。ここは少々特殊な領地で、国が隠しておきたい事情がふんだんに隠されている。ずっと昔、この世界では魔王と勇者の戦いがあり、この土地こそがその中心だったという。魔王が封印され、魔獣や瘴気が減った頃、人がこの地に国を建てた。魔王が蘇った時のために、十分な結界術師を用意し、戦える知識や能力を持った人間が集まったという。
そんな話は、今や伝説となり、おとぎ話に変わって、伝記として教会で語り継がれるのみ。しかしながら、やはり特殊な地には特殊な人間が生まれるもので。聖女という存在はこの国特有のものになり、今や聖女が見つかれば神殿が保護をし、教育をなして必要な国へと送られる斡旋事業へと変わっていった。
現在の大聖女様は、神殿の奥で日々を費やし、今や表に出てこない。大聖女様が必要なほどの事変は起こっていないし、普段使いの聖女たちで十分日々の祈りは足りている、と言うことになっている。
私は今、バーミューダ伯爵領の教会で神父をしている。毎日、過去に犯した愚かな大罪の懺悔をし、その罪を償うために聖騎士を辞退し世俗を離れるため修道士になった。それでも、いまだに私の罪の意識が薄れる事がない。
元々私は聖女を守る聖騎士だった。自分の仕事に誇りを持ち、聖女様を守るために日々精進していたはずなのに、迂闊にも私は聖女様に恋をした。その時私は18、聖女様は16歳という若さだった。世間を知らない聖女様のお世話をしながらも、小さな喜びを分け合い、逢引を繰り返し、恋心を育んでしまった。そして聖女様も私に体を許してしまった。汚れた地点で、聖女としての地位は剥奪されると知っていて。
間違いを犯し、聖女様は子を孕んだ。途端に現実を見た私と聖女様はそれを隠すために、人として、親としてしてはならないことをした。生まれたばかりの子を捨てるという大罪を犯したのだ。乳が張り、血を流した彼女は胸の痛みと罪の意識に囚われて、懺悔を繰り返すうち、大司教にバレてしまった。神官たちが慌てて赤子を探したものの、すでに死んでしまったか拾われたかして見つからなかった。
人々を救う教会の最大の汚点として、穢された聖女を大司教は大罪の間に閉じ込め、二度と人目に触れないようにしてしまった。禊をし、神の赦しを得るまではそこを出てはならないと。そして私は、性器切断の上で完全断種の禊を受け、国外追放か、生涯を神に仕える身になるかの選択を迫られた。
宦官になり、修行をし数年が過ぎた。元々聖騎士だったのもあり、作法や知識に問題はなく、1年ほど前に神父としてバーミューダ伯爵領の教会に派遣された。
神託が降りたのだという。この地で己の罪を見ろと。
バーミューダ伯爵領には大きな貧民街がある。国の方針で、貧民はこの領に送られ管理されているのだという。だから領民には神の救いが必要であり、自身で身を守れる神父が必要なのだと。よくよく調べてみれば、かつての勇者の血筋の者や、英雄と呼ばれた人々の親族もこの領には多く住んでいる。魔法使いが多いのもこの領ならではで、絶妙なバランスで成り立っていた。バーミューダ伯爵は豪傑で、勇者の血を引くまじめな御仁だからこそ、治安もそう悪くはならないのかも知れないが。
5年ほど前に、ナンチャッテ男爵が貧民の少女を連れてやってきた。スラリとした長身の男で、領民に人気のある御仁だと聞く。そのほとんどは愛する男爵夫人との絡みの話だが。どうやら一途な人間のようで、微笑ましい。だが、その一途な男が連れてきた少女を見て、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。見間違いなんかじゃない。
そこにいたのは、確かに私の愛した聖女との結晶だった。
「俺の子じゃないという証明が欲しい」
ナンチャッテ男爵がそう告げた。震える声を何とか落ち着かせながら、水晶にて鑑定をする。出てきた結果を、一部隠蔽して証明書を出した。この子は、ラズマリーナは、確かに私と聖女の子だった。10歳だ。この子は私の子。男爵の子ではない。一体なぜ、そんな誤解が。
ラズマリーナは、赤子の頃に誰かに拾われ一命は取り留めたのだろうが、物心がついた頃には貧民街にいて、厳しい幼少期を余儀なくされたらしい。大人たちからは、理由もなく殴られ蹴られといった暴行を受け、泥水を啜り、食べ物のない日も何日もあったという。ゴミを漁り、吐瀉物から食べ物のかけらを拾い、馬の糞すら口に入れたと言う。
ああ。何という罪深い、何と言う非道な真似を私は犯したのか。保身に走り、子の命をドブへ棄てた。どんなに謝っても謝りきれない。
だが、彼女は生き抜いた。逞しく、愛の無い環境で瞳には怒りを含み、諦めの表情を浮かべながらも、ここまで生きてくれた。今更、私が父親だなどと言い出せるほど厚顔無恥でもない。できることならば、こんなにも罪深い私などより、この男爵家で令嬢として育ててもらえないだろうか。
私は言葉巧みに男爵を先導し、そしてそれは神に祝福された。養女となり、貴族になった。責任感のある愛情深い男でよかった。いい家庭に救われたのだ。これからは、父と母と呼べる人々に愛され、真っ当に育ってもらいたい。そのためならどんな補佐でもしよう。願わくば聖女にはならず、自由に生き、愛する人を見つけ、幸せに生きて欲しい。
「神よ。感謝します。あの子を死ぬまで見守り、私はこの地に骨を埋めましょう」
ラズマリーナはそれから頻繁に顔を出した。嫌そうに教会の教えを聞き、聖女の生業についても耳を傾けたものの、興味はなさそうだった。教会の子供たちと遊び、シスターらとバザーの手伝いをする姿が眩しい。
「神様ってさ、見てるだけで何もしないよね」
太々しく笑い、冷めた目で女神像を見上げる。胸が痛くなった。私のせいだ。
「神は、手助けをするために座すわけではありませんよ」
「じゃあ、何で神様に感謝するの?」
「そうですね…」
私は出来る限りの言葉で、神の存在が心の拠り所になることと、奇跡について語った。聖女の力が神から受け渡され、それを人々に分け与えるのだと言うこと。ただ見ているのではなく、人々に判断を委ねているのだと言うことも。ラズマリーナは反論するわけでもなくふうん、と鼻を鳴らすだけだったが、どうも信心は少ないらしい。苦笑する。
貧民街で厳しい目に遭ってきたのだから無理もない。この子が神を信じられるようになる頃には、私の罪は償えるのだろうか。代わりにと言うわけではないが、聖騎士として学んだ神学を説き、内緒で剣も教えた。なかなか筋が良い。魔法を教えれば、次に訪れた時には使えるようになっていた。それならば、と付与の仕方も教えた。魔法を剣や道具に付与させるのはコントロールが必要で難しい。鑑定も隠蔽も、すぐに使えるようになっていた。素晴らしい子供だ。私の子として育てていたら、さぞや自慢の娘だったに違いない。いつか罪を償い終えて、私の愛する聖女に会えたなら、その時はあの人にも伝えよう。私たちの娘は、立派に生きているよ、と。
それから5年が経ち、ラズマリーナはますます美しく、愛らしく育った。いや、しかし眼光が鋭い気がする。何だろう……冷静沈着で冷めた視線は変わらず、生き生きしていると言うよりも……虎視眈々と獲物を狙うような野生的な感じがする。男爵家では令嬢として育てられているのではないのか。
「ラズマリーナ。あなたは今、幸せですか?不満に思うことはありませんか?」
「神父様。アタシ、じゃなかった、私はとっても幸せですわ。お父様もお母様も呆れるほど人が良く、私がしっかりしないといいカモ、いえ、その、獲物?じゃなくて、えっと、とにかく放っておいたら、食い物にされてしまうので、私がたくさん勉強してるんです。学院に行ったらもっと魔法も覚えて、勉強して、お母様の商会を裏から支えたい。だから、アタ、私、神父様には申し訳ないけど、聖女にはなりません」
「そうですか。やりたいことが見つかったのであれば、私もそれを応援しますよ。聖女としての力量は誰よりも多いので、バレないよう、きちんと隠蔽するように」
「はい。神父様に教えてもらった聖魔法の使い方と魔法剣の使い方、全部覚えましたから大丈夫です!」
「使い過ぎると、聖女として召し上げられてしまうので、気をつけて。それと、呪いは己にも返ってきますから、程々にしてくださいね」
「嫌だ、呪いだなんて。ふふっ。あれはお願いですから大丈夫ですよ!」
「その調子です。子供といえど、男性は獣と同じです。見目が良いだけで、流されてはいけません。甘い言葉には裏があると思いなさい。オレオレで強引な貴族の子息にも気をつけて。傲慢さの裏には甘えや弱さが隠れているものです。自慢しいな子息は自信の無さの現れですし、笑顔だけで人の話を聞かない輩など、クズも同然ですよ」
「はい。カルトロさんにも注意されました。お父様のように、開けっぴろげに恥も外分もなく、一人の女に愛を語る男なら大丈夫だと言われました。お母様のように手のひらで転がせるようになれと」
「………な、なるほど。しかし、愛を語るにはまだ早いのでは?もっと大人になってからでもいいのですよ?」
「わかってます。でも、アタシ養女だから、これからお父様とお母様に後継が生まれるかも知れないでしょ?そうなった時に邪魔にならないように、ちゃんと準備をしておきたいんです」
「ラズマリーナ…」
「アタシの弟か妹が安心して男爵家を担って行けるよう、サポートできる夫を見つけないと!」
「そ、そうですか……。頼もしい限りですね。それでは、ラズマリーナ。王都の学院でも頑張って、自分を見失わないように、後悔のないように生きてくださいね。これは私からの餞別です」
手渡したのは、私の愛する聖女からいただいたタリスマンだ。今のラズマリーナは何気に無敵だから、必要ないかも知れないが、護身の魔法陣と精神攻撃無効の魔法陣が付与されている。魔境のような所に行くのだから、大袈裟ではないはず。
「特別なものですから肌身離さず、できれば誰にも見つからないよう、隠蔽の魔法もかけておくと良いでしょう。公平な神父が贔屓したと思われてもいけませんからね」
「わぁ…。綺麗。ありがとうございます。神父様。大事にします」
こうしてラズマリーナは私の手を離れた。短い期間だったとはいえ、楽しかった。
愛しの我が子よ。幸せになってください。
そんな話は、今や伝説となり、おとぎ話に変わって、伝記として教会で語り継がれるのみ。しかしながら、やはり特殊な地には特殊な人間が生まれるもので。聖女という存在はこの国特有のものになり、今や聖女が見つかれば神殿が保護をし、教育をなして必要な国へと送られる斡旋事業へと変わっていった。
現在の大聖女様は、神殿の奥で日々を費やし、今や表に出てこない。大聖女様が必要なほどの事変は起こっていないし、普段使いの聖女たちで十分日々の祈りは足りている、と言うことになっている。
私は今、バーミューダ伯爵領の教会で神父をしている。毎日、過去に犯した愚かな大罪の懺悔をし、その罪を償うために聖騎士を辞退し世俗を離れるため修道士になった。それでも、いまだに私の罪の意識が薄れる事がない。
元々私は聖女を守る聖騎士だった。自分の仕事に誇りを持ち、聖女様を守るために日々精進していたはずなのに、迂闊にも私は聖女様に恋をした。その時私は18、聖女様は16歳という若さだった。世間を知らない聖女様のお世話をしながらも、小さな喜びを分け合い、逢引を繰り返し、恋心を育んでしまった。そして聖女様も私に体を許してしまった。汚れた地点で、聖女としての地位は剥奪されると知っていて。
間違いを犯し、聖女様は子を孕んだ。途端に現実を見た私と聖女様はそれを隠すために、人として、親としてしてはならないことをした。生まれたばかりの子を捨てるという大罪を犯したのだ。乳が張り、血を流した彼女は胸の痛みと罪の意識に囚われて、懺悔を繰り返すうち、大司教にバレてしまった。神官たちが慌てて赤子を探したものの、すでに死んでしまったか拾われたかして見つからなかった。
人々を救う教会の最大の汚点として、穢された聖女を大司教は大罪の間に閉じ込め、二度と人目に触れないようにしてしまった。禊をし、神の赦しを得るまではそこを出てはならないと。そして私は、性器切断の上で完全断種の禊を受け、国外追放か、生涯を神に仕える身になるかの選択を迫られた。
宦官になり、修行をし数年が過ぎた。元々聖騎士だったのもあり、作法や知識に問題はなく、1年ほど前に神父としてバーミューダ伯爵領の教会に派遣された。
神託が降りたのだという。この地で己の罪を見ろと。
バーミューダ伯爵領には大きな貧民街がある。国の方針で、貧民はこの領に送られ管理されているのだという。だから領民には神の救いが必要であり、自身で身を守れる神父が必要なのだと。よくよく調べてみれば、かつての勇者の血筋の者や、英雄と呼ばれた人々の親族もこの領には多く住んでいる。魔法使いが多いのもこの領ならではで、絶妙なバランスで成り立っていた。バーミューダ伯爵は豪傑で、勇者の血を引くまじめな御仁だからこそ、治安もそう悪くはならないのかも知れないが。
5年ほど前に、ナンチャッテ男爵が貧民の少女を連れてやってきた。スラリとした長身の男で、領民に人気のある御仁だと聞く。そのほとんどは愛する男爵夫人との絡みの話だが。どうやら一途な人間のようで、微笑ましい。だが、その一途な男が連れてきた少女を見て、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。見間違いなんかじゃない。
そこにいたのは、確かに私の愛した聖女との結晶だった。
「俺の子じゃないという証明が欲しい」
ナンチャッテ男爵がそう告げた。震える声を何とか落ち着かせながら、水晶にて鑑定をする。出てきた結果を、一部隠蔽して証明書を出した。この子は、ラズマリーナは、確かに私と聖女の子だった。10歳だ。この子は私の子。男爵の子ではない。一体なぜ、そんな誤解が。
ラズマリーナは、赤子の頃に誰かに拾われ一命は取り留めたのだろうが、物心がついた頃には貧民街にいて、厳しい幼少期を余儀なくされたらしい。大人たちからは、理由もなく殴られ蹴られといった暴行を受け、泥水を啜り、食べ物のない日も何日もあったという。ゴミを漁り、吐瀉物から食べ物のかけらを拾い、馬の糞すら口に入れたと言う。
ああ。何という罪深い、何と言う非道な真似を私は犯したのか。保身に走り、子の命をドブへ棄てた。どんなに謝っても謝りきれない。
だが、彼女は生き抜いた。逞しく、愛の無い環境で瞳には怒りを含み、諦めの表情を浮かべながらも、ここまで生きてくれた。今更、私が父親だなどと言い出せるほど厚顔無恥でもない。できることならば、こんなにも罪深い私などより、この男爵家で令嬢として育ててもらえないだろうか。
私は言葉巧みに男爵を先導し、そしてそれは神に祝福された。養女となり、貴族になった。責任感のある愛情深い男でよかった。いい家庭に救われたのだ。これからは、父と母と呼べる人々に愛され、真っ当に育ってもらいたい。そのためならどんな補佐でもしよう。願わくば聖女にはならず、自由に生き、愛する人を見つけ、幸せに生きて欲しい。
「神よ。感謝します。あの子を死ぬまで見守り、私はこの地に骨を埋めましょう」
ラズマリーナはそれから頻繁に顔を出した。嫌そうに教会の教えを聞き、聖女の生業についても耳を傾けたものの、興味はなさそうだった。教会の子供たちと遊び、シスターらとバザーの手伝いをする姿が眩しい。
「神様ってさ、見てるだけで何もしないよね」
太々しく笑い、冷めた目で女神像を見上げる。胸が痛くなった。私のせいだ。
「神は、手助けをするために座すわけではありませんよ」
「じゃあ、何で神様に感謝するの?」
「そうですね…」
私は出来る限りの言葉で、神の存在が心の拠り所になることと、奇跡について語った。聖女の力が神から受け渡され、それを人々に分け与えるのだと言うこと。ただ見ているのではなく、人々に判断を委ねているのだと言うことも。ラズマリーナは反論するわけでもなくふうん、と鼻を鳴らすだけだったが、どうも信心は少ないらしい。苦笑する。
貧民街で厳しい目に遭ってきたのだから無理もない。この子が神を信じられるようになる頃には、私の罪は償えるのだろうか。代わりにと言うわけではないが、聖騎士として学んだ神学を説き、内緒で剣も教えた。なかなか筋が良い。魔法を教えれば、次に訪れた時には使えるようになっていた。それならば、と付与の仕方も教えた。魔法を剣や道具に付与させるのはコントロールが必要で難しい。鑑定も隠蔽も、すぐに使えるようになっていた。素晴らしい子供だ。私の子として育てていたら、さぞや自慢の娘だったに違いない。いつか罪を償い終えて、私の愛する聖女に会えたなら、その時はあの人にも伝えよう。私たちの娘は、立派に生きているよ、と。
それから5年が経ち、ラズマリーナはますます美しく、愛らしく育った。いや、しかし眼光が鋭い気がする。何だろう……冷静沈着で冷めた視線は変わらず、生き生きしていると言うよりも……虎視眈々と獲物を狙うような野生的な感じがする。男爵家では令嬢として育てられているのではないのか。
「ラズマリーナ。あなたは今、幸せですか?不満に思うことはありませんか?」
「神父様。アタシ、じゃなかった、私はとっても幸せですわ。お父様もお母様も呆れるほど人が良く、私がしっかりしないといいカモ、いえ、その、獲物?じゃなくて、えっと、とにかく放っておいたら、食い物にされてしまうので、私がたくさん勉強してるんです。学院に行ったらもっと魔法も覚えて、勉強して、お母様の商会を裏から支えたい。だから、アタ、私、神父様には申し訳ないけど、聖女にはなりません」
「そうですか。やりたいことが見つかったのであれば、私もそれを応援しますよ。聖女としての力量は誰よりも多いので、バレないよう、きちんと隠蔽するように」
「はい。神父様に教えてもらった聖魔法の使い方と魔法剣の使い方、全部覚えましたから大丈夫です!」
「使い過ぎると、聖女として召し上げられてしまうので、気をつけて。それと、呪いは己にも返ってきますから、程々にしてくださいね」
「嫌だ、呪いだなんて。ふふっ。あれはお願いですから大丈夫ですよ!」
「その調子です。子供といえど、男性は獣と同じです。見目が良いだけで、流されてはいけません。甘い言葉には裏があると思いなさい。オレオレで強引な貴族の子息にも気をつけて。傲慢さの裏には甘えや弱さが隠れているものです。自慢しいな子息は自信の無さの現れですし、笑顔だけで人の話を聞かない輩など、クズも同然ですよ」
「はい。カルトロさんにも注意されました。お父様のように、開けっぴろげに恥も外分もなく、一人の女に愛を語る男なら大丈夫だと言われました。お母様のように手のひらで転がせるようになれと」
「………な、なるほど。しかし、愛を語るにはまだ早いのでは?もっと大人になってからでもいいのですよ?」
「わかってます。でも、アタシ養女だから、これからお父様とお母様に後継が生まれるかも知れないでしょ?そうなった時に邪魔にならないように、ちゃんと準備をしておきたいんです」
「ラズマリーナ…」
「アタシの弟か妹が安心して男爵家を担って行けるよう、サポートできる夫を見つけないと!」
「そ、そうですか……。頼もしい限りですね。それでは、ラズマリーナ。王都の学院でも頑張って、自分を見失わないように、後悔のないように生きてくださいね。これは私からの餞別です」
手渡したのは、私の愛する聖女からいただいたタリスマンだ。今のラズマリーナは何気に無敵だから、必要ないかも知れないが、護身の魔法陣と精神攻撃無効の魔法陣が付与されている。魔境のような所に行くのだから、大袈裟ではないはず。
「特別なものですから肌身離さず、できれば誰にも見つからないよう、隠蔽の魔法もかけておくと良いでしょう。公平な神父が贔屓したと思われてもいけませんからね」
「わぁ…。綺麗。ありがとうございます。神父様。大事にします」
こうしてラズマリーナは私の手を離れた。短い期間だったとはいえ、楽しかった。
愛しの我が子よ。幸せになってください。
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