【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

文字の大きさ
上 下
38 / 51

第19話 それは昏い世界の話(後篇)

しおりを挟む
「――セツカさん、駅、過ぎてしまっています」

 耳元で穏やかな声が響く。慌てて足を止めると、いつの間にか追い付いてきていたマークが隣に立っていた。
「すみません、ぼーっとしてて……」
 そう笑ってごまかすと、マークが申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「セツカさん――今日は変なことに巻き込んでしまい、すみませんでした」
「いえ、そんな、マークさんのせいじゃないです」
 マークが顔を上げた。その表情には、真剣な色が浮かんでいる。

「――セツカさん、ダニーの話ですが……」
「あ、あの、マークさん!」
 雪花が上げた声に、マークが口を閉ざした。
「マークさん、話したくないことは、無理に話さなくてもいいです」
 マークは微動だにせず、雪花のことを見つめている。その眼差しには、どこか寂しさにも似た色が宿っていた。
 そして、雪花は「でも」と言葉を継ぐ。

「――もし、話すことで楽になるのであれば……私はマークさんのお話を聞きたいと思っています」

 その雪花の台詞を聞いて、マークは目を見開いた後に――「ありがとう、ございます」と、その表情を優しく綻ばせた。

 ***

「セツカさんは、私達火星人が何故地球に派遣されているか、ご存知ですか?」
「えっと……浦河課長からは、一種の労働力確保だと聞いていました。今後世界的に労働人口は減っていく一方なので、実験的な取組みで宇宙から人を受け容れているのだと」
「成る程。地球側からすれば、そういった側面もあるのかも知れません」

 雪花とマークは夜の街を歩く。別日に改めて話を聞くことも考えたが、雪花の目にはマークの様子がいささか不安定に映った。本人が話したいのであれば、今この時を逃さない方が良いだろう。

「火星側の思惑は違うということですか?」
「はい。これは、NASAやJAXAの方は知っている話ですが――この地球実習は、火星における重要な役割を担う者達の最終選抜試験となっています」

 予想だにしない台詞に、雪花が思わず足を止めた。
「――試験、ですか?」
 それに倣って、マークも立ち止まる。
「はい、試験です」

 マークの話によると、火星にも地球の国家のような政府があるという。政府の一員となって働くためには様々な条件が課せられ、その最後の試験がこの地球実習ということだった。
 そう言われてみれば、マークも古内ふるうちも、この地球に派遣されている火星人は『皆それなりの地位か、厳しい選抜試験を突破した者達』だと言っていた。
 つまり、政府の一員になり得るだけの条件を満たした者達が集められていたのだ。

「試験といっても、この地球実習で求められる成果は多くありません。火星と異なる環境下で、大きな問題なく派遣先の企業で従事すること――そのくらいだと私達は聞いています。実際にどうかはわかりませんが」
「あの……それじゃあ、今日のあの人も――」
 マークが頷く。
「はい。ダニーは、地位――家柄で選ばれた候補者です」

 それを切っ掛けに、マークはぽつりぽつりと自分のことも話し始めた。

「火星には身分制度の色が強く存在しています。それ故に、私のような――地の底から這い上がってきたような人間に対して、強い拒否感を持つ者も居るのです。そう、それこそ――ダニーのように」
「地の底……ですか?」
 マークが小さく頷く。

「私が居たのは、ありとあらゆる労働が求められる、地底の最下層でした。いつ終わるとも知れない労働に明け暮れながら、ただ次の日の訪れを待つ――そんなくらい世界の中で、永い年月をかけて、ようやくこの選抜試験まで辿り着いたのです」

 マークの瞳には、ぼやりと闇が宿っているように見えた。話しながら、その当時のことを思い出すのか――その声ですら、どんどんと暗がりを纏っていく。

 そんな彼の様子が居たたまれず、雪花は思わず口を開いた。

「――マークさん、本当に頑張られたんですね……」

 その声に起こされたように、ふっとマークが雪花の顔を見る。その瞳には、金色の光が戻っていた。そのまま雪花が見つめていると、マークは優しくその表情を緩める。

「……いえ、私は自分の居場所を作るのに必死だっただけです。打算的で、ずる賢くて――他の多くの人間を出し抜いてここまできたんです。だから、私は雪花さんが仰るような、大した人間ではないのです」

 今日のマークは、随分と自分自身に対して露悪的な物言いをするように、雪花には感じられた。それは多分にダニーとの出来事が影響しているのだろう。
 雪花はもう一度「マークさん」と口を開いた。

「私は、地球に来るまでのマークさんのことを知りません。でも、これまで数ヶ月間一緒に過ごしてきて、少しはマークさんのことをわかっているつもりです。マークさんが今ここに居ることは、マークさんの努力の賜物です。それは、決して他の誰にも否定されるものではないと、私は思います」

 雪花は静かに、それでいて熱を込めてそう告げる。

「――だから、マークさんはきっと、火星に戻ったら素晴らしいポストに就きますよ。私が絶対、保証します!」

 そう言い切って、雪花は胸の奥にちくりとした痛みを感じた。

 ――そう、『火星に戻ったら』。

 マークはそんな雪花の心を知ってか知らずか――「セツカさん、ありがとうございます」と、穏やかに笑ってみせる。
 その表情に、雪花も笑顔を返してみせた。


第19話 それは昏い世界の話 (了)
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

処理中です...