【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

文字の大きさ
上 下
45 / 51

第23話 清澄と泥濘(前篇)

しおりを挟む
 ――たとえそんなことはありえないとわかっていても。


第23話 清澄せいちょう泥濘でいねい


 雪花せつかはこちらを見る二人の火星人の顔を、戸惑いながらも見つめ返す。そのかんにも、ダニーの放った台詞せりふが頭の中を巡っていた。

 ――今この人、マークさんがずっと地球に居る方法があるって……そう言った?

 ダニーはにやにやと不遜ふそんな笑みを浮かべている。一方、もう一人の男――ジョシュは変わらず不機嫌そうな表情をしていた。
 どうリアクションするべきか雪花が迷っていると、ダニーが言葉を続ける。

「俺達が地球に来た目的は、スズキさんも知っているだろう?」
「……いえ」

 自分から情報を出すのは得策でない――そう判断した雪花は、無表情で答える。
 それに対して、ダニーは「おや、それは失礼」と全く意に介する様子もなくしゃべり続けた。

「俺達は火星政府の一員となるための資格を持つ者――いわゆる幹部候補生だ。ここに至るまでに色々と経緯があるんだがまぁそれは良いとして――その最終選抜試験がこの地球での実習というわけだ。こいつさえ無事に終えることができれば、俺達は火星に戻り、実習の成果を踏まえ決められた配属先で政府の一員として働くことになる」

 雪花はダニーの話を初めて聞くようなていで「そうなんですか」と適当に頷く。内容はマークから事前に聞いていたものと合致していた。少なくとも現時点では、こちらを騙そうとしているわけではないらしい。

「――それが、マークさんが地球に残ることとどう繋がるんですか?」
「何、簡単な話だ。マークが火星に戻るのは、政府の一員として働くためだ。つまり――その必要性がなくなってしまえば良い」
「……言っている意味がよくわかりません」

 すると、それまで黙っていたジョシュが「話の通じない女だな、考えればわかるだろ」と苛立った様子で口を挟んだ。

「マークの奴がこの地球実習で『失格』になれば、火星に戻る必要はないとダニーさんは言っているんだよ……!」

 そして、ハイボールを一気に煽る。ダニーが「ジョシュ、まぁ落ち着け」と言ってから、雪花の方に向き直った。

「そう、ジョシュが言った通りだ。俺の見た限りだが、あなたとマークはそう悪くない仲だろう――どうだ、俺達と協力してマークを失格にさせないか? あいつが犯したミスや失態について教えてもらえれば、それをあのJAXAの女に俺達から報告するだけで済む。多少話を大きくして伝えれば、JAXAから報告を受けた火星側もその内容を無視することはできないはずだ。マークが地球に残るのは、あなたにとっても悪い話ではないだろう?」

 ――荒唐無稽こうとうむけいな話だ、上手くいくはずがない。

 仮にダニー達がそんな報告をJAXAにしたところで、彼らがその内容をそのまま受け取るだろうか。まず事実確認のために、雪花の会社――恐らく部長の鳥飼とりかいや課長の浦河うらかわに連絡があるはずだ。その時点でマークの疑いは晴れる。
 そもそも、こんな話に自分が乗るとでも本気で思っているのだろうか。
 火星人にとってアルコールがどんな影響を及ぼすかはわからないが、少なくとも冷静な判断力はうしなわれているようだ。そうでもなければ、腐っても『幹部候補生』であるはずの彼らが、こんな幼稚な作戦に行き当たるとも思えない。

 酒に呑まれた二人の火星人を冷めた心持ちで見つめながら、雪花はただこの場を立ち去るすべを考えていた。
 ――しかし、その決意はジョシュが放った台詞で思いがけず揺らぐ。

「そっちの方がマークの奴も助かるんじゃねぇの。あんな半端者はんぱもの、火星に戻ったってどうしようもないだろ」
「……どういう意味ですか?」

 雪花の目付きが変わったことに気付いたのか、ダニーがいやらしい笑みを浮かべた。

「スズキさん、あなたは火星であいつが何をやっていたか、聞いたことはあるか?」
「……火星の地底で、長い間働いていたと聞きましたが」

 言葉を選びながら最低限の情報を伝えると、ダニーとジョシュは互いの顔を一瞥いちべつし合い――そして、下卑た笑い声を上げる。
 耳障りな声に雪花が顔をしかめると、「あぁすまんすまん、まぁ嘘は言っていないな」とダニーが笑いながら言った。

「それなら教えてあげよう。あいつにはな――忌々いまいましいことだが、火星の王の血が流れているんだ」
「――え……?」

 全く想定していなかったその言葉に、雪花は目を丸くする。
 ダニーは自分の前髪を手で上げて、雪花の前に顔を突き出してみせた。

「ほら、俺の瞳の色、マークと同じだろう。これは王の血を引く者の証さ。だから俺は幹部候補生として地球実習に来ている。一方、ジョシュは庶民の出だが、非常に優秀で数々の選抜試験を突破してきた男だ。俺達は居るべくしてここに居る。だが――マーク、あいつは違う」
「何が違うんですか。今の話が本当であれば、マークさんもあなたと同じ王族なんでしょう。私が聞いた話とは齟齬そごがありますが、マークさんだって幹部候補生であることに変わりはないはずです」
「違うんだよ。あいつは王の血を引いている――だが、『王族ではない』」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

処理中です...