【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

文字の大きさ
上 下
35 / 51

第18話 真夏の逃避行(前篇)

しおりを挟む
 ――私にとって、あの時間はかけがえのないものでした。


第18話 真夏の逃避行


 そして、納涼祭の日がやってきた。
 雪花せつかは会社の最寄り駅の前で、人波を眺めている。今日は土曜日、平日は会社員が行き交うこの街も、今日は観光客や家族連れの姿が多かった。
 8月の都心は気温が高く、雪花はサンダルを履いてきて良かったと思う。今日のコーディネートも、妹の花菜かなのアドバイスによるものだった。ライトグリーンのロング丈のシャツに合わせた白いパンツのお蔭で、どこか涼し気に見える。普段そこまで明るい色の服を着ない雪花だが、服装のお蔭か何だか気分まで明るくなったように感じられた。

 時刻は15時――納涼祭のスタートは17時だが、何かサポートできることがあるかも知れないと早めに来ることにしたのだ。
 しかし、そう考えたのは雪花だけではなく……。

「おねえちゃん、いた!」

 あどけない声と共に、雪花の元に浴衣を着た少女――あおいが駆け寄ってくる。その後ろから「あおい、走るなって」と父親の浦河うらかわもやってきた。
 雪花があおいと逢うのはおよそ1ヶ月振りだ。雪花が微笑んで「あおいちゃん、元気?」と話しかけると、あおいも元気よく「うん!」と笑って答えた。

 そのまま3人で会社の出店スペースまで歩き出す。
 「浴衣、すごく似合ってるね」と雪花が淡い桃色に染まった浴衣を褒めると、あおいは得意満面な表情になった。話を聞くと、浦河の母が着付けてくれたらしい。入院中のあおいの母にも既に写真を送ったそうで、あおいはご機嫌だった。

「あおいちゃん、今日はお祭りで何食べるの?」
「あおい、わたあめたべたい! あとたこやきとねー、やきそばとねー……」
「おいおい、そんな食えねぇだろ。どれが一番食べたいか、ちゃんと考えとけよ」
「おとうさんはびーるのみすぎちゃだめだよ」
「はぁ? こんな暑い日にビール飲まずにいられるかっつーの」

 浦河とあおいのやり取りに、つい雪花は吹き出してしまう。そんな会話を続けていると、次第に出店が見えてきた。
 『ヨーヨーつり』と書かれたカラフルな看板の下に、大きなビニールプールが2つ並んでいる。既にプールには水が張られ、ぷかぷかと幾つかヨーヨーが浮かんでいたが、まだスペースには随分と余裕があった。

「わぁっ、よーよーだ!」

 あおいが喜んでビニールプールに駆け寄ると、「あっ浦河さん、鈴木、おつかれさまです!」と元気な声が響く。
 振り向くと、そこには法被はっぴを羽織った晴山はれやまが立っていた。

「おう、おつかれ。準備は順調か?」
「えぇ、お蔭さまで」
「晴山くん、何か手伝うことある?」
「ありがとう。今のところは大丈夫かな」

 その時、出店の背後から大きなダンボールを抱えたマークが出て来る。

 雪花は「マークさん!」と小さく叫び――すぐに駆け寄って、そのダンボールに手を添えた。その重さは見た目に反して随分と軽く、雪花はほっと安堵の息を吐く。
 1ヶ月前、動物園に出かけた際にマークが体調を崩したことがよぎり、咄嗟とっさに身体が動いていた。

「――セツカさん、いらしていたんですね」

 気付くと、マークが驚いたようにこちらを見ている。我に返って周囲を見回すと、晴山も呆気に取られたような顔をしていた。
 思わず頬が熱くなり、雪花は慌てながら言葉を紡ぐ。

「あのっ、すみません、マークさん。私が持つまでもなかったですね」
「とんでもない。セツカさん、お気遣いありがとうございます」

 そう言って、マークが柔らかく微笑んだ。その表情に、雪花は救われたような気持ちになる。
 二人でダンボールを地面に置いたところで、あおいがマークの存在に気付いたようだった。

「あっ、まーくだ!」
「おい、『マークさん』だろ、あおい」
「アオイさん、こんにちは。可愛らしいお洋服ですね」
「ゆかたっていうんだよ! かわいいでしょ?」
「はい、とても」

 マークと浦河親子が会話を始めたところで、雪花は自分が差入れを持ってきたことを思い出す。
 雪花は晴山に手持ちのビニール袋を差し出した。

「晴山くん、これ、良かったら皆さんでどうぞ」
「えっ、マジで!? ありがとう、中見ていい?」

 まるで子どものように目を輝かせる晴山に、雪花は笑って「勿論」と返す。
 中には家で切って冷やしてきたフルーツと、キャップ付きのパックアイスを保冷剤と共に入れてあった。出店の対応をしている間でも食べやすいものを選んだつもりだ。

「暑くて丁度アイス食いたかったんだよー、鈴木天才! ありがとな」

 晴山がぱぁっと微笑む。雪花はまるで太陽のようだと思った。
 しかし、その笑顔が少し――そう、ほんのわずかだけ曇る。

「ちなみに、鈴木、さっきのあれって――」

 その言葉が、先程マークが持つダンボールを咄嗟に支えたことを示していると気付き、雪花は苦笑いをした。

「驚かせちゃってごめんね。あの……マークさん、あまり重たいものを持てないから、思わず手伝っちゃったの」
「そうなんだ。いや、俺も気付かずにごめん」
「ううん、全然。持ってみたらそんなに重くなかったし。その――マークさん、どう? あまり心配はしていないんだけど、特に問題なかったかな」

 すると、晴山の表情がまた明るく変わる。

「あぁ、それなら全く問題ないよ。むしろマークさん、俺が気付かない細かい所をサポートしてくれてさ、皆もすごく助かってる。あと、むちゃくちゃ手先器用で、ヨーヨーを釣るこより作りが超絶速いんだよ。他のメンバーの倍作る勢いでさぁ」

 雪花の脳裏に、真面目な表情をしながら凄まじい速さでこよりを作り続けるマークの姿が目に浮かび、思わず吹き出した。
 ちらりとビニールプールの方を一瞥すると、マークはあおいがヨーヨーを釣る様子を穏やかな眼差しで見守っている。先程は気付く余裕がなかったが、マークも晴山と同じく法被を羽織っており、なかなかに似合っていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...