【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

文字の大きさ
上 下
33 / 51

第17話 輝けるひとよ(前篇)

しおりを挟む
 ――しかし、私の目にはいつもあなたが輝いて見えました。


第17話 輝けるひとよ


「それにしても、今日もあちいなー」

 浦河うらかわが街中でもらったらしきうちわを扇ぎながら総務課の室内に入って来る。
 そんな浦河に、雪花せつかが「まぁ、もう8月ですし……」とメールを打ちながら答えた。
 浦河が席に戻りがてら、マークに声をかける。

「マークはこの暑さ大丈夫か?」
「はい、何とか。ニュースを見ながら、こまめに水分補給をするようにしています」
「水分だけじゃなくて塩分もちゃんと摂れよ」
「はい、外出する時はスポーツドリンクを携帯しています」
「へー、随分地球暮らしに慣れてきたねぇ」

 浦河にそう言われたマークが「お蔭さまで」と口元を小さく緩めた。その表情は何だか得意げにも見える。向かいの席のそのやり取りに、雪花も思わず微笑んだ。
 動物園で浦河と娘のあおいに出逢ったのは1ヶ月程前のことだ。元々マークと浦河の関係性は悪くなかったが、あの日以来マークは以前にも増して浦河に気を許しているように見えた。

 ふと、画面上にポップアップ画面が出て来る。15分後の会議を知らせるアラートだ。そのタイミングで、マークが立ち上がって雪花に微笑みかける。

「セツカさん、この後奥の会議室を使用するので、準備してきます」
「――あっ、はい。私もこのメールだけ送ったら行きますね」
「お手数をおかけしてすみません、よろしくお願いいたします」

 マークの声に、雪花は笑顔を返した。

 ***

 事の発端は、7月の中旬に部長の鳥飼とりかいが総務課を訪れた時までさかのぼる。

「納涼祭ですか。ありましたねーそんなイベント」
 コーヒーを飲みながらははっと浦河が笑う声がした。鳥飼は浦河の席の隣に椅子を引っ張ってきて座っている。
「あいかわらず呑気のんきだな、浦河。去年は総務課が人員減で厳しそうだったから、人事課の方から実行委員を出したんだ」
 鳥飼の不機嫌そうな声が響いて、思わず雪花はちらりと二人の様子をうかがった。雪花とマークは自席で作業していたが、同じ室内なので二人の声は嫌でも耳に入ってきてしまう。
 しかし、そんな鳥飼を「はいはい、わかってますって」と浦河は軽くいなす。

 納涼祭――聞いたことはあるものの、正直雪花にはぴんと来ない。
 鳥飼の説明によると、周辺地域で納涼祭が行われるらしく、このビルにオフィスを構える雪花の会社も出店せざるを得ないということだった。とはいえ、納涼祭は8月の第2土曜日のみ、社内行事でもないので実行委員も最小限で、各部から代表者1名ずつを出して対応しているようだ。

「人数比で見れば、人事課の方が総務課おれたちより全然多いでしょ。まぁ皆さん大変お忙しいこととは思いますが」
 浦河の返答に、鳥飼が顔をしかめた。
「そう言うな、浦河。私だって状況はよく理解している。ただ、人事課は今幹部直轄のプロジェクト対応にかかりきりで――」
「冗談ですよ、よくわかってます」
 そう小さく笑って、浦河が「おーい、マーク」と声を上げる。
 それを受けて、マークが二人の所に歩いて行った。

「トリカイ部長、おつかれさまです」
「あぁ、マークくん、元気そうだな」

 鳥飼の声と表情が明らかに和らぐ。そのリアクションに、浦河が一瞬怪訝そうな顔をした。
 マークへの好意を隠せない鳥飼の様子を見て、雪花は一人笑いをこらえる。
 そこで、はっと鳥飼が我に返ったのか、鋭い眼差しを取り戻して浦河を見た。

「――まさか浦河、マークくんにやらせるつもりか?」

 その発言に、雪花も驚いて振り返る。浦河は平然と「えぇ」と頷いた。
「地球っつーか日本のお祭りを見てもらういい機会にもなりますし、十分にできるかと」
「勿論マークくんに問題があるわけではない。しかし……彼を火星人と知らない他部署のメンバーと合同で仕事をすることになるが、大丈夫か?」
 鳥飼の心配はもっともだ。
 しかし、その問いに答えたのは、浦河ではなかった。

「トリカイ部長」
 マークが口を開く。
「ご心配ありがとうございます。ですが、ウラカワ課長にお話を伺った時から、私も是非やってみたいと考えていました。他の方々に正体が知られないよう万全の注意を払いますので、よろしくお願いいたします」
 そして、マークが丁寧に頭を下げた。

「ま、俺の方でも当然サポートしますんで」
 浦河の言葉を受けて、鳥飼は考えを巡らせるように暫し沈黙する。雪花もその様子を見守っていたが、根負けしたかのように鳥飼が頷いた。
「――わかった、マークくんにお願いしよう」
 それを受けて、マークが改めて頭を下げる。
「ありがとうございます」

 そしてマークが席に戻ろうと振り返ったところで、雪花と目が合った。雪花が小さく手招きすると、マークが静かに近付いて来る。
「マークさん、私もお手伝いしますね。何かあったらいつでも相談してください」
 そう囁くと、マークが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「セツカさん、ありがとうございます。とても助かります。あまりご迷惑をおかけしないようにしますが、よろしくお願いいたします」
 その表情は浦河や鳥飼に見せる笑顔とはまた違って、雪花の胸が少しあたたかくなる。

 その時、背後で「ん?」と声が上がった。振り返ると、鳥飼が首を傾げている。
「さっき、マークくんが『浦河課長にお話を伺った時から』と言っていたが――浦河、事前に彼に話をしていたのか?」
 すると、浦河が「あ、気付きました?」としれっと答えた。
 鳥飼の眉間の皺が深くなる。

「……何故さっきしらばっくれた?」
「――いや、すんなり話受けるのも、何か俺達が暇人みたいで面白くないなぁと。まっ、そう怒らずにコーヒーでもどうぞ」

 悪びれもせず浦河が笑い、どこからか出してきた缶コーヒーを鳥飼に差し出した。その缶コーヒーを、鳥飼はむすっとした表情で受け取る。
 そのやり取りを見ながら、雪花は浦河のしたたかさに内心舌を巻いたのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

処理中です...