【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

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第16話 RED & WHITE(前篇)

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 ――そして、私を笑顔にしてくれるのも、あなたの一言でした。


第16話 RED & WHITE


 ふと雪花せつかが気付くと、そこは真っ暗な場所だった。
 ――ここはどこだろう。
 雪花は戸惑いつつも、歩き出す。前方がぼやりとほのかにしらんで見えた。
 その光の中に、人影が浮かび上がる。

「――誰……?」

 雪花が呟くと、少しずつ実体が線を結んでいった。こちらに背中を向けているその男性は、肩まで伸びた黒髪を一つに結んでいる。
 その特徴的な髪型に、雪花は安堵の息を吐いた。あれは、マークだろう。
「マークさん」
 雪花の声に反応し、振り返ろうとしたその時――マークがふらりとバランスを崩す。

「!」

 雪花は慌てて駆け出した。目の前でマークはゆっくりと倒れ込んでいく。
 ――間に合わない。
 そう雪花が諦めた瞬間、どこからか走ってきた人影がマークを支えた。
 マークが目を開く。金色こんじきの瞳が自身を支える人影を映し出し――そして彼は、確かにその名を呼んだ。

「――リサ……」

 ――そう、マークを支える人影は古内ふるうちだった。
 マークが体勢を整えながら、古内と見つめ合う。そんな二人を、雪花は少し離れた場所から見ていることしかできなかった。
 やがて、二人は微笑み合い、そして――


 ――そこで、目が覚めた。
 視界を埋め尽くす天井の色は、少しくすんだアイボリー。紛うことなき自室のものだ。
 枕元に置かれたスマホを確認すると、普段の起床時刻よりも30分程早い。しかし、とてもまた眠りに就けるような気がせず、雪花は緩慢かんまんに身を起こした。

 身支度みじたくを整えて家を出ようとしたところで、背後から「お姉ちゃん」と声がかかる。振り返ると、妹の花菜かなが心配そうにこちらを見ていた。

「どうしたの、花菜。いつもはまだ寝ている時間じゃない」
「ちょっと目ぇ覚めちゃっただけ。それより――やっぱ元気なくない?」

 花菜の言葉に、雪花は口をつぐむ。
 昨晩浦河うらかわの家から帰宅した時も、元気のない雪花に花菜は声をかけてきた。雪花が「別に何もないよ」と返すと、花菜は「――じゃあ、お風呂入って早く寝たら」とだけ言って、今のように心配そうな視線を雪花に向けてきた。

 ――どっちがお姉ちゃんなんだか。

 そう自嘲するように小さく笑って、雪花は「大丈夫、いってきます」とドアを開けた。

 ***

 出社してから、雪花は仕事に没頭した。
 幸い、やるべきことは沢山ある。こういう時は余計なことを考えずに済むから、多忙であることがありがたいと思った。

 ――ガチャリ

 総務課の扉が開く音で、雪花の集中が切れる。

 ――マークさん。

 心の中でそう思いながら扉の方に目を向けると、そこには課長の浦河が立っていた。慌てて手元の時計を見ると、既に9時30分――浦河の出勤する時間帯になっている。始業のベルにも気付かない程集中していたらしい。
 雪花が何も言えずにいると、浦河が「おはよーさん」と言いながら室内に入って来る。奥の席に浦河が座ったところで、雪花ははっと我に返って立ち上がり、浦河の席に急いだ。

「あの、浦河課長――マークさんは?」
「あぁ、あいつだったら大丈夫。昨日の夜も起きてきたタイミングでおじや食わせたし。今日は念のため休ませるけど」
「そうですか……」

 雪花が安堵の息を吐く。ひとまずマークに大事だいじがないようで良かった。
 浦河が雪花の顔を見て、口角を上げる。

「昨日は色々とありがとな。あおいも昼寝のお蔭で夜元気になっちまって、実はマークにちょっと相手してもらってたんだよ。鈴木にも逢いたいとか言ってるから、また機会があったら頼むわ」

 成る程、あおいの相手もできるくらいなら、体調は大丈夫だろう。雪花はあおいの笑顔を思い出して、少し胸があたたかくなるのを感じた。


 ――そして、その日の総務課の時間は静かに過ぎて行った。
 昼休みになると、浦河が社員食堂に消えていく。雪花も浦河と二人で食事をする気にはなれず、1階のコンビニに昼食の調達に向かった。ツナが入ったロールパンと小さいサラダをカゴに入れてレジに並ぼうとしたところで、ペットボトルのお茶がなくなりかけていたことに気付く。
 ドリンクコーナーにきびすを返した雪花の目に入ったのは――いちご味の飲むヨーグルトだった。

『今日はお忙しい中、JAXAのご対応ありがとうございました。よろしければ、こちらをどうぞ』

 ――ふと、この前古内の対応を終えた後、マークがいちご味の飲むヨーグルトをくれたことを思い出す。
 雪花が引き寄せられるように、それに手を伸ばしたその時――

「――あれ、鈴木じゃん」

 名前を呼ばれて隣を振り向くと、そこには晴山はれやまの笑顔があった。

「今日は社食じゃないんだ、珍しいな」
「あ、うん……ちょっとね」

 雪花は伸ばしていた手を横にスライドし、隣の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取る。晴山も雪花に続いて無糖の缶コーヒーを冷蔵庫から取り出した。

「晴山くんもコンビニ?」
「いや、顧客先からの帰り道で飯は食ってきたから、コーヒーだけ買って帰ろうと思って」

 そのまま二人で会計を済ませ、オフィスに戻る。

『鈴木に逢いたかったから』

 最後に逢った時、晴山はそう言っていた。その後すぐに冗談のように振舞っていたものの、雪花は内心ドキドキが止まらない。
 しかし、隣の晴山に変わった様子は見られなかった。エレベーターで二人きりになっても、世間話が続くだけだ。
「午後も仕事頑張ろうな」
 そう明るく話す晴山に手を振り、雪花は7階でエレベーターを降りる。

 ――やっぱり、私の考え過ぎみたい。

 雪花は一人胸を撫で下ろした。
 総務課の室内には誰もおらず、雪花は黙々と食事を摂りながら、仕事を続ける。
 ――そしてそろそろ昼休みが終わるという時分じぶんになって、ドアの開く音がおもむろに室内に響いた。

「――鈴木、ちょっといいか?」

 そう声をかけられてドアの方に視線を向け――雪花は思わずその目を見開く。
 そこには、浦河と恰幅かっぷくの良い男性――雪花の元上司である営業部長、そして先程まで一緒にエレベーターに乗っていた晴山の3人が並んで立っていた。
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